正義のイヤミ

 頭上には薄く雲が広がっている。それでも、西の山の端が赤く染まっているので、時刻がわかる。

 市内の騒乱は、窓から確認した限りでは、収まっているように見えた。ゴーファトが正規軍を派遣して沈静化に乗り出したとなれば、いかに戦いに慣れたスーディア人といえども、そうそう暴れ続けるわけにもいかない。それでも今回の暴動は、かなり大規模なものだ。市民同士でも殺し合いに強姦とやりたい放題なのだから、すぐさま解決とはいかないだろう。

 奇妙に静まり返った街の中、俺とアドラットは人気のない街路を歩いていた。


「あてがないのが、悩みの種ですが」


 ワノノマの魔物討伐隊を味方につけて、パッシャとゴーファトに対抗する。その目的で彼らを探しに出たのだが、やはりというか、すぐに見つかるものでもない。

 もちろん、ヤシュルン達と合流でもいい気はする。実はそれも計算に入っている。

 とにかく、一気にゴーファトを倒してしまえるなら。ところが、そうした味方と直接に連絡を取り合う手段がない。当然だ。俺は見つけられまいとして無人の領域に潜伏し続けているのだから。

 しかし、そこはやはり隠密だ。そういう場合の連絡手段も、一応、取り決めてはあった。窓際のコインだ。というわけで、俺は街を彷徨い歩きながら、そうした符牒を探し続けていた。


「とりあえず、あの青空市場の付近から探しましょう。彼らは土地の人間ではありません。争いに巻き込まれるのを嫌って、どこかに潜伏しているはずです」


 だが、しばらく進んだところで、俺達の探索は中断された。

 ピーッと口笛の音が響いたかと思うと、通りの前後から数人の男達がばらばらと走り出てきた。普通の夏服に剣や槍といった武器だけを携えている姿だ。外見をみるに、どこかの地域の若者達なのだろう。

 アドラットはすかさず剣を抜き放ち、頭上に掲げた。


「私達はただの旅人だ! スーディアの人間ではない。戦うつもりはない!」


 しかし、大人一人と、大人になりかけの少年一人だ。彼らに怯む様子はみられなかった。


「道を開けてくれ」

「お前らは誰だ」


 アドラットが通り抜けようとすると、色黒の若者が抑揚のない早口で、そう誰何した。


「旅人だ」

「名前を言え」

「なぜだ……いや、いい。私はアドラット・サーグン、帝都からの旅人で冒険者だ。これでいいだろう、通してくれ」

「フードを取れ」


 その視線は、俺に向けられていた。

 目立つ黒髪を覆い隠すため、俺はフードをかぶっていた。ごまかせないと思い、俺はそっと脱いだ。途端に前後の男達十人ほどの視線が集まる。


「武器を捨ててついてこい」

「は?」

「アドラット、お前はいい。そっちの黒髪だけ、こっちに来い」


 するとアドラットは前に出て、問い質した。


「何をいう。私はこの子とその親に雇われている。無事に故郷に連れ帰る契約だ。引渡しなどできない」

「ファルスだな」


 名前が知られている?

 とすると、あのホテルの裏庭で俺を襲った連中か?


「あなたがたは、誰ですか」

「なんでもいいだろう」

「よくありません! 答えてください。シュプンツェですか、ミュアッソですか、それともコーシュティですか」


 リーダー格のその色黒の青年は、目をぎょろりと回してから、答えた。


「コーシュティだ」


 では、ヤシュルンの手回しか? 合流できるように、人を派遣して探してくれていた?

 しかし、それにしては。俺もここに至るまでの人生で、それなりに修羅場を乗り越えてきている。それらの経験からくる直感が、危険を訴えていた。まず、俺のことを味方だと認識しているのなら、もっと友好的な態度をとるはずだ。ついてこいとは言っても、武器を捨てろなどとは言うまい。


「僕を連れていって、どうするつもりだ」

「人質になってもらう」


 人質?


「領主が兵を引けばよし、さもなければ指を一本ずつ落とす。それでも要求を聞かなければ、殺す」


 おかしい。

 では、これはヤシュルンの手回しではない? それとも、コーシュティの人間というのが嘘か? 或いは、現場まで情報伝達が行き届いていないだけ?


「そういうことなら、引渡しはできない」


 アドラットが身構える。俺も剣を引き抜いた。

 直接に恨みがあるのでもないのに、自分達の都合だけで一方的に傷つけたり、殺すといわれたのだ。なら、やり返しても正当防衛だろう。

 しかし、こうなるとヤシュルンとの連携が余計にやりにくくなる。もし彼らを殺してしまったら、後から共闘しようといってもできなくなる。


 いや、それ以前に。なぜゴーファトじゃなくて、コーシュティの連中が俺を狙うんだ?

 こいつは人質だと言った。つまり、ゴーファトが血相を変えて探し回っているからこそ、取引材料になると考えたのだ。

 では、ホテルの裏庭で俺を襲った連中とは、また別口か?


 となると、ゴーファトはかなり焦っている。なりふり構わず捜索させた結果、暴動に参加する連中にまでそのことが知れ渡ってしまったのだから。これは、こちらの想定外だ。急がないともっとひどいことになる。俺が逃げ続ければ、今度は俺と繋がりがあると知られた人物が危険にさらされる。具体的には、ノーラが。


「僕は敵じゃない。フリンガ城に戻るつもりもない。勝手に捕虜にしたと言いふらせばいいだろう」

「お前の都合は関係ない。ついてこい」


 話し合いは無駄、か。


「……後詰を頼めますか」

「心配要りません」


 短く言葉を交わすと、俺は剣を手に、前に出た。

 空気が変わったと悟り、目の前の男達も武器を前に、間合いを詰めてきた。


 狙いは……この色黒の男。


「逃がすな!」


 彼の号令に、男達は一斉に動き出した。だが、それより先に、俺が彼の懐に潜り込んでいた。


「うっ……カッ!?」


 剣の腹で思いっきり頭を殴りつけた。もちろん、『行動阻害』で足を痛めつけて、頭の位置を下げてから。

 間をすり抜けて、俺はまっすぐ走った。アドラットも遅れることなく、振り下ろされる剣を受け切ってから転がり出て、追いかけてくる。


「ひゃ、ひゃへ! へ?」


 奇妙な号令に、前に出かけた男達の足が止まる。色黒の若者は、混乱していた。無理もない。口が痺れてうまく話せないのだから。

 構わず俺は走り続けた。距離さえ取ってしまえば。彼の指揮能力を奪うには、まともに会話できないようにしてやればいい。組織的な追跡を振り切れば、あとはなんとでもなる。


 しばらく後、周囲が暗くなり始めた頃、俺達は街路の脇で休息をとっていた。

 幸い、誰も殺さずに済んだものの、これではヤシュルン達と合流するのも難しい。理想的な形としては、ワノノマの魔物討伐隊にヤシュルン達、更にはコーシュティの民兵も加えた形で一気にゴーファトを急襲することなのだが。

 いっそ、その辺を放り出して事態を静観するという手も、ないではない。しかし、そのための前提条件として必須になるのは、やはりノーラとタマリアの確保だ。せめて彼女ら二人の安全を確保しないと、状況を放置するには都合が悪い。


「ファルス様」

「なんでしょうか」

「ファルス様は、宿に戻ったほうがいいのでは」

「なぜそう思います? ……いえ、確かに足手纏いですね」


 アドラットは誰にも注目されていない。彼一人なら、自由に歩き回って魔物討伐隊を見つけることも不可能ではない。そこに俺がいると、暴徒に見つかり次第、今みたいなトラブルになってしまう。


「そこまでは送りましょう」

「いいです、一人で行けますから」

「そうは言いますが」


 その瞬間、背筋に冷たいものが走った。反射的に振り返る。


「そうともよ。いなくなられては、ワシが困る」


 薄暗い中、立っていたのは長髪の老人だった。

 真っ白な長い髪をいくつもの団子にしてまとめている。よく日焼けした、皺だらけの顔だった。口元こそ笑っているものの、その眼光は鋭く、また深く、何を考えているのか、まるで見通せない。

 やたらと古びた装飾の多いダボダボの上着を身につけている。この辺では見たことのない柄だ。それと靴を履いていない。そして手には、真っ黒な棒を携えていた。


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 マペイジィ・タフータ (159)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク5、男性、61歳)

・マテリアル 神通力・識別眼

 (ランク4)

・マテリアル 神通力・千里眼

 (ランク4)

・マテリアル 神通力・探知

 (ランク4)

・マテリアル 神通力・危険感知

 (ランク2)

・マテリアル 神通力・鋭敏感覚

 (ランク3)

・マテリアル 神通力・怪力

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・俊敏

 (ランク3)

・マテリアル 神通力・念話

 (ランク3)

・スペシャルマテリアル 龍神の祝福

・スキル ルイン語   5レベル

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル サハリア語  5レベル

・スキル 格闘術    7レベル

・スキル 棒術     7レベル

・スキル 軽業     7レベル

・スキル 隠密     7レベル

・スキル 水泳     6レベル

・スキル 操船     5レベル

・スキル 裁縫     1レベル

・スキル 料理     3レベル

・スキル 医術     4レベル

・スキル 薬調合    4レベル


 空き(137)

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 安心と不安が、同時に胸に押し寄せてきた。


 安心というのは、彼がパッシャの一員ではないと言い切れる点だ。龍神の祝福があるということは、彼は贖罪の民だ。ヘミュービだけでなく、モゥハも同じような祝福を配っていないとも言い切れないが、どちらにせよ、そちら側の人間であることは間違いない。

 不安というのは、もちろんヘミュービとの関係性だ。奴は俺を邪悪な存在と看做し、一方的に殺そうとした。今、贖罪の民がこの俺をどういう存在と位置づけているかは、はっきりしていない。


「何者だ」

「下がりおれ、小童が」


 身構えるアドラットに目もくれず、彼は無防備にも近付いてくる。


「待ってください」


 俺は割って入った。


「多分、敵ではありません。それで、あなたはどなたですか」

「さて、どなたかのう」


 その口調には、どうにも挑発的な雰囲気があった。贖罪の民及び龍神の使徒としては、過去にノーゼン、それからダニヴィドと出会ったが、マペイジィの態度は、これまでにないものだった。

 確かに、正体を明かす前後のノーゼンだって、わざとパッシャのふりをして俺を誘い込んだりはした。ただそれは、俺に対する疑いゆえだった。その後、聖女の祠の奥を調べ、資料を提供した俺は、贖罪の民にとって友好的な立場を選んだはずだった。ヘミュービの襲撃を受けた後も、ダニヴィドは龍神の人についての認識を説明してくれたし、村を立ち去る時には見送ってくれたりもした。

 あれから、俺が何か、彼らの怒りをかうようなことをしただろうか?


「僕達に、どんな御用ですか」


 少し手前で立ち止まり、じっと俺のことを窺う。その視線が妙に気持ち悪かった。


「なるほどのう」

「一人で納得されても困ります」

「ふん」


 今、彼は俺のことをじっくりと観察していたのだ。識別眼の神通力がある。デクリオンと同じように、俺の正体を探ろうと……


「お前が噂のファルスか」

「そうです」

「なるほど、怪しい奴」


 それは認めるが、明らかに一般のフォレス人とはかけ離れた服装のまま、裸足に棒切れ一本でうろつきまわる爺さんに、そんなことは言われたくない。

 なんとなく友好的な相手でないらしいと悟って、俺は距離をとろうと思った。


「御用がないのなら、失礼しますよ」

「待て」


 立ち止まると、ようやく彼は名乗った。


「マペイジィじゃ。気付いていよう。人の知らぬ北の村よりきた。して、脇の男は」

「アドラットだ」

「ふん」


 いちいち鼻を鳴らす癖でもあるのだろうか。


「では、これが用件じゃ。ファルスよ、お前はどうしてスーディアにおる」

「勅命です。スード伯が僕を招きたいということで、陛下に懇願したそうで」

「表向きにはそうじゃろうが」

「表向きも何も、それが本当のことですよ」


 彼はじろりと俺の顔をねめ回し、アダマンタイトの棒で自分の肩を軽く叩きながら、近寄ってきた。


「怪しいファルスが怪しげな連中と関わっているとあってはのう」

「どういうことですか」

「ノーゼンからの報告は、ダニヴィドから聞かされておる」


 なら、俺が敵じゃないことは知っているはずだ。なのになぜ?


「その時に奇妙だと感じた……そうであろう。お主も知る通り、我ら贖罪の民は、少々の呪いに屈することはない。それだけの鍛錬を積んできておる。なのにあのノーゼンが、祠の中ではまともに動くことすらできなかったと、そう言っておったと。ではなぜ、お主は無事だったのじゃ」

「……わかりません」

「ワシにはわかるぞ」


 やはり、見えている。

 デクリオンが見たのと同じ、強烈な光が俺を覆っているのを確認した。言ってみれば、俺の正体を探るのが、彼の本当の用件だった。


「それがこんなところで、ついに『虫けら』どもの手下になろうと、そういうことか」

「違います!」


 俺は、どう振舞ったらいいか、わからなかった。

 パッシャの仲間になるなんて、絶対にごめんだ。だからといって、あんな恐ろしい連中を敵に回して戦う覚悟だってない。世界の欠片という絶大な力を持ちながら情けないと、それは確かにそうなのだが……


 いや。それだけではない。パッシャは本当に悪なのか? もしかして、彼らの主張こそが事実かもしれない。女神とその信者達が、自分達のルールに従わない人々に、どれだけつらく当たったか。シーラだって、ギシアン・チーレムの征服がなければ、今でもウルンカの民と平和に暮らしていたかもしれないのに。

 認められない。認めたくはないが、俺とパッシャの間には、確かに共感できる部分がある。俺には、彼らの憎しみが理解できてしまう。前世もろくなものではなかった。生まれ変わってからも、憎しみの世界で生きてきた。父を殺し、母を犯し、奴隷の身分に落とされて。それでも頑張って、やっと人になれたと思ったのに、それすらあっという間に無になった。

 ニドの、あの燃え滾るような怒りだって、わからなくはない。そもそも、俺を動かしてきたのは、いつでも怒りだった。誘拐されたリリアーナを助けに行った時、俺は彼女を見捨てることに、言葉にできない怒りをおぼえた。王都から立ち去ろうとしていたアネロスに戦いを挑んだのは何のためか。そして魔宮でも、ソフィアに手を差し伸べたのは、同じ怒りが胸のうちにあったからではないか。

 この怒りは、悪ではない。善でもない。俺は正義なんかじゃない。俺は……


「そうかの? 奴らはお前に興味があるようじゃったが」

「マペイジィさん、本音を言います」


 後退りしながら、俺は必死で言葉を紡ぎだした。


「僕は、関わりたくない」

「なんじゃと」

「あなたの言う通り、ここにパッシャが来ています。かなりの戦力を投入しているはずです。僕も仲間になれと誘われました」


 この一言に、アドラットも向き直る。


「でも、僕は……いやなんです。関わりたくない。仲間になんてならない。戦うのも、本当は怖い。逃げられるなら、逃げたい」

「それならさっさと立ち去ればよかろうに」

「できません。僕の知り合いがまだ、スーディアにいる。僕は」


 ……俺は、小さな小さな、ただの一人の人間だ。

 タンディラールが嘲ったように。使徒が指摘したように。自分の身の回りだけ平和なら、それでいいと。それでは済まないのが現実だと知りながら、目をそらす、小さな小さな、弱い人間。

 パッシャが悪だと思うのなら、堂々と戦えばいい。贖罪の民にも龍神にも助力を請えばいい。逆にパッシャこそ正義だと考えるのなら、女神の秩序に対して戦争を仕掛ければいい。でも、できない。逃げて、逃げて、ただ一人、人形の迷宮の奥で、永遠に眠り続けられればいいと……そんなことばかり。


「げぇぁあっはっは!」


 マペイジィは大声で笑った。


「なんじゃ? 身内が心配で、逃げられんと、そう言っておるのか」

「そうです」

「たわけが」


 何も言い返せない。

 俺がやろうとしているのは、その場しのぎだ。根本的には何も解決しない。


「それで? なら、何しにほっつき歩いておるんじゃ」

「それは」


 俯く俺に代わって、アドラットが答えた。


「ワノノマの魔物討伐隊を探しています」

「ほう? 何のために」

「領主のゴーファトがパッシャと結託しているらしいとのこと。しかもどうやら、魔王との繋がりを求めているようで」


 マペイジィの顔から、笑みが消えた。


「根拠はあるのかの」

「こちらに」


 俺はポーチから、例の遺跡の碑文の写しを取り出した。


「こちらに来る途中、古い神殿の址を見つけました。女神神殿の裏に隠されていたのですが、どうやら……ああっ、な、何をするんですか!」


 目を疑った。

 マペイジィは、大事なその写しを、ズタズタに引き千切ってしまったのだ。


「このようなもの、目にするでない」

「手がかりなんですよ! そこで大勢の少年が殺されていた……ゴーファトとパッシャの狙いがわかるかもしれないのに!」

「早く忘れたが身のためじゃ」


 こいつは、いったい何なんだ。

 一方的過ぎる。聞く耳持たぬといわんばかりの態度じゃないか。


「で、魔物討伐隊か。確かにおるにはおるがな」

「どこですか」


 アドラットも、さすがに不機嫌を隠せない。


「ワシがやってきたこの道をまっすぐ、そのうち左手に焼けた広場があるから……三人ほど吊るされておる、すぐ見分けがつくじゃろ……そこで右に曲がって、最初に見つかる左手の宿屋に固まっておるわ」

「ありがとうございます」

「ふん、奴らが何の役にたつのかのう?」


 人を小ばかにするように、彼は笑った。


「ま、ワシは俗世のことには関わらぬ。ゴーファトとやらは、お主らで討てばよい。ワシはワシで、邪悪を見つけて滅ぼすまでよ」


 この態度に、珍しくもアドラットが噛み付いた。


「そのおっしゃりようはないのではないですか」

「何を?」

「私も、ワノノマの方々も、世をよりよくせんものと立ち働いているのです。あなたのことは知りませんが、同じ思いがあってこの場にいらっしゃるのではないのですか。力及ばず願い叶わぬこともありますが、だからといって、どうしてそのように人の志を軽んじるのですか」

「はっ!」


 マペイジィは、皮肉めいた笑いを浮かべた。


「のう、もともと穢れた罪人が、自分の汚れを自分で洗ったとて、何を誇ることがある。それを偉そうに」


 拳でアドラットの胸を軽く小突くと、彼は顎をしゃくった。


「せいぜい数十年しか生きていない小童が、随分と吠えるものよ。勝手にやっておれ」


 なんて嫌な奴だろう。素直にそう思った。

 だが、そんな俺の気持ちを見抜いたのか、彼の視線はまたこちらに突き刺さった。


「まぁ、まずは虫けらども……じゃが、その後は」

「なんですか」

「ファルスよ、今一度、お主の正邪を見極めねばの」


 本能的に危険を感じた。

 これでは、ゴーファトを倒してパッシャを追い払っても、マペイジィが俺に目をつけたまま。彼が俺を邪悪なものと看做せば、追いかけてくる。かといって殺せば、今度はダニヴィド達が俺を敵視する。しかし、逃げ切れるのか。


「どうやら、思いもかけぬ邪悪がこの地に潜んでおるやも知れぬからのう」


 使徒の存在に気付きかかっている?

 彼はどこまで事態を把握できているのだろう?


「では、邪魔したのう。さ、行くがよい」


 彼は、言いたい放題言ってから、道の向こうへと消えた。

 俺はただ、立ち尽くして見送るしかできなかった。


「ファルス様」


 アドラットは、俺に振り返って肩に手を置いた。


「あなたのおっしゃったことは、何もおかしくありません」


 だが、俺は彼の目を見られなかった。

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