荒くれ鉱夫達の日常

 古びたレンガ造りの家。その軒先に、珍しくも青々とした雑草が生えている。その葉先が朝露に濡れていた。


 この街の家は、南側ほど古くなる。或いは西側の城砦の方が歴史が長いのかもしれないが、あちらは頻繁に改修されるから、そう見えない。繁華街や住宅街の家々も、手直しされたり建て替えられたりする。街の北側の建物は、ギルドの施設など、一部の例外を除き、どれも新しい。

 主として農作業に従事する、この王都ではもっとも貧しい人々が暮らすのが、この南側なのだ。ゆえに、どの家も丈が低く、壁も風雨に曝されてきたためか、色がくすんでいる。

 そして、ここからすぐ行った先は昔の石切り場だ。聖女が神の壁を見つけるまではそうだった。なので、この辺はアルディニアにありがちな、いかにも荒れ果てた岩だらけの地面になる。人の往来もあるためか、草すらほとんど生えてこない。


 朝早く、俺はあくびを噛み殺しながら、そんな南部の道路を歩いていた。毎日ではないが、奉仕活動には顔を出さねばならない。つまり、絶対に傷つかない聖女の貞操帯を叩くお仕事だ。

 今日は、アイクからどんな命令をされるんだろうか。一晩かけて動けなくなるまで……なんてのは、もうやりたくない。


 目の前を斜めに遮る土壁が見えた。聖女様の右の太腿だ。これを迂回すれば、膝の辺りから先はないから、そこがもう、神の壁の真ん前だ。


「おはようござ……え?」


 神の壁の前の広場。その隅の方に、この前寝泊りした作業小屋がある。

 その近くに、十数人の男達がしゃがみこんでいた。中心には、腕組みしながら足踏みするアイクと、彼の左右に立って、不安げにキョロキョロする男達とがいた。

 なんだ? どうした?


「何かあったんですか?」


 ところが、誰も何も言わない。黙ったまま、じっと俺を見る。

 アイクは、俺を睨みつけたまま、口元を引き締める。


 これは、どういう……


「ファルス! あんた、よくも」

「えっ!?」

「お、おい、落ち着けアイク、相手は子供」

「あんたはどいてて!」


 左右の男を突き飛ばすやいなや、大股に歩み寄ってくる。

 なんかヤバい雰囲気だ。どうしよう? 逃げる? それとも、抵抗する? 或いは……


 逡巡する間に、彼の手が伸び、俺の襟元を掴んだ。すぐさま足がつかない高さに吊り上げられてしまう。


「こんのクッソガキャア、ゴルァアアッ!」

「ちょ、ちょっと、僕が何を」

「しらばっくれんじゃねぇええっ!」


 すごい迫力だ。

 先日の淡々とした態度からは想像もつかない激しさ。オネエ言葉さえ忘れる勢いで突っかかってくるとは。もともと体格がいいのもあって、思わず本気で怯んでしまった。


「せ、せめて説明」

「このおっ!」


 そう言いながら、彼は手を俺の首に伸ばす。

 これは危険か? ならば、倒すか? 正体と実力を隠すのも大事ではあるが、安全と引き換えにしては、元も子もない。


 だが、彼は俺の首をすぐ胸元にまで引き寄せると、短く小さな声で言った。


「いいから合わせなさい」


 合わせる?

 では、これは……演技?


「ワタシのこと、変態呼ばわりしておいて、よくもヌケヌケと顔出せたわねぇええっ!」

「は? へ!?」

「地獄見せてやるわよぉおっ!」


 彼は俺を地面に放り出す。だが言葉とは裏腹に、勢いをつけて叩きつけたのではない。つまり、手加減している。だが、傍目には兇悪でなくてはならない。

 尻餅をついた俺の腹に、彼は片足を乗せた。


「生意気なクソガキにゃあ、教育がいるんだよぉっ、こんの……」

「待て、アイク、やりすぎだ!」


 我に返った鉱夫が一人、後ろから彼の肩に手を添える。それをアイクは見もせず振り払う。鉱夫もそこで止まったりはしない。後ろから彼を羽交い絞めにして、無理やり俺から引き剥がす。


「離しな! あのバカ、躾けてやるんだよっ!」

「わかった、わかったから、手は出すな」

「チッ」


 アイクは、男の手をまたも振り払うと、またズンズンと歩み寄ってきて、座り込んだままの俺の腕を強引に掴むと、乱暴に引っ張った。大股に歩いて、小屋へと向かう。


「来い! このクソガキが!」


 何か理由があるに違いない。

 俺は逆らわず、引っ張り込まれるがままになった。


 肩を怒らせて誰も寄せ付けず、小屋の扉を乱暴に閉じると、アイクはしばらくそのままの姿勢で、聞き耳を立てていた。少しして、誰かが手を叩く音が聞こえてきた。今日の奉仕活動を開始しようとか言っている。これは確定だ。アイクに協力して、わざと人を散らしてくれているのだ。

 しかし、なぜ?


「行ったみたいね」

「は、はい」


 何か、問題でも起きたのだろうか。


「そこ、座って」


 言われるままに、背凭れのない薄汚れた木の椅子に腰掛ける。アイクも、古くなった椅子に大きな体を預けて、ふーっと息をつく。

 薄暗い小屋の中、木窓の隙間からかすかな光の筋が差し込み、そこに細かな塵が舞って煌めいた。


「あの」

「わかってるわ。説明ね」

「はい」

「まず最初に言っとく。あんたは別に悪くない。ワタシも怒ってない」

「は、はい」


 それは一安心だ。彼を怒らせるような、何かひどいことをしてしまったのかと、内心不安だったのだ。

 けど、じゃあ、どうして?


「んー、これは、まぁ、実は結構、よくあるんだけどね」


 そう言いながら、彼はこの街では珍しい黒髪を、バリバリと掻き毟った。


「あんた、余計なこと言ったでしょ」

「はい?」

「この間、神の壁を、南の高台から見た。そうね?」

「え? ええ」

「その時、『変態』って言わなかった?」

「あ……」


 指摘されて、やっと思い出した。


 あれだけ? たったあれだけで?

 誰かに聞かれてた? あんな場所で? でも、フォレス語で呟いたのに?


 誰だろう。

 俺をあそこに案内してくれた彼は、ルイン語しか話せない男だった。ということは、他の誰かが聞きとがめたのだ。


「神の壁での奉仕活動で、その壁を冒涜するような発言……そんなのが噂になったら、まずあんたが困るでしょ?」

「えっ、ええ」

「だから、話をすりかえたワケ。あれは神の壁とか、信者に向かって言ったんじゃない。あんたの監督を務めるこのワタシ、男のくせに男が好きな、このワタシに向かって言ったんだってことにね」


 じゃあ、俺は今、アイクに庇ってもらった?

 っていうか、これ、カミングアウト? 同性愛者?

 だが、思考が追いつかず、俺は目を見開くばかりだ。


「気にしなくていいわ。あんたが初めてじゃない。よくいるって言ったでしょ」

「は、はい」

「そりゃあねぇ、神聖な場所だって思って、遠くからわざわざ壁を叩きに来てさ。それが女の股座の形になってたら、どう思う? 真面目な子ほど、ショックを受けるわよ。だから、こういう後始末の仕方も、いつものことよ」


 そこまで言われて、気持ちが落ち着いてきて。

 やっと状況が飲み込めた。


「申し訳ありません!」


 俺は椅子から転げ落ちてその場に膝をつき、深々と頭を下げた。


「僕の不注意で、そんなお手間を」

「いいって言ってるでしょ? あんたの反応が普通なんだから。ワタシだって、こんなの変態だと思うわよ、ぶっちゃけ」


 戦いには慣れた。集中すべき時には集中できる。なのに。

 どうしても、そうでない場所では、多少の緩みがある。俺の悪いところだ。

 些細なミスだ。しかし、それでも彼に迷惑をかけたのには違いがない。


「まぁーねぇー……毎年一人か二人かは、こういうのでトラブルになるもんよ。んでまぁ、そういう時は、ワタシが大暴れするってワケ。ホントは悪口なんか言われても腹なんか立てたりしないんだけど、おかげで今は『オカマ野郎』って言われるとブチ切れる短気な奴ってことになってるわ、ははっ」

「は、はぁ……」

「ってことで、これからは、ワタシの悪口も……言ってもいいけど、変態とか、オカマとか、その辺の言葉を言われたら、怒ったフリをしなきゃいけなくなるから、気をつけて」

「はい、済みません」


 いいからいいから、というように彼は手をひらひらさせた。そんな地べたに膝をついたりしなくていいから、椅子に座り直せと身振りで示す。


「んー、まぁ、他所の土地からここに来たら、戸惑うわよねぇ。王都っていうけど、ぶっちゃけ、ここ、田舎だし」

「そうなんですか? でも、貴重な書物もありますし、建物も立派で、歴史も長いですし……」

「そこはそうなんだけど、ほら、住んでる連中の気質っていうかさ。盆地としては広いけど、世界としては狭いでしょ。このせまーい世界の中で、グチャグチャネチネチくっつきあってるところなんかは、完全に田舎の人間関係でしょ? だからワタシは、ここはでっかい田舎なんだと思ってるわ」


 田舎。

 法律とか論理ではなく、情実で物事が決まる世界。言われてみれば、その通りかもしれない。


「いったい誰が」

「追及はしないほうがいいわよ? ヤブヘビになるわ」

「そ、そうですね」

「気にしたってしょうがないじゃない」


 せっかくアイクが話をすり替えてくれたのだ。俺が「変態」発言の大本を探し出そうとしていると知れたら、彼の献身が無駄になる。


「それに」


 ツルハシを杖のように地面に突き立てて、アイクはふと目を伏せる。


「ワタシも変だと思ってるんだけどね。どうして周りの土を全部掘っちゃわないのかとかさ。絶対に傷つかない白い壁ばっかり、どうして叩くのかしら? って」

「それは……そういう教えだからでは?」

「聖女はここを掘れと言ったんでしょ? 壁を叩けなんて言ってないし。実際、掘ったからあの壁が出てきて、絶対に壊れないから奇跡だってことなんでしょ? じゃ、どうしてその聖女の奇跡の全貌を明らかにしようとしないのよ?」

「それはそうですけれども」


 アイクは容赦なく神壁派の教義に疑問をぶつけていく。


「司教から、だいたいは聞いてるわ。あんた、別に信心深いわけでもなさそうだし、本当はワタシが今言ったみたいに思ってたんじゃないの?」


 そう言われて、また内心、ビクッとした。

 こうやって信仰心を試されるようなことを言われて、その反応が……


「ああ、あれこれ考えなくていいわ。だってワタシ、神壁派のセリパス教徒じゃないもの」

「ええっ?」

「元だけど、一応聖典派よ。神聖教国出身だからね」

「だって、じゃあなんでこんなところに」

「ま、いろいろあったのよ」


 そこまで言うと、アイクは勢いをつけて立ち上がった。


「その辺はまた今度ということにして……それより今日は、鉱山の仕事になるわ」

「鉱山ですか? でも、壁は」

「毎年この時期になるとね、自称修行者が増えるのよ。で、そうなると、神の壁も人が増えすぎて、とてもじゃないけど狭いから、一部は普通の採掘作業にまわされるってわけ。それで収益を得た教会が、そのお金で修行者の生活費を出すんだから、仕方ないわよね」


 なるほど、人口が増えるんだから、食い扶持を稼ぐのに使わないと、ただの負担になってしまう。帳尻は合っている。


「ってことで、あんたもワタシも、あと何人かも連れて、採掘場に行くから。あ、ここ出る時には、お芝居忘れずにね」

「は、はい」


 そう言うと、アイクはまた、俺の腕をむんずと掴み、出入口の扉を蹴破った。そのまま俺を引き摺って地べたに放り出すと、大声を張り上げた。


「みんな、注目!」


 忙しく壁を叩いていた修行者のほとんどが手を止める。


「もう少ししたら、他の連中が来るから、場所空けなさい! あたしらは鉱山よ! さっさと降りてきなさい!」


 舌打ちする男達。不承不承、彼らは手を止め、足場から降りてくる。

 真性のツルハシストであれば、実際に収益を生む鉱石なんかより、絶対に砕けない壁を叩いているほうが、遥かに心地よく感じるものなのだ。

 それが証拠に、声がかかっても手を止めようとしないのがいる。


「おい、マハブ! いつまでやってんのよ!?」


 オネエ言葉と男の口調が微妙に混じっている。待たされて先に行けないので、機嫌が悪くなった?

 いや。アイクは多分、もっと思慮深い人物だ。さっき自身で言っていたように、簡単に腹を立てるような男ではない。ただ、そう見せる必要があるから、やっているだけだ。


 だが、声をかけられても、男はやめようとしない。狂ったようにツルハシを振るい続けている。


 そういえば、見覚えがある。初日だ。髪の毛をビーズ状にまとめていて、肌が黒くて……あの、やけにムスッとした感じの。神の壁に頬擦りするだけでは足りず、舌先で舐めたりもしていたっけ。いわゆる狂信者ってやつか。


「……ったく、しょうがない。あんたら、行くわよ!」


 そうアイクが叫ぶと、数人の男達が一度にマハブの後ろに殺到する。あくまで神の壁を叩き続けようとする彼を、強引に押さえ込むためだ。

 多少の揉み合いの末、誰かがマハブの手からツルハシをもぎ取り、抵抗する彼を引き摺って、無理やり神の壁から引き剥がした。


「一応、ワタシが現場監督なんだから、従いなさい。行くわよ」


 アイクの言葉に、マハブは引き倒されたまま、口元を引き攣らせながら目を半ば閉じた。


 市街地の東側、山沿いの道を歩いた先に、鉱山への入口があった。

 盆地の中央に突き出たこの鉱山は、巨大な岩山だ。樹木はおろか、草もほとんど生えていない。長い年月のうちに、降り注ぐ雨が土砂をすっかり流しきってしまったのか、残っているのは灰色の岩ばかりなのだ。

 今、俺が立っている場所も、岩盤の上だ。人の三倍くらいの身長はあるだろう入口には、暗い影が佇んでいて、中は何も見えない。入口の前は、ツルハシスト達が丁寧に削った結果であろう平坦な足場が、丸く広がっている。


 この鉱山は、いうまでもなく王家の直営だ。これがアルディニア王家の富を支える生命線なのだ。だが、その割に出入りは比較的簡単だったりする。一般市民も、その気になればここで給料をもらいながら働けるし、他所からやってきた修行者も、こうしてここで仕事をする。

 身元不明の大勢の人間が働く場所なので、それなりの管理体制が必要となる。特に鉱山というのは、本来危険な場所なので、事故が発生した場合の対処が必要だ。というわけで、入口の近くに、木造の小屋がある。救護所と警備員の詰所を兼ねているらしい。


 そこから少し離れた場所に、ちょっとしたガラクタの山があった。いわゆる廃品……穴の開いたフライパンとか、折れた剣とか、先端が磨り減って使いようがなくなったツルハシとかが、ゴチャゴチャに積み上げられている。

 ここが公共の場所なのはわかる。ならば、ゴミ捨て場もここにした?


 だが、俺があれこれ考える前に、一人の男の怒鳴り声が、この岩ばかりの広場にこだました。


「おらぁーっ! またてめぇか! 勝手に来るんじゃねぇっ!」


 俺達は山の斜面に沿って、南側から歩いてやってきたのだが、声が響いてきたのは、西側からだった。坂を駆け上がる数人の男達の足音が、バラバラと響く。


「やめろ! 物色すんじゃねぇっ! どけ!」


 剣呑な雰囲気に、数人の鉱夫が足を止めた。

 何があった? と俺は大人達の顔を見上げるが、誰も何も言い出さない。事情を知っていると思われるアイクは、わざとらしく肩を落として、溜息をついてみせた。


「まーたやってるわ」

「何があったん」


 俺の問いを、金属音が遮った。

 廃品の山に、勢いよくツルハシが突き刺さったのだ。それを投げたのは、西の斜面を登ってきた連中の先頭に立つ男。


「今日こそは我慢ならねぇ。ぶっ飛ばしてやる!」


 俺達と廃品の山とでは、距離が空いている。よって、その男の怒りは、俺達に向けられてはいないとわかる。だが、アイクは足を止めたまま、状況を注視していた。

 金属の山の隅に、小さく動く影が見えた。


「わしは正式に許可を得て、このヤマに触れておる。お前さんにあれこれ言われる筋合いなどない」


 その声色には落ち着きが感じられた。それなりの年齢なのだろうが、口調はしっかりしているし、声にハリもある。何より、大声を張り上げたわけでもないのに、少し離れたここでもはっきり聞こえた。体力の衰えなどはまったく感じさせない。

 立ち上がった男は、短く刈り込まれた白髪に、浅黒い肌をした男だった。鉱山の男にありがちだが、彼もまた、上半身は裸だった。ルイン人にしては彫りが浅い顔立ちをしているが、何人だろう? 体格は大きくも小さくもないくらいだが、その細身にしては、物凄い筋肉だった。


 これに対して、いきり立っている男のほうは、はっきりルイン人とわかる。同じく髪の毛をスポーツ刈りにしているが、その色は明るい金色だ。肌も白さが目立つ。そして、身長も体格も、さっきの男より一回り大きい。アイクと同じか、それより少し高いくらいだから、かなりのものだ。そして、当然ながら、上半身はムキムキだった。


「うっせぇ! ここは昔っから、ヤスモーン一家のシマと決まってるんだ! わかったらとっとと消えろぃ!」

「そういうことは王様に言え。わしの知ったことじゃない」

「んだとぉ?」


 このやり取りを、アイクは険しい表情で見守っている。

 だが、俺は空気を読まずに、彼の服の裾を引っ張った。


「あん? なに?」

「あれは? 何をしているんですか」

「ああ、縄張り争いね」

「縄張り?」


 いかにもこの土地らしいフレーズに、俺は眉を寄せた。


「いくら鉱山があるっていってもね、やっぱり金属は貴重なものだから。苦労して鉱石を掘り出すより、もっと手っ取り早いヤマがあるでしょ?」


 つまり、廃品の中の金属部分を溶かして、再利用する。あそこで争っているのは、リサイクル業者なのだ。

 そういうことか。あのゴミの山は、ただのゴミではなかった。立派な資源だったのだ。そして彼らは、その利権を争っている。


「よぉし……お前ら、見てろ! 今日こそこいつとの決着をつけてやる!」


 体格のいいほうの男が、後ろに振り向き、腕を振り上げながらそう宣言すると、後からついてきた取り巻き達が、口々に叫んだ。


「よっ! 兄貴最高!」

「ガイの兄貴ぃ、やっちまってくだせぇ!」

「老いぼれノーゼンなんざ、一発だ!」

「ヒュウ!」


 声援を受けたガイという男は、腕をグルグル振り回してウォーミングアップ。胸を広げて、やるぞ、やるぞとアピールしている。

 なるほど、確かに彼は、見掛け倒しでもなさそうだ。


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 ガイ・ヤスモーン (32)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク7、男性、32歳)

・スキル ルイン語   5レベル

・スキル 格闘術    5レベル

・スキル 戦槌術    5レベル

・スキル 採掘     6レベル

・スキル 鍛冶     5レベル

・スキル 大工     4レベル

・スキル 商取引    1レベル


 空き(25)

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 今までの人生で見てきた強者達に比べれば見劣りするものの、これは弱いといえるレベルではない。特に、あの恵まれた体格から放たれる一撃は、確かな決定力をもつことだろう。一発でもきれいにもらったら、それだけで決着がついてしまう。

 しかし、相手は一回り小さく、しかも髪の色からして、高齢者だろうに。そんな太い腕でぶん殴ったら、死んでしまうのではないか。


 ふと、俺はもう一人の男、ノーゼンと呼ばれたほうを見た。


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 ノーゼン・ウッシナー (143)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク6、男性、51歳)

・マテリアル 神通力・鋭敏感覚

 (ランク3)

・マテリアル 神通力・超柔軟

 (ランク3)

・マテリアル 神通力・俊敏

 (ランク3)

・マテリアル 神通力・疲労回復

 (ランク4)

・マテリアル 神通力・断食

 (ランク4)

・マテリアル 神通力・念話

 (ランク2)

・マテリアル 神通力・探知

 (ランク6)

・マテリアル 神通力・危険感知

 (ランク4)

・スペシャルマテリアル 龍神の祝福

・スキル ルイン語   6レベル

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル 格闘術    8レベル

・スキル 棒術     7レベル

・スキル 軽業     7レベル

・スキル 隠密     7レベル

・スキル 水泳     4レベル

・スキル 採掘     3レベル

・スキル 鍛冶     6レベル

・スキル 大工     5レベル

・スキル 裁縫     2レベル

・スキル 料理     2レベル

・スキル 医術     3レベル

・スキル 薬調合    4レベル


 空き(120)

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「ん? どうしたの?」


 コロン、と音を立てて、足元に俺のツルハシが転がる。それをアイクが見咎めた。

 だが、我に返るには数秒を要した。


 なんだ、あいつは。


 なんでこんなところに、こんな奴が?

 正真正銘の化け物じゃないか。


「懲りん奴じゃな」


 面倒臭い、と言わんばかりに、ノーゼンは長い溜息をついた。

 胸の前で手を組み、首をコキコキと鳴らす。


 そんな彼に、ギャラリーと化したガイの取り巻きが野次を飛ばす。


「はん、強がってんじゃねぇ!」

「てめぇがガイの兄貴に勝てねぇこたぁ、よっくわかってんだよ!」


 ガイに? 勝てない? ノーゼンが?

 この怪物が……いくらなんでも、それはないだろう。むしろ本気を出せば、あっという間に決着がつく。特に格闘術のレベルは、もはや人外の域にまで達している。ピアシング・ハンドなしでは、俺でも勝てるかどうか……

 だいたい、なんだ? この異様な年齢は。それに、龍神の祝福って、なんなんだ。


 だが、相対するガイに、恐れの色はない。


「静まれ、野郎ども」


 取り巻きはさっと騒ぐのをやめる。


「ま、当然だ。俺はこいつ相手に勝ち越してはいるからな。今んとこ、三勝二敗か……だが! 今日で完全に決着をつけてやるぜ」

「ふん」


 鼻で笑ったのか、溜息をついたのか。ノーゼンは無表情だった。

 ガイはいったん背を向け、距離を取る。そして、位置について、いよいよ決闘……というところで、横槍が入った。


「待ちなさい! バカども」


 気付くと、アイクは俺の横から進み出て、二人の間に割って入っていた。


「ワタシの目の届くところで、バカな真似はしないでちょうだい」

「なんだぁ、アイク。でしゃばんじゃねぇ」

「知らないと思ってるの? 今日はノーゼンの日よ。あんたはワタシ達と一緒に、鉱山」


 どうやらヤマの仕事は、日毎に割り振られているらしい。それもそうか。純度の高い金属を素材にできる機会なのだ。利権を整理するルールくらい、あって当然だ。横紙破りをしているのは、ガイのほうらしい。


「ちっ……あんなヨソモンに、俺達のヤマァ取られて、黙ってみてられっかよ!」

「あら? じゃあ、ワタシのことも殴る? ワタシも元余所者よ? やんなさいよ!」

「くそっ」


 アイクが厳しい口調でガイを抑え付けると、周囲からブーイングが飛んだ。それがいきなり途切れる。アイクの一睨みで、すぐ沈黙したのだ。

 それに頷くと、彼はゆっくりとこちらに戻ってきた。


「さ、仕事よ」


 だが、俺の視線は、いまだにノーゼンに向けられていた。

 彼の異常な長命の理由は? 多種多様な神通力、それに龍神との関わりは? 知りたい。


「……ファルス、何してるの? さ、道具を拾いなさい。行くわよ」

「はい」


 やっと返事をすると、俺は平静を装って、彼についていった。

 だが、暗い鉱道のひんやりした空気も、俺の頭を冷ますには足りなかった。


 ただの偶然かもしれない。

 それでも俺は見つけた。

 また一つ、この世界の秘密に迫る鍵を。

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