自縄自縛の包囲網

 無人のリンガ広場で、俺は立ち尽くしていた。


 いったい誰が何のために。変態王とか、その辺の話は脇に置くとして。俺じゃない誰かが、俺の名前でこの街を大改造した。そして、発展させている。大勢の移民を受け入れ、しかもそれをうまく管理し、大きな利益を生み出している。

 実際、利益が出ていなければ、こんな街づくりはできない。無論、グルービー達の襲撃によって破壊された市街地は、ある程度は王室からの経済支援を受けて修繕されている。しかし、この街の彩りをみる限り、それだけでは説明できない。

 現にこの広場も、ピュリスの新総督が作らせたのではない。なにせリンガ広場だ。これが公的事業なら、タンディラール即位記念公園とか、そんな名前にするほうが自然だ。それが一市民の名前を冠しているのだから、ここを整備するのにかかった費用のかなりの部分を、民間が、というか富裕な個人が負担していると考えるしかない。

 その裕福な誰かは、俺の名前を広めている。わざわざ『街の主』という呼び名を使わせているのだ。ボスは自分じゃない。ファルスなのだと。


 とすれば、そいつは……少なくとも、黒幕が別にいるかどうかは別として、貴族など、一定の身分を有した誰かではない。いやしくも貴族の端くれならば、体面というものがある。奴隷上がりの従士なんかの風下には立てないからだ。

 だが、そんなことをして何になる? さっきの風俗通いの男は、ナンバーツーが黒の店を廃止した、と言っていた。ならば、事実上の街の支配者は、そのナンバーツーだ。なぜそいつは、自ら街の主にならない?


 とりあえず、怪しいのは、この目の前の黒いビル……

 他はみんな、何かの店舗になっている。ホテルとか、飲食店とか。なのにここだけ、のっぺらぼうだ。一番大きくて、一番丈の高い建物なのに、窓一つない。

 侵入して、調べるか……


 そう思った時だった。


 野太い警報のような音が、眼前のビルから鳴り響いた。


 すると、変化は顕著だった。

 まず、背後の服飾品店から、数人の商人らしい連中が、バラバラと駆け出してきた。ここに繋がる通りをみると、いきなりあちこちから人が出てくるのが見えた。どうやら、さっきの警笛を聞きつけた事業主達は、みんなこの広場に集結するつもりらしい。


 直感的に、まずい、と思った。

 俺は身を翻して、武器屋の中に飛び込んだ。店主は既に広場に出ているが、若い店番がちゃんといる。彼は俺を胡散臭そうにじっと見つめた。俺は愛想笑いを返すと、細かく彫刻された象牙の柄の短刀を、興味深げに眺めた。

 そして、ガラス越しに広場の様子をそっと窺う。


 人々は、二手に分かれて立っていた。黒いビルの正面は空けている。さながら大名行列を待つ町人達のようだ。

 そこへ、先を奉じる私兵らしき連中が、バタバタと駆けつける。短槍と弓、革製の鎧を身につけた警備兵達だ。


 ものものしいことだ。しかし、この雰囲気からすると、いよいよボスのお出ましか?


 間もなく、道の彼方に黒い影と、それに続く数人の女達の姿が見えてきた。

 先頭を歩くそいつは、先っぽの尖った帽子を被っている。工事現場のコーンに、深いつばをつけたようなデザインのものだ。帽子も、身に纏ったブカブカのローブも、黒一色だ。しかし、背はそんなに高くない。というか、まだ子供か? 大人とすれば、かなり背の低い女だ。

 それでわかった。あの帽子も、体の線の見えないローブも、自分を大きく見せるための道具なのだ。黒には圧迫感がある。いくら知恵ばかりあっても、それだけでは人を動かせない。自分の本心を隠しつつ、相手を威圧する小道具として、ああいった服装を選んだのだろう。

 あれがナンバーツー、ということか。


「静かに」


 広場の喧騒が、ピタッと止んだ。

 先頭を歩いていた黒尽くめの少女も、足を止めていた。よく見ると、黒髪だ。こんなにきれいな艶のある髪は、一人を除いて記憶にない……


------------------------------------------------------

 ノーラ・ネーク (11)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク8、女性、11歳)

・アビリティ マナ・コア・精神操作の魔力

 (ランク8)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル 裁縫     2レベル

・スキル 料理     1レベル

・スキル 棒術     3レベル

・スキル 精神操作魔術 9レベル

・スキル 商取引    7レベル

・スキル 房中術    7レベル

・スキル 指揮     2レベル


 空き(2)

------------------------------------------------------


「えっ……」


 思わず大声を出すところだった。

 慌てて顔を伏せる。


「お忙しいところ、ご迷惑をおかけします」


 その年頃の少女にしては低い声。それに、妙に落ち着きがある。

 言葉としては丁寧だが、その口調には微妙に圧力を感じる。頭を下げるのは形だけ。現に、帽子さえ脱いでいない。周りは自分より年上の男達ばかりなのに。


「緊急事態が発生したため、中心街の商店の皆様には、今すぐご協力をお願いします」


 静かな、しかし断固とした口調に、彼らは顔を伏せて応えた。

 いったい何をやっているんだ、ノーラは。これは夢か?


「まず、警備隊。以下の通り厳命します」

「はっ」


 そこで間をおくと、彼女は息を吸い込み、声を張り上げた。


「中心街の上空に鳥を見つけたら、何が何でも撃ち落とすこと!」

「はっ!」


 なに? 鳥を?

 異様な指示に、集められた事業主達も怪訝そうな顔をしている。


「全員、弓を携帯すること。それからもう一つ。今の命令を、必ず大声で復唱すること。何度でも」

「いっ? 今の命令とは、その」

「鳥を見つけたら撃ち落とせと、そう叫び続ければいいのです。今、私がしたように」

「はっ」


 これは……


「お待たせしました」


 ノーラが店主達に向き直る。

 半ばあっけにとられていた彼らだが、命令を受けて走り去る兵士達の足音に、我を取り戻した。


「皆様には、別のお願いがあります」

「なんなりと」

「もし皆様の店舗に、次の特徴を持つ人物が現れたら、即刻ご報告ください。ファルス・リンガを名乗る人物、または黒髪の少年です」

「それは……街の」


 だが、彼女は休まず続きを言った。


「もう一つ。中心街の外に通じる地下道は、すべて封鎖します。馬車の出入りができる大通りにも、検問を設けます」

「そんなことされたら、まだ昼下がりだっていうのに」

「ご安心ください。中心街に入るほうは制限しません。出ようとする者を止めるだけです」

「そ、それなら」


 さっき質問した男は、まだ荷下ろし中の船もあるだろうから、客が減ることを恐れたのだろう。

 ピュリスを出発する船乗りは、午前中に出払っている。少なくとも、この封鎖によって、明日の朝までは混乱が生じる恐れはない。


「では、しばらくご迷惑をおかけしますが、宜しくお願い致します」


 その言葉を合図に、事業主達はばらばらと自分の店に戻り始めた。ノーラもまた、身を翻し、もと来た道を引き返していく。

 こうなれば、ぐずぐずしてはいられない。


 バッと店から飛び出し、広場から遠ざかる方向に走り出す。

 ボヤボヤしていると、すぐに見つけられてしまう。とりあえずは、人込みにまぎれなくては。走りながら考える。


 なんでこうなった?

 あれは確かにノーラだった。顔もそうだが、あんな能力を持っている人間は、他にいない。


 そして、彼女は俺の存在に気付いている。その上で、捕らえるつもりなのだ。それも、なるべく無傷で。

 鳥を撃ち落とせ。こんなバカげた命令を下す理由が、他に思い当たらない。しかも、撃ち落とすだけではなく、そうするつもりだと叫べと。これは、俺がその命令を小耳に挟むだろうことを期待しているのだ。そうすれば、俺が空を飛んで逃げるのを断念するから。

 俺のピアシング・ハンドの能力を把握しているがゆえの判断だ。


 中心街の出口は、地下道経由か、馬車に乗せてもらうかのどちらかしかない。そのどちらにも検問が設けられる以上、俺は袋のネズミだ。

 検問は、いつまで敷かれるのか。俺が捕まるまで、だ。ノーラなら、俺が別人になれることも知っている。だから、ファルスが見つからないことを理由に監視を解除するなど、あり得ない。発見できないということは、何かになりすましているということなのだ。


 とにかく、まず、黒髪はまずい。これを隠してしまわなくては。


「ごめんください」


 手近な中級クラスの服飾品店に飛び込んだ。


「いらっしゃいませ」


 ピッチリと清潔感のある上着を着こなす男性の従業員が、俺に頭を下げた。


「サハリア風のターバンか帽子はありますか?」

「こちらでございます」


 クリーム色の、目立たないものをさっと選ぶと、俺は懐から金貨を鷲掴みにして、差し出した。


「えっ、と、これは」

「足りますか」

「は、はぁ」

「じゃあ、失礼します」


 どうせ俺がここで買い物したことは、すぐにバレる。繕っても仕方ない。


 そのまま、中心街の周縁部に向かった。

 ここなら、すぐに見つかったりはない。時間稼ぎにはなる。その間に、考えをまとめたい。


 まず、ノーラの目的は? わからない。

 殺意はないと思う。だが、それも決め付けることはできない。あれだけ高い能力を有している状態だから、彼女が精神操作魔術で支配されているという可能性は、ほぼ排除できる。絶対、と言いきれないのは、使徒が介入している可能性も残っているからだ。

 とにかく、今は俺を捕らえようとしている。そして、ファルス・リンガを街の主としたのも、彼女に違いない。


 次。ノーラは、どうしてしまったのか? なぜこの街を支配している?

 考えられるのは、何かのきっかけで精神操作魔術などの能力を有していると気付いたことか。だが、俺はジョイスに厳命しておいた。日常生活では、決して神通力を使ってはならないと。また万一、二つ目の地下室に気付いたとしても、普通は山積みされた財宝に目がいくはずだ。最悪、そちらは勝手に持ち出されても仕方ないと割り切ってもいた。なのに、古びた魔術書なんかに、どうして注目した?

 とにかく、だとすると、彼女は既に魔力に目覚めているとするべきだ。それに、この街の発展を見ても、原資があったはず。とすると、地下室の財宝は、もう……


 次。ノーラはどこで俺の帰国を知った? 船が昼頃に波止場に着いてから、何時間も経っていないのに。魔術? いや、それでは精査する相手が多すぎて、とてもではないが負担に耐えられない。宿屋? それもない。すべての宿泊施設の宿帳を彼女がいちいちチェックするなんて、時間がいくらあっても足りないだろう。第一、事前に俺をマークしていたのなら、宿の主が笑顔で足止め工作をするはずだ。

 と思ったが、それも無意味なのか。俺が精神操作魔術を使った場合、その目論見は見抜かれる。俺の秘密を知っていて、自分で精神操作魔術も使えるのなら、今の俺にも同じ能力がある可能性に気付くはずだ。


 最後に。

 もう一人のファルス・リンガは存在するのか?


 だが、真実を知りたくても、今のノーラには精神操作魔術が通じない。なんて厄介な。

 まさに自縄自縛、自分で蒔いた種だ。


 もう、宿屋には戻れない。

 マルトゥラターレには申し訳ないが、とりあえずは一人で脱出する。


 金物街の片隅で、俺は遠くに口を開けた暗い地下道に目をやった。

 立ち塞がっているのは……四、五、六人か。あれくらいなら、素手でも排除できる。ただ、後詰がいないとも限らない。というか、ノーラなら知っている。あの程度の戦力では、俺に太刀打ちできないことくらいは。

 とすると、魔術で彼らの意識を拾っている可能性が高い。誰かが攻撃を受けたら、別のところに手を回せば済む。いくら俺が強いといっても、武装した兵士が遅滞戦闘に徹すれば、多少の時間稼ぎができる。その間に、地下道の向こうを物理的に塞ぎつつ、この出口を包囲する。


 ダメだ。

 強行突破はリスクが高すぎる。


 では、どうする?

 選択肢は二つ。


 一つ。

 ノーラの居場所に向かう。これが戦いなら、一番確実だ。なぜなら、彼女は俺を倒す手段を持っていない。雑魚をどれだけ並べても、今の俺には通用しない。グルービーが罠の塔の中で俺を消耗させるのに成功したのは、当時の俺が身体強化薬に頼っていたからだ。ゆえに、仮に彼女が、かつてのグルービーの護衛団を子飼いにしていたとしても、手加減抜きの戦いであれば、彼ら全員が無駄死にするだけで終わる。

 但し、この選択をする場合、懸念すべきことがある。最悪のケースとして、彼女のバックに使徒がいた場合だ。というか、サモザッシュにしたように、あの使徒がノーラに憑依していたとしたら?

 その場合、さっきピアシング・ハンドで確認した能力は、まったくあてにならないことになる。予想外の魔術が次々繰り出され、俺はあっという間に捕虜にされてしまう。

 もう一つ。彼女の意図がわからないままに、武力で決着をつけていいものか? 巻き添えになる大多数にとっては、戦いの理由など知りもしないし、関係もない。そんな無駄な流血が許されるのか?


 よって、二つ目。

 とりあえず逃げる。事実確認は後から。


 逃げ方は、いくつかある。

 まず、夜になってから、鳥になる。弓矢の命中確率は大幅に下がるだろう。ただ、それでも多少のリスクが残る。また、夜まで発見されずにいなくてはならない。

 その別バージョンとして、黒竜になる。これは、パニックが起きるだろう。死人も出るかもしれない。やっぱりナシか。

 だが、もっといい方法がある。


 ……下水道から逃げるのはどうか?


 馬車の入れる大通りの脇には、排水溝がある。その行き着く先が下水の入口だ。

 昔、イフロースと図面を書いた時には、東西南北四箇所に、大きな下水口があった。あの設計は、変えていないと思う。


 と思って、まず、東側の入口を探した。

 見ると、飯屋街の雑踏の中に、小さな公衆トイレが建っていた。その横に、これまた平屋の小さな建物がある。

 頑丈なマンホールなんて、この世界には存在しない。だから、その上を建物で覆って、下水管理の拠点とするしかなかった。あそこが、その入口になっているのだ。


「あれっ」


 ところが、俺はそれ以上、進めなかった。

 どういうわけか、兵士達の他、数人の商人と思しき男達が屯して、一緒に茶菓子を口にしている。雑談に花を咲かせているようだ。

 数人の兵士が張り込んでいるだけだったら、『眩惑』してすり抜けてやろうと思っていたのに。これでは頭数が多すぎる。


 なら、次。

 南側ならどうだ。


「また?」


 下水の入口付近に、また大勢の男達が群がっている。


 なんだか、おかしい。

 これは変だ。

 まさか、これも対策済み、ということか? あり得る。グルービーも、邸宅への侵入ルートを先読みしていた。


 とすると……


「君、ちょっといいかな?」


 ハッとして振り返る。

 二人組の兵士だ。ノーラ配下らしく、短槍と弓を携えている。腰には短刀も。


「名前を聞いてもいいかな」

「……サウアーブって言います」

「どこから来た? この辺じゃ見かけない子だが」

「お父さんの手伝いで、船で」

「どこの町から?」

「ムスタムです」

「ふうん」


 わかる。

 二人は、口元だけで笑っている。だがその目は。


「ちょっと帽子を取ってもらってもいいかな?」


 数秒間の沈黙。


「くっ!」


 身を翻す。


「いたぞー!」


 くそっ!

 これはどんな悪夢だ? 俺が育ち、設計し直した街で。俺が保護して、能力を与えた少女に追いかけ回される。

 なんでこんなことに。


 今のやり取り、ごまかしようはなかった。

 サウアーブ君です、と言い張ることはできた。サハリア人とのハーフだから黒髪です、という言い訳にも、頷いてもらうことならできただろう。だが、もしそうなっても「ついて来てくれ」と言われるのは確実だった。


 どうにかこうにか、最初の追っ手は振り切った。

 だがもう、時間がない。こうしている間にも、どんどん包囲網は狭められているはずだ。

 もう、最後の手段、力技だ。目立ってしまうが、身体強化して、思いっきり壁を駆け上がる。中心街のすぐ外は、馬車が行き交う環状線だが、そこも無理やり突っ切る。抜けてしまえばもう、ノーラの手は届くまい。だが、悪いことに、逃げるために南側の壁から遠ざかってしまった。


 なら、どこから……

 北だ。そちらしかない。


 どうせ南側に抜けようにも、幹線道路の向こうには何もない。断崖絶壁から海に飛び降りるわけにもいくまい。かといって、西も東も高低差がある。もともとはなだらかな斜面だったが、地下道の工事その他もあって、今ではこちらも絶壁だ。

 唯一、道路を渡った向こうと土地の高さが変わらないのが、北側なのだ。ならば、そこを抜ける。


 もはや人目も気にせず、俺は薬品街と図書街の間の大通りを突っ走った。

 リンガ広場に誰かいるかもしれないが、身体強化した俺に追いつけるほどの手練れがそうそういるとも思えない。


 もう少しで……

 黒いビル群が近くに迫ってきた。


「バァ!」


 何の予告もなく、いきなりすぐ目の前に笑う金髪のサルが現れた。思わず足を止める。そのサルが、一瞬で消えた。


「ひゃっはははは!」


 哄笑は、斜め上の建物の上から聞こえた。

 しまった。先を急ぐあまり、注意をおろそかにした。


 そいつは、いかにも身軽に、陸屋根の上から飛び降りた。手には棒を携えている。


「ジョイス」


 さっき見えたのはサルじゃなく、ジョイスだった。

 この一年で、随分と背が伸びた。それもそうだ。こいつももう、十五歳。大人といっていい体つきになってきている。その分、毛深さも増して、更にサルっぽさに磨きがかかっていた。


「よぉ、久しぶりだな、ファルス」

「どういうつもりだ」

「はぁ?」


 笑いながらも、彼は揺らめいていた。

 これは、かなり鍛えられている。掴みどころのない動きだ。


「そりゃあこっちの台詞だろ? どういうつもりだよ?」

「通してくれ」

「やだね」


 形なくふらつきながらも、彼は棍を突き出した。


------------------------------------------------------

 ジョイス・ティック (15)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク6、男性、15歳)

・マテリアル 神通力・読心術

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・透視

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・幻影

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・壁歩き

 (ランク3)

・スキル フォレス語 5レベル

・スキル 棒術    5レベル

・スキル 拳闘術   4レベル

・スキル 投擲術   3レベル

・スキル 軽業    3レベル

・スキル 農業    2レベル

・スキル 料理    2レベル

・スキル 裁縫    2レベル

・スキル 木工    1レベル

・スキル 動物使役  1レベル


 空き(1)

------------------------------------------------------


 しっかり成長している。

 しかしマオ・フーは、また神通力に覚醒させたのか。いったいどこまで能力を増やすつもりなんだ。


「いくぜ」


 不敵な面構え。

 勝つことを確信しているかのような。


「フッ!」


 以前とは比べものにならない、鋭い突き。首を捻って避ける。


「ハッ! ホッ! ヤッ!」


 この一年の冒険で力をつけていなければ、もっと苦戦していただろう。これなら、どこに出しても恥ずかしくない一人前の戦士といえる。


「うぉらっ!」


 だが、最後の一手は余計。薙ぎ払うような大きな動きは……


「うっ!?」


 すんでのところで、たたらを踏みつつも避けきった。死角からの石礫とは。

 こんな技まで……!


「これまで当たらねぇとはよぉ」


 そう言ってジョイスは棍を下ろしかける。

 だが、俺の頭の中には、奇妙な熱が……これは……


「チッ!」


 全力で横っ跳び。

 直後に、石畳を強打する音が響き渡った。


「ちっくしょう! これもかよ!」


 ジョイスは悔しがっているが、今のは危なかった。

 石礫で注意を反らしておいてから、幻影と立ち位置を切り替え、そこから壁歩きの神通力で回り込んでからの背面攻撃に繋げたのだ。


「くっそ……このサル! 躾け直してやる!」


 もう手加減はなしだ。

 すっと距離を詰め、棍を引き寄せ、目元めがけて拳、また拳。

 一手、二手と受けたところで足払い。倒れかけたところで、鳩尾に一撃。


「ウッ」


 石畳に激しく背中を叩きつけられて、それきり彼は動かなくなった。


 本気でやれば、倒せなくはない。

 今の一発で、さすがに意識を手放したようだ。だが、そのせいで、口を割らせることができなくなってしまった。ジョイスは、ノーラの意志で動いていたのに違いなかったのに。


「急ごう」


 余計な時間を食ってしまった。

 今から間に合えばいいが。とにかく逃げ切って、態勢を整える。


 再びリンガ広場に踏み込んだ。

 このまま、武器屋と宝飾品屋の間を抜けて……


 その瞬間、ゾクッと寒気が背筋に走った。

 息を殺して、おずおずと振り返る。


 たった一人、黒いビルの真下に立っていた少女。

 被っていた黒いとんがり帽子を、そっと脱いだ。


「おかえりなさい」


 黒い瞳の中に、しっかり俺を捉えながら。

 ノーラは静かに微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る