ドリームチームで強行突破
「ファルス」
イフロースが小声で俺に話しかけてきた。
隠れ家を離れて、街の片隅で俺達は準備をしている。時刻としては、だいたい夕方くらいか。雨脚は弱まってきているが、まだ止む気配はない。
今、サフィス達は服を着替えている。俺達従者は小汚くてもいいが、彼らは貴族らしい格好をしている必要がある。エルゲンナームの邸宅に辿り着いたはいいが、不審者と間違われるなんて、あってはならない。
もっとも、上質な服を着たままウロウロするのでは目立って仕方がないので、上から粗末なコートを羽織ることにはなる。
「さっき、お前は第四軍を動かせそうだと言っていたが」
「できると思います」
「閣下は楽観的に考えておいでだが、まず、一度敗走した兵というのは、なかなか戻らんものだ。それに我々は彼らの指揮官というわけでもない。だから第一軍の残兵を収容するのは、期待しないほうがいい。となると」
俺が口出ししたあの一言で、サフィス達の行動が決まってしまった、というわけか。
だが、できるものはできる。
「弱卒とはいえ、数が手に入るならいいが……あのカリャが動くとは」
「動かなくていいんですよ」
「なに?」
俺の言葉に、彼は眉を吊り上げる。
「もし、今すぐにでも、もう一度会ってもらえるなら、まっすぐ第四軍の詰所に行ったほうがいいくらいです」
「ばかな」
「話し合ってもいいですが、そんなまどろっこしいことはしませんよ」
「なに?」
俺は掌を広げてみせた。
「触媒も道具もないので、自分の血液を使うしかありませんが……確実に支配するなら、『強制使役』の魔法を使えば」
「なっ……? そんなものが?」
術の存在自体、知らなかったらしい。
無理もない。精神操作魔術の最上級魔法だ。使い手自体、世界全体でみても、何百年も現れなかったはずだ。
「前に一度だけ、詠唱だけで支配したことはありましたが、あれは長時間はもたないです。かといって、じっくり儀式を行う余裕はありません」
以前、ランを無理やり使役した時のことだ。しかし、怒りに任せて準備もなしに行使したので、多少、本人の意識が俺に抵抗したし、ずっとあの状態を維持するのも難しかった。
だが、カリャを支配して、しかも変な挙動を起こさないようにするなら、ちゃんと魔法にかける必要がある。最低でも数日間は制御しなければいけないから、依代も必要だ。
「それでも駄目なら、魔法以外の手があります」
「魔法以外? 殺しても、そう簡単には第四軍は従わんぞ?」
「……僕の最後の切り札を使えば、絶対に思い通りになります」
ピアシング・ハンドは、俺固有の力だ。恐らくだが、魔法などの手段では防げない。いや、認識すらできないだろう。
本人の肉体を奪って俺が命令する。できないはずがない。
「わかった。とにかく、邪魔が入らない場所でカリャに会えるなら、お前はなんとかできるというのだな」
「はい」
「だが、今の状態で会うのは難しかろう」
「今思えば、最初に部屋にあがらせてもらった時に、支配しておけばよかったです」
だが、まさかあそこまでやる気のない男だとは思わなかった。事前に情報があれば、最初から支配するつもりで準備しておいたのだが。
彼が迷わず俺達を追い払ったのも大きかった。じっくり考える時間があれば、いくら俺でも、行動を起こしていただろうから。そういう意味では、カリャは命拾いした。
「確かに、供回りを連れてエルゲンナーム様が詰所まで行けば、会わざるを得なくなろうが……」
「遠回りですね。壁を越えないと、もうあそこへは行けないと」
「私はそう見ておる」
なら、仕方ない。
とにかく、壁を二つ、乗り越えるのだ。
「準備はいいか、イフロース」
「いつでも」
これでエレイアラ達には護衛がいなくなる。その代わり、イフロースは三人ほど、彼女らの周囲に使用人を呼び戻した。戦えるとは考えていないが、少しでも逃げるのに役立てばとの思いからだ。
できれば、なるべく早く引き返したい。のんびり壁を攻略している余裕はないのだ。
「どこから入る」
「少し遠いですが、一番広い南門ではなく、東側から入りましょう」
「ふむ、なぜだ」
「手薄であるはずだからです」
現在、長子派が優勢で、兵士の壁の要所は彼らに押さえられている。しかし、その有利がいつまで続くか。
長子派は短期間で勝利を掴まなければいけない。さもないと、敵の援軍が押し寄せてくる。もちろん、それが敵になるかどうかは明確ではない。これは内紛なので、武力を持った有力者が、どちら側に組するかは、まだはっきりしていないのだ。
それでもタンディラールは今のところ、正式に立太子された王子である。となれば、やはり彼らに味方するのではなかろうか。
あの夜、疾風兵団のユーシスは、数人の竜騎兵を送り出した。行き先は、西部国境とルアール・スーディア、そしてピュリスだ。伝令が辿り着きさえすれば、西部国境とピュリスからは、すぐに援軍が届く。数日もあれば聖林兵団の第一軍、海竜兵団の第四軍が王都に到着するだろう。これだけでも合計四千。
ルアール・スーディアだけは遠いし、全戦力を捨てて王都に向かうわけにはいかないのだが、それでもあそこには海竜兵団の第一から第三までの軍団が駐留し、更に聖林兵団の第二軍、岳峰兵団の第二軍が控えている。実に一万を数える大兵力が置かれているのだ。
加えて、今は病気療養中とされているスード伯もいる。ルアール・スーディアから派兵される場合のルートはいくつか考えられるが、スーディアを横断する場合も考えられる。必然、この異変についての情報は共有されるから、ゴーファトも援軍を送らざるを得ない。正確な兵力は不明だが、なんといっても彼は国内屈指の大貴族だ。領内の防衛もあるので全戦力を投入するとは考えにくいものの、全体として一万人くらいの兵力は有しているはずだ。
これらの勢力があちこちから押し寄せてくる。いろいろ差し引いても、ざっと見積もって二万程。状況はひっくり返るだろう。
だからその前に、長子派は「既成事実」を作ってしまわねばならない。タンディラールは死に、正式な王位継承権を持つのは、もうフミールだけ。そういう状況に持ち込めなければ、この戦いは彼らの負けなのだ。
そんなウェルモルドが恐れるものは、なんだろうか? 敵の到着を察知できないことだ。
「西からは聖林兵団が、南からはピュリスとスーディアからの援軍がやってきます。一応、市民の壁を岳峰兵団が守ってはいますが、多くの投石器は、街の中にではなく、外に設置されています。その状態で、外部からの攻撃を防げるはずもありません。いったん壁を抜かれたら、一気に兵士の壁の外まで、反乱軍にとっての敵が殺到します。となれば、まず最初に防衛戦が始まるのが」
「なるほどな」
東側には、王国中央部を占める広大な森林地帯があるだけだ。細い道、小さな集落ならあるが、フォンケニアに向かうにも、ティンティナブリアに行くにも、いまだ不便なルートである。こんなところから敵がわいて出てくるはずもない。
ちなみに、北側も一応、警戒はされているはずだ。フォンケーノ侯が動けば、そこから敵兵が雪崩れ込んでくる。スード伯に匹敵する戦力があるから、こちらも無視できない。
「では、向かおう」
「そうしますか」
準備を終えた二人の貴族が、薄汚れた茶色のコートを羽織る。後ろに続く俺とイフロースも同じだ。
但し、帯剣しているのは、俺とイフロースだけ。二人は丸腰だ。
それにしても、まさかこんなパーティーを組むなんて。冗談みたいに思える。
こと、サフィスから見れば……意地悪な本家の嫡男と、口うるさい執事と、薄気味悪い少年奴隷を引き連れて。離婚秒読みまでいった妻に見送られての大冒険だ。ある意味、ドリームチームと呼べなくもない。
しばらく先に進むと、スラム街から抜けた。街の東側の広々とした商店街に出る。幅のある道路の左右を、突き出た庇が覆っている。普段ならここに、露店商が並んで座っている。串焼肉を売るオバさんもたくさんいたはずだ。しかし、今は見事に無人だった。
見たところ、これといって物が散乱していない。これはつまり、ここで衝突がなかったことを意味している。
「いい感じですね」
「うむ」
小声でそう囁きあう。
しかし、兵士の壁に近付くに連れて、だんだんと様子が怪しくなってくる。
出歩いている人はいないし、戦闘の形跡もあまりないのだが、壁に激突して砕けている馬車があった。馬の死体しかなかったから、中にいた人は走って逃げたか、拉致されたのだろう。
この辺り、城壁と城壁との間隔は狭い。以前、キースとウィーが決闘したのも、この市民の壁を東側から抜けた、すぐ外側でのことだった。そういう意味では、南側を抜けるルートより、東側から王都を出るほうがよかったのかもしれないが……
「み、見ろ」
エルゲンナームが指差す。
反対側の市民の壁の、すぐ下。
明らかに貴族用とわかる馬車が、ぺしゃんこになっている。それも五台ほど、まとめて。
石の大きさが並大抵でない。城壁の外側から、丈の高い攻城用投石器の上の部分が見えている。あれから射出されたのが命中してしまったのだろう。
「もともと、東門付近の広場に狙いを定めてあったのでしょう」
イフロースが冷静に説明する。
「ああいう大型の投石器には、組立作業が必要です。狙いを定め直すには、それなりの手間もかかることでしょう。それに命中精度もそんなには高くありません。もしこの辺りを狙って打ち出すとなると、多数の家屋を巻き添えにすることになりますから、市内を歩き回る我々のような人間を殺すには不向きです」
「わ、わかっておる」
どうということはない。発見されても、岳峰兵団が相手なら、きっと逃げ切れる。彼らは自分達の攻城兵器を守らねばならない。遠くまでは追ってこないのだ。
「さて……」
家の影から、通りの向こうを窺う。
やはり、いる。
「おりますな……ざっと見て、城門の下に二十人ほど。しかし、上にも射手がいるはずです」
さすがにイフロース、偵察は慣れたものか。だが、それだけ情報があれば、俺も補完できる。
「探知します」
そう宣言して、集中する。『意識探知』だ。
「確かに……左右の櫓の上に、それぞれ五人、六人ずつ。下にいるのは十九人です。合計三十名」
魔法の便利さを痛感する。
キースはどうして『心を読む傭兵に長生きした奴はいない』なんて言ったんだろう?
「そのうち、第二軍の小隊長が一人。右の櫓の上」
サフィスが首を傾げる。
「なぜわかる」
「閣下、ファルスの魔法です」
「まだ何か使えるのか」
「見ての通りです」
構わず意識探知を繰り返し、表層意識を読み取っていく。
「……下にいる兵士の半数は、第四軍の兵らしいです」
「なるほど」
イフロースは頷いた。
「恐らく、第四軍はあてにできないと考えたのだろう。もともと、軍団の定数は二千名、それが二十人単位で小隊を組んでいる。そこに、出身部隊がバラバラの十名をくっつけて、指揮下に置いた」
「そんなところでしょう」
問題は、どう制圧するか、だ。
さすがに三十人となると、倒し切るのも簡単ではない。
「ふふん」
イフロースが鼻で笑う。
「ファルス」
「なんですか」
「他にわかることはあるか? あるのだろう?」
この爺さんは、まったく。
呆れつつ、俺も言葉を返した。
「見たところ、手練は三人ほど。左右の櫓の上に一人ずつ。厄介なのは左です。弓術に優れているらしいですね。魔法の金属の矢を持っているかどうかまでは、わかりません」
「ほう……で、右は?」
「こちらは剣士です。多分、冒険者上がりかと」
「なるほどな」
「下にもう一人、これも第二軍の兵士で、剣より格闘術が得意なようです」
「ふむ? では、他には……隊長は」
「小隊長は、さほど手強くはありません。むしろ弱いくらいでしょう」
ピアシング・ハンドの便利なところだ。
遠目に確認しただけでも、敵の情報をかなり詳しく読み取れる。
しかし、厄介だ。
特にあの射手が。多分、その技量を見込まれて副隊長にでもなったのだろう。あの下を通ろうとすると、彼の号令で矢が飛んでくる。レベル5の弓術は馬鹿にならない。ミルークやウィーほどではないにせよ、そうそう狙いを外したりはしないだろう。
……こうやって打ち合わせしている俺とイフロースを、サフィスとエルゲンナームは、不気味そうに見つめている。無理もないか。なぜそんな情報が飛び出てくるのか、まるで理解が及ばないのだから。
「お前なら、どうする?」
「一人であれば、どうとでもなりますが」
「この前やったように、眠らせるのは」
「できますが、もう少し距離を詰めないと。あと、人数が多いので、全部は……特に手強いのは無理でしょう」
そのやり取りに、エルゲンナームが割って入った。
「な、なぁ」
「なんでしょうか」
「普通に名乗って通ることはできないのか? フォンケーノ侯爵家は、今のところ、中立なのだが」
「人質にされる可能性もありそうですが」
「な、なにっ!?」
うろたえる彼に、イフロースは淡々と述べた。
「さっきの馬車……ご覧になられましたか」
「う、うむ」
「中に人がいませんでした。利用価値がありそうな貴族、或いはその子女であれば、万が一の保険のために……」
「むむむ」
「フォンケーノ侯の嫡子であれば、確かに殺せはしません。が、手元に置いておけば、侯爵軍が剣を向けるのを防ぐ盾にはできそうです」
「ぬう……」
黙りこむ彼に代わって、サフィスが眉を寄せつつ言った。
「では、どうするのだ? いくらなんでも、あの人数、勝てはすまい」
「確かに、私一人では勝てませんが、ファルスがおります」
「い、いや、僕でも難しいですよ」
あまり期待されても困る。
できる範囲について、ちゃんと説明しないと。
「まず、魔法全般、近付かなければ効果が落ちます。こんな離れた場所から彼ら全員を眠らせるには、儀式でもしなきゃ無理です」
「儀式?」
「術者が僕一人だから、一時間は呪文を唱えて、ステップを踏まないと」
「それは無理だ」
「一応、自分の血を触媒にして、強引に術式を発動すれば、短時間なら彼らを『眩惑』させることはできますが……下手に手を出せばすぐ目が覚めますし、正気に返ったら、すぐまた追ってきますよ。じっくりと記憶を『忘却』させれば別ですが……三十人も相手にそんな魔法をいちいち使っていたら、途中で僕がバテます」
「ふむ」
「斬り合いで倒すにしても、強いのが二、三人いますし、十人程度ならまだ、薬や魔法を使えば勝てますが、三十人となると厳しいです」
「なんとかならないのか」
「魔力も技もあっても、ここまでくると、道具がないと、どうしても限界があるんです。そこはわかってください」
じっくりと話を聞いていたイフロースが、顔をあげた。
「ならば、魔術と剣を併用する他あるまいな」
「僕もそう思います」
「矢は私が防ぐ。アダマンタイトの鏃を持っていないことを祈るばかりだな」
「そこはもう、割り切るとして……でも、三十人もいるんですよ?」
「そこなのだがな」
イフロースはニヤッと口角を吊り上げた。
「そのうち十人は、第四軍の兵士だそうだが、これは確かか?」
「え、あ、はい。絶対に間違いありません」
「ならば、そいつらは倒すまでもない。指揮官さえ捕らえてしまえば」
なるほど。
彼らの士気は極めて低い。数合わせに動員されているだけなのだ。ただそれでも、敵軍を前にしたら戦わざるを得ない。仕方なく従っている。
「ファルス、小隊長の能力は大したことがないと」
「そうですね。では、最初にそいつを、あの櫓から突き落としてやりましょうか」
「できるのか?」
「それだけでしたら、確実に」
「よし」
どうやら、なんとかなりそうだ。
「閣下とエルゲンナーム様は、ここで隠れていてください。もし、私とファルスが失敗したら、なんとかさっきの隠れ家までお戻りください」
「わ、わかった」
「では、行くか、ファルス」
「はい」
フラリと通りの真ん中に出る。
そのまままっすぐ、門の前に向かう。
「止まれ!」
櫓の上から声が飛ぶ。うまいことに、隊長自身が体を乗り出して、俺達に話しかけているのだ。
「オティッシュ隊長!」
ピアシング・ハンドは相手の名前も教えてくれる。
「むっ? 貴様、何者だ? なぜ私を」
「……『跳べ』!」
「はうっ!?」
意図せず、彼の足は柵を乗り越え、何もない空中に向かってジャンプした。
「べぐぅぇっ!?」
即死はしなかったようだ。運がいい。だが、あちこち骨折したに違いない。それに、いきなりの激痛で気絶してしまった。
最初に指揮系統を断ち切る。これで敵は混乱するはずだ。
「なっ、こいつら」
「第四軍の兵士ども!」
今度はイフロースだ。
「カリャ軍団長の命令だ! 直ちに原隊に復帰せよ!」
「えっ!?」
これで十人は動きを止める。
「惑わされるな! 撃て!」
頭上から、副隊長と思しき男の号令。
だが、既にこちらの準備は整っている。
イフロースが懐剣を抜き放つと同時に、降り注ぐ矢があり得ない方向に散乱する。
「これはっ」
念のため、俺はその射手の意識に焦点をあてて『読心』をかけておいた。ただの保険だったが、どうやら無駄にはならずに済んだ。
《まさか風魔術の使い手がくるとは……だが、この虎の子の鏃で……》
「注意! 魔法抜けてきます!」
「うむ!」
俺が剣で左の櫓を指し示す。
だが、更に保険だ。
「死……ぐあ!?」
矢を放つ瞬間、そいつは不自然に体を仰け反らせた。
せっかくのアダマンタイト製の矢が、あらぬ方向に飛んでいってしまう。『行動阻害』の魔法は初体験だったらしい。
「くっ、この」
焦って別の矢を取り出そうとした瞬間、その額に鉄球がぶち当たった。イフロースが投擲したのだ。
そのまま彼は、櫓の手摺りに上半身を預けて、ぐったりとなった。
「野郎……!」
その間に、前から一人の兵士が突っ込んできた。
剣術より格闘術に長けた、手練の一人だ。俺が前に出る。
「邪魔だ!」
子供がなぜこんなところにいるのか、といった程度の認識なのだろう。今のところ、直接的にわかる形で敵を葬ったのはイフロースだけ。だから彼の目標もイフロースだ。
その認識が、落とし穴になる。
「ど……ふっ!?」
突如、膝を襲う激痛によろめく。狙いの甘い剣の切っ先を受け流され、姿勢が崩れる。水面から飛び上がったイルカのような格好でつんのめるところを、待ち構えていたイフロースの膝に顔面を潰された。
「あと一人です」
「私が相手しよう」
「少しだけ、時間を」
そう言って、俺は後ろに下がる。この人数だと時間がかかるが、無駄な殺生をするよりはいい、か。
「おるぁあ!」
櫓から駆け降りてきた兵士の一人が、身を躍らせて斬りかかる。それをイフロースは、短い懐剣だけで受け流す。
他の兵士は?
あまりに異様な展開に、手が止まりつつある。もともと、頭上から矢が降り注いでいたので、下がっていたのだが。
「てめぇら! なにボサッとしてんだ! やれ! こいつらを倒せ!」
怒鳴り声に、ようやくハッとして、彼らも武器を構え直す。
だが、少しばかり遅かった。
「い、いま、てつ……はれっ?」
前に出ようと踏み出した瞬間、ゆらりとふらついて、そのままその場に突っ伏してしまう。『誘眠』が効いたらしい。
しかし、こういう魔法は得てして強者には通じにくい。ただ一人だけ、彼は剣を手に左右を見回す。
「なっ、なんだ、こいつら! おい、起き」
「余所見はいかんな」
「ハッ!?」
次の瞬間、黒い鉄球が彼の眉間を直撃した。そのまま、意識を手放す。
最後の一人が倒れ伏すと、急に静かになった。
第四軍からの兵士達は、既に後ろに下がって、呆然としている。
「お前達」
イフロースが声をかける。
「今すぐ戻れば、罰を受けずに済むぞ」
「ほ、本当ですか?」
「急げ!」
「は、はぁーっ!」
蜘蛛の子を散らすように、という表現がしっくりくる慌てよう。あっという間に背中も見えなくなった。
「閣下! 通れます!」
三分も経たないうちにこの有様だ。
びっくりして目を見開く二人が、大慌てで物陰から走り出てきた。
「どうなってるんですか、サフィス様。あなたの下僕達は何者なんですか?」
「わ、わからない」
「わから……は?」
「わからないと言っているのだ! いったい何者なのだ、こいつらは!」
ヤケッパチになったかのように、彼は吐き捨てた。
そんな二人に、イフロースは静かに言った。
「もう後には引けませんぞ」
「む、無論だ! 急ぐぞ、イフロース!」
俺は剣を拾い上げ、二人に握らせた。
「あと一つ、越えましょう」
全員が無言で頷いた。
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