真夜中の密会

「よし、今日はここまで」

「は、はいー、ありがとうございますー」

「時間がないんですよ。もっと危機感をもつように」


 他の用事はほとんど抜きにしての徹底指導だ。神の壁にも通うのをやめた。その辺はアイクにごまかしてくれるよう、頼んである。

 最終目標は蕎麦の麺なので、それはまず、朝一番に練習する。初日は俺がやり方を説明しただけだが、翌日からはチャル自身にやらせている。しかし、料理人としてやっていくには他の技術も必要なので、昼からは普通の料理の練習もする。しかし、なんというか……壊滅的だった。


「特に、包丁の使い方がなってない。いいですか、力で切るのではなく、自然な重さで落とすように。引いて切るんです。切れないものを無理やり切ろうとすると、何より事故の原因になりますし、包丁も傷みます。剣じゃないんですから。刃の部分も、歪んだり凹んだりしますからね」

「はいーっ」


 素直なところはいいのだが、とにかくやることなすこと、何もかもが危なっかしい。

 料理は、見た目以上に危険な作業だ。刃物を使い、火を使う。おまけに出来上がった食事は、人間の一番無防備な部分に入り込む。

 それなのに、力任せに包丁を振るったり、消火も加減も考えずに釜を熱したり。指が飛んだり、沸騰した湯で火傷したりしても、まったくおかしくなかった。


 これは先が遠そうだ。


「ということで、ギル」

「うへぇ」

「チャルも。食材を粗末にするなんて、料理人としても、人間としても最低です」


 ゲテモノという言葉さえ生温い、おぞましい産業廃棄物。これが俺達の夕食になる。指導者としての責任をとるため、当然俺も食べねばならない。


「アテが外れたぜ」

「じゃ、帰ります?」

「い、いーや、帰んねぇ」


 だが、ここにいる以上は、残飯処理が仕事になる。そのうち音を上げるに違いない。これでギルの問題は解決、と。

 それより……


「それじゃあ、チャルは後片付けを」

「わかりましたー、お師匠ー」

「僕は早めに寝るので、ギルもさっさと寝て欲しい。朝一番から、また修行だから」

「おあ? お、おう」

「チャルも、手早く。ガタガタ物音がすると、熟睡できなくて困るから」


 ……今夜だけは、こいつらをさっさと寝かせてしまわないといけない。


 店の外に出た。

 黒い夜空に、金色の月が浮かぶ。それを取り巻く星々は、さながら女王に仕える女官達のようだ。

 頬を撫でていく微風は、少しだけ肌寒さを感じさせる。昼間の日差しは皮膚を焼くものの、陽が落ちれば世界は一変してしまう。


 今の俺には、この風が、やけに不穏な出来事の前触れのように思われた。


 三日前の夜、俺の目の前に落とされたカード。差出人は『組織』とだけ名乗っていた。

 心当たりは一つしかない。彼らは自分達のことをそう呼ぶが、その存在を知る外部の人間は、その集団を『パッシャ』と言い習わしている。


 こんなところにまで魔手を伸ばしてきたのか。とすると、俺の動向をどこまで把握している?

 フォレスティアの内乱の際には、クローマーが長子派に肩入れしていた。だが、彼らの目論み通りにはならず、タンディラールが王となった。ならば、パッシャの野望を打ち砕くのに一役買った俺は、連中にとって敵も同然ということになる。

 だから、俺を殺すなり、拘束するなりしたいと考えても、不思議はない。しかし、俺を追跡するとなると、かなり難しかったはずなのだ。ピュリスを出てコラプトへ、そこから混乱するティンティナブリア盆地を抜けるところまではいいとして。その後、俺はアルディニアに入っている。

 アルディニア国内には、王都を除いて都会らしい都会がない。細切れの盆地が広がっているので、どこの街道もか細く、人の行き来も限られる。それはつまり、余所者の活動が目に付きやすいということでもある。そんな土地で、いちいち俺を追跡していた? それもここまで泳がせておいて、今更呼び出す?

 加えていえば、途中で俺を見失っているはずなのだ。なぜなら、シーラの聖域に立ち寄って、二ヶ月近くも過ごしていたからだ。魔王も龍神も見つけられない場所にいたのに、ただの人間でしかない彼らが、人懐こい鳥や動物達の目を欺いて、監視を続行していたとは考えにくい。

 俺が奴らなら、最初の山脈越えの時に捕まえる。あそこなら人目につきにくいし、第一、延々と追いかけ続ける手間も省ける。


 懐からそれを取り出す。禍々しいデザインの黒いカードだ。

 いかにも不自然で、矛盾だらけの物証。


 但し、俺の推測にも、穴がある。

 今、パッシャが「追跡」するという前提で考えたが、そうではない可能性もある。一つは、たまたまこの街に居合わせた組織のメンバーが、俺を見つけただけというもの。下手をすると、クローマーからの報告すら受け取っておらず、別個に判断、行動しているかもしれない。

 もう一つは、俺を見張るためにそもそも追跡などしていないし、必要もなかったというものだ。つまり、世界中にパッシャの構成員が潜伏しており、彼らは何らかの方法……魔法や神通力で、密に連絡を取り合っている。だから、俺の動向もずっと把握はしていた。楽園にいた間はともかく、ここタリフ・オリムに立ち入ってからは、すぐに発見されていた。それが何かの決定を受けて、こうして呼び出すことになった、と。


 真相はわからない。


 ざっと風が一吹き。

 頭上を見上げる。大きな満月が輝いていた。いや、それはあまり大きく見えた。空を埋め尽くし、地上を圧迫しようとしているかのようにさえ思われるほどに。


 この三日間、あれこれ考えた。


 誰かに通報しようか? パッシャは魔王イーヴォ・ルーに仕える闇の戦士達の集団だ。ということは、女神教はもちろん、セリパス教にとっても、滅ぼすべき敵ということになる。また、この前のフォレスティアの内乱の例を挙げるまでもなく、世界の平和と安定を脅かすテロリストでもある。構成員がこの街に潜んでいるのなら、アルディニア王国にとっても危険極まりない。ぜひとも撲滅すべき相手なのだ。

 しかし、俺はそれをやめた。ユミレノストなりミール二世なりがパッシャの存在を知ったなら、さすがに対策に乗り出すだろう。だがそれは常識の範囲内でしか物を考えていない人の選択だ。

 彼ら自身がパッシャに取り込まれている可能性もないわけではないし、仮にそうでなかったとしても、その下で働く武官や僧侶達までクリーンである保証はない。つまり、俺の通報は筒抜けなのだ。また、そういう準備でもなければ、連中が物証を残すような、こんな不用心なやり方で声をかけるはずもない。揉み消す自信があるのだ。


 ならば逃げる? 俺はまだ、聖女の祠を見学できていない。なら、先に強引に立ち入って調査してから、急いで街から脱出する? もちろん、それも考えた。

 だが、これも意味がない。どっちに向かって逃げるのか。まさか東に向かうわけにもいくまい。そこはアルディニア王国の支配圏であり、パッシャがこれまで俺を監視してきたであろうルートなのだ。隠れるのは難しい。その上、道は狭く険しく、旅程も稼げない。すぐ捕捉されてしまうだろう。

 なら、西? 不毛のリント平原には、本当に何もない。真っ平らな大地が広がるばかりなのだ。誰の助けも呼べない場所を、たった一人で移動する。安全とはほど遠い選択だ。


 だから、最後の選択肢を採らざるを得ない。

 会って話を聞き、その必要があれば、戦う。それも一人で。


 ギルやチャルを寝かせたのは、そういう理由からだ。あんな危険な組織と関わったら、まず命がない。もう少し頼りになりそうな相手……ガイやアイクは? 彼らを信じていいのか? 特にガイにそんなことを言ったら、殴られそうだが。しかし、彼ら個人は信用できても、その周囲まではわからない。それでは通報するのと同じだ。


 荷物は置いていく。剣だけを手に、現地に向かうつもりだ。理由は……そのほうが、なくすものが少なくなりそうだからだ。最悪の場合でも、逃げ延びてからここに戻ってくればいい。ほとぼりが冷めるまで、待つだけだ。一応念のため、荷物の中に置手紙をしておいた。金貨は勝手に使っていいが、その他の荷物はとっておいてくれ、と。


 無事に帰ってこられるだろうか。さっきの残飯が、最後の晩餐にならなければいいが。淡い月光を浴びて佇む古びた店の屋根を見上げると、俺は静かに歩き出した。


 月明かりに照らされた街並みを抜け、鉱山の斜面に足をかける。星々が浮かぶ夜空と違って、山は黒々とした陰を落としていた。まるで重い吐息を漏らす大男のようだ。近寄りがたく、なんとなく不安な気持ちにさせられる。

 辺りは静かそのものだった。ただ踏みしめる砂利の音だけが聞こえる。鉱山の作業は、夜間には行われない。その裏手には、きっと誰もいないだろう。救援も邪魔も入らない。


 一人で戦うしかないのが弱点だ、とは随分前に指摘されたことだ。しかし、俺が全力を発揮するためには、今のところ、一人で動く他ない。

 相手がパッシャなら、生存者を残す必要もない。それはつまり、秘密を守る手間もいらないということだ。


 しかし……


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 (自分自身) (11)


・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・アビリティ マナ・コア・身体操作の魔力

 (ランク6)

・アビリティ マナ・コア・火の魔力

 (ランク4)

・マテリアル プルシャ・フォーム

 (ランク9+、男性、10歳、アクティブ)

・マテリアル ラプター・フォーム

 (ランク7、オス、14歳)

・スキル ルイン語   4レベル

・スキル 身体操作魔術 6レベル

・スキル 火魔術    7レベル

・スキル 料理     6レベル

・スキル 剣術     8レベル

・スキル 格闘術    5レベル


 空き(1)

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 枠が足りない。


 今回、あえてフォレス語をバクシアの種に移した。最低限の会話だけなら、ルイン語で事足りる。

 それより、ピアシング・ハンドの使用に躊躇せずにいられるよう、空き枠を作っておくほうが重要と判断した。それと、最悪の場合の逃走手段として、怪鳥の肉体も使うことにする。ただ、これは状況次第だ。相手に飛び道具がある場合、裏目に出る場合がある。何しろこの怪鳥の肉体は、あまり夜目が利かない。的確な回避行動など、できそうにもないからだ。

 本当はこういう場合こそ、料理スキルを移すのがいいのだが、今回はそれができない。もし無事に帰れた場合、或いはこれがただの悪戯だった場合、俺は翌日からまた、チャルを指導しなければならない。今夜のうちにピアシング・ハンドを行使してしまうと、種の中のスキルを取り戻すまで待たねばならなくなるので、丸一日の間、俺は素人同然になってしまう。それこそ秘密を危険にさらす結果に繋がるのだ。


 まったく、俺はただ旅をしているだけなのに、どうしてこんなに不運なのか。山脈越えの時に狼やオーガに襲われるところまでは普通の出来事と納得できるのだが、その後はどうだ。ここ王都に到着してからも、とんでもないゴブリンと戦う破目にもなった。それが今度はパッシャまで。

 ただ旅行しているだけでここまで危険な目に遭い続けるなんて、やっぱりおかしいと思う。まぁ、ピュリスにいた頃も、並外れて不運で、トラブルが次から次へと降りかかってきたわけだし、今更ではあるのだが。

 本当に何か憑いているのかもしれない。


 鉱山の入口の手前の広場に着いた。この北側に、細い通路がある。山頂を回り込むようにして進むと、市街地の外側、広がる段々畑を見下ろす、曲がりくねった狭い通路に出る。

 王都の防備はほぼ西側に集中しているが、東側の諸侯が反乱を起こす可能性は考慮されているらしい。その場合の防衛線は、主に神の壁付近の狭い区域に張られるのだろうが、ここ山側のルートを押さえる必要もあるはずだ。要塞化はされていないが、そうした機能性もあってのこの狭さというわけだ。しかし、高地に投石器などを設置する利便もあるので、あと少し進むと、小さな広場に行き着ける。

 暗闇に目を慣らすためにも、俺はあえて灯りも持たずに、ただ歩いている。晴れ渡った空に満月のおかげで、視界は良好だった。


 最後のくびれを曲がって少し進むと、左右の岩壁の隙間から、平らな地面が視界に入った。

 月光をかすかに照り返す黒い岩肌を右手に。左手は、岩を掘りぬいて拵えたであろう黄土色の壁に囲まれている。高さはせいぜい、大人の腰くらいまでしかない。そこからは、つづらおりになっている狭い通路が下へ下へと続くだけ。更に少し離れた場所には、何かの作物が植わっている畑がうっすら見える。

 そして正面には。何もない虚空を背にして、一人の男が立っていた。見えるのは黒いシルエットだけだったが、俺はそれが誰だか判別することができた。


「よく来てくれた」


 深みのある低い男の声。親しげで、かつ品もある口調。

 しかし、この場にはどうにも似つかわしくない。


「我々がお主をここに招いた理由は、わかるか」


 俺は返事をしなかった。

 何を言っているのか、まるで理解できない。


「何を警戒している? 我々はお主を支援することはあっても、邪魔をすることはない。それを伝えようと思ってのこと」


 馬鹿な。

 確かに俺は、女神にも魔王にも興味はない。肩入れする神がいるとすれば、それはシーラだけだ。だが、現に俺は何度もパッシャの活動を妨害している。なのにどうしていまだにこんな好意的なコメントが出てくる?

 いや……クローマーは、俺を勧誘しようとしていた。なら、彼もまた、その要望を受けて行動しているのか?


「それはク」


 言いかけて、止めた。

 何かがおかしい。


 クローマーに言われたからか、と尋ねようとした。

 だが……


「どうした?」

「お前が組織の人間だとは思わなかったぞ」


 俺は一呼吸置いてから、その名を口にした。


「ノーゼン」


 名前を呼ばれると、彼は壁際からすっと前に出た。月明かりが彼を照らす。顔が露になった。


 そう、ノーゼンだ。

 多くの神通力を兼ね備え、どこでも手に入らないくらい高純度のアダマンタイトの杖を持ち、そして常人では考えられないほどの長寿を得た人物。これなら、パッシャの一員であったとしても、不思議ではない。

 だが、俺は引っかかりを覚えた。それは、彼の能力を「結果」として観察したのみならず、「原因」からも確認できるがゆえだ。


 彼は龍神の祝福を受けている。魔王ではない。龍神だ。

 それがどの龍神かまではわからない。もしかすると、正義の女神に滅ぼされたという、黒の龍神ギウナのものかもしれないが。だとしても、西の果てのムーアン大沼沢で打ち倒された邪龍と、南方大陸の奥地に居を構えた魔王とでは、違いがありすぎる。ギウナとイーヴォ・ルーが共闘していたなんて話も、聞いたことがない。

 魔王と龍神は同一のものか? 絶対にないとは言い切れないが、それは考えにくい。シーラも両者を区別していたではないか。女神教の神話でも、この世界の創造は原初の女神と五色の龍神の協力によってなされたとされている。

 そして魔王はすべてギシアン・チーレムの討伐を受けて滅んだはずでもある。つまり千年前だ。たかだか百五十年しか生きていないノーゼンに祝福を授けるには、あと八百五十年は長生きしていなければいけない。これがギウナだと、記録が正しければだが、更に遡って二千五百年前だ。到底計算が成り立たない。


 その不自然さに思い至って、俺は途中で口を噤んだのだ。

 それに……


「お前は何者だ」


 よくよく考えると、ノーゼンの発言もおかしい。

 よく来てくれた、我々はお前を援助はしても、妨害はしない……カードに書かれたことも含めると、組織からの呼び出しというメッセージも加わるが、こうしてみると、中身のあることは何一つ述べられていない。

 まともにコミュニケーションをとるなら、こうだ。わしは組織の命を受けてアルディニアで活動している、これこれこういう経緯があったので、今回はお前を正式に組織に勧誘すべく呼び出した、と。

 どう違うのか? 自分と相手の立場を明確にして、主張や要求をしているかどうか、だ。ノーゼンの表現には、それが含まれていない。


 だが、ノーゼンは、直接には俺の問いかけには答えなかった。


「……ああ、クローマーのことか?」


 さっき、言いかけたのを聞きとがめていたか。


「話には聞いているとも」


 俺は「ク」としか言っていない。なのに、彼はスラスラと名前を口にした。つまり、クローマーの件も、ある程度は調べがついている。だが、それなら俺が彼女と敵対し、戦ったことも知っているはずだ。

 これについて、俺の心を読んだはずはない。彼にはそういう神通力や魔術がないからだ。しかし、他に仲間がいればどうか?


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 ノーゼン・ウッシナー (143)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク6、男性、51歳)

・マテリアル 神通力・鋭敏感覚

 (ランク3)

・マテリアル 神通力・超柔軟

 (ランク3)

・マテリアル 神通力・俊敏

 (ランク3)

・マテリアル 神通力・疲労回復

 (ランク4)

・マテリアル 神通力・断食

 (ランク4)

・マテリアル 神通力・念話

 (ランク2)

・マテリアル 神通力・探知

 (ランク6)

・マテリアル 神通力・危険感知

 (ランク4)

・スペシャルマテリアル 龍神の祝福

・スキル ルイン語   6レベル

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル 格闘術    8レベル

・スキル 棒術     7レベル

・スキル 軽業     7レベル

・スキル 隠密     7レベル

・スキル 水泳     4レベル

・スキル 採掘     3レベル

・スキル 鍛冶     6レベル

・スキル 大工     5レベル

・スキル 裁縫     2レベル

・スキル 料理     2レベル

・スキル 医術     3レベル

・スキル 薬調合    4レベル


 空き(120)

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 彼には『念話』なる能力があるらしい。ならば、或いは遠隔地にいる誰かと意思疎通ができるということはないか?

 俺が彼の目の前で、並外れた力を見せ付けてから、しばらくが過ぎている。彼はこの間、俺のことを調べていたのに違いない。


「答えろ」


 だが、俺としては譲れない。

 俺はパッシャの一員ではない。彼らに手を貸すつもりもない。といって、わざわざ敵対しようとも思っていない。ノーゼンがどちらに組する側の人間であるにせよ、俺には関係ないことだ。

 しかし、無関係であることを示すために、俺は何を差し出さねばならない? ピアシング・ハンドの秘密も、シーラの存在も、明かすわけにはいかない。

 これは、彼がどちら側であったとしてもだ。魔王の手下であるなら、力を持つ俺を放置しておくはずはないし、人々に恩恵をもたらす善神も毒牙にかけようとするだろう。一方、龍神が、いわゆる女神達の側に立つ存在だとするなら、これまた「女神」と「龍神」という神々の枠から漏れるシーラを魔王と看做して、滅ぼそうとするに違いない。


 だから、俺は情報を提供しない。だが、ノーゼンの正体は明らかにしてもらう。


「お前が組織の一員であるというのか?」


 あえて「パッシャ」とは言わない。言えば、俺が組織のメンバーでないと自白するのと同じだからだ。ノーゼンがするように、俺も自分の立場をぼかして話をしてやる。


「ククク」


 口の中で低く響く笑い声。それはすぐさま、哄笑に取って代わられた。


「クハハハ! そう簡単にはいかぬか」


 俺を騙して引っかけるのには失敗した。そう認識したらしい。


「まあよい」


 手にした棒を、軽く振る。


「ここまで呼びつけただけで、充分かもしれぬ」

「ノーゼン」


 つまり、あとは実力行使で口を割る、か。

 逃げるだけなら、まだ間に合う。殺すのも一瞬だ。しかし、他に仲間がいないか? それに、まだ彼から何も引き出せていない。


「お前は……」


 覚悟を決めつつ、俺は尋ねた。


「使徒か?」


 この一言に、彼はピタリと動きを止めた。


「そうか」


 伏せた顔に、斜めから月明かりがさす。

 その眼光には、揺るぎない意志が漲っていた。


「お主は『使徒』だったのだな、ファルス」


 そう言いながら棒を向ける。

 俺も身構えた。


「まぁ、よい……今にわかろう」

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