騎士の誓いと再試合

 頭上を埋め尽くす煌びやかな銀と宝石の輝きも。

 そよぐ春風を思わせる女達の歌声も。

 息を詰めて見守る無数の貴族達も。


「……ここなるファルス・リンガは、女神に導かれしかの英雄の意志を受け継がんとする者である。その志、鍛錬と努力は万人の知るところであり、既に修業は成った」


 すべてはただのノイズに過ぎない。

 名誉あるこの場において、俺の頭の中を占めていたのは、解決したはずの厄介事だった。


 悩みに悶える俺をよそに、女神神殿から派遣されてきた御用神官が、大仰に身振り手振りを加えながら、決まりきった口上を並べ立てている。


「今後は人の世の礎たらんと誓い、自ら困難を求めて旅立つであろう……」


 なんだか皮肉のように聞こえる。「自ら困難を求めて旅立つ」のくだりが。

 俺は何も、わざわざ苦労したくて旅に出たがっているわけではないのだが。結果的に、目標が困難すぎるものだから、どうしても危険が大きくなるだけで。


 王家の専用馬車に運ばれて、王都に到着したのは、この叙任式の前日だった。

 貴族の壁の内側の、専用の宿舎に押し込められてからは、休む暇もなかった。宮廷人の群れが俺の荷物を点検した。武器になりそうなものは、一時的に彼らが預かった。礼装は一応、用意してきたのだが、格式が低すぎるとされたので、大急ぎで採寸され、近いサイズのものが取り寄せられ、直されて運ばれてきた。時間通りに食事が供され、慌しく翌日の打ち合わせを済ませた後は、早寝するよう強制された。目覚めてからは大急ぎで朝食、すぐ床屋、続いて入浴、そして大勢の手によって、礼服を着用させられた。


 銀糸を織り込んだこのフワフワした服……鎧を模したものらしい……はいいとして、この大袈裟なマントは何とかならないものか。誰かに踏まれたら転んでしまいそうだ。

 もっとも、玉座の前で顔を伏せている今、そんな心配など無用だが。


「おお、高貴なる者よ、かの者の血と使命を受け継ぐ者よ、ここなるファルスに証を与えよ」


 それまで玉座に腰掛けていたタンディラールが、すっと身を起こした。


「響き渡る嘆きの声よ。陽光は翳り、大海は澱み、大地は荒れ果てた。その身を捧げて祝福を齎す者はいないのか」

「ファルス・リンガ、ここにあり」


 脇に立つ宮廷人が、刃のない儀礼用の剣をそっと差し出す。それを手に、彼は階上から、俺の肩に剣を添えた。


「汝の身命、気高き使命に堪え得るや」

「我が骸は荒野に、我が魂は天上に」


 正騎士たらんとする者への最終確認と、意思表明の言葉だ。

 ここ一千年、使いまわされている決まり文句であり、小説や講談でもお馴染みの台詞だ。しかし、実際に立場を伴って宣言する人となると、この世界でもごく僅かである。


 騎士とは、あくまで建前ではだが、世界を救うために自らのすべてを捧げる存在だ。その道は険しく、途中で投げ出すような未熟者には、腕輪は相応しくない。だから、今のお前は本当に使命を果たすに足るのか、騎士たるに値するのか、と問われる。

 だが、騎士ならばこう答えなくてはならない。死して骸は拾うものなくとも、むしろそれこそ本望なのだと。またその魂は、なおも天上より人々の安寧を願うのだと。自らそう熱望する者のみが、騎士たり得るのだ。


 剣が引かれ、これまた侍従から彼が腕輪を受け取ったのを確認すると、俺は跪いたまま、右の拳を掲げた。

 そこに、タンディラールの手が添えられる。頼むぞ、と言わんばかりに手が拳を包み、もう片方の手が腕輪を押し付ける。

 彼は、立ち上がりながら、俺の手を引く。俺も立ち上がった。


「万歳!」

「新たな騎士に祝福を!」


 これで俺は、正騎士になった。

 普通なら、貴族の次男坊あたりが、十八歳になって帝都の学園から帰ってきて、やっともらえるものだ。それが十一歳で、ということなので、かなりのスピード出世といって間違いない。ついでに言うと、そこらの騎士は、こんな謁見の間での叙任式なんて、させてもらえない。

 だが、俺にとってはまったく余計なものだ。こんな腕輪など、ただの通行許可証でしかないのだから。


 俺は列席した貴族達のほうに向き直った。

 なんとか「誇らしげな微笑」を保とうと、自分なりに頑張ってみたつもりだ。


 だが、内心では、困惑が止まらなかった。

 これでは、王の要求に従うメリットが半減ではないか。


 俺の叙任式は、普段の政務の合間に執り行われた。朝、謁見の間に官僚や貴族達が集まって、様々な事柄について奏上する場を借りてのことだった。要するに、いかに俺がタンディラールにとって、お気に入りであるかを見せ付けるための……いわばパフォーマンスだったのだ。

 それはいい。ただ、この後には、次の報告事項がある。


 南北に細長い謁見の間をまっすぐ進むと、やがて屋外に出る。そこは、外部からの訪問者が待ち受けるスペースだ。

 そして、さっきから控えていたのは俺だけではなく……


 黄金の小箱の中には、色とりどりの宝石。それが三つ。

 それらを胸の近くに捧げ持つのは、後宮に勤める美しい侍女達だ。彼女らは、ただのエキストラ。主役は……


「ノーラ・ネーク、御前に」


 白い制服に身を包んだ宮廷人が、低い声で指示を下した。

 ノーラは無言で頷き、今、出てきたばかりの俺とは入れ違いに、謁見の間の奥へと歩き出していく。ピュリスにいる時とは違い、場所柄を弁えて、ちゃんと上品なドレスを身に着けていた。


 これが俺の悩みのタネだ。

 どうしてこうなった。


 俺が王家の迎えの馬車で出発する当日、なぜかすぐ横で、ノーラも自分用の馬車を仕立てていた。

 どういうつもりだ、王に呼ばれているのは自分だけだ、勝手にお供を連れて行ったらなんと言われるか。そう詰め寄る俺に、彼女は封筒を取り出してみせた。王からの召喚状だ。発展著しいピュリスの復興の状況を、街を代表する商会の長として報告せよとのこと。それで彼女は、これらの貢物を用意して、馬車に積み込んでいた。

 ただ、五日間に渡る王都への旅行中に、接点はなかった。少し離れた場所を、彼女の馬車が走っているのを見ただけだ。王が宿舎まで用意した俺と違って、ノーラのほうは民間の宿屋に泊まっていたので、完全に別行動だったのだ。


 なお、彼女が不在の間は誰が商会を切り回すかというと……官邸対策はイーナ女史が、地代の回収やら娼館の経営やらはリーアが受け持つらしい。但し、リーアは奴隷で決定権がないので、実際に決済のサインを書くのは、なんとジョイスの仕事なのだとか。本当に名前を書くだけしかしないそうだが。大丈夫だろうか。


 とにかく、そんなこんなで、ノーラは王都にまでついてきた。

 彼女があんなにも忙しそうにしていたのには、理由があったわけだ。俺を見逃さないために。自分がいなくなっても最低限、商会がまわるように、あれこれ手配していたのだから。


 それにしても、だ。ピュリスの状況を報告するのが、なぜ今じゃなきゃいけなかったのか。

 王の召喚状のタイミングを見るに、その辺が実に怪しい。どうもノーラは、前々からタンディラールと文通していた気がする。そもそも俺が正騎士に叙されることを事前に察していたのも、ムヴァク子爵経由かもしれないが、現実に王宮の意向を知り得たからなのだし。


 溜息をついても、どうにもならない。

 俺は宮廷人の先導に従って、その場を去った。


 宿舎に戻っても、僅かな休憩時間があるだけだ。

 なぜなら、朝の執務と昼の休憩を挟んでからだが、午後にはまた、王宮に招かれているからだ。今度は私的な招待らしい。面倒臭い。

 自前で用意した、もう少しラフな礼服に着替えると、俺は迎えの馬車に乗り込んだ。


「待ちかねたぞ」

「なんという恩恵でしょう。この卑しい身の上を、陛下御自らお待ちくださるとは」


 本当に、口先だけのやり取りだ。

 待ったのは事実だろう。大勢が一度に集うなら、無駄な時間も生じようもの。けれども、心理的に距離がある相手であれば「よく参られた」みたいな表現をするだろう。つまり、俺を軽く叱責することで、この場の人々に対しては、気安さを演出している。

 だが、俺の身分は低すぎる。成り上がりの元奴隷なのだから。ゆえに、その気安さに大いに感謝して、へりくだってみせなくてはいけなかった。


 実際、彼の歓迎は、俺の身分に相応しい水準にまとめられていた。この場所にも見覚えがある。

 ベージュ色の石の壁は、せいぜい二階建てくらいの高さ。古びた浮き彫りの出来栄えも、王宮の中ではいまひとつ。足下の芝生は青々としていて、そこに点々と踏み台代わりの石が配置されている。春も終わり頃となれば、日差しが厳しくなってくるので、頭上には薄い布が渡してある。

 この地味な空間。夜会を別とすれば、俺が最初に彼と出会ったのが、この場所だ。あの時は、サフィスのお供の一人としてだった。


「型通りの紹介はいらないな」


 ライオンを思わせる髪と髭。決して乱雑な印象はなく、上品さを失ってはいない。ともすれば深みのある金色に見える自身の肉体とは対照的に、彼はいつも緑色の服を身につける。赤みたいに人を刺激せず、黒みたいに人を圧迫しない。緻密な計算あってのコスチュームなのだろう。

 笑顔だけで騙されそうになる。本当にこの男は、人を惹きつける態度や振る舞いというものを、熟知している。朗らかに、しかし堂々と笑いかけ、きれいに背筋を伸ばしたまま、しかも柔らかく体を開いてみせるのだ。

 人はこういう、力を感じさせる仕草を目にすると、自然と「この人に認めてもらいたい」と感じてしまったりするものだ。


 彼の後ろには、確かに見知った顔ばかりがあった。グラーブ王子、リシュニア王女、アナーニア王女……今回は、王妃のソルニオーネと末っ子のティミデッサは欠席らしい。ロイヤルファミリー以外では、ベルノストと、なんと大将軍のアルタールが控えていた。


「懐かしい場所だ。ファルス、覚えているか」

「はい。初めて陛下にお声がけいただいたのが、この場所でございました」

「いい。楽にしてくれ。ここには、さして人目はないからな……はっは、アルタール、今日は堅いこと抜きだ」

「はっ」


 鎧は身につけていないが、近衛兵の赤いマントだけは羽織ったアルタールが、胸に手をあてて畏まる。

 ほとんど表情には何も出していないのだが、どうも少し、緊張しているような……


 タンディラールは、ドンと白いテーブルの前に座った。


「座れ」

「はっ」


 なかなか度胸がいる。

 後ろに控えている王子や将軍は、立ったままなのに。


 そっと彼らの様子を盗み見た。まるで人形のようだった。グラーブが無視を決め込むのは以前からだったが、今回は二人の王女の様子もちょっとおかしい。アナーニアもグラーブの真似をしているのか、軽蔑の感情すら読み取れない、ただの無表情を保っていた。リシュニアに至っては、俺を正視することもできずに、ずっと床ばかりを見つめていた。


「お前が大人なら、ワインを勧めるところなんだが」

「せっかくですが」


 演出もそこそこに、ようやく本題を切り出してきた。


「あれから、また武名を高めたそうだな」

「それほどでも」

「黒竜を討ったとか。百二十年ぶりの快挙だ」

「女神の幸運あればこそです」

「謙遜はいい。私としても鼻が高い」


 本音では、鼻が高いどころか、面子丸潰れだ。先に隣国の王に報告されて、気分も悪かろうに。


「ただ、惜しむらくは、私がその場に居合わせなかったことだな。竜を討つ……それはもう、二度と見られないような勇壮な戦いだったに違いない」

「きっとあの場にいらしたら、落胆なさるかと思います」

「ほう、なぜだ?」

「竜がやってきたのは、夕方から夜明けにかけてでございましたから、ほとんど何も見えずに終わるかと」

「はっはっは!」


 それで?

 次は何をしたい?


 俺の視線を察してか、彼も雑談を切り上げる方向をとった。


「なに、今日、ここに呼んだのはな。若者の進歩を確認したいという思いがあったからだ」

「はい」

「あれから、ベルノストもアルタールの下でめきめきと力をつけている。せっかくだから再戦を、とな」


 だからこの場所を選んだ、か。

 そんな気はしていた。


「陛下がお望みであれば」

「ベルノスト」

「はっ」


 既に言い含められていたのだろう。目には多少の緊張の色が浮かんでいるが、それでも迷わず進み出た。


「この一年間のお前の努力を、ぶつけてみるがいい」


 ややあって、準備が整った。王をはじめとした観客は、既に横並びに座っている。

 台に置かれた木剣の中から、ベルノストは無言で先に一振りを選び取った。以前とは逆だ。この振る舞いをみてもわかるが、俺を格上とみなして向き合っている。


 しかし、なるほど、ベルノストは真面目すぎる、か。アルタールが以前、言っていたことだが、今では理解できる。同じ再戦でも、ピュリスでジョイスと戦った時は、こうではなかった。彼とて、俺がどれほど手強いかを忘れたわけではないのだ。それでも「勝って当然」「今度は俺が」と強気の態度で向かってきた。

 この差が資質や才能なのか、指導者の力量なのかは、俺にはわからない。彼の顔つきは、いかにも固かった。


 さて、ベルノストと初めて勝負したのはちょうど三年前。

 今はどうか……


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 ベルノスト・ムイラ・ムトゥミース (13)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク7、男性、13歳)

・スキル フォレス語  6レベル

・スキル サハリア語  4レベル

・スキル ルイン語   4レベル

・スキル 指揮     2レベル

・スキル 管理     3レベル

・スキル 剣術     4レベル

・スキル 弓術     3レベル

・スキル 格闘術    3レベル


 空き(5)

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 片手で隙なく構えた剣を、まっすぐ俺の目に向ける。

 それでいて、残った片手を自由にしたまま、胸を張らず、足に適度なタメを残している。悪くない構えだ。


 全般的に成長しているが、やはりジョイスほどではない。といって、彼が努力不足ということにはなるまい。成長の比重が、どちらかというと学問や教養の側にあるためだ。貴族の息子たるもの、剣の鍛錬だけでは済まされない。

 それでも、一人前の剣士と認められるのは、既に間近だろう。構えからすると、剣術の水準も限りなく5レベルに近い気がする。充分に早熟なのだ。

 この分なら、帝都に留学する前に、彼もまた正騎士に叙されるだろう。この調子で努力を重ねれば、三年後には既に期待の新星、帰国後は未来の将軍候補だ。


 だが、彼も既にして察している。

 気の毒なことだ。物事を見極めるその才覚のせいで、わかってしまうのだ。俺との差は、更に開いてしまったのだと。


 動きを待った。


「ハッ!」


 踏み込みながら、鋭く斬り下ろしてくる。

 その切っ先を啄ばむように受け、僅かに逸らしてこちらも踏み込む。


「ウッ」


 姿勢を崩して、体を開かせる。そこにすれ違いざま、斜め前から肩口を打った。手加減はしているので、彼も倒れたりはしていない。

 だが、本当なら首が切れている。勝負ありだ。


「ここまでは予定通りだな」


 不吉な言葉に、俺は眉を顰めた。


「では、これも三年前の再現といこう。ファルス、武器を捨てよ」


 やれやれ。

 だが、今度は格闘戦もできるようになっている。問題ない。


「ベルノスト……わかっているな」

「はい」


 なんだ?

 彼の顔が青ざめている。

 そのうちに、観客席の裏手の廊下から、年老いた執事が、何かを捧げ持ってやってきた。


「これを使え」


 タンディラールのいう「これ」とは、抜き身の剣だった。刃もちゃんとある。品質もまともな、本物の剣だ。


「陛下?」


 俺を殺すつもり……いや。

 それでも俺が勝つだろうと、そう思っているのだ。


「お父様」


 脇に座っていたリシュニア王女が、黙っていられずに立ち上がった。


「あまりといえば、あんまりではございませんか。ベルノストもファルスも、大切な臣下ではないのですか」

「愚か者が。わからぬなら、黙っておれ」


 吐き捨ててから、俺に向き直る。


「覚悟のない戦いなど、舞踊に過ぎん。そうであろう、ファルス」


 下手をすれば怪我人が、いや死人が出るのに。

 なんでもないことのように、彼は笑った。その凄みのある笑顔ときたら。親しげに歓待しておきながら、平気でこれをやるのが、タンディラールという男なのだ。


 勝てるか?

 もちろん、勝てる。但し、油断はできないし、手加減も難しくなる。『麻痺』などの魔術で、相手を無傷のままに捕らえることも考えたが、今回は難しそうだ。あれらは詠唱に時間がかかる。そして、その時間を稼ぐために逃げ回るというのは、この試合では、恐らく許されないだろう。


「では、はじ」

「やぁあっ!」


 無造作な開始の合図も終わらないうちに、裂帛の気合とともに、全力でベルノストが突っ込んできた。

 威力の削がれやすい斬撃ではない。なんと必殺の刺突だ。


 下がる? 避ける?

 いや……


 ……すっとイメージが浮かぶ。


 ずっと昔に見た。

 アネロスが無手で戦った時の、あの動き……


 剣の腹を、拳の甲で受けて反らす。

 前へと滑り込み、下からもう片方の拳をめり込ませる。


「グフッ!?」


 至近距離から、真上に顎を蹴り上げる。

 それでやっと、ベルノストはその場に崩れ落ちた。


 見事。

 そう言いたくなった。


 今の戦い方は、よかった。正しく選択した、というべきか。

 純粋な力量ではかなわない。だから奇襲を選んだ。これが一つ目。

 真剣を手にすれば自然と生じる躊躇。これに打ち克って、あえて最も殺傷力の高い攻撃方法を選んだ。これが二つ目。

 時間をかけない決着を選択したのも正しい。俺が魔法を使えるのを既に知っている以上、自信がなかろうとも長期戦の選択など、最初からあり得なかった。三つ目。


 裏手から、またバタバタとメイド達が駆けつけてきた。ベルノストを担架に乗せようとするのだが、かろうじて意識を保っていた彼は、手を振り払った。

 俺は手を差し伸べて、彼を助け起こした。彼もまた、それには逆らわなかった。


 彼は全力を尽くして、敗北を受け入れた。そして尚も自分の足で立とうとしていた。結果は好ましくなかろうとも、恥ずべきところなど、どこにもない。賞賛に値する。


「……よかろう」


 その様子を見届けたタンディラールが、低い声でそう呟くのが聞こえた。

 確かに、これでよかったのだ。ベルノストには覚悟があったのだから。


「お待ちください」


 タンディラールの脇に立つアルタールが、深刻な顔をして、低い声で言った。


「恐れながら、ぜひとも」

「許さん」


 彼の顔を見もせずに、傲然たる態度で拒否した。


「ですが」

「ならん。これ以上、口に出すこともまかりならん」


 今、何が望まれ、何を拒まれたのか。

 アルタールは、初めて俺の戦いを見た。だが、達人であればこそわかる。あれは今までに見たことのないほどの剣なのだと。だからこそ、手合わせを望んだ。それをタンディラールは拒絶した。

 仮にも一国の軍を代表する名高い剣士が、少年騎士に敗れたと噂されては。そうなる可能性が充分にあるからこそ、アルタールは試合を望んだのだし、またタンディラールもこれを許さなかったのだ。


 俺がそのことに思い至ると、タンディラールは口元を歪めて笑った。

 どうやら、ベルノストもアルタールも、利用されていたらしい。必要な情報は揃ったと言わんばかりの顔だった。


「……だが、『それほど』というのなら、大変結構だ」

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