対決に備えながら

「ありがとう。ここからは一人で」

「いつも出かけているけど……無事、戻ってこないと」

「大丈夫。ちゃんと考えてる」


 扉代わりのプールを潜り抜けた先で、俺はマルトゥラターレにそう答えた。

 周囲には格子状の通路が広がっている。随分と上の階層まで戻ってきたものだ。そして今日も俺は、魔宮を彷徨う。


 あれから何日経ったか。

 ヘルの治療が済むまでの間、時間が空いてしまった。それは俺にとって、有効活用すべき機会だった。


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 (自分自身) (12)


・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・アビリティ マナ・コア・身体操作の魔力

 (ランク6)

・アビリティ マナ・コア・精神操作の魔力

 (ランク7)

・アビリティ マナ・コア・火の魔力

 (ランク4)

・マテリアル 神通力・暗視

 (ランク5)

・マテリアル プルシャ・フォーム

 (ランク9+、男性、10歳、アクティブ)

・スキル ルイン語   4レベル

・スキル 身体操作魔術 9レベル+

・スキル 精神操作魔術 9レベル+

・スキル 火魔術    7レベル

・スキル 料理     6レベル

・スキル 剣術     8レベル

・スキル 格闘術    9レベル+


 空き(0)

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 新規の脱出ルートの調査は断念。魔宮の調査もほぼ完了。幸い、カディム達の集落に引き返せば、餓死の心配もない。よって、第三の選択肢をとることにした。

 つまり……


『ピアシング・ハンドをフル活用して、魔物達の能力を奪いまくる』


 秘密の露見を恐れるがゆえに、人間相手ではなかなかできなかった。だが、この状況では、そんな遠慮に意味はない。


 とはいえ、俺は絶対無敵の強者なんかではない。よって、手順を踏む必要があった。

 最初にしたのは、フォレス語のスキルをバクシアの種に移すことだった。これで空枠が三つになる。

 続いて、下の階層に降りた。サキュバスしかいない、安全なエリアだ。そこで彼女らから精神操作魔術のスキルと魔術核を奪い取った。どうも重ねていけるのはスキルだけのようなので、その後も毎日通って、限界まで能力を高めた。


 それから、神通力や特殊能力を横取りし始めた。ただ、これらのほとんどはすぐしまいこんだ。

 例えば『壁歩き』だが、これの不便なことといったら。体の軸とか向きがちょっと変わっただけで、神通力が「下」と判定する方向が頻繁に変わる。真横の壁でも自由に歩きまわれるのは便利だが、気をつけないとすぐバランスを崩してしまう。マオ・フーは、よくこんな能力を使いこなせたものだ。

 同じように『飛行』もダメだった。かなり慣れないと、意図せず体が浮いてしまい、まるで踏ん張りが利かなくなる。神通力が祝福でもあり、呪詛でもあると言われるのはこういうことかと痛感させられた。

 アビリティも似たようなものだった。『魔導治癒』なんかは便利じゃないかと思ったのだが、試しにミスリルの剣でちょっと皮膚を傷つけたところ、凄まじい激痛で悶絶した。肉体的な苦痛だけで涙ぐむなんて、久方ぶりだった。しかも、予想通り全然治らない。有用ながら、副作用があるものらしい。

 結局、今の状況で即座に役立つ『暗視』だけを残した。


 そこまで準備を整えたところで、俺はカディムとマルトゥラターレに頼んで、上の階層への遠征に協力してもらった。カディムがいれば、下等な吸血鬼がこちらに襲いかかってくることはなくなる。また、マルトゥラターレがいれば、水のゲートを軽々越えられるからだ。

 すぐ上の階層には、想定した通り、ミノタウロスが大量にいた。まともに戦うと大変だが、俺の目的はあくまで能力の奪取でしかない。そして、彼らには身体操作魔術への耐性はあるものの、精神操作魔術についてはノーガードだった。眠らせたり、ちょっと眩惑したりして、身体操作魔術のスキルだけ奪って逃げた。

 トロールはというと、更に簡単だった。ミノタウロス以上に精神が脆弱で、あっさりこちらを無視してくれた。その隙をついて格闘術の能力を奪い続けた。


 よって、今の俺の目的は、グレムリンから剣術スキルを収集することにある。

 但し、雑魚から集めるとなると、時間がかかって仕方がない。こちらについては、既にカディムから情報を得ている。魔物はチームを作っていて、それぞれのチーフはより高い能力を備えているのが普通だとのこと。彼は「警戒せよ」との意図で俺に伝えたのだろうが、こちらにとっては狩場の情報でしかない。


 この前は、よくも俺とソフィアを追い回してくれた。

 今度はこちらが思い知らせる番だ。それに……


 グレムリンに限っていえば、充分に怯えさせておく必要がある。なぜなら、ミノタウロスやトロールのように、一匹ずつ出てきたりはしないからだ。自分の力を恃みにできないこいつらは、いつでも仲間とつるんでいる。これを精神操作魔術で眩惑するとなると、大変な手間となる。皮肉にも、もっと強力な魔物がひしめく下層では有効だった作戦が、ここではそこまで有用ではなくなるのだ。

 だから、暴れまわるつもりだ。


 光のないこの空間でも、俺の視界はクリアだった。不便があるとすれば、眠る時にも目蓋の中に光が差し込んでくるような感じがなくならないことか。魔宮を脱出したら、『暗視』の神通力は早速取り外す。でないと、安眠できない。

 静かに詠唱を始める。『活力』『苦痛軽減』『怪力』『俊敏』……力が漲ってくる。これまでとは段違いに効果が大きい。更に力を増したければ、あとは更に上位の魔術核を得て、術の行使を助ける道具を手にするしかない。

 俺は歩き出した。隠れる気もない。


「キィ?」

「ギィ」


 水上の通路を抜けて、鍵のかかる狭い部屋の連なる廊下に出た辺りで、気付かれた。

 青紫色のグレムリン達は、互いに指差しあいながら、何かを言い合っている。何かの作業中だったのか、彼らは丸腰だ。ただ、通路の隅に緑色のか細い曲刀が何本もまとめて置いてある。彼らは音もなく群がって、それらをそっと掴み取る。

 どうやら俺は指名手配中らしい。アルジャラードの命令が持続しているのか、それとも連中から逃げる時に、いくらか片付けたのを根に持っているのか。いずれにせよ、彼らは古い情報に基づいて俺を討ち取るつもりでいる。

 つまり、暗闇の中では俺の視界が利かないことを前提としているのだろう。僅か数メートルの距離になっても、奴らは身を潜めたまま、通路の脇に屈んでいる。俺が通り過ぎたら、一斉に斬りかかるつもりなのだ。


 俺は悠々と歩を進めた。

 一、二、三……合計、八匹か。


「キッ」

「キキッ」


 彼らのど真ん中に立った瞬間、興奮する息遣いが耳を撫でた。

 前後に体を波打たせ、渦巻くように剣を薙いだ。

 それだけだった。


 なんとはなしに振るった剣で、七匹が息絶えていた。分厚い金属の扉に凭れたまま、或いは石畳に突っ伏して。


「キーッ!」


 あえて一匹、生かしておいた。

 そうだ、逃げ帰るといい。そして、ボスを呼んでこい。


 それからまた、俺はゆっくりと前進した。目指すは大樹のすぐ近く。きっとそこが彼らの本拠だ。まぁ、ここと、この上、そしてもう一つ上まで、合計三階層がグレムリンの支配領域らしいが、きっと近くにも力あるリーダーくらい、いるはずだ。


 しかし、それはそれとして……この金属の扉は、結局何をするためのものなのだろう? 少し興味がわいたので、手をかけてみる。

 内側から何か物音が聞こえるが、構わず引き開けた。他で見たように、これも二重扉になっている。そちらも開けた。


「わっ!」


 思わず剣で前を払ってしまった。

 というのも、巨大な蜘蛛が飛びかかってきたからだ。

 その一撃で、そいつは動かなくなったが、床には大量の糸が纏わりついていた。


 これで仕組みがわかった。

 蜘蛛やゴキブリ、スライムは、恐らくだが、何かの材料として導入され、飼育されていたのだ。糸を集めたり、毒を採取したりして、それを衣類や薬品に加工する。金属製品はどうしているのか、少し気になったが、それは大樹が大地の奥底からいろいろ吸い上げているのかもしれない。

 そうやってグレムリン達は生産活動を行い、いざ出撃命令が下れば、それらをトロールやミノタウロスにも配布する。テカサールなる悪魔がいなくなっても、その命令は今も失われていないのだ。

 ただ、魔宮には何らかの異変が起きている。理由はわからないが、キーアダーもテカサールも、今では姿を見せることがない。カディム達にも交配を強要しなくなった。サキュバスの原材料も供給されなくなった。


 まぁ、いい。

 今の俺の目的には関係ない。


 部屋を出て少し進むと、広場があった。さほどの幅はない。前後左右に二十メートルほど。その奥には登り階段と下り階段、そして四角く口を開けた大樹の見える窓。

 そこにグレムリンが二十匹ほど、群がっていた。

 ほとんどは寄せ集めに過ぎない。ただ、大樹を背にした一匹だけは違った。


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 クアット (40)


・マテリアル ミュータント・フォーム

 (ランク6、男性、13歳)

・アビリティ 高速成長

・アビリティ 降伏者の血脈

・アビリティ 機構妨害

・アビリティ 痛覚無効

・アビリティ 無光源視覚

・アビリティ マナ・コア・風の魔力

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・念動

 (ランク4)

・スキル ルー語     3レベル

・スキル アブ・クラン語 5レベル

・スキル 剣術      6レベル

・スキル 風魔術     6レベル

・スキル 軽業      5レベル

・スキル 隠密      5レベル


 空き(27)

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 戦闘用個体、といったところか。

 しかし、これは目移りする。風魔術か、その魔術核か。ただ、知識がないから今すぐは使えない。それに外の世界でも、ゴブリンどもが持ってるかもしれないし。念動の神通力も、もしかすると実用性があるかも。機構妨害はどうだろう。ただこれ、その気がなくても歯車とか、機械を壊す方向で機能するんじゃないか。

 いやいや、どうせ今は枠がないし……


 俺が舌なめずりしている間にも、奴らは俺を取り囲んで、じりじりと距離を詰めつつあった。


「……しょうがないか」


 初志貫徹。

 予定通りにやろう。少しもったいないけど。


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 (自分自身) (12)


・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・アビリティ マナ・コア・身体操作の魔力

 (ランク6)

・アビリティ マナ・コア・精神操作の魔力

 (ランク7)

・アビリティ マナ・コア・火の魔力

 (ランク4)

・マテリアル 神通力・暗視

 (ランク5)

・マテリアル プルシャ・フォーム

 (ランク9+、男性、10歳、アクティブ)

・スキル ルイン語   4レベル

・スキル 身体操作魔術 9レベル+

・スキル 精神操作魔術 9レベル+

・スキル 火魔術    7レベル

・スキル 料理     6レベル

・スキル 剣術     9レベル

・スキル 格闘術    9レベル+


 空き(0)

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 次は何か空きを作ってからにしよう。

 あと一度くらい、剣術のスキルを奪っておいたほうがよさそうだ。極限まで自分を強化しなくては。


 睨み合っているうちに、こちらの準備は済んでいる。ようやく目の前のグレムリン達が動き始めた。


「動くな」


 その足が、一瞬、ピタリと止まる。

 と同時に、俺は跳んでいた。


 ヒュッ、と横に一薙ぎ。

 体が開く。腕が、胸の筋肉が心地よく伸びる。手先にかすかな抵抗を感じるも、すぐに軽くなった。


 あっさりリーダーの首を飛ばされて、彼らは急に正気に戻った。だがそれは、更なる混乱を巻き起こしただけだった。

 逃げようとするもの、驚いて棒立ちになるもの、そして遮二無二飛びかかってくるものと、まるで連携が取れていない。


「ふっ!」


 一呼吸で身をすぼめ、伸び上がり、翻る。

 舞うようにして体の向きを変えた時には、三匹分の青い遺体が床に伏していた。


「キキ」

「ギェーッ」


 臆病なのも、ゴブリンと大差ない、か。

 彼らはすぐさま逃げ出した。俺は追いかけもせず、周囲を見回した。


 そろそろ、ヘルの傷も完治する。

 そうなったらいよいよ……


 ここまで自分を強化しても、なおアルジャラードには勝てないかもしれない。

 けれども、勝つためにできることは限られている。この迷宮の中にあるものでしか、俺は自分を強化できない。一方で、外から持ち込んだ資源も、そのうち尽きる。早い話が、この剣……


 暗がりの中、ほとんど光もないミスリル製の剣が、ぼんやりと浮かび上がって見える。


 ……まともな砥石もない。メンテナンスできないのだ。そして、これよりマシな武器が手に入る見通しもない。

 いくら食料が不足しないからといっても、同行する人間達の精神力にも、限界がくる。


 理想をいえば、何度かアルジャラードを遠目に認識して、ピアシング・ハンドの動作確認をしてから、決戦に臨むべきなのだろう。だが、きっとそれは不可能だ。既に二度、上を目指した。二回目には、下の階層まで追いかけられた。今度遭遇した時には、どちらかが死ぬまで、戦いは終わらない。

 勝ち目がないわけではない。奴は、俺の火魔術を斧で防いだ。防いだということは、傷つき得るということだ。


 布で軽く刀身を拭った。

 転がる死体に背を向けて、俺は帰路につく。


 決着の時は、もう間近だ。

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