帝都の女

「じゃ、あたしが朝ご飯の支度をしてあげるから」

「お、お待ちください、サロペス様、それは使用人の仕事です」

「カタいカターい。帝都じゃそういう身分意識はもうね、時代遅れだってのとっくに常識だから」


 遠慮なくディンの家に踏み込んだ女冒険者は、そのままキッチンに入り込んだ。それをハディマが慌てて追いかける。


「それにもう、支度は済んでおりまして」

「えー、それってさ、あたし達の分は入ってないでしょ」

「そんな、失礼ながら前もってのお知らせもなく、急においでになられたのでは」

「だーかーらー、あたしがやってあげるって言ってるんじゃないの」


 俺から見ても、このオルファスカなる女の図々しさは並外れている。いったいどうして叩き出せないのだろうか? そんなに怖い連中なんだろうか。地元のチンピラとか。

 どれ……


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 オルファスカ・サロペス (23)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク7、女性、23歳)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル ルイン語   3レベル

・スキル サハリア語  4レベル

・スキル シュライ語  4レベル

・スキル ハンファン語 5レベル

・スキル ワノノマ語  4レベル

・スキル 格闘術    1レベル

・スキル 剣術     3レベル

・スキル 裁縫     1レベル

・スキル 歌唱     1レベル

・スキル 房中術    6レベル


 空き(12)

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 言語能力以外はただの雑魚、だと思ったら、一つだけ優れた能力があった。でも、房中術? じゃあ何か、こいつ、実はプロの売春婦とか?

 実際、戦士というより娼婦と考えたほうが、いろいろと辻褄は合う。清楚系とカワイイ系を足して二で割ったような、魅力的な容姿。セミロングの黒髪はサラサラで、重さを感じさせない。真っ白な肌も女らしさを引き立てる。なんというか、前世の……アレだ、どっちかっていうと、コスプレイヤーみたいな感じだ。本職の冒険者とは、とても思えない。

 装備はごく簡素だ。薄くて動きを妨げない革の胸当てだけ。あとは腰に短めの剣を提げている。これでどれだけ戦えるんだろうか。


 じゃ、仲間の能力はどうなっている?


 まず、大柄な男から。

 こいつは、髪の毛は茶色っぽいから、フォレス人か、それに近い人種だろう。髪の毛は男としては長めで、かなりクセの強い天然パーマになっている。全体的に筋肉質に見えるが、姿勢が悪い。背が高いせいか、いつも猫背になっている。それに表情がどうにも冴えない。

 装備はもう少しマシで、革の鎧は鋲で補強されているし、金属製の大盾を背負ってもいる。腰に提げているのも長剣だ。


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 ザイフス・シッシィ (25)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク5、男性、25歳)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル ハンファン語 5レベル

・スキル 格闘術    3レベル

・スキル 剣術     3レベル

・スキル 盾術     3レベル

・スキル 商取引    1レベル


 空き(19)

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 やっぱり大したことない。オルファスカよりは強いだろうが、その辺のゴロツキといった程度か。冒険者としても、せいぜいのところガーネットか、よくてアクアマリン相当だろう。体が大きいからハッタリは利きそうだが、本人の顔つきがそれを台無しにしている。卑屈さのようなものが滲み出ているのだ。


 じゃあ、次はもう一人の男。黒髪で、短めのオカッパヘアみたいな感じになっている。目が細い。これはハンファン人だろうか。背は低く、細身だが、よく引き締まった体つきをしている。装備はというと、こちらも革の鎧に長剣だが、盾がない。それと腰のベルトには、投擲用の短剣がいくつか納められている。


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 ベル・タイレ (24)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク5、男性、24歳)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル シュライ語  4レベル

・スキル ハンファン語 5レベル

・スキル 格闘術    4レベル

・スキル 剣術     5レベル

・スキル 投擲術    3レベル

・スキル 軽業     2レベル

・スキル 隠密     3レベル

・スキル 罠      3レベル


 空き(15)

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 おっと、少しマシな奴がいた。

 これだけの腕前があれば、上級冒険者まであと一歩、といったところか。或いはもう、トパーズの階級章を持っているかもしれない。しかし、だからといってそこまでビビるほどの強者でもない。

 奇妙だが、この集団では一番強いのに、威張っているのはこいつではない。むしろ後ろのほうに陣取ったまま、冷たい目で周囲を見渡すばかりだ。


 さて、最後の一人。地味な女がいる。ザイフスと同じく、亜麻色の髪をしているが、彼のボサボサの頭と違って、すんなりと下に垂れ下がる直毛だ。それがショートに切り揃えられている。

 防具はオルファスカと同様の軽量そうな革の胸当て。武器はナイフ、それと弓を携帯している。


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 ラシュカ・フレネミー (21)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク5、女性、21歳)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル ハンファン語 5レベル

・スキル 格闘術    1レベル

・スキル 弓術     3レベル

・スキル 医術     1レベル

・スキル 料理     4レベル

・スキル 裁縫     4レベル

・スキル 房中術    1レベル


 空き(13)

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 これまた小者だった。

 一番得意なのは料理に裁縫と、この世界の女性に求められる基本技能だ。かじった程度の医術などと考えあわせても、彼女のこのパーティーでの役割は、支援兼雑用係だろう。しかし、こっちにも房中術がついているのは、どういうわけだ?

 スキルというのは、それなりにやりこまないと身につかないものだ。外国語の単語を一つ二つ知っているだけでは、スキルのうちに入らない。同様に、性交渉を何度か体験した程度では、房中術のスキルはつかないだろう。これまでの経験と観察からすると、1レベルのスキルを得るにも、せめてアマチュア並みの練習を一年近く続ける必要がある。ということは、オルファスカはもちろん、このラシュカという女も、意図的に男を喜ばせようとして、そうした技術を磨く努力をしてきたのだ。


 しかし、何かあるんじゃないかと気になって能力を覗き見してみたが、さほどのことはなかった。とするとやはり、オルファスカが持つあのネックレスに、何か重大な意味があるらしい。何しろフリュミー家は、遠くは貴族の血筋ながら冒険者上がりの出身で、今でも街の守備隊との繋がりもある家柄なのだ。そこらのチンピラ如きが暴力で脅せる相手ではない。


「ええと、お野菜はこっち?」

「あの、それではせめて私が」


 おっと、傍観している場合じゃなかった。


「僕がやりましょうか?」


 連れのラシュカがやるというならいざ知らず。オルファスカには料理の心得がない。それが厨房を引っ掻き回すとなれば、きっとろくなことになるまい。


「で、ですが」

「ハディマさん、聞いてませんか? ピュリスでは、フリュミーさんはいつも、僕の料理を楽しみにしていてくれたんですよ」

「え、あ、は、はい」


 知らないか。まぁいい。

 俺はズケズケと割って入って、厨房の真ん中に立った。


「ええと、お客様? では、食堂にて少々お待ちください……サーシャ、ごめんね。お客様のお食事が先だよ」


 思いのほか、彼女の聞き分けはよかった。声を出さず、黙って頷くだけだった。

 俺は昨夜と同じように四つの椅子を手早く並べた。そしてありあわせの材料で手早く調理を済ませると、十分も待たせず次々皿を供してみせた。これには彼らも目を丸くした。

 さっさと食べ終えたオルファスカは、席を立つなり自分だってと厨房に踏み込もうとしたが、連れの女に何事か耳打ちされて、おとなしく引き下がった。ラシュカなら察したはずだ。俺と張り合って料理を作っても、赤っ恥をかくだけだと。


「なんだか悪かったわね、急に朝ご飯をご馳走になっちゃって」

「いえいえ」


 ハディマは、さっきよりは余裕のありそうな態度で頭を下げた。


「何か手伝って欲しいことない? ああ……」


 部屋の中を見回すも、整理整頓が行き届いていて、後片付けの必要もなさそうだ。床にも、塵一つ落ちていない。


「今のところは何もございませんが、強いて言えば、庭の草刈りがございますかしら? アシャバが何か言っておりませんでしたか?」

「えっ……」


 このクソ暑い季節、太陽が真上から一切を焼き尽くす中の庭仕事。

 やりたいはずがなかった。


「え、ええ……よくよく見れば、フォレス人らしい、整ったお庭ね」

「お褒めにあずかり光栄ですわ」

「どうしようかな。あたし達、なんだか遊びに来ただけになっちゃったわね」

「いいんですよ」


 口元は笑いつつ、目元は戸惑いながら、オルファスカは後ろに控える男達を見やった。

 それから振り返り、笑顔で言い切った。


「じゃ、今日は失礼するわ。またね」


 ほっと息をつけたのは、彼らが立ち去った後だった。


「本当に申し訳ございません」

「いいですから……それより食べましょう。サーシャもお腹空いてるでしょうし」


 ハディマは食卓にもつかず、ひたすら頭を下げてきたが、俺は事情を説明してもらえさえすればいい。それでまずサーシャを座らせ、それからハディマにも座るよう促した。

 冷めた料理を食べながら、俺は簡単に事情を聞かされた。


「昨日、お話ししました通り、ディン様は南方大陸を東回りに通って交易品を帝都に持ち込むことに成功しました。そこで多大な利益をあげたので、これで娘の傍にいられると、すぐさまムスタムまで戻っておいでだったのです」

「でも、また船出したんですよね」

「ええ、今から四ヶ月ほど前から、商会の方々が必死に頼み込みまして、せっかく西岸の海も安全になってきたのだからと、商船の船長の仕事をと……付き合いもあり、これ以上は断れないということで、しぶしぶお引き受けになったのです」


 そこまでは昨夜聞いた話だ。


「それとこれと、どんな関係が?」

「ディン様が船出したのがおよそ二ヶ月ほど前なのですが、そのすぐ後になって、彼らがやってきたのです」

「それは……フリュミーさんがお金でも借りてたとか?」

「いいえ」


 耐えがたい、と言わんばかりにハディマは首を横に振った。


「あのオルファスカという女ですが、なんとディン様の婚約者だと名乗り出たのです」

「ふぇっ!?」


 まさかそんな?

 彼はもう、若くない。それに色恋に惑うような男ではないはずだ。昔は悪い遊びもしたと告白したが、それも二十歳前には卒業したと言っていた。それが今になって、あんな女に……


 別に彼が再婚するというのなら、それはそれでいい。立派な大人なのだし、自分で決められるはずだ。でも、あの女はダメだ。房中術のスキルばっかり伸びているというのは、それこそあちこちの男達と寝まくってきたという証拠だ。

 もちろん、不特定多数の男性相手の性体験があるからといって、必ずしも不潔な女性とは限らない。例えば、暴力に逆らえない状況とか、家族の借金のためとか、いろいろ事情はあるだろう。ただ、そういうまっとうな理由で水商売をしてきた女なら、あんな横柄な態度はとるまい。あれは、自分の性的魅力を知り尽くした女だ。自発的に体を餌にしてきた。そうとしか思えない。


「何かの間違いではないんですか? そもそも、あれはどこの誰なんですか?」

「帝都でディン様と知り合ったと言っていました」


 つまり、アレか。危険な南洋交易に成功して、お金持ちになったフリュミーに目を付けた、と。


「帝都なら、確かに出会いの機会はあるでしょう。でも、婚約者ですか? だったらどうして、帝都から帰ってくるときに同じ船で連れてこなかったんですか。おかしいじゃないですか」

「それなのですが……」


 溜息をつき、彼女は首を振った。


「あのネックレスをご覧になられましたか。その、金の碇にサファイアが……」

「なんか見せつけてましたね」

「あれは確かに、ディン様の持ち物なのです」


 なんと。俺は見たことがなかったが。


「私は詳しくは存じ上げませんが、お兄様のバイローダ様が預かっていたものらしいです。つい二年前、ディン様が離婚なさってエンバイオ家を離れてムスタムに帰ってくるまではそうでした」

「値打ちものなんですか」

「さぁ……ただ、あれはディン様がピュリスに住まわれるようになる直前までは肌身離さず身に着けていた品物で、ご結婚のためムスタムを去る際にバイローダ様に保管をお願いしたものです。ですから、本当に大切になさっていたはずなのです」


 つまり、そこらの女に勢いでくれてやるようなものではない、と。


「私がこの家で働き始めたのは、ディン様が離婚なさって、サーシャ様のお世話をするメイドが必要になってからのことです。最初の航海に出かけられる前のディン様とも少しの間、一緒に暮らしましたけれども、その時にはもう、あのネックレスを身に着けておいででした」

「で、ムスタムに帰ってきたときには、もうなくなっていたと」

「はい……」


 つまり、こういう説明、ないしこじつけが可能になる。

 オルファスカは、帝都でディンと愛を誓い合った。ディンは再婚相手として彼女を選ぶと決めた。しかし、オルファスカの側にあれこれ都合があり、同じ船では帰国できそうになかった。それで彼は、自分の大切なネックレスを身分証代わりに与え、先に帰国した。

 ディンはそのままムスタムで彼女を待つつもりだったが、先の航海の大成功のせいで、それも難しくなった。地元の商会との付き合いもあり、やむなく船出するしかなくなった。その後になって、やっとオルファスカがここまでやってきた。ところが夫になるべき人が、出かけてしまっている。

 なに、構うまい。彼は私を選んだのだ。だったら、彼が帰ってくるまで、妻として振舞っても……


「でも、ハディマさん。あなたは、何かおかしいと思っているんですね?」

「そうです。というのも、ディン様は婚約者のことを誰にも伝えていなかったのですよ」

「だから、なんとか彼女らを追い払いたいと思って……」

「そこはもう、お詫び申し上げたく」

「怒ってはいません。あなたの立場なら、それも仕方ないと思います」


 ここまで黙って話を聞いていたノーラが、口を開いた。


「ハディマさん、でしたら順序が違うのではないでしょうか」

「とおっしゃいますと」

「ここムスタムには、ディン様のお兄様でいらっしゃるバイローダ様という方がおいでなんですよね? どうしてそちらを頼られないのでしょうか?」


 彼女らしい、実に冷静な意見だ。俺と違ってフリュミーのことをよく知らないから、人格の面からの評価に思考を縛られることはない。それより、ちゃんとした立場のある誰かが動けば、有象無象のチンピラどもなど、すぐ追い払えるはずではないか、と。


「バイローダ様は、ムスタムでも顔役でいらっしゃるんでしょう? 簡単だと思うのですが」

「それが……」

「動いてくれないんですか? 実は仲が良くないとか」

「いいえ、そんなことは。ただ、お兄様も認めていらっしゃるのです」

「はぁっ!?」


 あんな女を?


「あ、いいえ、そういう意味ではなく。あのネックレスが本物だ、ということはです」

「ああ」


 間近に実物を見ていた人が、偽物ではないというのだから、オルファスカが手にしているあの品は、確かにディンのものなのだろう。


「そのせいもあってか、バイローダ様も、この件については煮え切らない態度で」

「確かに、弟とはいえ、もう立派に独立した大人ですしね」

「そうなのです」


 しかし、これはまた、面倒なことだ。

 ハディマとしては、頭を抱えずにはいられまい。バイローダの手回しとはいえ、雇い主はディン。その彼がいないうちに、家の中に得体の知れない女を入れてよいものか。だからといって、バイローダを頼ろうにも、彼もまた、二の足を踏んでいる。

 オルファスカが好ましい女性でないのは、ほぼ明らかだ。何よりサーシャが、人見知りせずノーラにすら懐いたこの少女が、オルファスカ達には敬語で接した。もし彼女がこの家の女主人としてやっていくつもりなら、未来の夫の娘にも好かれようとするはずだ。それがあんな感じということは。

 だが、証拠がない。ディンが選んだ女性であったとすれば、ハディマの立場で叩き出すのもまずい。それで悩んでいたところだったのだ。


「ファルス様、どうかお願いです」


 やれやれ……

 どうしてこうも、俺は厄介ごとに巻き込まれるんだろう。やっぱり、呪われているんだろうか?


「ディン様のお兄様、バイローダ様にお会いしていただくことはできますでしょうか?」

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