ケーキ達は寂しい
馬の蹄の前半分が、ごっそり抜けた。残っているのは子供達ばかり。少々ここのソファは大きすぎた。
大人同士の微妙な緊張感漂う会話のせいか、誰も皿に手をつけていない。すっかり冷めてぬるくなった紅茶に、ポツンと立ち尽くすケーキ達。だが、彼らが口づけを浴びる機会は、ついになかった。
どんなに甘いお菓子も苦くする、恐るべき沈黙のせいだ。
「フラウ?」
「あっ、は、はい!」
今日もピンク色のかわいらしいドレスを身に包む従者は、リシュニア王女の呼び声にハッと我に返った。ぼんやりと王子達が去っていったほうを眺めていたのだ。
「ええと……」
俺達の顔を見比べながら、リシュニアは会話の切り口を探していた。
こうしてみると、随分と大人びたものだ。もう十一歳、前世の基準で考えても小学五、六年生に相当する。そろそろただの美少女でなく、色香が漂いだす頃か。少し早い気もするが、鮮やかな群青色のドレスを着こなす彼女なら、あとちょっとで立派にレディを名乗れるようになるのではないか。
ただ、気になるのはその表情だ。以前も多少、なんとなく線の細さのようなものが感じ取れたのだが、それはまだ、可憐さのうちだった。ところが今はどうだ。可憐は可憐でも、踏みにじられた可憐な花。そんな印象すら漂う。
この一年半、よほどストレスだらけの生活でもしてきたのか? まぁ、王族ならそういうこともあるかもしれない。より一層、偽成熟が際立つばかり、か。今だって目下の者達への気遣いで頭がいっぱいらしいし。
「済みません、おもてなしらしいこともできず……ポダーニ、お茶が冷めてしまいましたから、代わりを」
「必要ないわ」
低い声で姉の命令を遮ったのは、アナーニアだった。
対照的なことに赤一色。気性そのままの服に飾られた彼女だが、こちらはまだ、はっきり子供といえる。相変わらず怖いものなしといった風情だ。顔立ちこそ美しいものの、そのどぎつい性格は隠しようがない。
「だいたい、何なの? お父様に勧められたからって、遠慮なくそこに座るなんて」
俺ではなく、ナギアを睨みつけ、そう言い放つ。
なるほど、昨年の記憶が生きているようだ。リリアーナの下僕とはいえ、ファルスは得体が知れない。ベルノストにも勝つくらいだし、この若さで魔法すら使いこなしていた。それなら弱いところから叩けばいい、と……そういう魂胆なら、俺がお灸を据えて……
「なにぶんにも殿下のお考えですから」
ところが。
若干、声を上擦らせながらも、ナギアははっきりこう言った。
理由ならわかる。怯んでしまえば、今度はリリアーナが自分を庇う。そうなったら、余計に彼女の立場を悪くする。去年の二の舞だ。だが、ナギアはリリアーナの『守護者』なのだ。それだけは絶対に許せない。
「あつかましいのね? 一度いいと言われたら、ずっと許されたままでいられるとでも思ってるの? どんどん無作法がひどくなっていくんだわ」
「そこは殿下、このナギアめは、卑しい身分の娘でございますので、なにとぞご容赦を……喩えるなら、さながら主君の靴のようなものなのでございますから」
「なによそれ」
「日頃より汚れに埋もれて過ごすのが靴でございます。それゆえ人の家に上がり込めば、軒先を汚しもするでしょう。ですがその実、主人を足元の泥や石ころから守っているのでございます」
なんだか久々に聞いた。
ナギアお得意のあてこすりだ。「泥」「石ころ」のところを強調して、その瞬間だけ、じっとアナーニアの目を見つめてやったのだ。
「なんですって!」
おっと。
そこから先は、止めたほうがよさそうだ。
「……殿下」
俺の声に、勢いよく立ち上がったアナーニアが振り向く。
「なによ!」
「とりあえずは『お座り』ください」
「……!?」
その瞬間、アナーニアはストンと腰を落とした。
誰も気付いてはいないが、『暗示』の魔力ゆえに、彼女は着席せずにはいられなくなった。アナーニアは、なぜ下僕に過ぎない俺の言葉に従ってしまったのか、それが恥ずかしくも苛立たしく、混乱したまま黙り込んでしまっている。
「アナーニア」
それまで沈黙していたグラーブが、ようやく口を開いた。
「お父様のなさることに、いちいち口出しをするな」
溜息混じりの一言。
だがこの少年、才気溢れる従者と違って、やや気が利かない。
今、そんなことを言ったら、追い討ちになるだろうに。
思った通り、アナーニアは顔色を隠し切れず、座ったまま激昂している。いい気味だ。
そしてグラーブは、そんな妹を見ようともしない。
そのうちにメイドが代わりのティーカップを持ち出してきた。リシュニアはそこでポットを受け取り、作り物の笑顔を浮かべて、身を屈める。
「さあ、一口どうぞ。近頃はまだ暑いですけど、だからこそ、熱いものがいいのですわ」
「うん、ありがとー」
今まで黙って様子を見ていたリリアーナが、不自然に明るい声で答える。
「リシュニア様、そんなことは私が」
「いいのよ、フラウ。私がおもてなししたいんですから」
給仕なんてお仕事は、是非メイドに任せてしまって欲しいのだが。自分の身分からすると、リシュニアがフラウに変わったところで、気まずさに大差はないのだが……まさか、ここまで注ぎに来るのか? 奴隷上がりの俺にまで?
だが、懸念の通り、王女は俺の目の前にもやってきた。
「さあ、どうぞ」
「恐縮です」
これ、どんな顔をして飲めばいいんだ。
そんな俺の内心の重苦しさを知ってか、リシュニアは優しげにそっと微笑んだ。
「遠慮なさらないでください。お父様のお客様なら、私どもにとってもお客様なのですから」
「はい」
本当に、相手がリシュニアだけなら気楽そのものなのだが。あとは従者達も、一応、いても居心地に影響はすまい。主が許しているのに、フラウが文句を言い立てるなど考えられないし、ベルノストも分は弁えている。
でも、グラーブとアナーニアは……あれ?
「あの、殿下」
「あら、ファルスさん、ここには殿下がたくさんおりましてよ」
「は、はい」
「せめて名前でお呼びくださいな」
たくさん殿下がいるから、余計に名前で呼びにくいのだけれども。
彼女なりに空気を軽くしたくて、気安さを演出しようとしているのは理解できるが。
「いえ、ティミデッサ様がおいででないので」
「ああ」
眉をへの字型にして、口元だけで笑みを作る。
「妹は引っ込み思案なもので。近頃、大勢人が集まるところには、出てきたがらないのですよ」
「そ、そうなんですね」
じっとグラーブがこっちを見ている。何かまずかったかな。
またリリアーナが口を開いた。
「ねぇ、リシュニアちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「なんか、元気ない?」
リリアーナの遠慮ない物言い。直球だ。だが、その指摘は、俺の感じたことと同じだった。
心でも覗き見すれば、理由がわかるのだろうが……
「それは、ええ、それはそうですよ。お爺様のご様子もよくないようですし」
……しかし、リシュニアは、別に俺やその周辺に危害を加えようとしているわけではなさそうだ。
いきなり喧嘩を吹っかけようとしてきたアナーニア相手ならいざ知らず。悪意の欠片も見えない人の記憶を勝手に盗み見るなんて、さすがに失礼すぎる。ましてや、リシュニアはそろそろ年頃の女の子だ。いろいろと悩みも増えるだろうし、中には秘密にしたいことも出てくるだろう。
ただ、今、口にした理由は本音ではなさそうだ。彼女と国王との距離は、一般人における孫と祖父とのそれとは比較にならないほど遠いのだ。政治的な理解や判断からくる不安はあっても、肉親の情による悲嘆があるとは思えない。
「ですけど、私どもはともかく、皆さんのことなら、何も心配はありませんよ。王都は頼もしい方々に守っていただいているのですから」
頼もしい……近衛兵団のことか。
マクトゥリア伯から、いなくなったほうがいいとまで言い切られた連中なのだが。
「そういえば、リシュニア様」
「なんでしょう」
「先ほど、こちらにいらっしゃったフィエルハーン様ですが……」
「ええ」
「少し驚きました。非常時でもないのに、ここまで帯剣していらっしゃるとは」
「ああ、そのことですね」
近衛兵団は王宮の守護者でもある。だから、彼らが武器を持ったまま宮廷内を歩き回ってもさほど不思議ではない。
だが、ここはかなり奥まった私的な領域だ。なのに遠慮もなく、鎧姿のままでズカズカと。さすがにないんじゃないかと思ったのだ。
「もともと近衛兵団には王宮内の守護のお仕事がございますけど、中でも閣下は特別なのですよ」
「特別? ですか?」
「ええ。ここ、デーン=アブデモーネルの元の持ち主なのですから」
この言葉に、グラーブがじろりとリシュニアをねめつける。
「そんな話はいいだろう」
「まあ、お兄様、いいではありませんか」
不機嫌を隠そうとするでもなく、だからといって俺達を排除するでもなく。ただ、黙って無視を決め込んでいたグラーブだったが、この話題は好きではなさそうだ。しかし、リシュニアは構わず続きを口にした。
「歴史のことはご存知でしょうか? 七百年前に諸国戦争が起きて、フォレスティスの王統にも混乱をきたしたことは」
「はい、存じ上げております」
「およそ六百年前に、この地に真なる王の子孫がやってきました。東方開拓地は半ば荒れ果て、放置されていましたが、故地が戦塵に塗れ、無道の者どもに踏み荒らされていた以上、他に行くところがなかったのです」
真なる王の子孫、か。政治色を感じさせる表現だ。
その辺り、多少は知っている。
ティンティナブリアの領主が、四人もいるフォレスティア王に反旗を翻し、結果、遠征軍を派遣されて滅ぼされた。だが、この戦争がきっかけになって、王国の東部はバラバラに解体されてしまった。なにせ百年にわたる暗黒時代だ。南部にはピュリス王国が成立したが、その他の地域も群雄割拠の様相を呈した。
そして、西部の旧王都にて、権力争いに敗れて東方に逃れざるを得なかったのが、今のエスタ=フォレスティア王国の始祖達だった。
「それを温かく迎え入れ、王威を認め、支えたのが、当地に居を構えていたフィエルハーンの一族でした」
「そうだったんですね」
さすがにそこまで詳しくは知らなかった。歴史の本にも書かれていなかったのだ。
大きな岩に掘っ立て小屋があっただけの東方司令部。だが、そこには既に先住者がいた、というわけか。
恐らくだが、フィエルハーンの一族は、かつての王国から「正式な地位」を与えられていたのではなかった。もしそうであれば、わざわざ落ち目の王族を保護する理由がない。
そうではなく、放棄された拠点、ただの空白地に移住しただけの土豪だった。彼らには家柄も名誉も何もない。しかし、落ち延びた王家の分派には、彼らを排除する実力さえ残されていなかった。
彼ら王家にあったのは、王冠と権威、名前だけだった。だから……
「フィエルハーン家は、直ちにこの地を王に譲り、大将軍の重責を引き受けました。ただ、一族の墓所がこの地にあるため、王は特権を与えました。彼らは元の住人ですから、立ち入るのも立ち去るのも自由だとしたのです。それで今も、フィエルハーンの一族は、こうしていつでも王宮に立ち入ることができるのです」
リシュニアの説明を意訳すると。
権威はあっても実力を持たない王を担いで、当時のフィエルハーン家は東方司令部の将軍を名乗った。そして自分達の実権を維持し続けた。王がいようがなんだろうが、ここは彼らの土地だった。当時の王家は、さぞ苦労したことだろう。権威を権力に置き換える、気の長い作業に取り組まねばならなかったのだ。
「そんな経緯がおありだったのですね」
「はい。ですけど、王后ミーダの死と、その後の混乱もあって、フィエルハーン家の嫡流は途絶えました。それでレーシア地方を統治していた分家の子孫が、代わりに王家を守る役目を引き受けることになったのですよ」
してみると、ピュリスの滅亡とミーダ姫による王宮の腐敗には、プラスの面もあったことになる。それまで王家の権威を我が物にしていたフィエルハーンの本家を道連れにしてくれたのだから。
だが、そこでジャルクの祖先は考えた。湖を挟んでフォンケーノ侯と睨み合う位置にある領地を守り続けるか。それとも、本家の後継者を名乗って宮廷での権力を握るか。
貴族にとって、領地は魂そのものだ。損得抜きに、維持したいもののはずだ。しかし、場所が悪かった。決して忠実とは言い切れない大貴族と向き合う、いわば最前線。それでも今までなら、危機感を抱かずに済んだ。なぜならフォレスティア王領とは即ちフィエルハーンの根拠地だったからだ。しかし、状況が変わってしまった。これではただの盾だ。
よって彼らは後者を選び、レーシア湖畔の領土を王家に差し出した。本家の投票権を継承し、宮廷貴族として生きていくことにしたのだ。
「ですから、フィエルハーン家は代々、近衛兵団のどれか一軍団を率い続けています。あまり知られていないことなのですけどね」
「大変、勉強になりました」
要するに、宮廷人どもの総元締め。それがジャルクであり、フィエルハーン一族ということか。
なるほど、王家の手足であると同時に、眼の上のたんこぶでもある。建国以来、そうだったのだ。
何より、自分達の始祖の情けない姿が透けて見えるエピソードがくっついてくる。だからグラーブもいい顔をしなかったのだ。
俺がジャルクについて知っていたのは、もう少し漠然とした情報だけだった。
宮廷人の大半を掌握し、代々近衛兵団の軍団長に任命されている家系。あと、レーシア湖畔の王領側に広がる別荘地の利権を握っている。ついでに貴族達の秘密もだ。
だが、その実力の背景には、そうした歴史があったわけだ。
だが、リシュニアはそれなりにうまく脚色した。王家の恥を薄めつつ、それがなければ沈黙に覆われるこの場に、一応の会話を生み出した。
ならば俺も上辺に騙される役割を演じよう。
「それで閣下は剣を帯びていたのですね」
「ふん……」
それまで黙っていたベルノストが、声を漏らす。
「……君なら、帯剣なんか、必要ないだろう?」
「そうでもありません。やはり、無手ではいざという時、不覚を取るのではと思いますが」
俺の回答に、彼は固い表情のまま、眉をピクリと動かした。
「どうだかな……あれから、腕はあげたのか」
「多少は」
まったく伸びてません、とも言えない。自分に勝った相手が「鍛錬サボってました」なんて言い出したら……彼のプライドがますます傷つく。無難に答えなくては。
「時間があれば、その多少の進歩とやらを見せて欲しいところだが」
「殿下のお許しがあれば……でも、きっとそんな時間は」
「だろうな」
横でリシュニアがホッとした表情をしている。
グラーブは俺達をほぼ無視しているし、アナーニアは嫌悪の情をあからさまにしている。だからリシュニアが相手するしかないのだが、一人で無理に話をしていると、とにかく気まずい。
その気苦労を察して、仕方なくベルノストは口を開いたのだ。
「さっき殿下もおっしゃっていたが、余所でも噂は聞いているぞ? 海賊と戦った件は」
「隅っこのほうで短い手足を振り回していただけですよ」
弱ったな。
どこまで噂話が広がっているのか。
「ほう? だが、殿下がさっきおっしゃった通りだとすれば、海賊の頭目とやりあったらしいが」
「えっと……」
「まぁ」
話に加わる機会を待ち構えていたフラウが、主人のそれをなぞったような、わざとらしい笑みを浮かべる。
「勇ましいことですわ。是非、詳しくお聞かせいただきませんと」
俺はあんまり話したくはないのだが。
武勇というのは、物語にする分にはカッコいいが、実際には悲惨なものだ。血が流れ、臓腑の臭いが撒き散らされ、そこかしこに断末魔の叫び声が……
それにこの戦いを思い出すと、コラプトでの死闘まで甦ってくる。
タロンの大剣が俺のすぐ横の石畳を打つ瞬間。『行動阻害』の激痛に意識を手放すモライカの顔。マルテロの鉄球。カンプスの拳。頭上から降り注ぐ、クパンバーナーの紫色の血。そして……俺を地獄の底に叩き落した、物言わぬ泥人形ども。
「うっ、えっと、ですね」
ナギア、見てないで助け舟を出してくれ……と思って横を盗み見ると、少し青い顔をしていた。俺がいかに得体の知れない存在かを思い出したのだろう。彼女は、俺がランの精神を支配して、何もかもを自白させるところを見ているのだ。
でもそういえば、剣を振るうところも一度は見ている。イフロースとの練習試合か。目潰しまで浴びせて奇襲を仕掛ける、あの汚い手口……彼女の中の俺は、勇敢な従者どころではない。何でもありの怪物なのだ。
「ファルスは強いんだよー」
やめろ、やめてくれ。
しかも、口調を聞けばわかる。リリアーナは夢中になって喋っているのではない。とりあえず会話を繋ぐというリシュニア達の努力に合わせてやっているだけなのだ。
まったくどいつもこいつも。
こんな小さいうちから、あれこれ気を遣ってばかり。そのうちハゲるぞ。
少しでも主人を休ませようと、フラウは話題にしがみつく。
「まぁ、リリアーナ様は、何かファルスさんの勇ましいところでも、ご覧になられたことが」
「んー、まぁ、ある、かなぁ?」
言えないよな、それ以上は。
リリアーナの目の前で戦ったとなると、ずっと前だ。キース達誘拐犯相手に渡り合った時のことだから。
「あ、それにね、それにね」
だが、それで思い出したらしい。
「ファルスって、すごい友達がいるんだよ!」
「すごいって、どんな方です?」
「去年の武闘大会の、あの優勝した人! キース・マイアスって人? と、お友達なんだよ!」
「えええ!?」
フラウは、びっくりして声をあげ、それから間をおいて、慌てて口元を押さえた。
「不思議でもなんでもない、か」
ベルノストが低い声で言う。
「一流の才能に、一流の指導。伸びるわけだ。正直、羨ましい」
「そ、そんな、ベルノスト様」
冷や汗が出てきた。
会話って、体に毒だ。戦うよりキツいかもしれない。
「ベルノスト様も、殿下の従者でいらっしゃるのですから。望めば、優れた師を得ることができるのでは」
「アルタール様には、まだ早いと断られた」
第三軍団の長か。武闘大会には出てこなかったが、この国では一番の剣士とされている。
キース相手に勝てるかどうかは怪しいが、だからこそ、あの大会に出てこなかったのは正解だった。もし負けてしまったら、観衆がゴミの雨を降らせたに違いなかったから。
「厳しい方なのですね」
「いっそ、厳しく鍛えて欲しいんだがな」
その向上心こそ素晴らしい。楽して強くなっている俺こそ、恥ずかしい……いや、全然楽じゃないけど。むしろ毎回命懸けだから、ある意味、ハイリスクハイリターンということで、釣り合いは取れているのかもしれないけど。
そこで会話が途切れた。
離れたところから、足音が響いてきたからだ。大人達が戻ってきたということは、今日の会はこれでおしまいなのだ。
「……なるほど、サフィス様のお考え、なかなかに面白い」
「そうおっしゃっていただけると、私と致しましても」
ジャルクとサフィスが先に立って言葉を交わしつつ、こちらに戻ってくる。その後ろからタンディラールが悠々と歩み寄ってきた。
彼はテーブルの上を一瞥すると、俺達に声をかけた。
「サフィス、お前の娘達は随分と行儀がいいようだ」
「はっ?」
「いや……『打ち解けて』話ができたようだ。何よりだな」
王子の言葉に、サフィスは曖昧な笑みを浮かべる。だが、その一言はただの皮肉でしかなかった。
ついに一口も飲まれず、食べられなかった紅茶とケーキ達が、無言で突っ立っていたのだから。
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