使徒の採点と答え合わせ

「所詮、羽虫は羽虫ということか」


 フリンガ城、というよりその跡地。

 砕け散った瓦礫の山の上に、大きな月が懸かっていた。この季節のスーディアには珍しく、夜空はきれいに晴れ渡っていた。


「褒められるより、けなされるほうがずっと嬉しい」


 俺はそう皮肉った。


 真の帝王を自称するそいつは、少しでも権威を形にしたいのか、わざわざ瓦礫の頂点に立っていた。なるほど、よく似合ってはいる。破壊と殺戮を勧める使徒には、廃墟こそ玉座なのだろう。

 前回と同じく、クリーム色のローブに、歪な金属製の杖を手にした姿で、そいつは俺を見下ろしていた。


「そんなことを言っていられるのも、今のうちだ」


 だが、使徒は俺の嫌悪感を横に流した。


「お前がくだらん手心を加えたせいで、また大勢死ぬぞ」

「パッシャのことか? あれは手加減したんじゃない。殺すのが難しかっただけだ」

「どこが難しい。我は『狩り』だと言った。狩りとは、強者が弱者をいたぶり殺すことよ」

「だったら、言葉が間違ってたんだな。どこが弱者なんだ、あいつらの」


 すると彼は溜息をついた。


「デクリオンか、アーウィンか……どちらか一方でも殺しておけば、まだよかったものを……いつか思い知ることになる。まぁ、それもお前が後片付けをするのだな」


 冗談じゃない。

 こいつの目は節穴か? デクリオンだけならいざ知らず、今の俺がアーウィンまで狩れると、何をどう考えればそんな結論が出てくる? いや、もしかするとピアシング・ハンドがあるからできると、勝手にそう思い込んでいるだけかもしれないが。


「それだけではない。お前の愚かさも、どれほどのものか……これはさすがに見込み違いであったわ」

「何のことだ」

「自覚がないのか。せっかく我が道をあけて、古代の秘密を告げてやったのに」


 指摘されてわかった。女神神殿の裏にあった、シュプンツェの寺院のことだ。

 確かに、あれについての調査を先にやらなかったのは、俺の失敗だったが……


「あんな文字、どうやって読めばいいんだ」

「馬鹿者めが。それくらい、我が考えていないとでも思ったのか。あの後、すぐに辿り着けるシュプンツェ盆地の古老に見せれば、その場で読み上げてもらえたであろうに」


 なんてことだ。

 つまり、使徒は本当に俺をナビゲートしていてくれたことになる。とすれば、後れを取ったのは、確かに俺自身の失態だ。使徒のためではなく、広がってしまったこの被害に対して、俺は恥じる気持ちを抱いた。


「本来なら、お前の振る舞いは評価に値しない」


 高みから俺を見下ろしつつ、使徒は言い放った。


「だが、真なる帝王たるもの、約束は守らねばならぬ」


 彼は右手を上げて、指を三本立てた。


「これがお前の点数だ」

「三点?」

「まさかそこまで忘れてはおらぬだろうな? 十人ほど、目標に定めておいた。そのうち、三人がお前の得点となった」


 じゃあ、三人が死んだ?


「結局、標的は誰だったんだ」

「よかろう」


 頷きながら、彼は改めて掌を開き、指を一つずつ折りながら、名前を読み上げた。


「アーウィン、デクリオン」


 その辺りは当然、入ってくるだろう。

 だが、その次からが予想外だった。


「ヒジリ、マペイジィ」

「なにっ」

「当然であろう? 龍神に仕える小娘と小童……目障りなこと、この上ない」


 俺にとっては、別に敵というわけでもなかろうに。

 そのまま、使徒はカウントを続けた。


「ノーラ」

「なんだと!」

「タマリア、オルヴィータ、ニド、ルーク、ドロル……以上」

「馬鹿な!」


 あまりに理不尽なリストアップに、俺は目を丸くした。


「おかしいじゃないか! アーウィンやデクリオンはパッシャの幹部! ヒジリは魔物討伐隊の指揮者で、マペイジィは贖罪の民の戦士! だけど半分以上が、ただの一般人じゃないか!」

「勅命を忘れたか? 我はこう告げたはず……『お前の目的にとっても、我にとっても目障りな連中を殺せ』……そうだったな?」


 だからといって……いや、そうだ。

 使徒の興味は、まず俺にある。俺というより、俺の持つ『世界の欠片』に。それを十全に活用するためには、俺が不死を得るために人の世界の一切を無視して活動するほうが都合がよい。してみれば、俺を人の世界に引き戻そうとする連中には、まず死んで欲しいのだ。

 そして、だからこそ彼は自分で手を下せない。使徒なら、俺がどう抵抗しても関係なく、一方的にノーラ達を始末できるだろう。だが、そのせいで俺の目的が変わってしまっては困る。不死より、使徒への復讐を優先されては本末転倒だからだ。


「でも、じゃあ……いや、数が合わない。まさか、ヒジリが死んだのか?」

「いいや」


 使徒は、いかにも不愉快といった顔で、深い溜息をついた。


「根拠を挙げよう。まず、ドロルはお前の目の前で死んだ。これはわかるな?」

「ああ」


 ゴーファトが高原の彼方へと去った後、俺達はアグリオの市街地に舞い戻った。そこでナイザ配下の兵士を手伝って、市民の生き残りを探す作業に取り組んだ。

 その時に見つかった。体の大半が溶解した状態のドロルが。だから、彼は死んでいる。


「次にマペイジィ。死体は残っていないが、お前は確認したようだな」

「あれがウァールでもないのなら、もう一人、贖罪の民の戦士がいないと計算が合わない。だけど、あれを殺したのはお前じゃないのか」

「その通り」


 頷きながら、彼は言い足した。


「だが、帝王自ら定めた法に背くわけにもゆくまい。『誰かを仕向けて、死に追いやってもよい、結果だけをみる』と言ったのは、我自身、ゆえにこれも数に入れた」


 公平なのか、公平じゃないのかわからないが、とにかくそういうことらしい。


「なぜお前が手を下した?」

「想像はついていよう。言うまでもなく、目障りな龍神を招き寄せぬためよ。それともヘミュービに追い回されたほうがよかったのか?」


 予想通りといえば、そうなのだが。

 しかし、スーディアにあれだけの異変が起きていたのに。マペイジィがいようがいまいが、神ならあれくらい、気付けるし、飛んでくるのだって簡単だろうに。


「じゃあ、あと一人は」

「ヒジリだ」

「さっき死んでいないと」

「これは我の見込み違いよ」


 更に苦々しげな表情で、彼は続けた。


「ミールめが、去年の王宮での出来事に怯えよって、こともあろうにワノノマに手紙まで送りつけていたとは……それでヒジリは、魔物討伐隊の代表として、急遽タリフ・オリムを目指すことになった。それで入れ違いになってしまったのだ」


 去年、つまりサモザッシュを謁見の間で呪い殺した件だ。ミール王が怯えたかどうかは別として、さすがに事の重大性から、彼は女神教の側にも助力を求めることに決めたのだろう。その使者が、どこかでヒジリと偶然出会ってしまった。それで彼女は、ヤレルに後を任せて北へと急行することにした。突然のことでもあり、使徒は状況をコントロールできなくなってしまったのだ。


「我は狩りをせよと言った。だが、獲物のいない狩場に連れ出したのは、こちらの手違いであろう。ゆえに加点する」


 それで死者二名、点数は三点、か。


「だが、それでも一つだけ、誉めてつかわそう」

「なに?」

「二人はともかく、残りの一人、ドロルだけは、お前が殺した」

「殺してない!」


 俺は思わずいきり立った。


「いいや、お前が手を下したも同然だとも。奴の心を追い詰め、狂わせるのに成功した。見事であったぞ」


 歯噛みする俺に、奴は言い放った。


「天晴れであった。まことに恩賞に相応しい働きであった」


 俺の憎悪の視線にも一切頓着せず、彼は嬉々として続けた。


「わかったのなら、受け取るがよい。これが褒美の品である」


 すると、彼の掌に紫色の光が宿った。それが宙を舞い、ゆっくりと俺の手元に降りてきた。

 光が収まったとき、俺の手の中にあったのは……真っ黒な虫だった。


「こ、れは」


 一瞬、あの見慣れた黒いダイヤかと思ったが、フォルムが違う。


「黒い……蝶? しかも、髪飾り?」

「そうだ」


 なかなか繊細な造りをしている。軽量だが、何かの金属製だ。非常にか細い金属の線を幾重にも重ね、束ねて拵えてある。色合いは、黒いには黒いが、光の当たり具合で微妙に色を変える。紫色を帯びることもあれば、深い琥珀色に染まるところもある。確かに美しいといえなくもない。


「これでオシャレでもしろと?」

「最上級の魔道具だ」


 その価値を瞬間的に理解すると、俺は思わず黙ってしまった。


「しかも、他では決して手に入るまい。黒竜の魔法を使いこなすための道具など、ろくに残されてはおらぬからな」


 黒竜の魔法? では、腐蝕魔術のための魔道具!? であれば確かに。一般に知られていない魔法のための道具なんて、製作者自体、いないだろうし。


「これさえあれば、腐蝕魔術を使いこなせると、そういうことか」

「腐蝕……ああ、そうか。トゥラカムだったな。その魔法に名前を付けたのは」


 はて? では、使徒はその名前では呼んでいない?

 それより、サース帝の正体を知って……まぁ、そんなの、当然か。


 いや、それより。落ち着け。こんなうまい話があるわけがない。


「たった三点で、そんないいものをくれるなんて、信じられないな」

「現に与えておるではないか」

「実は、秘密の機能でもあるんじゃないのか。持ち歩いているだけで居場所がわかるとか」

「くだらぬ」


 心底くだらない、というように、彼は吐き捨てた。


「そんな策を弄するまでもない。お前の居場所など、目を閉じていてもわかろうものを……」

「それ以前に、どうしてこんな道具を持っているんだ」

「我が設計し、作らせたものだからだ。元々それは、我が愛妾の品よ」


 とすると、やっぱり強力な魔法を使いこなす女が、こいつの配下にいたらしい。ただ、それをくれるということは、本人は既に死んでいるのだろうが。


「少なくとも、お前が考えているような仕掛けは、その道具には仕込んではおらぬ」

「証拠は」

「真なる帝王を愚弄するか」


 ……信じていいのだろうか? 微妙だが、彼の言う通りかもしれない。

 というのも、妙にプライドだけは高そうだからだ。これで実は嘘でした、いっぱい罠を仕込んでいました……俺ならやりそうだが、えてして自分を立派な人物だと思っている奴は、そういうわかりやすく安っぽい罠を使いたがらない。


「一度使ってみれば、そのよさがわかるであろう。説明など必要ない」


 俺は軽口を叩いた。


「たった三点でこれなら、もっと点をとっていたら、とんでもないものをもらえたんだろうな?」

「興味があるか。今からでも残りの者どもを殺してくるなら、恩賞を付け加えてやろうぞ」

「遠慮しておく」


 非生産的な言い争いだと思ったのか、彼は息をつくだけでこのやり取りをやめにした。


「いずれにせよ、身にしみて学んだことであろう」


 月光より冷たい視線が、足下の俺に突き刺さる。


「おのれがいかに矮小な存在か。アーウィンやシュプンツェ如きに手間取るようでは」


 これは、本当のことだ。

 この世界には、まだまだ俺の手の届かない強者が少なからず存在する。それははっきりと思い知った。


「まぁ、よい。これで当面の用は済んだ。あとは疾くスーディアを去るがいい」

「言われなくてもそうする。でも、なぜだ」

「龍神に仕える小娘に、あれこれ詮索されたいのか」


 なるほど、ご遠慮願いたい。


「ククク……」


 最後に使徒は、俺を見下ろし、悪意の滲む笑い声を残した。


「不死を求めて流離うがいい。あがき、もがいて苦しむがいい。そして、お前は世界の真実を知る」

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