彼がなくした世界
頭上にはどんよりと重苦しい曇天。天気がこれだからか、左右に聳える旧市街の街並みは、どうにも冴えなかった。地上三階建て、白塗りの壁に焦げ茶色の屋根。なかなか立派なものだと思うのだが、色彩感を掻き消すこの季節のせいで、無気力に口を開けっ放しにして遠くを眺める人間の顔みたいに見えてくる。
この風景にぴったりくる男がいる。俺のすぐ後ろに。
ルークは、立派な服を着せられても、主人のいるタシュカリダを離れても、変わらず下僕のままだった。俺の横を歩くでもなく、話しかけるでもなく。およそ対等な関係とは程遠い。そのことが、余計に俺を苛立たせた。
「ルーク」
「はい」
「何食べたい?」
夕食には少し早いが、とにかくどこかに落ち着きたい。だからといってノーラのところにはまだ連れて行けない。心の中を読み取ってもらうのも手かとは思うが、まずはしっかり話をしてみないと。
「どんなものでもおいしくいただけます」
「そうじゃなくて、今、何を食べたい?」
「ファルス様のお好きなものを」
これだから。
まったく、いったいどうしてしまったんだ。こいつは。
俺は、例えば臆病な奴を見下すつもりなんてない。怖いものは怖い。それが人間だ。貪欲な奴もいる。それも自然なこと。金が欲しい、女が欲しい、それが人間だ。頭が悪いのもいれば、礼儀を知らないのもいる。みんなどこか欠点があるものだ。
だけど、今のルークは本当に我慢ならない。悪意がないだけに、余計に。
「僕はルークが何を食べたいかを訊いているんだ」
「えっ……ええと」
「正直に言ってくれ」
俺の質問に、彼は目を泳がせ始めた。今まで考えたこともなかったのだろう。
「迷惑か?」
「はっ?」
「僕といるのがいやか? なら、プルダヴァーツのところに帰すけど」
「い、いいえ、滅相も」
この表面的かつ反射的な対応ときたら。
実は収容所時代からノールなんか嫌いだったんだ、或いは先んじて騎士になって妬ましいから顔も見たくない、というのなら、まだわかる。
今、ルークがこうやって返事をしたのは、俺を拒否するという失礼を避けるという、昆虫の反射神経にも似た上っ面の反応でしかない。身分、身分だ。
「僕はルークの持ち主か? 主人か?」
「えっと、違いますが」
「今、ルークがここにいるのは何のためだ?」
「それは、ご主人様が、遊んでこいと」
「それは命令か? 遊べと言うのが?」
「っと、それは……」
なんだかバカみたいだ。
こんな他人行儀な奴を助けるために、道草を食っていていいのか?
「わかってるのか」
「は、はい」
「本当にわかっているのか? どうしてここに連れてこられたのか。僕がお前を買い取らなかったらどうなる?」
「そ、それは……」
「二束三文で鉱山送りだ。いいのか。半年もたずに死ぬだけだぞ。なんとかしようってつもりがないのか」
ついイラッときて、問い詰めてしまった。どうにも近頃、たまに自分が自分でなくなるような瞬間がある。やたらと攻撃的になるというか。
だが、吐き出した分、冷静になれた。いけない。彼がこうなるには、こうなるだけの理由があったのだ。ずっと自分の意思を表現できずに暮らした人間が、いきなり上手にやれると思うほうがおかしい。
それに、俺の言い方はなんだ。まさに奴隷に対する傲慢な主人のそれじゃないか。言い訳をするなら、相手の卑屈すぎる姿勢が尊大な態度を引き出すのだともいえるが……彼の背景を知っている俺が、シチュエーションに飲まれてしまってはいけない。
深呼吸をすると、俺は周囲を探った。一番高級そうな店は……
「あそこにしよう」
「はい」
……そうだ、荒療治を仕掛けてやろう。ちょっとした悪戯だ。身分なんてただのラベルでしかない。見てろ。
「いらっしゃいませ」
黒大理石の床に真っ赤な絨毯。子供二人が立ち入るような場所ではないと言われているような気がする。
くすんだ黄緑色の上着を身につけた店員が、訝しげながらも丁寧に身を折った。
「ご予約は」
「ありませんが、席の空きはありますか?」
「それはちょっと……」
「ご無理を承知で申し上げますが、なんとしても空けていただかなくてはなりません」
俺のワガママな要求に、店員は眉を吊り上げた。
それもそうだ。身なりは立派だし、金も持ってそうだが、いったいどこのボンボンだ、と。親は子供にこんな勝手気侭を許しているのかと、そう思ったに違いない。
「このお店のためでもありますよ」
「どういうことでしょうか」
「こちら」
俺はルークを指し示しながら、はっきり言った。
「スード伯ゴーファトの賓客であるファルス・リンガ様がおいでなのですから」
「は?」
「嘘だと思うなら、城まで問い合わせてください。事実ですよ」
ワンテンポ遅れて、ルークも何を言われたかをやっと理解した。
ファルスが「俺は伯爵の賓客だぞ」と言ったのではない。連れ歩く奴隷のことをファルスだと偽っている。
「しょ、少々お待ちください」
権力を振りかざされた店員は、目を泳がせながら奥へと駆け込んでいった。おかげで、同じく目が泳ぐルークには気付かずにいてくれたらしい。
「しっかりなさいませ、ファルス様」
「ファッ、ファッ、ファルスはっ」
「閣下の賓客であらせられるあなた様を、この私、ルークがご案内させていただいているのですから、誰にも無礼など許すわけには」
「どういうつも」
いくらも話さないうちに、奥から足音が迫ってきた。
この対応の素早さからして、恐らく店員はよく知らなくても、オーナーあたりはその辺の情報を把握していたのかもしれない。或いは、事実確認は後回しにして、とりあえず無礼を働かないようにしておくか、とか。なにしろゴーファトの客だ。後からでは取り返しがつかない。
「お、お待たせしました!」
顔を強張らせながら、さっきの店員が深々とお辞儀した。
「奥の貴賓席をただいまご用意致します。さ、こちらへ」
十分後には、俺とルークは奥まった客席に案内されていた。
床も黒く、椅子も色の濃い真っ黒なコーシュティ製だ。意味のないことではなく、空間全体が黒いおかげで、一方向だけ開けられた中庭が、まるでスクリーンの向こう側のように明るく映える。今日みたいに薄暗い日でも、それなりには見栄えがするものだ。
季節柄、たっぷりと光を浴び、水を吸って膨れ上がった草花が目につく。ピンク色の大輪の花もあったが、少々大味に過ぎるか。美しくないわけではないが、なんというか、肉感的な大人の女を連想させる。少女のように可憐な花々を好むフォレス人なら、少々興醒めするかもしれない。
他に利用する予定の人がいたら申し訳ないので、俺は「案内役」のふりをして、一度そそくさとこの部屋を出て、頭を下げつつその旨を店員に確認したが、幸い、誰も予約はしていなかったらしい。形ばかりの陳謝をして、俺は従者の顔でここに座っている。
「ふふふ」
「どういう……なんということを」
「ルークこそ、ちゃんと言いつけ通りにしなきゃ、ダメじゃないか」
「言いつけってなんですか」
「遊んでこいって言われたんだから。僕はほら、遊んでる」
口を開けて絶句したルークだったが、道理は通っていると悟ったらしい。反論はなくなった。
「お待たせしました」
食事するには少し早い時間ということで、まずはハーブティーが供された。胸がスッとする香りだ。
「ありがとう」
「後ほど参ります。ごゆっくりお過ごしくださいませ」
店員が去ると、俺は遠慮なく口をつけた。
酸味と苦味がほどよい感じだ。これが意識を活発にし、食欲を増してくれるのだ。
「飲んだら」
勧められて、ルークも口をつけたが、すぐに顔を顰めた。
「ん? まずかった?」
「いえ……」
「飲み慣れない、か」
それもそうか。
上質な味、贅沢な味、通が喜ぶ味というのは、よく言えば洗練されているが、悪く言えば本能からかけ離れた代物だったりもする。苦くて酸っぱい液体のどこがおいしいものか。
俺は前世でそういう味を楽しんできているから、今でもそれがピンとくる。ルークにその経験はない。子供がコーヒーを飲みたがらないのと同じだ。
「うまいものも、あとで出てくるよ」
「う」
「この店もまぁ、悪くはないけど、そうだな、出てきたこのお茶の味から判断して……」
本当はこの後の料理も口にしなければわからないことだが、あえて勝手な推測を並べ立てる。
「……上等だけど、ま、平民用ってとこか。ピュリスにあるウチの系列店に比べたら、どうってことないな」
「系列店?」
「ほら、リンガ商会ってあるだろう? あれの最高級店は、貴族に相応しい水準に達しているから」
「すごい……ね」
透明な緑色のお茶を口に運びながら、俺は言い足した。
「いつでも食べられるぞ」
「えっ」
「リンガ商会の従業員は特別扱いだから。他に客が入っているのでもなければ、その品質の料理にもすぐ手が届く」
ドアをノックする音。
「どうぞ」
店員が立ち入ってきて、無言で頭を下げる。客人の会話を妨げないためだ。
その上で、まずルークのほうから皿を供する。ちょっとしたおやつとして、ふんだんに果物を使ったケーキを出してきた。
二人きりになってから、俺は身振りでルークに勧めた。
彼は、おずおずとフォークを手に取り、小さな欠片を切り崩して、口に運ぶ……
「うまい!」
思わず叫んでしまったのだろう。ハッとして我に返り、キョロキョロしだした。
「誰もきやしないし、気にもしない」
「えっ、ああ」
「やっと素が出たな」
作った笑いでなく、俺は安堵の吐息とともに、頬を緩めた。
「おいしいです、じゃなくてうまい! か。生身のコヴォルが残っててくれて、よかったよ」
すると、彼はバツが悪くなったのか、俯いてケーキの皿を押しのけてしまった。
「おいおい、残すなよ。もったいないだろ。食べかけなんて、捨てるしかないんだぞ」
と言われると、彼はまた皿を引き寄せた。だが、続きを食べるのかと思いきや……
フォークを取り落とし、肩を震わせて。目に涙を溜めて、手を組んで、祈り始めたのだ。
「ルーク……」
「うっ、おっ、おおっ……」
こみ上げる嗚咽を必死で抑えながら、彼は何かを言い出そうとしていた。
「大丈夫だ、わかっている。あの持ち主だったからな……つらかっただろう。でも、僕はノールだ。同じ収容所仲間だったノールなんだ。心配しなくていい。ここでの用事が済んだら、買い取って解放するつもりだ。そうすれば」
だが、ルークは黙って首を振った。
「お、おれは」
喉をひゅうひゅう鳴らしながら、組んだ手に額を押し付けて、彼は続きを搾り出した。
「何にもわかってなかった。あの時」
「あの時?」
「野原で、タマリアが……どうしてあんなにつらそうにしてたのか……それを、能天気に、騎士になるなんて」
「あれは」
オークション前の、あの特別な時間。ダングの店のチョコレートケーキを手に、みんなで輪を作った。
あの時、一番役立ったのはコヴォルだ。迷いなく騎士になりたい、俺が好きなものはそれだと言い切ってくれたから。いてくれなければいけなかった。
「何も間違ってなんかない」
「意味が、意味がないんだ、意味が」
それだけ言うと、ついに溢れ出した感情に言葉を奪われてしまった。
雲の多い夜だった。月はおろか、星さえほとんど垣間見ることができない。
タシュカリダの宿舎に引き返してきた俺達は、綿のように濃密な夜風に吹かれながら、屋上から下界の様子を見下ろしていた。旧市街の遠くには、夜中でも人通りの絶えない繁華街があり、そこだけが橙色に光っている。すぐ足下にも、二、三の照明がある。宿を警備する門番達のものだ。
既にこの時間には、テラスに居座る客もいない。夜中にできることは限られているから、みんなもう、自室でくつろいでいる頃だ。
「……奴隷になった経緯は、話したこと、なかったよな」
「ああ」
屋上の柵に手をかけて、彼は遥か遠く、東の向こうのトーキアに思いを馳せた。そこが彼の生まれ故郷なのだ。
「俺がまだ小さい頃に、親父が死んでさ。残ったのは母さんと、俺と、妹だけ」
「親戚は」
「トーキアだからな。縁続きの人なんて、いないよ」
即座に窮乏したのも頷ける。
この世界、前世日本と違って、普通の農村なら地縁血縁がある。しかし、トーキアは別だ。あそこは新しい開拓地で、そこの住民はせいぜい三世代しか経ていない。あちこちからやってきた開拓農民、食い詰め者、アルディニアから流入した貧農なんかがごちゃ混ぜになっている。共同体は脆弱で、信頼関係も希薄だ。
そんな中で、一家の大黒柱が倒れたのだ。それでもまだ年若い母親なら両親がいたと思うのだが、何らかの事情があって十分な援助は難しかったのだろう。
「それでも何とか暮らしてたんだけど、妹が病気になっちまってさ」
「薬を買うお金がない、と」
「そういうこと。簡単だろ? そこにミルークが来たんだ。だから、俺は自分から買ってくれって頼んだ」
妹の薬代のために、自分を売ったのだ。ミルークもまた、その提案を受け入れた。
「母さんは泣いてたよ。だけど、俺は大丈夫だって何度も言って、納得してもらった。いや、納得してくれたのかな。わからないけど。だけど、妹が大変でさ」
「だって、収容所に来たのは五歳かそこらの時点だろ。僕より遅かった」
「そうだな、ノール四歳、俺五歳。妹も四歳だった。そうなるとさ、兄貴がどっかいっちゃうってことはわかるんだ。だから、説明に困って」
頭を掻きながら、彼は言いにくそうにしていた。
「ついつい大袈裟な話にしちまったんだ。兄ちゃんは騎士になるんだ、そのための修業に行くんだぞって」
それが理由、いや、きっかけだったのか。
妹を悲しませないために、ついた嘘。だが、いつしかその思いは本物になっていった。
「強い男になりたいのは、本当だった。憧れる気持ちはあったよ」
「そうだな。傍から見てて、そう思った」
「だけど、どこかで難しいんじゃないかって思った。ジュサも男には剣術を教えてくれないし、本当は望んじゃいけないことなのかな、とか、あの頃はいろいろ考えてた。でも、もしかしたら、なんとかなるんじゃないかって思ってたのもある」
そのチャンスは今、目の前に転がっている。俺が手を貸せば、ルークは最短距離を突っ走ることができるだろう。
「騎士になりたいか」
「もう理由がないんだ」
その声色には、真っ黒な夜風のような陰鬱さがあった。
「収容所を出て、俺を買ってくれたのが今の……プルダヴァーツの先代で、まぁ、兄なんだけどさ。この人はいい人だったよ」
こちらに振り返り、手摺りに背中を預けながら、ルークは力の抜けた顔で淡々と話した。
「俺に元の名前、ルークを名乗るのも許してくれた。勉強もさせてくれたし、小遣いまでくれた。俺も認めて欲しかったから、自分なりには頑張ったよ」
つまり、富裕な商人が求める「忠実な番頭」への道を突き進んでいた。それはそれで、悪くない人生だ。
「三年前に、先代が俺を里帰りさせてくれるって言ったんだ。ファンディ侯の領地に商売に行くついでで、トーキアにも立ち寄るから、その時に家族と会ってもいいって」
「でも……つまり」
「妹は死んでた」
ルークの献身は、無駄に終わったのだ。
せっかく手にしたお金で薬を買い与えても、妹は生き長らえることはなかった。しかも、不幸はそれだけではなかった。
「母さんまで病気だったからさ……それも、もう助からない。もうじき死ぬってところで、俺がたまたま帰ってきたんだ」
「そんな」
「先代は、薬代を惜しんだわけじゃない。よくしてくれた。もう手遅れだったんだ」
彼は首を振って言った。
「俺はついてた。たまたまで母さんの死に目に会えたんだから、だけど」
しかし、これでルークは家族をすべて失った。
誰かのために、と自分を犠牲にする道を選んだのに……
「大事なものなんて、もう何も残ってなんか……俺だけ残って」
「それは違うぞ、ルーク」
俺は力強く言った。
「もうお前しか残ってないんだ。わかるだろう? 父も早くに死んだ。妹も、母親も。そうしたら、お前がその分、幸せにならなきゃいけない」
「わかるよ」
理屈はわかっても、気持ちは追いついていかない。
「だけど、興味がわかないんだ。いつもそう。うまいものを食べても、なんだか悪いことをしてるような気がしてしょうがない。俺じゃなくて、妹に食わせてやりたかった。母さんに……でも、それはできない」
「お前が食べるんだよ。それしかできないんだから」
「わかってる。わかってるよ。だけど」
どんなにいいものでも、欲しいと思えなければ意味はない。
愛する人達の死が、彼から世界の意味を奪い去ってしまった。
「あとは簡単で。トーキアからピュリス、王都に帰る予定だったんだけど、その時の船で事故が起きて。先代が海に落ちて、溺れて死んじまって……娘しかいなかったから、跡継ぎは弟、今の持ち主になったんだ」
弟が家を継いだ。そこから、ルークの扱いもひどくなった、というわけか。なんだか、ちょっと引っかかる。ただの奴隷であれば、大切にする理由もないが、いじめる必要もないからだ。
先代に娘しかいなかった、というのが関係していたのかもしれない。これでルークは、子供の頃と違って顔立ちは男らしくなっているし、真面目で誠実な少年だから、将来に期待できる面もあった。もし先代が近々、彼を解放して平民の身分に戻すつもりだったとしたら、そして娘の一人を宛がうなんてことをしたら……
いきなり海に落ちて死んだ、というところも、ちょっと不自然な気がする。
「でも、楽だったよ。大事にされない暮らしは」
それはそうだ。幸せが、富が与えられれば与えられるほど、ルークは苦しむ。大切な人に何もあげられなかったのに、自分だけ……
「俺は、何のために」
拳を握り締め、彼は声を絞り出した。
「こんなことなら、何もしなければよかった。最期まで妹の傍にいてやればよかった。すぐ近くで、母さんに親孝行してやればよかった。なのに」
最善を選ぼうとして、最悪を掴み取ってしまった。だが、彼の選択に恥じるところがどこにあろうか。
「でもさ。何がつらかったって、俺がつらくもなんともなかったことなんだ」
「つらいのに、つらくない?」
「母さんが病気で虫の息なのに、俺は元気そのもの、横でずっと泣いていられるくらいに。体はどこも痛くない。母さんがあんなに苦しそうなのに、俺はちっとも苦しくなかった」
手を握り締めて、彼はその時の思いを反芻していた。
「せめて半分でも、半分だけでも、その痛みを分けて欲しかった。それがかなうなら、どんなによかったことか」
「わかるよ。でも、それは終わってしまったことなんだ」
であれば、もう未来を見つめるしかない。
「お前が立派な人になればいいんだ。約束してもいい。うちに来れば、騎士の腕輪を身に帯びさせてやれる。絶対だ」
だが、彼は力なく首を振るばかりだった。
「騎士……憧れるよ。だけど、そんなものになって、誰に見てもらうんだ」
彼の罪ではない。それでも彼は罰を望んでいる。
だからだ。デーテルを失ったタマリアと同じような境遇になってしまったから。残されるということがどれほど空しく、つらいものか。今になって思い知ったのだと。
「ルーク」
しかし、それについて俺がしてやれることはない。
「とりあえず、今、僕はここで仕事があるんだ。それが終わったら、お前を買い取る」
だから、形ばかりの救済をするだけだ。
ただ、これが救いになるのかどうかは、まったくわからない。
「早まったことはしないでくれ。ピュリスで暮らせば、また気も変わる。自棄になるのはまだ早い」
俺の言葉に、ルークは力なく頷いた。
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