おいしい獲物を見つけた

「済まなかった。この通りだ」

「い、いいえ」


 トラブルのあった日の夕方から、いきなり大雨になった。カンカン照りが続いていたからと沼地に出ていた連中は、大変なことになっただろう。夜中に降り続けて、翌朝になってようやく止んだ。いつも通りの曇天だ。今こそ仕事日和。

 それでギルドに急行したのだが、そこには既にイーネレムが仲間を連れてやってきていた。彼は俺を見るなり、列から進み出て、深々と頭を下げたのだ。


「酒のせいとはいえ、あれはやり過ぎた。申し訳ない」

「いいんですよ、過ぎたことです」


 俺は慌てて彼の謝罪を受け入れた。

 昨日の今日だ。酔った勢いでマルトゥラターレにセクハラしようとした件。あれから根に持たれて嫌がらせとかされたらどうしよう、と思っていたのだが、まったくそうはならなかった。

 それどころか、彼はわざわざ人目につく場所で、俺に謝罪してきた。


 意外に見えるかもしれない。以前、散々俺のことをからかった彼が、今度は謝罪とは。


 けれども、カチャンの知恵袋によれば、先日のイヤミさえ「そう悪いものじゃない」らしい。つまり、彼らだって同じハンターがバタバタ死んでいくのを見るのはいやなのだ。明らかに未熟な子供がイキがって無茶な仕事に挑んでいるのをみると「とっとと失せろ」と言いたくなるものなのだとか。

 まぁ、俺も遺品のタグを見つけた時には、暗い気持ちになったのだし、わからなくもないが。


 逆に今はというと、不祥事を起こした以上、ケジメをつけないとまずい。俺が怖いのではなく、冒険者としての信用の問題だ。たかがガキに頭を下げるのも、自分と仲間を守るためなのだ。


「行くぞ、お前ら」


 俺の赦免を得た彼は、すぐさま遠征先を決めて、仲間達を連れて去っていった。切り替えの早さは、この仕事には必須。そこに違和感はなかったが……


「ファルス君」


 横から、先に並んでいたヤシュダンから声がかかった。


「君もここに来て、もう一ヶ月近く経つ。そろそろわしらと仕事してみんかね?」


 なんと、いきなりのお誘いとは。


「いいんですか?」

「いいとも。なぁ、マニフィス」

「はい。構いません」


 戒律に厳しいセリパス教の騎士だけあって、彼の表情はいつも変わらない。穏やかに微笑みながら、彼は同意を与えた。


「じゃあ、手伝ってくれ。稼ぎは折半でいいかのう?」

「ええっ?」


 俺は驚いた。折半?

 おかしい。それを言うなら、三等分だろう?


「人数割りじゃないんですか?」

「……それでいいのかね」

「むしろ、未熟な僕がもらいすぎるのは」


 するとヤシュダンは少し残念そうな顔をした。


「じゃあ、そうしよう」


 二時間後、俺達が立っていたのは、巨大な遺跡の中だった。沼の真ん中にポツンと取り残された浮島のような場所だ。

 斜めに口を開けた巨大なビル。南側の壁面がゴッソリ砕かれていて、中では瓦礫が山になっている。そんなのがいくつも連なっている一角だった。


「ようやく到着じゃの」

「お手伝いします。何からすればよろしいでしょうか」

「では、魔物が来ないか、見張るところからやってくれんかの」


 彼らも一攫千金を夢見ている点では、他のハンター達と違いはない。しかし、彼らの目標のあり方には、微妙な違いがある。まずは、信仰ありきなので探検で得られたお宝は教会設立に使う、という欲のなさ。だが、それだけでなく、目的に至る道筋も違っている。

 彼らが探し求めているのは、古代の遺物だ。黒竜とか一角獣なんかには目もくれない。高価な品々は売って資金にするが、歴史的な資料になりそうなものは、大切に保管する。できれば研究して、かつてのムーアン時代の秘密を探りたいのだ。

 ヤシュダンとマニフィスは、ムーアン沿岸の探索者としては、珍しくない組み合わせといえる。学者肌の老司祭と分厚い鎧に身を包んだ戦士。こういうタッグで大沼沢に挑んだセリパス教徒は数知れない。


「そんなのでいいんですか?」

「構わんとも。というより、申し訳ないんじゃが……」


 ヤシュダンは、真っ白な眉をヘの字にした。


「……遺物を掘り出す時、コツを弁えておらんと、うっかり割ってしまったりすることもあるんでな」

「はぁ」


 現代日本で言えば、彼は考古学者だ。

 ゆえに、そういう心配をするのは理解できる。できるが、じゃあ、なんで俺なんかを誘ったんだ?


「マニフィス、わかっとるな」

「はい」


 彼はというと、やはり手伝いをするでもなく、剣を杖に、俺とヤシュダンの傍を離れない。

 そして、遠くを見つめている。こんなんで稼げるのだろうか?

 それに、見張りが二人も必要かというと……


「あ、あの」


 俺は逡巡しながら、マニフィスに話しかけた。

 ヤシュダンの手を止めると、ますます儲けが減りそうだから。


「す、少しは何か貢献したいのですが」

「問題ありません。脅威となるものを発見したら、声をあげてください」


 折り目正しく、そう答えるばかりだ。


「近くに、何か出るんですか」

「滅多にありませんが、以前、吸血鬼が出たことがあったとか……あとは、一角獣の生息域です」

「一角獣って、どんなのですか? こう、馬みたいな……」

「違います。もっと太い足がある、頑丈な動物です」


 すると、サイみたいな奴かな?


「確か、角が高値で売れるんですよね? 探したほうが」

「ご心配なく。もし現れたら、私が対処します」


 当然ながら、俺がどれくらい戦えるかを彼らは知らない。未熟な少年の探索者として扱っている。

 しかし、本当に未熟なら「折半」なんておかしい。完全に子供扱いではないか。とすると、これは……


「わかりました」


 俺は頷いてみせた。しかし、このまま黙ってはいられない。

 それというのも、どういうわけか、彼らは「俺を助けようとしている」のだ。


 宝探しは、魔物を狩るより、運の要素が大きい仕事だ。完全な状態の古代の宝飾品なんかを見つけようものなら、その日のうちにハンターを引退、なんてのもあり得る。実際にはそこまでの大発見はなく、もっと地味な物が見つかることの方が多い。

 つまり、生活用品だ。まず、美しい陶器やガラス製品。ただ、これらは大半が割れている。スプーンなどの食器類などが最も多い。杖や刀剣などは、割と珍しい。美術品……何かの像などは、彼らにとって最高の発見だ。但し、それらはまず売りに出さない。調べたり、ものによっては教会に飾ったりするためだ。

 だから、稼げる時は稼げるが、ダメな時はとことんダメだったりする。彼らが人を誘わないのも、そうした事情があるためだ。信頼関係のない相手を誘って、それで儲けがゼロでした、では喧嘩になる。


 つまり、今日の探索でも、めぼしいものが見つかる可能性は、そこまで高くない。

 では、どうやって「利益」を出すかというと……


「ちょっと沼地のほうを見てきますね」

「あまり遠くには」

「承知しています。見える範囲からは離れませんから」


 ……くそったれ。そんなこと、見ず知らずの人にさせられるか。


 背に腹は変えられない。

 なるべく、いや、できれば二度と使いたくなかったが、やるしかない。


 ピアシング・ハンドもそうだが、精神操作魔術は便利すぎる。そういう強大すぎる力に頼るのが当たり前になってしまうと、普通に考えてまともに生きる心の足腰まで弱ってしまう。

 だが、ここまで貧窮してしまっては。


 距離を取った俺は、これで詠唱を聞きとがめられることもないので、遠慮なく精神操作魔術を行使した。『意識探知』だ。

 絶対に利益を出さなくては。幸い、ここは俺のいつもの狩場とは違う。もっと沼地の深い場所に入り込んでいる。普段の場所は沼地の縁でしかないので、せいぜいのところ、ムーアスパイダーがうろつく程度だが、ここならば。


 沼地は生命の宝庫だ。一気に無数の光点が頭の中で明滅する。

 絞り込まなくては。しかし、ただの虫とムーアスパイダーなど、魔物とされるものを区別するのは難しい。よって、もっと高次の意識をもった生物に焦点を合わせる。


「……いない」


 一角獣とか、そうそう都合よくは出てきてくれないか。

 しかし、このままだと、彼らに損をさせることになる。


 二人の今日の目的なら、想像がつく。

 多分だが、以前の探索で発見した遺物を、さも「今日発見した」かのように装って、その利益を山分けしようとしているのだ。

 何のために? 彼らはセリパス教の敬虔な信徒だ。つまり、性犯罪ほど憎いものはない。ファルスの姉というマルトゥラの存在が噂になった。俺が懸念していた通り、彼女のほっそりした体は、バカどもを興奮させた。

 イーネレムは、それでもハンター達のリーダーだけあって、いざとなれば理性的な判断をした。内心、どう思っているかはわからないが、とにかく俺に謝罪してことを済ませた。冒険者同士の揉め事はご法度だから。

 しかし、このままでは。イーネレムはマルトゥラを狙わないとしても、他のバカどもが「若くてきれいな女がいる」と考えれば、何をしでかすかもわからない。

 俺の正体を、彼らは知らない。どこかからやってきた貧しい少年とその姉。それも、俺の丁寧な態度をみるに、世間知らずの良家の子女が、零落してここにやってきたのではないか、それがこの治安のよくないロイエ市から出られずにいる。このままでは、どうなるか。

 過ちが起きる前に、ここから追い出してしまおうと。そのための金を掴ませたくて、彼らは「発見」を偽装しようとしているのだ。悪事を見過ごして教会だけ建てても、女神は喜ばないから。


 だから、稼ぎをあげなくてはいけない。

 今となっては、俺やマルトゥラターレのためだけでなく、彼らの善意のためにも。なのに今の場所からでは、これといった獲物が引っかからない。


 どうする? 俺にできることは……

 彼らに混じってトレジャーハントなんて無理だ。魔物が出たら倒す。それくらいしかできない。

 しかし、この近くにおいしそうな奴はいない。というより、もし彼らが俺の考えた通りに行動しているのなら、そもそも危険がなさそうな場所を選んでいる。子供を連れて行っても、なんとか死なさずに済むように。


 つまり、ここを離れなくてはいけない。でも、彼らを説得することはできない。目の届かない場所に行こうとすれば、マニフィスが止める。

 となれば……


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 (自分自身) (12)


・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・アビリティ マナ・コア・身体操作の魔力

 (ランク9)

・アビリティ マナ・コア・精神操作の魔力

 (ランク7)

・アビリティ マナ・コア・火の魔力

 (ランク4)

・マテリアル プルシャ・フォーム

 (ランク9+、男性、10歳、アクティブ)

・マテリアル ラプター・フォーム

 (ランク7、オス、14歳)

・スキル フォレス語  6レベル

・スキル 身体操作魔術 9レベル+

・スキル 精神操作魔術 9レベル+

・スキル 火魔術    7レベル

・スキル 料理     6レベル

・スキル 剣術     9レベル+

・スキル 格闘術    9レベル+


 空き(0)

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 もう、これしかない。

 彼らをおいて、遠くに飛ぶ。遠隔地にいるおいしい魔物を、ここまで引き寄せる。で、それを討伐。みんな笑顔。これだ。

 俺は、若干の罪悪感を覚えながら、マニフィスに遠くから『眩惑』の魔法を浴びせた。


 物陰に隠れてから、俺は服を脱ぎ、それを瓦礫の狭間に隠した。

 そうしないと、残された衣服だけ発見されたら、更に大騒ぎになるからだ。眩惑したのはマニフィスだけで、ヤシュダンはそのままだ。じゃないと、本当に彼らが魔物に襲われた場合、二人とも死なせる危険が残る。

 俺がいない事実には、そのうち気付かれてしまう。できれば早めに戻ってきたいが……


 久しぶりに、鳥の姿に変身した。

 この体、あまり長時間は酷使したくない。なぜなら、すぐにはエサとなる肉を用意してあげられないからだ。

 一気に舞い上がる。


 高所を移動するので、沼の瘴気の影響を考えなくていい。歩きにくさも問題にならない。空中に脅威がないとは言わないが、全部見えるところにある。

 最初からやればよかったじゃないか、とは思うのだが、人目につく場所で変身するわけにもいかず、同行者のことを考えると、家を何日も空けるのも気がかりで。だから、近場で狩りをするしかなかった今まではできなかった。


 かなり飛んだと思う。

 相当な距離を南下した。そろそろ何か見つかってくれても……


 視界に、大きな黒い影が映った。


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 モーロディ (16)


・マテリアル ドラゴン・フォーム

 (ランク6、男性、256歳)

・マテリアル 神通力・暗視

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・飛行

 (ランク4)

・マテリアル 神通力・怪力

 (ランク3)

・アビリティ マナ・コア・腐蝕の魔力

 (ランク8)

・アビリティ マナ・コア・精神操作の魔力

 (ランク5)

・アビリティ 魔導治癒

・アビリティ 悪食

・スキル アブ・クラン語 3レベル

・スキル 腐蝕魔術    8レベル

・スキル 精神操作魔術  5レベル

・スキル 爪牙戦闘    6レベル


 空き(5)

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 えっ……


 いた! 本当に黒竜が。


 目測で、翼を広げた際の大きさは、なんと二、三十メートルほどになる。学校にあるプールを思い出して欲しい。あの幅があるのだ。見た目の高さも、首をもたげれば数メートルに達する。首も尻尾も長い。鱗はないが、外皮がそれの代わりだ。

 特徴的なのは頭部で、まず、頭の天辺にねじくれた角が一本だけ生えている。それに、頭蓋骨のすぐ後ろを保護でもするかのように、骨格が突き出ていた。トリケラトプスのエリマキみたいだといえば、わかりやすいだろうか。但し、ちょうど背骨のある辺りにはそれが欠けている。代わりに、馬の鬣のような黒い毛が、背中に沿ってびっしりと生えていた。

 胸からはあまり役に立ちそうにもない手がチョコンと出ており、翼とは別になっている。首と上半身はほっそりしているのに、胴体だけは丸っこい。尻が大きいといったらいいのか。だが、またその後、長い尻尾が続いている。全身真っ黒で、翼膜の薄いところが僅かに灰色がかっているだけだ。


 竜としては、まだ若い部類か。しかし、これは案外、大したことなさそうだ。もちろん白兵戦を挑んだらひどいことになりそうだが。所有する能力の数こそ少ないものの、言語能力があるということは知能も高いし、強力な魔法も使う。空も飛べるし、傷をつけても治ってしまうのだ。

 とはいえ、ピアシング・ハンドでやる分には、まったくもってカモ。


 だが、おいしそうだ。なんとか一つずつじゃなくて、まるっと全部、素材の味わいを生かしていただきたいところだが……

 こんなのを見てしまうと、さすがに地道に沼地で蜘蛛なんかを狩るなんて、アホらしくなってしまう。もう充分苦しい生活を耐えてきたのだし、せっかく授かった能力をうまいこと利用してもいいのではないか。

 今までは、マルトゥラターレを置いて長期の遠征に出るのが気がかりだったから控えていたが、もうそんなこと言っていられない。


 どうやら、こいつは食事中だったらしい。

 こいつの首のすぐ下には、あろうことか、横倒しになった一角獣がいた。既に胴体の真ん中から貪り食われてしまっており、息はない。しかしなるほど、このサイズのバケモノだから、食べるものも大きくないと、狩りの効率が悪すぎる。


 とはいえ、これを呼んであそこに連れて行ったら、大騒ぎになるな……

 もうちょっと穏やかに話が片付くような、普通の魔物は……


 いた。

 離れた場所で、様子を窺っている一角獣が。


 見た目は、そのまんまサイだった。

 但し、地球にいるのと比べると、一回り大きい気がする。体長は五メートルほど、肩の高さも二メートルはある。あと、胴体が若干スリムで、足がゾウに近い。


 あれを北に走らせよう。


「どこにいたんだ」

「済みません」


 やはりというか、マニフィスは既に眩惑から覚めており、いなくなった俺を探し回っていた。ヤシュダンまで作業の手を止めて、あちこち見てまわっていたというから、これはもう、謝るしかない。


「何か金目の物がないかと、探しているうちに」

「気をつけるんだ。単独行動は危険だ。わかっているだろう」


 低頭平身、俺はとにかく謝り続けた。

 大人二人の説教が終わると、俺はまた、見張りの任務についた。もう勝手に動いたりはしない。

 もう間もなく、あのサイがここまでやってくる……


「マニフィス」


 と思ったら、ヤシュダンがしゃがんでいたところから声をあげた。


「どうやら掘り出し物が」


 ちょっ、ちょっと!

 早すぎる。もう少し待ってくれ。


 よし、じゃあ……


「あっ、あーっ」


 俺は身を乗り出して、南の彼方を指差した。


「な、なんじゃ?」


 俺の大根役者ぶりにもかかわらず、二人は向き直った。


「何かが来ます! 体の大きなのが」


 その声を受けて、マニフィスが俺の横に駆けつける。そして、片手を庇に、遠くを見つめた。


「何も見えません、が」

「いえ! 確かにいます! 僕は眼がいいんです!」


 と言い張るが、この距離では確かに見えるはずもない。

 ついさっき、一角獣に向けて、遠隔から「全速力でこちらにこい」と暗示をかけた。

 思うに、黒竜が獲物を狩る時にも、同じようなやり方をしているのではないか。自分で空を飛んで追い回すより、魔術で惑わしたほうが、ずっと効率がいいからだ。


「だ、だが……」


 じろりと疑惑の目が降り注ぐ。

 無理もない。勝手にいなくなるガキが、今度は見えもしないものを見えると言い張っている。こいつはとんだクソガキだったか、と思っているのが、ひしひしと伝わってくる。


「も、もうすぐ見えるはずですよ……」


 だが、マニフィスは興味をなくして、ヤシュダンのいるほうに向かって引き返していった。二人で何か、ヒソヒソ話をしている。

 うーん、完全に信用を失ってしまったような気が……

 多分、こんな子供助ける必要ないとか、それでも悪事が起きるのを見過ごすべきでないとか、そういうことを議論しているのだろう。なかなか道徳的には難解なテーマだ。救済を必要とする不遇の人が、必ずしも善良であるとは限らない。それでも救うべきか?


「おっ」


 やった。

 今度こそ、こちらに突っ込んでくる影が。


「や、やっぱり! いました! いましたって!」


 なんだ、何度も何度も……と眉を顰めつつ、マニフィスが大股に歩み寄ってきた。その後に続いて、ヤシュダンも。


「おぉ?」


 ここからでは遠い粒のようなものだが、何者かがこちらに向かって走ってきている。


「なんだマニフィス、本当ではないか」

「さ、さっきは見えなかったのです」

「えっと、信じられないのも無理はないですね、ははは、ぼ、僕、メチャクチャ眼がいいんですよ……はい」


 とにかく、これで狼少年の汚名は返上できた。

 あとは狩るだけだ。俺は剣を持ち上げた。


「待ちなさい」


 マニフィスが止めた。


「よく見つけてくれました。あれはきっと一角獣でしょう。もしここまで来てくれれば、いい獲物になります。ですが、子供が相手取るには危険すぎます」

「あっ……はい」

「私がやります。下がっていなさい」


 正論だった。

 あのサイもどき、確かに侮れない。というのも『狂化』というアビリティを備えているからだ。一撃で仕留めないと、ひどく暴れだすことになる。


「やれるか」

「やります」


 マニフィスは、まっすぐ伸びる大剣を引き抜き、高々と掲げた。

 一刀の下に切り捨てるつもりなのだろう。脊椎を両断されれば、いかに暴れたくても、獲物は死ぬほかなくなる。


「さ、離れて。もう、ここに来る」


 まぁ、誰が始末してもいいか。けれども、最悪の場合に備えなくてはいけない。俺は離れた場所に引き下がり、そっと詠唱を重ねて待った。

 魔術で一角獣を硬直させることも思いついたが、とりあえずはやめておいた。彼らは魔物が来ないと考えてここを選んだのだ。この上、やってきた一角獣の挙動までおかしかったら、俺に疑惑の視線が向けられるかもしれない。


 突然、ドコン、と瓦礫を踏み散らかす音が響いた。

 息を切らしながらも、一角獣が砕けた壁の合間から頭を出したのだ。


 マニフィスは、掲げた剣を揺らしながら、一角獣を見据えた。彼の顔には、さすがに緊張の色が見えた。


 分厚い鎧を着ているだけあって、一撃を浴びても耐えられなくはない。ただ、仕留め損なうと、俺やヤシュダンに危険が及ぶ。

 力でぶつかりあっても、勝ち目はない。急所は、背中側の首。コブのように突き出ているところがそれだ。鋭く体捌きで回りこみ、大剣を打ち込む。

 これが一人でなければ、もっと別の戦い方もあった。盾で突進を受け止め、仲間が横から首を狙うのだ。しかし、今はそれができない。運搬の都合もあって、本来なら多人数で計画的に狙うべき獲物なのだ。


「フーッ……」


 呼吸を整えながら、一角獣は周囲を見回していた。

 注意を引き付けようと、マニフィスは剣先を揺らし、相手から目を逸らさない。


 ゴツッ、と瓦礫を踏む音がした。


「グァォ」


 一角獣は、斜めに踏み出した。積みあがったガラクタの向こうには、ヤシュダンがいる。


「くそっ!」


 慌てて割って入ろうとマニフィスが姿勢を崩す。

 その瞬間、一角獣は急に方向を変えて、彼を角の先で突き飛ばした。


「うぉっ!」


 結果として、フェイントになってしまった。

 彼とて重装備の戦士だが、一角獣の体重は彼の数倍だ。首を振っただけで、あっさり彼は転がされた。


 これ以上は見過ごせない。

 俺は地を蹴った。


「ほっ!」


 一足に間合いを詰めると、身軽に舞い上がり、刃を首の近くに走らせる。

 バツン、と手応えがあった。


 一角獣の体を飛び越えて一回転。そのまま着地し、振り返る。


 一歩、踏み出したそいつは、躊躇うように足を止め……

 そのまま、ズルンと首が下を向いた。完全に両断はされなかったものの、首の上半分が切れてしまったために、そうなったのだ。そして、そのまま……ゆっくりと横倒しになった。

 途端に白い瓦礫の上に、赤黒い血液が溢れ出す。


「ふうっ」


 一発で片付いてよかった。

 半狂乱になって暴れられたら、大変なことになる。


 これで二人に、善意ゆえの負担をさせることもなくなるし……


「うん?」


 振り返ると、二人は目を白黒させていた。

 マニフィスなんかは、口をパクパクさせている。


「なんという腕前じゃ……」


 ああ、そうか。

 確かに、子供が一撃でこんなのを片付けたら、びっくりもするか。これまでも非常識な戦いを人に見せてきたが、今の俺は、人間の限界といえるほどの力を発揮できる。見たこともない次元の剣技だったのだ。

 どっちにしろ、変な目で見られる運命だったか。仕方ない。


「いったい何者」

「お気遣いありがとうございます」


 詮索される前に、俺は割って入った。


「はぇっ?」

「僕はまだ、探索者としては……沼地のハンターとしては、未熟そのものです。だから、余計なご心配をおかけしました」


 そう言って、俺は頭を下げた。

 顔をあげてから、続きを言い切った。


「ですから、これは山分けにしませんか?」

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