傭兵「戦鬼」の最後の仕事
雲が出てきた。
あの一時の晴れ間は、小さな奇跡だったのかもしれない。再び辺りは底知れない闇に包まれつつあった。
そんな空の下を、俺はキースと歩いている。
悲しみに沈むウィーをおいて、彼は俺に無言で手招きした。一人にしておいてやろうと、そう気を遣ったのかもしれない。
いきなり、ピタッと彼は立ち止まった。それから、針金同然の髪の毛をバリバリと掻き毟る。
「……たくよぉ」
漏れてきた声には、少し元気がなかった。
「人が死ぬのなんざぁ、当たり前だろが」
「キースさん」
俺はやや、抗議めいた口調で応えた。
「文句があんなら、生きてるうちにやりたい放題やりゃいいんだ。食って、飲んで、ヤッて、好きなだけ暴れて。それから死にゃあいい」
まるで自分に言い聞かせるかのように、彼はそう呟いた。いや、愚痴ったのか。
長い付き合いでもない。だが、なんとなくキースの気持ちは、俺にもわかる。
彼は、ある意味、大変「爽やか」な生き方をしてきた。出会いと別れは、生き死にだ。笑って出会い、笑って去る。そこに恨みといえるほどの恨みは残らない。
細かいことを言えば、彼は俺にだって恨みがあるはずだ。大切に使役していた怪鳥を殺したのだから。だが、詫びろとも、それどころか弁償しろとさえ、言われたことはない。
その代わり、彼もやりたい放題だ。寄ってくる女を片っ端から食い散らかしては捨てて、気に入らない奴はすぐ殺し、大金を稼いではそれをまた浪費して。恨みはかっているだろう。そして、それでいいと思ってきた。
彼にとっての俺は、どういう存在だったろう? この動乱が始まる前の時点で、恐らく自分が長子派に雇われることになると、気付いていたはずだ。面白い奴だ、というくらいには思っていた。そしていつものように「すれ違って」別れる。なんてことはない。
なぜそんなことができるのか。
彼にとって、命がさほど重いものではなかったからだ。事実、彼の人生はまさしくそういうものだったに違いない。紛争の絶えないマルカーズ連合国で、ただの貧しい少年がここまでのし上がったのだ。彼の能力を見ればわかる。この若さでこの多芸、そして熟練。五歳で人を殺したというキースだ。物心ついてから、ずっと暴力の中に身を置いてきた。
いつ死んでもよかったのだ。彼はそういう扱いを受けてきたし、またそのように人を扱った。それなのに……
「どいつもこいつもよ、何にそんなにこだわってやがんだか、な?」
……いつしか強者となった彼の目には、より広い世界が映るようになった。
かつては、敵を殺すのがすべてで、見えるのはその剣の切っ先だけだった。そうでなければ生き残れなかったから。だが、いまや彼と剣を交えて、死なずにいられる人間は、ごく僅かしかいない。大抵は武器を打ち合わせる前に息絶える。
余裕が生まれた。すると、見えてしまうのだ。自分が殺した相手に取り縋って泣く人々の姿が。
最初のうちは、笑い飛ばすだけで済ませただろう。俺に喧嘩を吹っかけたのが運の尽きだったんだ、と。
しかし、次第に気付くようになった。
「何か、そんなにおいしいもんでもあんのかよ。じゃなけりゃ、お宝か? けっ」
彼らが悲しむのはなぜか。それは、持っている物を「喪失」したからだ。
自分が何も感じないのはなぜか。そもそも「持っていない」からだ。
その現実を、またも見せ付けられた。
クレーヴェに取り縋って泣くウィー。そんな彼女を羨んでいる自分。
……俺がキースの気持ちを汲み取れるのは。
もうとっくに「なくした」だからだ。
いつの間にか。
忘れることは決してないのに。
アイビィの死は。彼女と過ごした「人間」としての一時は、ずっと遠いものになってしまったのだ。
「なぁ、ファルス」
「なんですか」
「こう、どっかサッパリしに行かねぇか?」
「サッパリって、何があるんですか」
「んー」
少し考えるように腕組みしてから、彼は言った。
「女とか、スパーンと抱けりゃあいいんだがなぁ」
「冗談でしょう。僕はお付き合いできませんし、第一、この騒ぎが収まるまで、どこのお店もやってませんよ。まさかそこらの民家を襲ったりはしないでしょうね」
「ちっ、言ってみただけだろが」
数歩進んで、また言った。
「じゃあ、賭け事だな」
「どこの賭場が開いてるっていうんですか」
「しょうがねぇ。酒で手ぇ打ってやる」
「酒場もお休みに決まってるでしょう」
「くそったれ」
どこへともなく歩きながら、彼はくだらない提案を次から次へと繰り出した。
「帰って寝ましょう。明日中には、片付きますよ」
「いーや。今夜は徹夜だ。絶対寝ねぇ」
「駄々っ子ですか」
「……眠れねぇんだよ」
俺は知らないが、きっと以前から、彼の心は蝕まれていたに違いない。そして、この紛争が始まってからも、彼にとって目にしたくないものが数多く現れた。
剣を向けられても戦いを拒否した俺。傭兵としての名声を放擲したイフロース。命を救うことにすべてをかけてきたモールと、その彼を信じてついていくイータ。彼女にキースがなんと言ったか。
『剣ってなぁよ、弱い者イジメの道具だ』
『邪魔なもん全部とっぱらって言やぁ、要するに生きるってのは、それだけのことだ』
あの時、彼がふと見せた寂しげな背中を、俺は覚えている。
生きるということは、奪うということだ。誰でも、一日だって食事を取らずには済まない。食材にされた動植物は、みんな断末魔の悲鳴をあげている。
たとえ平和な世界であっても、実は何も変わらない。手にするものが、剣から金貨に変わるだけ。だが、商売ができるのはなぜか? 手元にまだ、金貨があるからだ。チップが一枚もなくなったら、もうベットできない。一人で静かに飢えて死ぬだけ。
そんな命のチップを、俺達は毎日やり取りする。そして、仕入れ価格より安く商品を売る人など、どこにもいない。なぜそんなことが成り立つのか。俺から買うのでなければ、もっと高くつくからだ。仕入れルートを押さえ、製造方法を身につけた俺からでなければ、その薬は買えない。さぁ、是か非か?
ならば、気軽に品物を手に取るのと、息を吸って吐くように剣を振るのと、何が違う?
だから、キースは殺してきた。当たり前だから。
なのに、目の前の人々は、何か違う。何かを持っている。どうしても自分の目には見えない、得体の知れない、不思議と値打ちのある何かを。
彼の言葉に「全然違う」と言い切ったイータ。彼女は、その残酷さに気付いてなどいないのだろう。
「よーし」
「なんですか」
「じゃあ、体、動かすか」
「は?」
「運動だろ、こういう時はよ」
また突拍子もないことを言い出した。
「おい、ファルス。金払え」
「は?」
「はじゃねぇ、働いてやったろが。結果的によ」
「はぁ」
まぁ、構わない。
グルービーの遺産もあることだし。
「いくらですか」
「金貨百万枚」
「はぁ?」
「安いだろが」
「何バカなこと言ってるんですか。それだけあれば、軍隊呼べますよ」
実際、この世界の物価で考えれば、それだけの金があれば、一兵団とまではいかなくても、一軍団、つまり二千人くらいは普通に召集できそうだ。それだけの数の傭兵が見つかればだが。
「しょうがねぇ。負けてやる」
「はい」
「十万枚で手ぇ打ってやる」
「やっぱり横になりましょうか。寝言が止まらないみたいですし」
だが、彼は本気らしい。
「これ以上は負けられねぇなぁ」
「いや、いくら高給取りの傭兵だからって、取りすぎでしょう? いつもはもっと安いんじゃないですか?」
「いつもはいつも、今回は今回だ」
「デタラメすぎやしませんか」
「出世払いでいいぜ?」
「冗談でしょう」
すると彼は、せせら笑って付け足した。
「じゃあ、オマケをつけてやるよ」
「オマケ?」
「眠気が覚めるような面白ぇもん、見せてやらぁ」
いつしか俺達は、兵士の壁の西側に差し掛かっていた。
だがそこは……
いくつかの家が炎上していた。
離れた場所を、数人の兵士達が駆けていくのが見える。
「キースさん、ここは」
「ドゥーイのバカが、まだ粘ってやがるみてぇだな」
危険だ、と言おうとしたところで、彼が遮った。
「おーし、顔だすかぁ」
「なにやって」
「もしもーし、ドゥーイさんちはこっちですかぁ?」
不用心にも、彼はズカズカと暗い路地へと踏み込んでいった。潜んでいた傭兵が左右に二人。槍を手にしたそのシルエットが、ふっと浮かび上がる。
「危ない!」
と俺が叫び終わる頃には、もうけりはついていた。
鞘から引き抜かれた剣が、そのまま二人の首を刈っていたのだ。
振り返ると、キースが悪戯っ子のように笑って言った。
「お前、雇い主な」
「はい?」
「ありがたく思えよ。天下一の傭兵、このキース様の最後の仕事だ。きっちり楽しんでけ」
いきなりなんだ? 仕事? 最後の?
「こっちだな」
構わず彼は踏み込んでいく。
市街地の一角に、ドゥーイ達の傭兵団は、追い詰められている。ただ、夜間なのもあり、同士討ちを恐れてだろうが、聖林兵団やスーディア兵は、取り囲むだけにとどめているようだ。俺達は、何食わぬ顔ですっと歩いてきたのでむしろ警戒されなかったのかもしれない。だが、逆にここから出るとなると、面倒なことになるだろう。
かすかに灯りの漏れる家の扉を、乱暴に蹴り飛ばす。
怒号が聞こえ、すぐに静かになる。
「ふーっ、次はどこだ?」
「あの、キースさん?」
「あん? なんだ?」
「何やってるんですか」
「決まってんだろ」
室内は死体と流血でいっぱいだ。それを指し示しながら、彼は当たり前のように言った。
「ドゥーイとその手下を片付ける」
「そんなの、ほっとけばスーディア兵がやりますよ」
「わかってねぇなぁ、ファルス」
手にした霊剣で自分の肩をコンコンと叩きながら、彼は平然としてそこから出てきた。
「こんなのは遊びだ、遊び」
「遊び?」
「遊びじゃなけりゃ、お祭りだな。楽しまなきゃ損だろ」
ついに気が狂ったか? いいや。
もともと彼は、危険に身を置きたがった。今回だって、最初は長子派の仕事を請けるつもりだった。どちらかといえば不利な立場、下手をすれば死ぬ場所にいようとした。
スリルを求めて? 自分ではそう思っている。だが、本当は違う。
もがいていたのだ。ずっと。
今にして思えば、最初の出会いからしてそうだった。彼が誘拐なんて犯罪にあっさり手を染めたのは、なぜだ? イフロースという元伝説の傭兵と戦うため……彼に打ち勝って何者かになるために、人として何かが欠けている自分をなんとかするために。
だから、あえて自分の命を地べたに叩きつけた。どうだ? これでも壊れないぞ。それなら、もっとだ。もっと、もっと……
だが。
彼はこれを「最後の仕事」だと言った。傭兵として生きるのは、今夜が最後なのだと。
これは、儀式なのだ。命懸けの儀式。今までの人生を終わらせ、新たな人生を始めるための。
……巻き込まれた俺や傭兵達からすれば、迷惑以外の何物でもないのだが。
「けど、勝てるんですか? いくらなんでも」
「これでも俺にしちゃ慎重にやってんだぜ? ちゃんと後ろ取られねぇよう、いちいち雑魚潰してんだからよ」
「い、いや、そうじゃなくて。ドゥーイには百人くらい、部下がいるでしょう?」
「目減りはしたと思うぜ? まぁ、それでも何十人かはいやがるだろうな」
何十人。
メチャクチャだ。
「自殺行為です」
「そうでもねぇぜ。いいか、どんなに頭数いたって、一度に戦うのは、せいぜい二、三人だ」
それでも十分、危険だと思うのだが。ましてやドゥーイのような怪物までいるのだし。
「心配すんな。戦うのは俺。お前はただの見物人だからよ」
「だから、なんですか、それ」
「金、払う人?」
「だーかーら! 僕がどうしてお金払うんですか!」
「見物料? おー、そうだ、そういうことにすっか。こいつはただ見てるだけだからほっとけって、奴に言うか。俺のとっておきの技を、惜しまず全部見せてやるぜ。参考にしな」
「無茶だ……」
俺は一度、ドゥーイ達相手に戦っているのだ。顔を見られ次第、襲われるに決まっている。第一、あんな死体の山を好んで築くような奴だ。敵の話なんか聞くわけがない。
「よっし、ここだな」
煉瓦作りの街路の奥。家々の裏手にあった、小さな空き地。
そこは臨時の詰所になっていた。運び込まれた樽や木箱が所狭しと積まれている。真ん中には焚き火が、その周囲にざっと三十人を超える傭兵が、ぐったりと座り込んでいた。
「よぉ、ドゥーイ」
遊びに来た、と言わんばかりの軽い調子で、キースは話しかけた。
「てめぇ……」
「元気か?」
「ハッ」
ドゥーイの口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。
「元気だぜ。で、てめぇは正気か?」
「へへっ、正気正気、もう正気中の正気だ」
キースの後ろには、俺しかいない。
ドゥーイは、用心深く周囲を見回した。
「お前らだけか」
「ああ、そうだ」
「いくらなんでも、二人で俺らの相手たぁな」
「そいつは違うな。やるのは俺一人だ」
「ああん?」
「こいつは、言ってみりゃ弟子だな。これからお前らを技の実験台にすっからよ。見て覚えろってことで」
斧を手に、立ち上がるドゥーイ。恐ろしく短気な彼だ。ナメられた、と受け取ったのだ。
だが、キースは涼しげな顔で言った。
「ドゥーイ、俺、傭兵やめることにした」
「あぁ?」
「いい歳してやるようなもんじゃねぇだろ、こんなもん。バカがやる仕事……いいや、バカしかやんねぇ仕事だ」
「ははっ……なんだ、怖気づいたのか、キース」
「いいや」
ドゥーイの嘲笑も、あまり気にならないようだった。
「飽きたのさ」
「ほぉう? それで?」
「ま、お前とは古い付き合いだからな。一応、挨拶しておくことにした」
「そのガキは、なんでわざわざ連れてきた」
「そりゃあ、お前、俺はまだ傭兵だからよ」
どこか危うい、底の抜けたような、脱力した笑みがキースに浮かぶ。
「傭兵にゃあ、雇い主がいるんだ。わかるだろ? だから、ちぃっと見物しててもらおうってな」
「がはっ」
あまりの言いように、ドゥーイは怒りながら笑った。
「お前、バカだな、キース」
「同じくらいバカだったろ、俺達は」
「はっはぁ、違ぇねぇ」
言葉だけなら、和やかに語り合っているように聞こえなくもない。
だが、その間にもドゥーイの部下達が、武器を手に静かに立ち上がり、構えを取りつつある。
「……やれ」
不意のドゥーイの号令。
同時に、配下の傭兵達が左右から飛びかかる。
鋭く身を翻し、キースは大きく左右に剣を打ち振った。
だが、襲いかかった敵のうち、倒れたのはたった一人。もう一人は傷を負っただけ、更にもう一人は無傷だ。
ここまで戦い抜いて、なおも生きて隊長の横にいる精鋭だ。三十人といっても、ただの三十人ではない。
「怯むな。いけ!」
再度の命令。
そうだ。どうせここで下がっても、逃げ場なんかない。周囲は聖林兵団とスーディア軍に囲まれている。早いところ、この乱入者を排除して、明日、なんとか脱出しなくては。
気を取り直した傭兵達は、獲物を手に前に出た。
「う、うおお!」
キースの正面に、小さな盾と曲刀を持ったサハリア人が立つ。技量の差は承知している。だから彼は、盾を前にして、全力で突っ込んできた。一撃を避け切れば、反撃できるかもしれないと考えて。
だが、今のキースは、武器の性能に頼ることもできるのだ。突き出された盾が、木材と皮革、それに金属の鋲が打たれているだけの代物と見て取るや、その盾越しに、彼の手首を狙った。
「ぐあ!」
霊剣は盾をあっさり貫いた。
押し込むはずだった左手を切り裂かれ、後ろに下がる男。
だが、その瞬間、キースは大きく左に避けた。
バケツの中身をブチまけたような音がした。
さっきまで苦痛に喘いでいた男は、もういなかった。代わりに、頭の天辺から唐竹割りになった肉塊があるだけだった。
「チッ」
ドゥーイだった。
彼の背後から、味方ごとキースを殺そうとしたのだ。
「クソがっ」
「いい趣味してんなぁ、ドゥーイ。それに」
キースが皮肉めいた笑みを浮かべる。
「……もしかして、お前、ちょっとお利口さんになっちまったんじゃねぇか?」
「なに?」
顔をあげたドゥーイ。だが、すぐに後ろに飛び退いた。
「ぐっ、て、てめぇ」
彼の反応は、決して遅くはなかった。
それでもキースのほうが速かったのだ。
切り裂いたのは、皮膚一枚。
たいしたダメージではない。
「ちぃと寂しいぜ。弱くなっちまったか」
「なんだと」
「昔のお前なら、後先考えねぇで、遮二無二突っ込んできたはずだ。それがどうだ? 手下を盾にしやがって、くだんねぇ」
だが、そんな言葉に動揺するドゥーイではない。
「確かに頭を使うようにはなったな。作戦を覚えた、と言え」
「他にも、くだんねぇ真似してやがったな。なんだ、あれ? 王宮の前に死体の山なんか作りやがって」
「前からやってんだろが、あんなもんは」
「いーや、違うね」
吐き捨てるようにキースは言った。
「昔のお前は、ただただ殺しまくる気違いだった。気付いたら死体の山ができてたんだ。それがどうだ? 今はわざとやってやがる」
「傭兵団が大きくなりゃ、自然と考えるようにもなる。あれで俺の値打ちが上がるんだ」
「そうだな。だからお前は『お利口さん』なんかになっちまった」
ドゥーイが顎をしゃくると、また左右から剣戟が飛んできた。それをキースは軽く打ち払う。
「要するにそういうこった。傭兵はバカの仕事だ。バカじゃなくなったら、廃業するしかねぇ」
「何をバカな」
「俺もお前も、そろそろ引退しどきってこった。なぁ、ドゥーイ」
ドゥーイの顔に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「そうかもな、キース」
重さのある二丁の斧を掲げ、前に出る。
「お前だけ、先に引退しろ。この世からもな」
「はっ」
キースは剣を横ざまに構え直した。
「これで最後だ。楽しくやろうぜ」
それでやり取りは終わった。
獣のような咆哮をあげて、ドゥーイが押し寄せてきた。それは山のようであり、打ち寄せる荒波のようでもあった。
……戦いは、果てしなく続いた。
ドゥーイは、何度切りつけられても死ななかった。赤い血で足元がいっぱいになっても、なお暴風のように斧を振るった。だが、彼の部下は一人、また一人と地に伏していった。
その死体が、狭いこの空き地に倒れ、転がり、積み重なっていく。生き残った男達は、それを足場に、なおも戦い続ける。
いつしか、立っているのはキースとドゥーイ、ただ二人きりとなった。
途方もない力と技の応酬。それは、彼らの生きた時間そのものだった。絶技が繰り出され、怪力が壁さえ砕いた。二人の体は、赤黒い血に彩られていった。
それでも、キースの攻撃を避けきれないドゥーイの動きが、僅かずつ鈍っていった。
はじめて彼の腕が上がらなくなった。斧の重さにやっと気付いたかのように。
その瞬間……ついにキースの霊剣が、彼を袈裟斬りにした。
折り重なった死体の上に転がって、なおもドゥーイは小刻みに動いていた。その上から、キースは首の根元に剣を刺しこむ。それで止まった。
気付けば、もう夜明けだった。
頭上には相変わらず灰色の雲が広がっている。それでも、崩れた壁の向こうから、地平線の淡い光がここまで届く。
不意にキースは力尽きた。
積み重なった死体の山。その頂点にドゥーイが。その彼に剣を突き立てたまま、その場に膝をついた。
致命傷は避けたのだろうだが、それでもあちこち打撲や小さな傷ならあるはずだ。そして、この上なく、疲れきっていた。
彼の白い陣羽織は、ところどころ赤黒く汚れていた。
それはまるで、彼自身の人生のようだった。一日生きるごとに、おぞましい汚れが増えていく。真っ白なままに生まれてきたのに、どうしてこうなってしまったのかと。
だが、それも今日までだ。
ようやく安らかな眠りを味わえる。
死体の山の上にしゃがみこんだまま、彼は静かに目を瞑った。
まるでそこが、彼にとっての揺り籠でもあるかのように。
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