そしてまた、壁の下

「……んで、なんでお前、そんなところで寝てるんだ?」

「修行者、ですから」


 背後には、早朝からツルハシを振るい続けるマハブ。騒音もさりながら、危険を感じる暴れっぷりなので、場所を空けないでは済まない。いやでも目が覚める。

 その寝起きの俺のところに、ギルが訪ねてきたのだ。


「解決するんじゃなかったのかよ?」

「アテが外れました」

「お手柄だったのにか?」


 俺が首を傾げると、すぐ付け加えた。


「聞いたぜ? ほら、うちは本家筋が武官の家だからさ。開拓地もそっちの仕事だから、なんとなく聞こえてきちまうんだわ」

「ああ」


 ここ、田舎だもんな。

 噂なんか、あっという間に広まるか。


 俺と同じく、地面にしゃがみこんだギルと向かい合い、ボリボリと頭を掻く。我ながら随分と小汚くなったものだ。


「王様にも呼ばれたんだろ?」

「え、ああ、はい」

「恩賞とか、もらわなかったのかよ?」

「お茶とお菓子をいただきましたよ」


 高貴な人物と同席する。飲食を共にするというのは、それ自体、大変に名誉なことだ。その意味では、恩賞をもらったと言えなくもないが……


「そんだけかよ? 嫌がらせの件は? 当然、チクッたんだよなぁ?」

「それが陛下がお忙しくて、少しお話しただけで」

「マジかよ」


 俺だって期待していたんだ。金銀財宝はともかく、さすがにこの理不尽な状況は終わるんじゃないかって。ところが、よりによってあの王様は、いきなりジョロスティに俺を保護させようとしやがった。あれじゃあ断るしかない。

 なんであんなことを……いっそ、王宮の隅っこにでも部屋をあてがってくれれば……


「ったくよぉ、なんなんだよ、ここの大人どもはよ! 恥ずかしくねぇのかよ、アイデルミのクソッタレも、ギルドも、王様まで」

「いや、みんな事情があるんでしょうし」

「俺は恥ずかしいぜ? てめぇのケツの穴見られるより、ずっとかな!」

「まぁまぁ」

「お前も、もっと怒れよ!」


 ありがたい。彼がこうして怒り狂ってくれるおかげで、余計に冷静になれる。

 先日の略式の謁見も、無意味ではなかった。ジョロスティは俺を見るなり利用しようとしたし、クロウルはそのせいで、初めから俺に敵意を向けてきた。要するに、どちらにも関わってはいけない。

 ミール二世は……あの動き。怪しいな。

 最初、あまりに突拍子もない振る舞いをしたので、あっけに取られてしまった。だが、よくよく思い出してみると、俺がノーゼンの話題を出した瞬間に、立ち去っている。なんでも話してくれ、と言いながらだ。

 だいたいからして、俺が神の壁の前で寝泊りしているのを知っているなら、その原因だって調べられないはずがない。わかっていて、あえてスルーした。そんな気がする。


 ……何のために?


「ま、あとちょっとの辛抱ですよ」

「ちょっとじゃねぇだろ、丸々一ヶ月もこうしてるつもりかよ」

「苦しいことなら、他にいくらでもありましたし」


 この旅の最初、山脈を越えるのに比べたら、なんてことない。オーガも狼も盗賊も出てこない、安全が保証された神の壁の真下で寝られるのだ。

 俺は埃を払って立ち上がった。


「修行もしないと、猊下も納得してくださらないでしょうし」

「そ、そうかよ」


 ギルも立ち上がった。

 その彼の背中の向こうに、人影が現れる。


 聖女の右膝を迂回して、背の高い男がやってくる。日焼けした肌に薄い上着一枚。ただ、手にツルハシがない。修行者ではない?

 なんだ、と思って目を凝らす。


「あれ? ドランカード?」

「あん? あ?」


 俺の呟きに反応して、ギルは振り向いた。

 そして、物覚えは悪くないらしい。見る見るうちに表情が険しくなる。


「てん……めぇえ!」


 怒鳴り声が神の壁に跳ね返って広場一帯に響き渡る。


「どのツラさげてきやがったぁ! オラァ!」


 鬼の形相のギルに、ドランカードは足を止めた。

 そして、戸惑いながら両手を突き出す。だが、ギルはそんな態度に頓着しなかった。背負った大剣に手を伸ばし、頭上に掲げる。そのまま、全速力で走り出した。


「ブッタ斬る!」


 いや、その剣、刃は潰してあるから、斬れないだろう。

 それ以前に、殴って怪我でもさせたら、また大問題になるから、止めないと。


「ギルさん、ダメです!」

「うるせぇ!」


 だが、先にドランカードが怯んだらしい。

 踵を返すと、走り去っていってしまった。


「チッ、なんでぇあの腰抜け」

「いや、余計に困るので、やめてください」

「……おい、ファルス」

「はい?」


 彼が低い声で尋ねるので、訊き返す。


「どうかしましたか?」

「そういやぁお前、なんで俺に敬語使うんだよ」

「なんで、と言われましても」

「歳、変わんねぇだろが」

「まぁ、はい」


 少年漫画か、とツッコミたくなる。タメ語で喋れとか、そういうのか?

 彼はその場に大剣を突き立てつつ、溜息をついた。


「お前って、なんか、すげぇってか、変だよな」

「はい?」


 いきなりなんだ?


「頭はいいし、顔もいいし、一人でこんなところまで旅に来ちまうし」

「あ、はぁ、ありがとうございます」

「礼儀作法もバッチリで、いったいどうなってんだよ? そんな奴が俺にペコペコしやがって、気色悪い」

「い、いや、別にペコペコは……」


 粗暴な態度、尊大な物言いが好きじゃないだけだ。よく「うるさい」「黙れ」とか平気で口にできる人間を見るが、頭の中がどうなっているのか、不思議でならない。抑圧の先に何が待っているかを考えたことがないのか?

 馴れ馴れしく付き合うのも、得意じゃない。これは嫌いとかそういう問題ではなくて、俺がうまくやれないだけなのだが。礼儀作法というのは、こういう場合、とても便利だ。無難な立ち位置を与えてくれるからだ。

 最後に、俺はあくまでこの街のお客様でしかないこともある。みんながみんな、自分より目上と思って間違いないのだ。


「だって普通、無理だろ? 砦一つ落としちまうようなゴブリンの大群を、どうやって片付けんだよ?」

「いや、あの。噂、やっぱり一人歩きしてません?」

「あん? お前が砦に突っ込んでいって、ゴブリンどものボスをブッ殺したってんだろ?」

「大筋ではその通りですけど、大事なところが欠けてますから」


 やっぱり、ノーゼンの活躍がスッポリ抜け落ちている。

 おかしい。


「ほら、僕と一緒に行った、あのノーゼンって人がいたでしょう?」

「あん? ああ、いたな」

「あの人が」


 俺が説明を始めようとした時、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。


「ファールス! ファルスってガキはいるかぁ!?」


 なんだか、今朝は客が多い。

 ギルにドランカード、そして今度は……


 ゾロゾロと七人くらい、聖女の膝の向こうから、大柄な男達ばかりが現れた。

 先頭を歩くのは、一際背の高い、ムキムキな男だ。


「僕ですが、何か」


 思い出した。ガイ・ヤスモーン。鉱山の前の廃棄所で、ノーゼンと揉めていた男だ。


「何しに来やがった」


 ギルはまた剣を構え直す。だが、ガイは手をあげて敵意がないことを示した。とはいえ、怯える様子などなく、口元には余裕の笑みが浮かんでいる。

 邪魔な少年を遠回りして俺の横に近付くと、いきなり俺の肩に手を置いて、引き寄せた。


「お前よぉ」

「は、はい?」

「聞いたぜ。ノーゼンについてきてもらって、開拓地まで行ったらしいじゃねぇか」

「はい、行きました」

「バカヤロォ」


 い、いきなりバカヤロウ?

 なんでそうなる?

 彼の顔には、笑みと苛立ちとが共存していた。


「お前、あんなジジィに頼ってもいいことなんざぁ、ありゃしねぇよ」

「あ、でも、あれはアイクさんのご紹介で」

「チッ、あのオカマ野郎、わかっちゃいねぇ」


 あ、これ、まずい。近くにアイク、いないよな?


「危ねぇところ行くんだったら、尚更、あんなヒョロヒョロジジィじゃ、お荷物だろが」

「そんなことは」

「お前、アレか? 介護か? 老人介護が趣味なのか?」

「いえ」

「お前よぉ」


 男臭い腋に挟まれながら、俺はなんとか受け答えする。


「助けがいるなら、まず俺らだろが。この街のこたぁ、まず! ヤスモーン一家に頼るのがスジってもんだ」


 ああ、わかった。

 張り合ってるだけか。


「でも、僕はこの通り、余所者ですし」

「バァロォ、だったら余計にこっちに声かけるのが礼儀ってもんだろが」

「あ、は、はい、済みませんでした」

「わかりゃあいいんだ」


 それで納得したのか、俺は彼の腋から解放された。


「つうことで、お前、なんか困ってることはないのか」


 みっちり肉の詰まった腕を組み、胸を反らしてガイは俺に尋ねた。


「困っていること、ですか?」

「おう、さっさと言え」


 ノーゼンの正体を知りたい。なんて言ったら、キレるだろうな。

 でも、何か言わないでは済まない。……あいつに頼っておいて、俺に頼みごとをしないなんて、黙っていられるか。そう思うに決まっているからだ。


「ええと、その、どこの宿屋にも入れてもらえなくて」

「ああ、マジか、そいつは」

「ご存知でしたか?」

「チラッとな。サモザッシュの野郎は、腐りきってやがるからな……いやでもそういう話が聞こえてきちまわぁ」


 そう言うと、彼は口角をあげて俺に言った。


「じゃ、俺様に頼るってことでいいんだな?」

「は?」

「任せろ! お前も俺らのところに泊めてやる。広い屋敷だぜ! ありがたく思え!」

「えっ!?」


 宿屋じゃなくて、ガイの自宅か。

 野営するよりはずっといい。入浴もできたら、言うことなしだ。


「いいんですか?」

「男に二言はねぇ!」


 ありがたや。

 大きな問題は残ったが、小さな問題の方が片付いた……と思った。


 夕方、汗だくになりながら俺は手を止め、作業台からゆっくりと降りた。一日動きづめだと、さすがに体中が軋んでくる。動き方に無駄があるから、関節に負荷がかかるのだ。素人がハーフマラソンなんかを走るとよくわかる感覚なのだが、筋肉より先に、膝や足首が痛くなる。あれに近い感じだ。

 連日動きっぱなしで汗もかくから、そろそろ清潔になりたいと思っていた。この街には温泉があり、公衆浴場も存在する。だから入浴はできるのだが、その後どうせまた、砂まみれになって地べたに寝転ぶのかと思うと、行く気がしなかったのだ。

 しかし今日は違う。ガイの家に泊まれるのだ。


「お疲れ」


 小屋に戻ってきた俺に、アイクが声をかけた。

 今日は一日用事があったらしく、俺が開拓地に出かけて以降、初めて顔を見る。


「どうもです」

「あんたも大変ねぇ」


 呆れたように、彼は溜息をついた。


「サドカットから聞いたけど。さすがにちょっと、運がなさすぎるわ。王様も助けてくれなかったなんてさ」

「なんか、お急ぎだったみたいで、お茶を飲み始めたかと思ったら、すぐ発たれてしまって」

「ふーん、それはちょっと不自然ね?」

「アイクさんもそう思います?」


 彼は組んだ腕から右腕を頭にそえて、前髪を掻き毟った。


「あの王様、そんなケチ臭い人じゃないはずだからね」

「そうなんですか。僕は詳しく知らないんですけど」

「ああ見えて、いろいろ考えて動いてる人よ? 見た目はふざけてるけど、中身は……あんた、王様にいったい何を言ったのよ?」

「それがですね」


 そうだ。

 ノーゼンを俺に紹介したのは、アイクだった。


「僕がノーゼンさんの話題を出した途端に、急用だっていうんですよ」

「へぇ」

「アイクさん、ノーゼンさんのこと、詳しく教えてくれませんか?」


 だが、俺の問いかけに、アイクは首を横に振った。


「そんなには知らないわ。ワタシとあまり変わらない……そうね、ちょっと後、今から十年くらい前にこの街に来たってこと。何事にも真面目で、欲がないこと。腕のいい鍛冶師でもあるわ。あとは、ものすごく腕が立つってこと。それくらいよ。でも、信用できる男だと思ったから、お願いしたの」

「うーん、じゃ、ほとんど何も知らない?」

「仕方ないじゃない。ワタシも余所者だし、この街の関係者だと、かえって信用できないでしょ?」


 と言われてみると、それもそうかと思う。

 一番いいのは、この街の住民に守ってもらうことだ。しかし、相手はギルド支部長のサモザッシュであり、そのバックにいるであろう貴族のアイデルミ家。いざという時、王宮に駆け込んで直訴する覚悟まで固めれば、一般市民だって俺を守れはする。だが、そこまでのリスクを背負ってくれるような人は滅多にいない。

 余所者出身のアイクが、それを期待して、これまた余所者の俺を守らせようとして、逆にそいつがサモザッシュやアイデルミ家の味方をしたらどうなるか。当面の安全を守るという意味では、やはり余所者に頼るほうが安心だったのだ。


「それに、ノーゼンが約束を破ったことは、今まで一度もないからね。ここ十年近くの付き合いだし、だから信用して頼んだのよ」

「そうですか」


 となると、情報源は……

 ある。


 アイクもそこまで知らないとなると、やはりノーゼンは徹底して自分の身の上を隠している。ガイに絡まれても、わざと喧嘩に負けたりするくらいだ。

 しかし、情報の隠匿にも限度がある。狭い都の中のこと。上から見下ろす人物には、自然と見えてしまうものだ。そして、ミール二世は、彼の話題を出した途端、席を立った。


 アイクは俺を不運だと言ったが……こう考えると、今回に限って、俺は運がいい。もしユミレノストが、俺の要求に何でもウンウン頷いて、すぐさま聖女の祠に案内してくれていたら、どうなっていたか。ノーゼンを見つける可能性はなかった。彼は不死でも不老でもないが、特殊な長寿を獲得している。その上、この世界の秘密に近いところにもいるに違いない。

 どんな手を使ってでも、彼の口を割ってやろう。


「でも、約束を守ったって、今回は言えないかもしれないですよ」

「どういうことかしら?」

「だって、ひどいじゃないですか。よりによって、ゴブリンの親玉を僕に押し付けたんですよ、ノーゼンさんは」

「そうねぇ」


 腕を組み、顎に親指を当てて、アイクは少し考え込む。そして、口元に笑みを浮かべた。


「でも、それをやっちゃったんでしょ? あんたは」

「え、ええ、でもですね」

「十人からの兵士達がなすすべもなく倒されたのに、あんたが戦って、トドメを刺した。でしょ? 大方、ノーゼンが横槍を入れたんでしょうけど。それでも普通、そこらの兵士や冒険者にできることじゃないわ」


 ニヤニヤしながら、俺を見つめる。


「だいたい、変だとは思ってたのよ? ティンティナブリアから歩いてきたって言ったわね? でも、ワタシもあの山脈なら、越えたことがあるのよ?」

「えっ」

「昔は今ほど荒れてはいなかったけど、それでも子供が一人で抜けられるような場所じゃなかったわ。夜には狼の群れ、たまにオーガも様子見に来るし。頼れる相棒がいなきゃ、とてもじゃないけど、ワタシだってここにはいないわ」


 アイクは十年以上前から、この街にいる。つまり、彼が山脈を通り抜けたのは、俺がリンガ村に生を享ける少し前か。オディウスが伯爵になるまでは、か細い道ながらも行商人が行き来していた。テンタクの父親も、山道を行く荷運びとして働いていたのだから。

 あの時期、つまり人があの道を活用していた頃でも、決して安全とは言えなかった。ましてや、難民さえ滅多に通らないような今の時代、それも冬の終わりにあそこを一人で通り抜けてきたとなれば。

 あの山脈を知らなければ何とも思わないのかもしれないが、アイクはその目で見ている。


「ねぇ、ファルス」

「はい」

「あんた、何者なの?」


 ……アイクは誰のために動いているのだろう?

 自分自身のためか? この質問も、ただの好奇心?

 それとも、ユミレノストのため? 或いはノーゼンの身内? わからない。


「修行者、です」

「あん?」

「騎士になるための修行中の身。僕は銀の腕輪を与えられた従士ですから」

「言いたくないのね」


 厄介だ。

 俺が二ヶ月の修行生活を嫌った理由はいくつかある。もちろん、長い待ち時間がいやだったのもあるし、無駄に疲れるだけの肉体労働もやりたくなかった。だが、こうして自分の身の上を詮索されるのも、避けたかった。

 できれば目立ちたくないのだ。だが、ある程度はインパクトを残さないと、大事なところで必要な相手に見つけてもらえない。どこかで割り切るしかないのだろうが。


 とりあえず、ここをどう乗り切るか……


「ノーゼンも同じ。もちろん、ワタシもね。これでおあいこでしょ?」


 ……と思っていたら、いきなり追及が止んだ。

 だが、同時に情報源……いや。

 アイクはノーゼンのことを本当に知らないし、問い詰めてもいない。そうするつもりもなかったし、これからもない。それは、俺に対してもそうなのだと。


「なるほど、そうですね、僕が甘かった」


 人にはそれぞれ、自分の領域というものがある。そこにズカズカと踏み込む資格などない。また、そうさせてもらえると思うほうが甘ったれているのだ。


「あら、そういう意味じゃないのよ?」

「どういう意味ですか」

「ワタシは、ノーゼンもあんたも信用してるってこと」


 今度こそ、予想しない言葉に、俺は目を見開いた。


「待ってください」

「待ってるわ」

「十年の付き合いがあるノーゼンさんはともかく、僕の何を信じるっていうんですか」

「んー、なんとなく?」


 そんなバカな。

 確かに俺は、失礼な態度をとったり、人を欺いたりはしていない。だが、だからといって、特別に善人だったり、誠実だったりするわけでもない。

 ここでは真面目な修行者のフリをしている。でも、それはただのフリだ。俺は正義の女神なんか信じていないのだから、その意味では、周囲を騙そうとしているとも言える。

 そこはいいとしても、俺は目的を果たせばこの街を去る。去るとなれば、後は野となれ山となれだ。不死を得るためなら、この街を廃墟にしたって構わない。そんな俺のどこを信じると?


「適当すぎませんか」

「適当じゃないわ。あんたは信用してもいい。よしんば狂いかけてるとしても、ね」


 狂いかけている?


 だが、その思考は複数の足音に掻き消された。


「おぅい、ファルス! ありがたく思え! 俺様がわざわざ迎えにきてやったぞ!」


 暗くなり始めた岩壁の向こうから、数人の男達が黒いシルエットになって浮かび上がる。


 だが、声の主を確かめるまでもない。ガイだ。

 やっと今夜は屋根のあるところで寝られる。そのことを思い出して、俺の気持ちは少し明るくなった。

 だが、事情を知らないアイクは、表情を強張らせた。


「ガイ、あんた、何しにきたのよ?」

「あ? お前が口出すことじゃねぇだろがよ」

「そうはいかないわ。ワタシはユミレノスト師から、この子の世話を見るよう、仰せつかってるもの」

「ハッ! だったらてめぇ、ガキ一匹に寝床くれぇ用意してやれねぇのかよ、ったく使えねぇ」

「あんですって?」

「ちょ、ちょっと!」


 俺は慌ててアイクの手を掴んだ。


「あの、僕が、僕がお願いしたんです、その、寝る場所はないですかって」

「は? 正気?」

「えっ?」

「おう、そいつの言う通りだぜぇ」


 まぁ、ガイから絡んできたから、そう言ったんだけどな。

 何も言われなければ、頼んだりはしなかった。


「あの、アイクさん」

「なによ」

「……まずかったですか?」

「まずかぁねぇよ」


 俺の質問を、ガイが遮った。


「おいアイク、何吹き込んでんだよ?」

「何も言ってないわよ」

「おめぇの口ぶりだと、俺がなんか、ロクでもねぇことしそうだって聞こえるぜ?」


 ガイは、その大きな背中を丸めて、下からアイクの顔を覗き込んだ。チンピラがよくやるアレだ。だがアイクは怯む色も見せず、しっかりと睨み返している。


「ガイ、はっきり言っておくけど、この子は従士で、修行の旅の途中なの。あんたの手下なんかにはならないわよ?」

「おうおう、そんなのは百も承知だぜ? 誤解すんな、俺はたーだ親切心でうちに泊めてやるっつってんだ。金もとらねぇし、厄介事を放り投げたりもしねぇ。メシもタラフク食わせてやるぜ。もちろん、束縛したりもしねぇさ」

「そう、聞いたわよ」

「ああん?」

「ファルスがあんたのところに行くのも出て行くのも自由だっていうなら、好きにさせてやるわ」

「けっ、てめぇの許可なんかいらねぇが」


 顎で俺を指し示して、ガイは言った。


「俺も鉱山の男だ。ガキ一匹くれぇなんでもねぇ。食わせて寝かせてやるさ。歓迎するって言ってんだよ」

「安心したわ」


 このやり取り。仲が悪いせいだろうか。それだけじゃない気がする。

 何か俺、早まったことをしたんだろうか。


 戸惑う俺に、アイクはニッコリと微笑んだ。


「いってらっしゃい。そうね……三日後くらいに、ここで待ってるわ」

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