ブラックタワーの地下室
室内に差し込む黄色い朝陽で目が覚めた。
透明度の高いガラス窓が、一面に張られている。この世界では、かなりの贅沢だが、こんなもの、どこから調達したんだろうか。
明け方は冷えるが、ベッドから降り、すぐ足下のサハリア産の絨毯の上に足を置くと、すぐに温もりを感じた。
ファルスホテルという名前は是非変更して欲しいところだが、なるほど、最高級とされるに相応しいだけの品格がある。上層階にあるため、レジャヤの高級ホテルと違って中庭はないし、間取りも縦長になってしまっているところはなんだが、あとはまったく遜色ない。上品なクリーム色の壁には、美しい浮き彫りが施されているし、配置されているテーブルや椅子にも、その古さゆえの渋い味わいがある。
呼び鈴を鳴らす紐を引けば、着替えや朝食の支度をしてくれるメイドを呼ぶことができる、ということだった。
簡単に食事を済ませたら、またノーラのところに顔を出さないと。とりあえず、服を着直してから、紐を引いてみた。
ところが、出てきたのは……
「お呼びですか~?」
間延びした声。メイド服を着崩したその姿ときたら。巨乳を強調したいのだろうか?
拍子抜けして、俺はがっくりと項垂れた。
「エディマ、何やってんの」
「おっはよー、ファルス君」
「おはよう」
やってきたのは彼女一人ではなかった。
およそ最高級ホテルには似つかわしくない、乱暴な歩調で踏み込んできたのがいる。ガリナだ。しかし、なんでまたこっちもメイド服を着ているんだろう。
「よ! お帰り」
「ああ、ただいま」
「大変だったらしいじゃねぇか」
「ま、いろいろあったよ」
「その辺、あとで聞かせてくれよ。飯だよな?」
「あ、うん」
「おーし、わかった」
それだけで、ガリナは身を翻して部屋から出ていった。扉は開けっ放しで。
これを見るだけでも、絶対、ここで働いてないよな、と思う。
「わ~い、ファルス君だファルス君だぁ」
「ちょ、ちょっ」
残されたエディマが、仕事をするでもなく、俺に擦りついてくる。
「何やってん」
「だぁーってぇー。昨日は途中でやることがあって、お店に残れなかったんだもん」
「お店? 仕事は……」
「そっちじゃなくて! レストランのほう!」
「あ、うん」
そういえば、彼女らは今、どういう立場なんだろうか?
それでチラッと胸元に視線を走らせる。
「あ、今、見たでしょ。えっちー」
「そ、そうじゃなくて」
胸の谷間を凝視したように見えたのか。残念ながら、目当てはそちらではない。
俺は彼女らに、首輪という名目で、銀のアクセサリーをつけさせた。犯罪奴隷には、そういう扱いが義務付けられているからだ。そしてその首輪は、まだ外れていなかった。
「その……夜のお仕事は、まだやってるの?」
「ん? ううん、もう揚がったよ」
「本当? よかったね」
「うん! ノーラちゃんがね、いろいろ新しい仕事をやってみないかって言ってくれて」
そうか。
俺がやり残したことだ。彼女らも、いつまでも男の快楽の道具でいられるわけではない。歳を重ねれば、だんだん客がつかなくなる。といって、そのままでは彼女らに仕事はなかっただろう。
これも、ノーラがピュリスの大改造に着手したからだ。結果、彼女が創設したリンガ商会を支えるスタッフが必要になった。そのおかげで今、エディマ達は、男を喜ばせること以外で収入を得ることができている。
もちろん、有能な人材も必要だったろうが、同じくらい、忠実な仲間も必要になったはずだ。いくら心を読み取れるといっても、裏切る心配のない人間は得がたい。その点、彼女らは、ファルスという共通の人物に対する好意で繋がっていた。
「じゃあ、今は事務作業とか?」
「うん! まぁ、私はほら、頭よくないから、外回りが中心なんだけど。リーア辺りはもう、バリバリだね!」
「そっか……元気そうでよかった」
俺が放り出したことなのに、ノーラはちゃんと面倒を見てくれていた。
それを思うと、頭が下がる思いがする。
「よっしゃー、飯だぞファルス」
「ちょっと! 危ないよ」
乱暴にカートを押すガリナ。その後ろでディーが抗議の声をあげる。
「お久しぶり」
「あ! 久しぶり!」
やや芝居がかった仕草で、かわいらしくパッと片手を挙げて応えてくれた。
相変わらず、髪の毛はツインテールのまま。かなりの長さになっている。
芳紀十七歳。今が美しさの盛りだ。ただ、そろそろあどけなさを武器にするのは、終わりにしなければいけない時期か。
それにしても、反応が三者三様だ。
キャーキャー騒いで纏わりつくエディマ。カラッとしてて、気持ちのいいガリナ。それに、やっぱり垢抜けた雰囲気のあるディー。
……俺なんかにはもったいない。
そんな風に思ってしまった。彼女らは、やっぱり『人』だ。身分は奴隷でも、人間らしく生きている。
透明なガラス窓から差し込む朝陽より、ずっと眩しく見えた。
食事を済ませてから、三人に伴われて、俺はホテルの外に出た。
ノーラは仕事中だという。直接事務所に呼ぶようにと言われているそうだ。
なんだか、大昔のノーラの言葉が頭の中に甦ってくる。『ファルス君みたいな人になる』だったか? 確かに、まだ大人になりきってもいないのに、大人みたいに働いているところは、俺そっくりになっている。
あの広場に面したあの黒いビル……ブラックタワーと名付けた……の脇を通って、その後ろの道路を歩いていく。
「あれ? ノーラはあの中にいるんじゃ」
「そうだよー」
「じゃ、なんでこっちに」
「入口はこっちなの」
なんともややこしいことに、広場に面したあのビルは、すぐ下に入口がない。では、どうなっているかというと、そこから別の建物を一つ挟んで、その向こうにもう一軒、なんでもない建物を用意し、そこから地下道を潜って通うようになっているのだとか。
「なんでまた、そんな」
「ねー、面倒だよね」
そうまでして、秘密にしたいものを抱えている? あり得るかもしれない。総督府と癒着しながらのビジネスをしているのだろうから。
ちなみに、ブラックタワーへの入口になっている建物は、観光案内所を併設している。また、そのすぐ隣にある建物は、なんと市内の私設警備兵の詰所だ。なんとも念の入ったこと。
地下道を通って上がってみると、すぐ無機質な廊下に出た。
目立つ場所に貼り紙がある。
『許可なく地下階に立ち入り禁止』
『一般オフィス→三、四階』
『受付は三階窓口にて』
俺は、傍らに立つディーに尋ねた。
「地下には何があるの?」
「それね、ノーラも教えてくれないの。絶対に入ったらダメっていうだけで」
「そうか……」
俺には教えてくれるだろうか。
「ノーラはどこに?」
「えっとね、二階だと思う。会長室は五階だけど、普段は二階にいるから」
「わかった」
薄暗い階段を昇って、俺は扉をノックした。
「入っていいわよ」
ノーラの声だ。
俺は扉を押し開けた。
「あら、おはよう」
部屋の奥に大きな机があり、その前に座っているノーラが、無数の書類を相手に格闘していた。
「おはよう……」
と返事をしながら、ざっと室内に視線を走らせる。
窓が目立つ場所にない建物ではあるが、実は黒い外壁は、やや斜めに立てられているようだ。時計でいうなら、一時とか十一時の角度で突き立っている。その僅かな隙間をガラスで埋めて、陽光を取り入れている。しかも、朝からランタンまで点してある。それでも少し薄暗い。
まず、目立つのは本棚だった。いくつもある。そこに山と積まれているのが、本や書類の塊だ。とはいえ、整理整頓はされているらしく、どこの棚もギュウギュウということはない。むしろ、わざと余計なスペースを空けてある。
散らかっているわけではないが、奇妙な生活感があった。見回してみると、部屋の中にまた部屋がある。雰囲気から察すると、あれはトイレだろうか。そこから少し離れた場所には、仕事用の大きなものとは別に、また小さな机があり、その上にはあの、大昔に一緒に作った押し花のフレームと、ピュリスで一緒に暮らし始めてからプレゼントした時計が置いてある。
それにあれは……ベッド? 小さめなので、簡易寝台といったところか。いつも彼女は、あんな場所で寝ている? 脇にはハンガーがあり、そこに黒いローブが二着ほど、かけてある。
「あの、ノーラ、もしかして」
まるで仕事人間じゃないか。
前世に見かけた、会社に泊まりこんで働く人の姿を、ちょっと思い出してしまった。
でも、いまやノーラは大金持ちなのに。まったく贅沢をする様子がみられない。
何を好き好んでこんなところで?
「なぁに?」
「ここで寝てるのか。毎日」
「そうよ?」
やっぱりか。
ストイックな性質だとはわかっていたが、これほどとは。
「もうちょっといいところがあるだろうに……っていうか、僕の家は?」
「ジョイスとサディスが使ってるわよ」
「じゃあ、ノーラは、どうしてここに」
「単純に、遠いから。いちいち通うより、ここにいたほうが仕事が捗るもの」
さも当然と言わんばかりだ。
「運動不足になる」
「ならないわ。毎日、修行してるから」
ああ、そうか。
一応、マオ・フーの弟子になったから。
「じゃ、行きましょうか」
さっと椅子から立ち上がると、彼女は後ろの三人に目配せした。
「じゃね、また後で」
「お昼は一緒に食べようねー」
口々にそう言いながら、三人はこの場を後にした。
「いろいろ案内しないとだけど」
階段を昇りながら、彼女は俺に言った。
「まずは、顔見知りの一人と会わせないと」
「誰? エンバイオ家の人?」
「うん。イーナさん、覚えてる?」
「あの人もここで働いてるの!?」
「うん」
三階の一室に立ち入ると、広い部屋の中に椅子と机が島を形成していた。
その中の一つに、見覚えのある女性の姿が見えた。
「イーナさん、おはようございます」
「あら、ノー……ファルス君?」
寝ぼけ眼だったのが、いきなり覚醒して、ガタッと立ち上がる。
「お久しぶりです」
少し老けたか。
イーナ女史は、ここでも事務作業に追われているようだ。
久しぶりというのもあって、珍しくテンションが高かった。
「聞いたわよ! なんでも、ムーアン大沼沢で黒竜を倒したとか」
「僕一人でやったわけじゃないですよ」
「今の総督の配下の方から聞いたけど。近々、黄金の腕輪をもらうことになるんじゃないかって」
従士というのは、あくまでも騎士見習いの立場だ。
それなりの力を身につけたとなれば、正騎士の証、つまり金の腕輪を与えられる。ありそうなことだった。
「イーナさんは、今はどんなお仕事を」
すると途端に顔を曇らせた。
「聞いてよ。ひどいんだから」
その一言で、俺はノーラの顔を盗み見た。まさかブラックタワーなだけに、ブラック企業なんてことは……
「前にやってたことがあるからって、なんで私が総督官邸の事務作業までやらなきゃいけないのよ!」
「はぁ?」
「信じられる? 自前でその程度の仕事もできないのよ、今の閣下は」
「あー……そっか。ろくな家臣団がいないんですね」
イフロースの苦労が偲ばれる。
公職、ことに地方の高官ともなれば、私生活と公務の境界は、限りなく曖昧になる。例えば、近隣の貴族、有力な商人、騎士の腕輪を持つ名士などなど、いろんな人物と会食したりもする。総督府というものもあるのだが、それでもいろんな仕事を官邸に持ち込むことになる。
ところが、年金貴族に過ぎなかった今の総督は、そうした家臣団を持つ必要がなく、また育成する努力もしてこなかった。そこへきて、青天の霹靂の如くに、いきなりタンディラールによって抜擢されてしまったので、手元に使える人材がいないのだ。
ド田舎とはいえ、エンバイオ家にはまだ、領民がいた。だからイフロースは、そこからまともそうなのを拾い上げて、無理やり秘書課を創設し、組織を機能させてきた。それさえもやっとのことなのだ。だが、ムヴァクには、その手の右腕もいないのだろう。
「おかげで、うちは安泰なのよ」
ノーラが静かに、黒い笑みを浮かべる。
これはちょっとしたディスコミュニケーションの狭間が産んだ利権なのだ。
タンディラールからすると、ピュリスを王家のものとして管理する努力さえしてくれるなら、ムヴァクには、それ以上の何かは求めていない。多少の能力不足には目を瞑るし、応援を求めるならそれなりの協力だって惜しまない。
ただ、そういう説明はしない。甘えられても困るからだ。無能は無能なりに努力してもらう。信用できて能力もある腹心は、今はそんなところに配置させられないので、その辺で妥協する。
それに彼は忙しいのだ。ムヴァクをピュリスに配置する。あとは問題が起きたら支援する。それだけ。以上。
ところが、ムヴァクのほうでは、また考えが違ってくる。タンディラールにとって信用できる腹心だったという事実もなく、そのことは本人がよくわかっている。してみると、自分がなぜ任命されたのかがよくわからない。恐らく、ただの欠員補充という認識なのだろう。
そうなると、自分が失態を演じたらどうなるか、と考える。生まれて初めて立派な公職に就くことができた。是非とも失いたくはないわけだ。しかし、そのための実力も経験も、まったく不足している。彼は困っているのだが、素直に困っていますと泣きつくことができない。無能だとバレるのが怖いのだ。
そこに黒い天使が舞い降りた。いや、タンディラールの立場で言うと、いつの間にかノーラが割り込んでいた。
彼はこの状況を、溜息と共に飲み下したに違いない。グッドとは言えないが、ワーストでもない。民間人、それも女とくれば、これ以上、権力に食い込むことはないだろう。無能と知っていてムヴァクを派遣し、忙しさにかまけて、問題が起きないからと放置していた自分のせいだ、と。
「イーナさん、お昼はみんなで食べるつもりだから、貸し切ってあるのでレストランのほうにいらしてください。あと、リーアさんが戻ったら、声をかけてやってくださいね」
「はーい……じゃ、そろそろ仕事に戻るわね。やること山積みなのよ!」
階段を降りながら、ノーラは説明した。
「今の閣下はね、王都でも専属の料理人がいなくて、何かある時は民間の高級店に出前を頼んでいたそうなの」
「人の維持費をケチっていたわけだ」
「年金だけだもの。仕方ないわ」
クレーヴェのつましい生活を思い出す。
セニリタートもタンディラールも、役に立たない年金貴族には、つらく当たる王だった。
「でも、ピュリスには、貴族同士の会食に対応できる料理人なんて、滅多にいないから……」
「セーンさんが、店のコック長をやりながら、出前もこなす、と」
「うまくいってると思うわ」
これ、もう、ノーラが梯子をはずしたら、ムヴァクはすっ転んでしまうな。
「それで、今から見てもらいたいものが、地下にあるんだけど」
「立ち入り禁止じゃなかったの?」
「他の人にはそう言ってあるけど、ファルスに言っても無駄でしょ」
そんなことはないのだが……
今、実際にここを取り仕切っているボスはノーラなのだし、筋合いは通すつもりだが。
「ここね、降りると、ほら……」
「金庫?」
「うん、でも」
階段を降り、扉を開け、室内に入る。すると、言われた通り、正面には大きな金庫が鎮座している。
しかし、俺には別のものも見えている。金庫のすぐ隣の壁が途切れているのだ。そして何より、頭に篭る、あの気持ち悪い熱……
「ノーラ、これ、『人払い』をかけてある?」
「やっぱり、ファルスには通じないのね」
ここに立ち入った人がいたとしても、金庫しか見えない。そして、みんな納得するはずだ。リンガ商会の資金がこの中にある。重要書類もある。だから、立ち入り禁止にしたのだと。
だが、これは盗まれてもいいものだ。それなりの金額を入れてあるのかもしれないが、あくまでダミーでしかない。
本当に見られたくないのは、この壁の途切れた向こう、更なる下り階段だ。
降りた先にあったのは、壁面が黒一色の空間だった。だいたい、二十メートル四方の広さがある。
どこも黒塗りの中、床にだけは、銀色に光る金属が複雑な模様を描いている。色とりどりの宝石が、その合間に埋め込まれている。いや、これは魔石だ。それと、いくつもの円を為す図形が、そこここに見られる。
「これは……」
巨大な魔術道具。永続的な効果を持つ魔法陣だ。
「どこでこんなものを?」
「グルービーの屋敷よ」
それで理解した。
俺との対決の時に、彼は凄まじい魔力を発揮してみせた。『強制使役』で街中の人間を惑わし、俺の退路を絶ってきたのだ。
ところが、彼の能力を奪い取ったはずの俺はというと、同じ魔法を使うにも、とにかくギリギリいっぱいだった。たった一人の人間を支配するのがせいぜいで、それも気を抜くと制御から外れてしまう。
その差が、これだ。高度な魔法技術と、同じく内在する強力な魔術核。しかし、それだけでは足りない。複雑な魔術行使を助け、無駄な魔力の漏出を防ぎ、確実に術の発動を実現するための道具。それがこの魔法陣なのだ。
「運ばせた?」
「グルービーが死んでから、使用人も愛人も、みんな立ち去ったでしょう? それで一時期は、廃墟みたいになってしまっていたのよ。でも、彼には子供も親戚も残ってないから、どうしようもなくて。去年の夏に、あの邸宅を解体撤去するということになったのよ」
「それで、これを取りに行ったんだ?」
「初めは、こんなすごいものがあるとは思ってなかった。ただ、屋敷の中には調度品もたくさんあったし、壁の浮き彫りとか、そういう美術品も残っていたわけでしょう? そのままではもったいないから、これから建造するホテルとか、いろんな場所に、部品だけでも買い取って持ち込もうと思ったのよ」
そのプロセスで、偶然、彼女はこの魔法陣を発見してしまったのだ。そして、即座に解体して、ピュリスに持ち込ませた。
「ちなみに、大量の書籍もあったから、それはここの一階、資料室に詰め込んであるわ。まだ整理整頓も済んでないのだけど」
「そっちはいいとしても、こんなヤバいものを……」
「さすがにね。私とファルス以外には使えないと思うけど、危険すぎるものだから。でも、役には立ったのよ?」
「何に使ってる」
「今は使ってないわ。ただ、一番最初にいろいろ試したのを別とすれば、かなり前に二回ほど、犯罪者を探すのに利用した。市民の心の中を無差別に覗いているわけじゃないけど、何か起きて通報があったら、『意識探知』で犯人を捜すの。で、それとわかったら、ジョイスに伝えれば済むから」
悪用はしていない、か。
とはいえ、アンフェアすぎる道具ではある。今更か。一番アンフェアなのは、俺自身なのだから。
「でも、なるべく使わないようにしてる。だってそうでしょ? 使えば、これの存在が知られる可能性も出てくる。大きな力だけど、こんなものを持ってるなんて知られたら、大変なことになるもの」
「残しておかないといけないのか」
「最初はなかったら大変だったわ。あちこちの土地の人の寄せ集めで街を作ったんだから」
必要性はあった。
では、これからは? 取り上げてしまうべきか。というのも、あまりに危険すぎるからだ。
ノーラがその気になれば、ピュリスは崩壊する。
グルービーの力をそのまま引き継いでいる以上、彼女は『強制使役』の魔法を余裕で行使できる。例えば、ここからほど近い軍港に控える海竜兵団。あれを全滅させるのに、五分とかかるまい。なんのことはない、全員、海に飛び込んで溺死せよ、と彼女が命じるだけで片付いてしまう。
そこまでのことはやっていないのだろうが、その気になれば、官邸にいるムヴァクを完全に支配することもできる。どんな無茶な法律でも通し放題だ。
それに異を唱える市民がいたとしても関係ない。彼らにプライバシーなんかない。しかも、記憶を書き換えられてしまうのだから、逆らう余地すらない。
この状況にタンディラールが気付いて、近衛兵団を率いて南下しても、打つ手が見つからないだろう。市民全員が死兵となって、ノーラに組するからだ。というか、まず海竜兵団が真っ先に反逆することになるだろう。
「少し強引なやり方もしているし……買い占めた土地の利権も、当局に没収されたらおしまいだし、だからこれは、最後の抑止力、といったところかしら」
まぁ、これは判断を保留するべきか。
ノーラは私利私欲で生きていない。さっきの部屋を見れば、それくらいわかる。
「じゃ、次に行きましょう」
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