暇じゃない暇人の悩み

「何かお悩みですか」

「どことなく気分がよくない日というのも、あるものですよ?」


 ずっと自室に篭っているのでは気が塞ぐからと、ホテルのテラスに出てみればこれだ。

 遠出しようにも、空はずっと曇っている。いつザッと降り出しても不思議はない。そう思うと動くのが億劫になる。それにまた、市街地をみてまわる必要性もない。かつ、ゴーファトやパッシャも俺を見張っている公算が高い。考えなしに動き回るのは不利益にしかならない。第一、今の俺に必要なのは、作戦を考える時間だ。

 そうして頭を抱えているところに、なぜか当然という顔でアドラットが押しかけてくる。


「お困りごとがあれば、私に相談していただければ」

「なぜですか?」

「それはもう、私が頼りになる男だと証明して、引き立ててもらうためですよ」


 ダメ男っぷりも、だんだんと板についてきた。

 しかし、こいつからして、パッシャあたりの遣わした見張りという可能性がある。本当に何者なんだろうか。目の前にいられるだけでノイジーだ。


「確かに思い悩んでいることがないでもありませんが、個人的なことなんですよ」

「おお! それこそ私の出番じゃないですか!」

「どうしてでしょうか」

「そりゃあもう、年の功ってやつですよ。ファルス様、あなたは若くして騎士になるくらい優秀かもしれません。でもですね、やっぱり積み重ねた年月に優るものってのは、ないわけでして」


 その人生経験を活用して、俺が今、一人になりたいという気持ちでいるのを察してくれないものだろうか。


 今の俺は、ちょっとした落胆の中にいる。理由は、駆け引きで負けたと感じているからだ。誰に? ゴーファトに。

 彼は思った以上に賢い。俺は見誤っていた。いや、奴が見せる極端な性癖に、惑わされていた。それに気付けたのは、実はダヒアのおかげだ。


 そもそも、ゴーファトはなぜ俺を呼び寄せたのだろうか。最初、俺はそれが、彼の性的欲求によるものだと考えていた。パッシャと手を結んでタンディラールに反逆するつもりだとして、そのままだとファルスは敵方に残ってしまう。ただの一度も堪能しないままに死なせてしまうのは、あまりにもったいない。だから、口実を設けて自分の領地の中に囲い込んだのだ、と。

 だが、今にして思えば、それはただのデコイだった。変態ゴーファトという仮面は、囮でしかなかったのだ。


「で、お悩みはなんですか」

「なんだと思います?」

「ほう、そうきましたか。不肖アドラット、見事言い当ててみせましょう」


 なぜなら、今に至るまで彼は、俺をベッドに招いていない。押し倒そうともしない。入浴を覗きさえしない上に、俺がこうして市内のホテルに宿泊することまで許可している。これが恋焦がれた男の行動だろうか?

 純愛過ぎて強引なことができないとか、いろいろ理由付けはできるが、苦しいだろう。彼が今まで、どれだけ多くの少年を強姦してきたか。俺にだけ初心な男になるなんて、おかしすぎる。


 それはつまり、より重大な意味がある可能性を想定しなければならないということだ。

 彼は俺をここに呼びたかった。なるほど、俺は彼好みの美少年かもしれないが、今は性愛の対象ではない。それより、もっと別の目的で俺を利用したい。


「ズバリ! 美しい女の子を見初めてしまった。彼女に会いたい、話をしたい」

「そんな娘がいるのなら、普通に会いにいけば済みますね」

「そんなっ!? 不安はないのですか。相手にしてもらえないかもっていうですね」

「スーディアのアグリオという土地柄を考えれば、スザーミィ家以外はみんな平民か、よくて騎士階級ですよね。僕の身分でゴリ押しすれば、無視されるなんてことはないと思いますが」

「風情も何もあったもんじゃない!」


 だが、ピアシング・ハンドのことを知っているという推測は、多分当たっていない。なぜか? パッシャを介入させる理由がないからだ。

 俺の力は、秘密であればこそ強い。もちろん、秘密が暴露されても能力が使えなくなるわけではないが、正体を知ったら、誰も直接俺と面会しようとはしなくなるだろう。特に、富や権力を握っている人物であれば。何しろ中身を抜かれて乗っ取られてしまうのだ。危険すぎる。

 ゴーファトがもし、ドロルからピアシング・ハンドの話を聞いたとして……俺が彼ならまず、ドロルを殺すか、監禁する。秘密は秘密だから価値を持つ。ファルスの超能力について、知っている人間が増えるのはいいことではない。自分に知らせるような奴は、他でも言いふらす。

 その上で、俺……ファルスにそれとなく匂わせる。スーディアに呼び寄せたら、直接面会はせずに秘密を知っていることを告げる。その上で落ち着く時間を与え、自分の死と引き換えに秘密がバラ撒かれるという脅迫とセットで、交渉に臨む。

 これだけだ。あんなアーウィンみたいな大量破壊兵器を呼び寄せる必要はない。むしろ、せっかくのファルスを横取りされかねない。


「それなら逆です。好きでもない女の子に、告白された!」

「断ればいいのでは」

「いやいや、そこはもう、どうせならつまみ食いしてから……だけど、後が怖いなぁと」

「怖いに決まってるじゃないですか。ここは帝都じゃありません。自由恋愛だからと女の子に手を出したら、結婚までいって当然なんですから。だから、きれいに断るか、受け入れるかのどっちかしかないでしょう。悩むことじゃないかと」

「うむむ」


 いやいや、ゴーファトにはピアシング・ハンドが効かなかったじゃないか、って? それも関係ない。

 ゴーファトには、ちゃんと行使できていた。ただ、なぜか彼の肉体を奪うと「大変なことが起こる」という警告が生じた。それだけだ。

 これに対してアーウィンのほうは……どちらかというと「使用方法が間違っている」という意味の無反応だった。全然違う。もしゴーファトがパッシャからピアシング・ハンドの防御方法を教わったのだとしたら、この違いを説明できない。

 それにそもそもの話、ドロルから俺の秘密を知ったゴーファトが、どうしてパッシャにピアシング・ハンドへの対抗手段を尋ねようと考えたのか、なぜパッシャがそんなことを知っていると思ったのか、そこを説明できない。だから、この仮説はなしだ。


「じゃあ、剣術ですかね。目指す頂にまだ辿り着けない。ええ、わかりますとも。私も若い頃は頑張ったのに報われなくて」

「だったら外で修業するだけですね。できてもできなくても、やらなければ死ぬ。それが剣ですから」

「そうそう! じゃあファルス様、私とちょっと、練習試合しましょうか……って、なに本物の剣を出してるんですか」

「木剣で安全を確保しながら、命懸けの戦いの準備をするんですか? 甘ったれてますね。悪い癖がつくだけです」

「むむっ」


 そう考えると、ゴーファトは俺に、性愛も求めなければ、ピアシング・ハンドの行使も望んでいないことになる。なのに、俺をここに釘付けにしようとしている? しかも、何をしているかを悟られまいとしている。

 なぜそう言えるのか。俺をフリンガ城の外に出したからだ。


 奴は、自分が異常性愛の持ち主だと自覚できている。そのことをこの俺、ファルスが恐れているだろうことも承知している。その上で、人肉料理を出したのだ。

 君が好きだ、大歓迎だ……などと言われてから、アレを見せ付けられたら、普通の人はどうする? 冗談じゃない、こんな狂った奴の傍になんかいられるか! 衝撃を受けた俺が、フリンガ城の外に滞在するよう仕向けたのだ。

 もちろん、俺が城内に留まりたいと言ったら、それはそれで受け入れるだろう。しかし、周囲は家臣でいっぱいになる。俺が下手に彼の身辺を探らないよう、見張りがつけられるということだ。


「よぅし、これだ! 実はファルス様、旅費が足りなくなってきたんですね? ここの宿に泊まるお金もない!」

「ここのお金はすべてゴーファト様持ちですが……もし、それが僕の悩みだったとして、あなたは何をしてくれるんですか?」

「うっ」


 それと気付いたのは、つい昨日だ。

 ダヒアとオルヴィータが無事でいるという事実。特に後者については、とっくに強姦くらいされていてもおかしくない。それがなぜか、そのままにされている。


 本人らは、演技がうまくいっているからだと思っているが、違うかもしれない。ゴーファトは二人の本音をとっくに見抜いていて、だからお互いにとっての人質ということで、二人とも生かしておいてあるのだ。ダヒアは立場があるから殺せないし、うっかり妊娠したらそれは嫡子になってしまうから、部下に強姦させることもできない。かといってオルヴィータを殺したら、或いは自殺するまで追い詰めてしまったら、人質のいないダヒアがどんな思い切った行動に出るかもわからない。仮に彼女がスーディアを逃れて王都に駆け込んだらどうなる? タンディラールがゴーファトの「陰謀」を創作するかもしれない。大事を企んでいる今だからこそ、イレギュラーを避けるためにも、あえて見逃しているのだ。

 俺が二人を売春宿で稼がせようと提案した時、彼は実に穏やかな解決を望んだ。何もしない。罰も下さず、今日は見逃すと。俺が二人を庇っていることくらい、とっくに承知だ。しかし、ここで彼があくまで罰をと考えた場合、ファルスが強硬な態度に出る。更なる策略をめぐらせるかもしれない。そのやり取りのせいで、俺がフリンガ城内を好き勝手に歩き回ったり、彼の秘密を探ったり、或いはダヒアへの扱いを王に伝えるなどの問題行動に繋がるのを嫌がったのだ。


 要するに彼は、少なくとも俺がタンディラールの派遣したスパイであると認識している。それを知った上でなお、殺しもせずに手元においている。だがその目的が、俺にはわからない。


「わかった! わかりましたよ」

「なんですか」

「ファルス様、あなた、暇なんですよ! 退屈してるんですね?」

「あなたほど暇だったら、どんなにいいか」

「うぐっ」


 そこに、パッシャとの関係がどんなものか、という謎が加わる。

 タンディラールは情報を得たというより、掴まされたのだ。彼ほど頭の回る男であっても、さすがに使徒の介入までは想定できまい。この地にパッシャがいるのは事実、そしてゴーファトに隠れた目的があるのも、ほぼ間違いない。では、しかし、両者は連絡を取り合い、同盟関係を築いているのだろうか?


 先日のアーウィンの発言を思い出すと、どうも微妙な感じがする。

 奴は俺に、スーディアを与えようかと言い出した。考えようによっては、これはゴーファトを敵に回すという宣言でもある。それだけではない。


『哀れな囚われの少女』


 これがタマリアのことだとすると、辻褄が合ってしまう。

 パッシャの存在理由は、俺の知る限りでは『復讐』だ。弟を惨殺され、本人も輪姦された挙句に監禁され、今も苦しみ続けている。こういう人間のために仇討ちをするのが、彼らにとって最も重要な仕事であるはずだ。

 では、ゴーファトとは敵対関係にある? そもそもゴーファトは、城下にやってきたパッシャに気付いてもいない?

 それとも、ゴーファトは「協力者」だが、場合によっては切り捨てる? 俺という別の協力者を得られるなら、代替してもいい?


 そこがわからない。

 タンディラールが使徒に与えられた情報は、事実を含んでいるのか、それとも完全な虚偽なのか。


「うーん、うーん、難しい……となると、あとは、やっぱり自分の部下がいない、家来が欲しいということくらいしか」

「いりません」

「またまた! このアドラットがですね、あなたの第一の家来に」

「家来も召使も必要ありません」

「そんなこと言わないでくださいよ」

「ええ、まったく」


 第三者の声が横から飛んできたので、俺は振り向いた。


「ご無沙汰しております、ファルス様」


 その商人プルダヴァーツは、俺を目にすると、深々とお辞儀をした。

 彼は自分では笑顔を浮かべているつもりなのだろうが、俺には一瞬、ゴキブリがひっくり返って腹を見せているようにしか見えなかった。なんていやらしい顔立ちだろう。これは俺に媚びているのだ。

 そのすぐ後ろにいたのは……息子ではなく、ルークだった。前回よりきれいな服を着せられている。


「これは……ようこそ、プルダヴァーツさん」


 俺は立ち上がり、空いている椅子を勧めた。残りは二席、しかしルークは身分もあり、座らずに主人の後ろに控えている。一方、奴隷より小汚いアドラットはというと、そのまま平然と座り続けている。


「本日はどのような」

「おやおや……では、いきなり本題を切り出しても構いませんでしょうか」

「もちろんです」

「うちのルークとお知り合いだそうで」


 やっぱりそうか。

 俺への心象をよくしようと、ルークにいい服を着せた。目的は? 知り合いだから、この穀潰しを買ってくれ? あり得る。

 さっきまでアドラットには「機嫌が悪い」と言ってきたが、ここにきて急に本気でムカついてきた。


「はい。ご存知の通り、僕もルークと同じ、奴隷収容所の出身でしたから」


 この「奴隷」というところに、俺はアクセントをつけて強調してやった。


 俺はこの商人が好きになれない。本当の意味では人に敬意を払っていないからだ。

 ゴーファトに見せるときには粗末な服を着せ、俺に会わせるときには上等な服を着せる。ただの愛玩用の奴隷か、それとも旧友か。演出の違いなのだが、これだけでも卑しさがよくわかる。ルークが奴隷の身分に相応しい人物だからそう扱うのではなく、どう利用すれば一番利益が出るかしか考えていない。

 本当のところ、ルークは着飾るだけの値打ちのある人なのか? 違うと信じているのなら、ゴーファトに対してしたように、俺に売りつける際にも安物の服を着せればよい。そうしないのは、遠まわしには、俺を騙そうとしているのと同じだ。騙すというのは、人を操ろうとしていることだ。それは根本的に、相手を見下す振る舞いだ。


 俺も元は奴隷だ。ルークと同じ。

 お前がそうやって内心、見下しているのと同じ人種だと、自ら宣言してやりたくなったのだ。


「いやぁ、そんな境遇から王自ら認める騎士にまで自らを鍛え高めたファルス様は、本当に尊いお方です」


 俺の嫌悪感に気付いたのかどうなのか。彼は動じることなく、お追従を並べ立てる。


「それに比べ、うちのルークは……しかし、これでなかなか見所もありましてね」

「はい」


 確かに、コヴォルは見所のある少年だった。

 少々横に広くて、およそ美少年とは言えず、振る舞いにも粗暴なところもあったけれども、弱いものいじめだけは絶対にしなかった。騎士になるんだといつも言っていた。自分の気持ちを見失うような子供じゃなかった。

 今のルークはどうだ? コヴォルというより、かつての彼の影みたいじゃないか。


「何を言いつけても真面目にこなそうとしますし……なかなかこの歳にしては腕っ節も強いです。はは……まぁただ、度胸はありませんが」

「度胸がない?」

「ああ、臆病なところがあるもので。物覚えもそれほどよくはございません。ただ、実直ではありましてね、そこは重宝しております」


 俺にルークを買い取らせるのが目的なので、欠点を説明しつつも、長所を伝えようとしてくる。

 それにしても、度胸がない、か。


「正直、ルークはですね……押しも強くはありませんし、機転も利きません。しかし、そうなると適材適所といいますか、どうしても商人の世界というのは、その場その場の判断の素早さが大切なので、この子には向かないと思うのですよ」

「ええ」

「しかし、貴人の下僕としては、理想的な資質だと思うのです。とにかく真面目、地道に言いつけを守ること、これがお家を守る上での第一条件でございますし」

「はい」

「他では欠点とされる臆病さも、これも捨てたものじゃありません。猛々しい奴隷というのも、物騒なものですからね……身の程を弁えるのも、下僕の資質です」

「なるほど」

「そういうわけで、ゴーファト様の身の回りのお世話をする、まぁ、召使の見習いとしてはどうかと思ったのですが、こちらのお城ではもう人が足りていたようで……ですがまぁ、私も人の子ですからね、せっかくここでファルス様にお会いしたのですし、ここは見聞を広めつつ、今日くらいは自由に遊ばせてやろうと、そう思った次第で」


 売りつけるのではなく、一緒に過ごせと。いやらしい。

 買え、とここで迫ったら、俺が「持ち合わせがない」などと言い訳をして拒絶するかもわからない。しかし、一緒に遊ぶだけなら、街を見物してまわるのであれば、断る理由もない。


「もし、おいやでなければ、旧交を温めてはいかがかと……あ、いや、もちろん、身分も随分と差が開いてしまいましたし、こういうのは失礼かも」

「いえ、ちょうど暇をしていたところですし」


 プルダヴァーツは、俺が引き取りを拒否するのではと考えている。だから情に訴えるべく、あれこれ考えて退路を断ってきている。

 だが、俺は彼をノーラに預けることを検討している。だから、あえて口車に乗ってやった。彼を助け出すという一点において、この状況は好ましい。俺から声をかけると、ゴーファトの目につくからだ。これならプルダヴァーツのせいにできる。

 ただ、どうもルーク自身の意志が感じられない。前回、城のテラスで話した時も、俺の提案に俯くばかりだったし……


 せっかくだ。その辺も含めて今日、聞き出してみることにしよう。

 だが、これに異を唱える人物が約一名。


「さっき暇じゃないって言ってたじゃないですか!」


 アドラットがテーブルに上半身を乗り出しながら訴えた。


「それはそれ、これはこれです」

「なんですか、それは。理解できません!」


 そう言いながら、彼は席を立った。


「どうしたんですか」

「私もお供させてください」

「ファルス様、いったいこの方は……」


 プルダヴァーツも、さすがに怪訝そうな顔をした。それはそうだ。いつの間にかここに出入りするのが当たり前になっているだけで、こいつの外見は乞食そのもの、黄土色の古びたマントに潰れた帽子。なぜここにいるのかもよくわからない奴なのだから。


「僕にもよくわかりません」

「はい?」

「思い出しました。冒険者だそうです。アドラットさん、こちらプルダヴァーツさんといって、領主様とも取引のある立派な商人ですよ」

「こ、これはこれは、私、これでも腕利きの冒険者でございまして……」


 だが、その身なりを見ればわかる。危険に対する備えなど、何もできていないらしい、と。

 実際にはそうでもないのだが、アドラットは自らそういう間抜けを演じているのだから、見る人がそう思い込んでも仕方ない。


「剣の一振りも身に帯びていないのに、ですか?」

「あっ、そいつはですね、相手を油断させるためにわざと……」

「相手って、誰を油断させるために」

「ま、まぁ、細かいことはいいじゃないですか」


 苦しい言い訳に、プルダヴァーツは呆れて首を振った。


「じゃ、ファルス様、本日はルークをお預けします」

「はい。じゃ、せっかくですし、旧市街の見物にでも出かけるとしますよ」


 ただ、雨が降らなければいいが……その時はその時、か。さっきとは状況が違う。

 ただ、ノーラに会わせるのは、少し待ったほうがいいか。もし、パッシャやゴーファトの監視を潜り抜けたとしても、ルーク自身がノーラと出会った事実を記憶する。それが何かのきっかけで漏れると、非常にまずい。俺の頭の中を魔術で調べるのは無理だろうが、ルークに対してなら難しくもない。


「っと……待て、ルーク」

「はい、ご主人様」

「これを」


 プルダヴァーツは財布から、気前よく数枚の金貨を掌に出して与えた。


「ファルス様に無駄遣いをさせてはならんしな。お前の好きに遣え」

「ありがとうございます」


 俺の目の前でわざと小遣いか。つくづくこいつは……


「街の見物も、一人では味気ないものですが、二人なら楽しめようものですよ、ファルス様」

「お気遣いありがとうございます……じゃ、行こう、ルーク」


 こちらに手を伸ばしたまま立ち尽くすアドラットと、気持ちの悪い微笑を浮かべたプルダヴァーツを視界から外すと、俺は手招きして、一歩を踏み出した。

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