羽毛より軽い身の上
「いやー、私の見込んだ通りでした! さっすが師匠、やっさしいですねー」
やかましい。
抑揚のない、力と気合の抜けた声で、チャルがそう喚きたてる。
「残念なことに、才能はあっても、これまで機会がなかったんですよー。ですが! ここで師匠がチャチャッとコツを教えてくれればですね、この天才少女・チャルなら、すーぐおいしい麺料理を」
「ちょっと待った」
俺はチャルを後ろに引き連れて、市街地に下りる坂道を歩いている。
仕方がなかったのだ。彼女が俺の居場所を突き止めてから、ほぼ毎日のように押しかけてくる。このままでは暮らしていけない、助けてくれと騒々しく騒ぎ立てる。これではとてもではないが、リラックスして過ごせない。
それでやむなく、重い腰を上げて、外に出たのだが……
「今、機会がなかったって」
「え? えー、そうですよー、父はあのソーク、この街一番の料理人だったんですけどねー、なぜかほとんど厨房に入れてもらったことがなくてー」
つまり、チャルはほとんど料理の修業をしたことがなかったと。
だが、なぜ?
「変ですね。普通、西方大陸全般では、女性に料理や裁縫を仕込むのは、常識なのに」
「んー、言われてみると、子供の頃、一度だけ、教わった記憶はありますねー」
「えっ?」
「でも、なぜかそれから、二度と」
「あー……」
きっと彼女の父は、チャルの資質に気付いてしまったのだ。
この子は絶対に料理人にはなれない、と。
「でも、困らないんですよ。この街では。外食が普及してますからねー」
「なるほど。では、裁縫は?」
「これも子供の頃、ちょっとだけやりましたー」
「そちらで頑張ろうとは」
「なんか向いてないっぽくて、自分の指ばっかり刺してましたー」
ということで、さっさと投げ出した、と。
「そのことについて、お父様はなんと」
「お前の好きなように生きなさい、と言われたので、えっへん! 冒険者になることにしました!」
それでやっと納得がいった。
彼女の習得している数々のスキルだ。商取引や大工、医術などはともかく、隠密とか、罠とか、低レベルながら物騒なものが並んでいた。あれは冒険者になるための努力の結果だったのだ。
「ん? でも、じゃあどうしてまた実家に戻ってきたんですか?」
「それがですねー、ちょっと前に大失敗しちゃいましてー」
「大失敗?」
歩きながら頭に手をやり、チャルはヘラヘラと笑った。
「ナシブ男爵領の森にですね、オーガの群れがわきまして」
森? 魔物の群れ?
あ、なんか記憶にあるような……
「やー、新人冒険者の私には、荷が重かったです」
「戦った、わけじゃない、ですよね?」
彼女の実力では、あっという間に殺されるだけだ。むしろ、逃げ帰っただけでもよくやったと褒めていいくらいだ。
「いやいや、そんなの、するわけないじゃないですかー、ただの偵察ですよー」
「よく無事でしたね」
「あー、私は無事だったんですけどねー」
「犠牲者が出た? 無理もないですけど」
「あ、いや、犠牲者っていうか、その」
頭をポリポリ掻きながらも、彼女はあっけらかんとしていた。
「ほら、ナシブ男爵のお隣さんって、ブルク子爵じゃないですか」
「えっ、なんか聞き覚えが」
「で、まぁ、お互い仲が悪いわけですよ。んで、私と他五人で偵察してて、ま、冒険者の先輩ですね、それが四人くらい、オーガの足止めをしてくれて」
「え、ええ」
「一番大事な、ナシブ男爵への報告は、一緒に逃げてきた先輩が引き受けてくれたんですけど」
「はい」
「もしかすると、森をはみ出て東側に被害が出るかもだから、お隣のブルク子爵側への報告をしろって言われてですね」
まさか……
「いやー、大変だったんですよ? 慌てて向かったもんですから、山道の途中で大事な荷物を落としちゃったりとか。そりゃあもう、食べるものもなくて、あんなひもじい思いをしたのは初めてでしたー」
「それで?」
「道すがら、雑草食べたら下痢しちゃいましてね、一日くらい寝込んで、それからまた先を急いだんですけどー」
俺がこの西への旅で苦労させられた原因の一つが……
「私、まず、子爵領側の住民を逃がすべきだと思ったんですよー」
「何をしたんです?」
「逃げろ、襲撃されるぞって伝えまくってました」
「それは誰に? どんな風に?」
「あはははー」
あはははー、じゃない。
ただの村人相手に、とにかく逃げろ、逃げろと騒ぎ立てた。となれば、当然、起こるのは……
「ちゃんと伝わらなかったみたいで」
「……子爵は、慌てて兵士を送った?」
「なーんか、男爵の兵隊さんと、出くわしちゃったみたいで、あはは」
それって。やっぱり俺が西側に行く時にぶつかったトラブルの一つなんじゃ……
「どうなったんですか」
いつの間にか声が低くなる。
「いやー、肝心のオーガの群れには逃げられて、両方の領地が荒らされるし。おまけに、亡くなった人こそいなかったらしいですけど、勘違いから本気でやりあっちゃったみたいで、男爵の兵も子爵の兵もボッロボロになって、もう余計にどうしようもなくなっちゃったみたいでー」
「で、ロージス街道も通行止め、と」
「お! そうなんですよー。で、さすがに不始末がひどい、ちゃんと私が伝えなかったせいだ、なんて言われちゃいまして。新人には荷が重いでしょ? で、クビですよ。冒険者証を剥奪です。ついでに支部長のお爺ちゃんも交代になっちゃって。ひどいと思いませんかー?」
俺は、ピタッと立ち止まった。
クルリと振り返り、下から彼女の胸倉を掴む。
「お前か! お前のせいか! おかげでどれだけ足止めされたと思ってるんだ!」
「え? え! ええー!? なんですかぁー?」
こ、このポンコツ。
よくも。あれでどれだけ回り道させられたと思っているんだ。
「私、被害者ですよー、無茶なお仕事でちょっとしくじっただけじゃないですかー」
「あのな」
俺はこめかみを押さえながら溜息をついた。いや、呼吸を整えた。
「その先輩はわざわざ安全なほうの仕事を譲ってくれたのであってお前はただ落ち着いてオーガの出現をブルク子爵側に伝えさえすればよかったのであって本当に子供でもできるお使いだったのに勝手な判断でパニックを惹き起こして多くの犠牲を出したってだけでも冒険者失格なのにそれどころか被害者ヅラとか見当違いも甚だしいっていうかそういう根性だから料理もあんな」
「ひえっ!?」
肩で呼吸する俺と、ギャグっぽくポーズをとってのけぞるチャル。
ダメだ。口で言っても、こいつには効果がない。
「よーくわかった」
「は? はい?」
「……食っていきたい、んだよな?」
「え? ええ、そりゃあもう」
「よし、お前でもやれる仕事を紹介してやる」
「は? え、りょ、料理ですよねー?」
俺は返事をせず、ズンズン歩いていく。
おっかなびっくり、チャルもついてくる。
「あー、行き過ぎてますよー、ウチはこっちですー」
だが、無視。無視だ。
もっと奥、繁華街の中央を目指す。大通りから横の脇道に逸れる。
「って、どこ行くんですかー」
大人一人の肩幅くらいしかない狭い路地。ずっと前に整備されたきりの路面はでこぼこで、左右の壁もあちこち剥がれかけている。むき出しの煉瓦が雨風にやられてボロボロになっている。
俺は振り返り、チャルがついてきているのを確認すると、先へと進んだ。
「お師匠様ー、ここ、ちょっとあんまりきれいなところじゃないですよー」
「ここ」
やっぱりあった。
大都市なら、大抵はあるものだ。ましてや、あのジノヤッチの妹のヤラマは、こういう場所で小銭を稼いでいたらしいのだから。
奥まったところには、小さな広場のような空間があった。周囲を丈の高い建物に覆われている。だが、どれもこれも継ぎ足しだらけの、古びたビルばかり。色合いもどことなくくすんでいて、どうにも不安な気持ちにさせられる。
そんな場所なのだが、建物の前面だけは、わざとらしいくらいに磨き上げられている。取ってつけたような真っ赤な塗装。それに派手な看板。今は昼間なので、門前には灯りがないし、人も立っていない。入口の扉は開け放たれており、薄暗い奥の壁がぼんやり浮かび上がって見える。
「ごめんください」
俺が声を張り上げると、ややあって、小さな足音が近付いてきた。
「……なにかしら?」
玄関先に姿を見せた女が、眠たげにそう言った。
真っ赤な肌着一枚。長いストレートの金髪が垂れ下がっている。顔は色白で、それなりに整っているが、その視線には、何か皺でも寄っているような、人の体をまさぐり、撫で回しているような雰囲気があった。
確かめるまでもなく、ここの娼婦だ。
「求人はありますか」
「あん? ああ」
彼女は、俺とチャルとを見比べながら、ニタリと笑った。
「へぇ、そういうこと」
一方のチャルは目を丸くするばかりだ。
「でも、いいの? ここでお仕事するってことは、外国人扱いになるんだけど」
「外国人?」
「建前よ。ほら、ここは聖女様のお膝元なんだから」
それで俺は理解した。
いかにここ、タリフ・オリムが自由な街だとしても、やはりセリパシアの一部であることには違いがない。この街は聖女降臨の地でもあり、統治する王はセリパス教の守護者ということになっている。よって、本来であれば、売春などもっての他だ。
しかし、その戒律を課されるのは、信者だけだ。生活に何の制限もない女神教徒がやってきて、勝手に売春しても、当局の関知するところではない。仮にもここは王都であり、外国人も大勢やってくる。彼らがここで、聖徒ではない外国人女性を金で買おうが、どうでもいいのだ。
言い換えると、売春するということは、即ちセリパス教徒でなく、この都の市民でもないと宣言するに等しい。
「じゃ、チャルさん」
「へ? は?」
「あとはこのお姉さんの指示に従ってください」
「えっ? えっ? ま、まかない飯とか、そういうことですかー? ですよねー?」
この世の中、努力しない奴がヌクヌクと生きていけるほど、甘くはない。
どうしてもというのなら、そう生まれついたというだけで生きていける手段を取ればいい。そこまで案内してやったのだから、ありがたく思え。
俺は返事をせず、背を向けた。
これでバカの始末がついた。俺は身が軽くなったのを感じていた。
だが、本当に軽かったのは、俺の身の上だった。
「申し訳ございません」
そのたった一時間後。
高級ホテルのロビーで、俺は驚きのあまり、棒立ちになっていた。
まさに平身低頭。腰を折って、老支配人が俺に謝罪の言葉を繰り返していた。
「お客様には何の落ち度もございませんが」
「どうにかならないんですか」
「私どもでは、どうしても……明日にでもこの街を発たれるということであれば、なんとか今夜くらいは」
「そんな」
要するに、この宿を出て行けと言われたのだ。
なぜ? 俺はちゃんと料金も支払っている。やましいことも、何もない。
「誰かの命令ですか? そうなんですね? どなたですか」
「申し訳ございません」
「僕は何も悪いことなんかしていないんですよ」
「承知しております」
「ちゃんと宿泊料金も支払ってきたじゃないですか」
「それにつきましては、本日までの分を、払い戻しとさせていただきたく」
そこまで言うか。
であれば、もう、ここでゴネても意味がない。
「お金はいいです。つまり、それくらい、どうしようもないんですね」
「まことに申し訳なく、恥ずかしい限りではございますが」
「仕方ありません。街を出ないなら、今夜もここには留まれないと思ったほうがいいですか」
「はい」
くそっ。なんてことだ。
誰かの嫌がらせ……いや、想像がつかないわけではない。
「せめて入浴くらいはさせてください」
「承知致しました」
空は青くとも、日の光に黄色いものが混じりだす頃、俺は街の北東部にいた。
見上げるのは、あの城砦のようなギルドの建物だ。
腰に提げた剣の重みを確認する。肉体年齢は十歳と数ヶ月。だが、身長ならかなり伸びてきた。育ちきった男とは比べものにならないが、背が低めの成人女性くらいの体格にはなっている。加えて魔術の力もあるのだ。最悪の場合でも、なんとかなる。
階段を登り、扉を押し開けた。
昼下がりのギルドは、空いていた。ガランとした空間に、弛緩した空気が流れている。丸い部屋の中央を仕切る長いカウンターの向こうで、女性職員があくびを噛み殺しながら書類に目を通していた。
だが、俺がやってきたとわかると、そっと手を止め、口元を引き締める。
一歩一歩、確かめながら俺は前に進む。
認識が間違っていなければ、ここは敵地だ。
緊張した面持ちの受付係が、席を立った。
「御用ですか」
「支部長をお願いします」
俺の言葉に、彼女は目を泳がせた。
何か仕返しされるかもとは思っていた。
この街にやってきて間もなく、『麦の穂』で、ドランカードとかいうデルミア出身の冒険者を打ち倒した。それはもちろん、正当防衛ではあったのだが、結果、その庇護者たるアイデルミ家の恨みを買ったのだろう。
報復がこんなにも遅くなったのは、俺の背景を探っていたからに違いない。いったい何者なのか、どんな人間関係があるのか、それを知らずに喧嘩を吹っかけるほど、間抜けではなかった。だが、すぐに身元が知られてしまった。フォレスティア王の腕輪があるとはいえ、所詮は流れ者の従士に過ぎない。
では、アイデルミ家の誰かが、直接俺の泊まっていたホテルに出向いて、宿泊拒否を命じたのだろうか? いいや。
「あの、支部長は今、外出しておりまして」
「では、戻るまでお待ちします」
「ですが、その」
「どれだけかかっても構いません。なんなら、ここで一晩明かしても」
問題なのは、俺の腕輪だ。騎士の活動を、これといって正当な理由なしに妨害したとなると、さすがに立場が悪い。エスタ=フォレスティア王国は遠く、すぐさま懲罰が降りかかる可能性は低いが、それでも体裁というものがある。
貴族自らそうした行動をとるわけにはいかない。だから、間にクッションを挟む。ホテルに圧力をかけたのは、あくまで私人、あの冒険者の身内でなければ。地元の人間関係の中で起きたトラブルに過ぎないのであれば、振り上げた拳を下ろす先がない。
「は、はぁ……」
適当に髪を後ろに束ねただけの彼女は、わかりやすく後ろとこちらを見比べている。そのたび、ポニーテールが忙しく揺れる。迷っているのだ。俺はその真意を探ろうとして……少しだけ、気持ちが落ち着いた。
ここに支部長がいるのは間違いない。そして、ホテルから追い出された俺が怒鳴り込んでくるのも想定内だ。ならば、受付係にもちゃんと因果を含めてある。だったら、こんなに困ったり迷ったりするはずがない。
だから恐らく、彼女はその通りにするのを躊躇しているのだ。こんな子供に対して、大の大人達がよってたかって嫌がらせするなんて、あまりに品がない。そんな良心が透けて見えて、怒りが和らいだのだ。
「お? なんだ、お客様かよ」
あまり待たずに済んだ。やっぱり予想した通りだった。
奥の個室の扉が開き、そこからあのハゲ……サモザッシュが姿を見せた。いつかと同じ、この暑苦しいのに、レザーのブーツにレザーのジャケットだ。現役時代のスタイルを変えられないのだろう。
「おうおう、なんだ? ここはお子様の来る場所じゃねぇぞ?」
「宿の手配をお願いします」
「はぁ? お前、ボケてんのか? ここはギルドだ。宿屋じゃねぇよ」
「ごまかせると思っているんですか」
従士の子供を宿から追い出す汚れ仕事。なぜ彼が引き受けたのか?
理由には、見当がついている。
「ほーん……ま、いいや。どっちにしろ、そんなの、俺の知ったこっちゃねぇ」
彼がギルドの支部長だからだ。
冒険者ギルドは、ギシアン・チーレムが創設した組織で、一種、治外法権の存在でもある。その支部は世界中に存在し、基本的には国家間の問題については中立で、独立を保つことが許されている。
つまり、俺がサモザッシュから嫌がらせを受けても、面子を潰されたからとタンディラールがやり返すわけにはいかない。どうしてもとなればできなくもないが、きっとそれは高くつく。帝都に等しく神聖不可侵な立ち位置を保つ相手との喧嘩になってしまうのだ。
「それよりお前、神の壁で修行者の真似事やってるっていうじゃねぇか」
「それが何か」
「熱心な修行者なら、ホテルなんかにゃ泊まらないもんだぜ? 今はまだ、夏の終わりだ。そんなに寒くもねぇ。なんなら、お前も壁の下で寝泊りすりゃあいいじゃねぇか」
「何を……っ」
「おっとぉ、怒ることじゃあねえ。お前に敬虔なセリパス教徒の振る舞いってもんを教えてやってるだけさ」
すっと頭が冷えた。
こいつは敵だ。敵なら、何をしても構わないだろう。
「……後悔はしませんね?」
「あ?」
「恥知らずな真似でも、せざるを得ないというのであれば、仕方ありません。理解も同情もします。でも、あなたはどうも楽しんでいるように見える」
「ああ、人生は楽しまなきゃ損だからな」
「だから、後悔はしませんね?」
さすがに支部長、元冒険者というだけあって、なかなか恵まれたスキルを持っている。やや器用貧乏なきらいもあるが……
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サモザッシュ・チータ (41)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク6、男性、39歳)
・スキル ルイン語 5レベル
・スキル フォレス語 5レベル
・スキル サハリア語 4レベル
・スキル 指揮 4レベル
・スキル 管理 1レベル
・スキル 格闘術 4レベル
・スキル 投擲術 5レベル
・スキル 罠 5レベル
・スキル 隠密 5レベル
・スキル 軽業 5レベル
・スキル 水泳 4レベル
・スキル 医術 4レベル
・スキル 薬調合 3レベル
・スキル 料理 1レベル
・スキル 裁縫 1レベル
空き(26)
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偵察、先行調査を中心とした活動内容だったのだろう。豪快そうな見た目に反して、なかなか細かい仕事をしていたようだ。そして冒険者としては優秀だったのだろうが、ギルドの支部長になってからは、まだ日が浅い、と。
毎日でもデートしたい相手だ。但し、一回あたり三分……いいや、三秒でいい。
とりあえず、格闘術のスキルを抜き取っておいた。
「変なこと言うなぁ、お前……後悔しなきゃいけない何かがあるってか」
「いえ、もういいです」
俺は背を向ける。
「毎日でもお伺いして、ご助力をお願いすることになりますが、構いませんよね」
「ああいいぜ……ただ、待てよ」
足を止めた。
「二つ、言っとくことがある」
「なんですか」
半身だけ振り返り、俺は彼の言葉を待った。
「一つは……なに、こいつはこの街の住人としての忠告だがな……もうじき、聖女様の聖誕祭になるだろ? で、そうなるともう、一ヶ月後の降臨祭まで間がないからな。どこの宿屋もいっぱいになるぜ」
「急げば、まだどこかあるでしょう」
「ところがどっこい、大抵、予約が入ってるからなぁ……ぽっと出の余所者に空けてやれる部屋なんざぁ、ねぇわけよ」
「だからどうしたっていうんです」
「どうもしねぇさ、ははっ」
手回ししたから、もうお前の泊まれる宿屋なんかないぞ。そういう意味だ。
俺の目を睨み返して、彼は続けた。
「もう一つのほうはな……そう睨むな。こっちはいい話だぜ?」
「なんですか」
「お前に昇級の機会をくれてやる」
俺は眉を寄せた。
こいつはこの前、俺の冒険者証を承認しないといって、床に投げつけたばかりだ。ならば、これだって善意のはずがない。
「よかったな。お前、ガーネットだから、次の仕事をこなせりゃ、晴れてアクアマリン、中級冒険者の仲間入りだ」
「何をしろというのですか」
「なぁに、お前にとっちゃあ簡単、簡単」
そのまま、サモザッシュはカウンターの上に行儀悪く座った。
「知らねぇかもしれねぇが、この国の王様はよ、王領の拡張をしてぇんだ。んで、まぁ、盆地の北東の切れ目から、開拓地を増やしてるんだけどよ。そこはもう、当然だがオーガどもの巣ってわけさ。だから、ちっとずつ駆除して、人が住めるところを増やしてる」
「それが?」
「俺達冒険者ギルドの仕事も、そこにあるってわけさ……北の渓谷付近で、多数のオーガが見つかったって報告があってなぁ」
その討伐を、俺に?
「一人で行けと」
「まさか! さすがに俺様が支部長だからって、そんな命令をしたら、クビがとんじまわぁ。安心しろ。寂しくねぇように、何人かの先輩方と一緒だ。きっちり仕事して戻ってくりゃあ、俺もお前のことを認めてやるぜ」
「断れば?」
「決まってんだろ?」
彼は俺の胸から提げられた冒険者証を指差す。
「そいつは没収だ」
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