トドメ
「……起きて」
小声で一言。
それだけで俺は跳ね起きる。
日はとっぷりと暮れていた。
ドロルとユミも目を覚ましている。俺を揺り起こしてくれたのは、ウィーだ。
「何が」
「侵入者」
口早にそう告げる。
それで完全に覚醒した。
ウィーは黙って村の奥を指差す。
ランタンはつけない。こちらの居場所が丸わかりになるからだ。
しかしこの暗さ。星明かりすらあまり届かない。森の中だけに、一層、暗さを感じる。
テントの外に出て、周囲を見回す。立ち並ぶ木造の家々の向こうは広場だ。
ガッシュが手振りで俺達を振り分ける。右側にはウィーとユミ、それに俺とドロル。
左側にはガッシュ。更にハリとアイビィが後に続く。
先に行け、との身振りに、ウィーは頷く。
俺も意図を察する。
侵入者を挟み撃ちにするつもりだ。まず、ウィーとユミの矢で相手を牽制。慌てて逃げ出したところで、ガッシュ達が退路を断つ。
左側に立つガッシュは、誤射の危険に曝される。それは彼自身もわかっているが、一番重装備の自分でなければ、この役目を引き受けられないと理解している。
また、ハリ、アイビィは、どちらも武器なしでの戦闘に熟達しているから、後から飛び出していって侵入者を拘束するのに向いている。
村の広場……といっても家々に挟まれた空間というだけだが……そこを通り過ぎて、なおも前に進む。その向こうは一段高くなっており、その向こう、家が途切れる辺りに、あの井戸がある。
その周辺に、数人の人影がうっすらと見えた。
立って、何事か小声で話している。
こいつら、なんだ? 海賊か?
ウィーはドロルとアイコンタクトを交わす。任せる、というように彼が後ろに下がると、ウィーは静かに弓を引き絞る。察して、すぐ隣でユミも同じように構えを取る。
俺の仕事は? 実は、あまりない。ただ、キャンプに一人だけ残しておくのは、却って危険だ。あと、一応、あの連中がこちらに向かってきたら、足止めくらいはしなければならない。
視界の利かない闇の中。
ウィーはじっくりと狙いを定める。
一瞬、井戸の近くに立つ男が、前に出る。僅かな星明かりに、そいつの白いズボンが映りこむ。
ビーン、と音がした。
「グアッ」
「なっ?」
「畜生!」
殺しはしない。ウィーは慎重に足を狙った。重傷には違いないが、死ぬまでに口を割らせるくらいなら、できそうだ。
だが、まだ他にも何人かがいる。
「あっちだ!」
「ブッ殺せ!」
くる。
俺は剣を引き抜いた。
ドロルは、投擲用の短刀を両手に構える。
こちらに駆け寄ってきたのは四人。それぞれ、槍や剣、盾で武装している。
一方、最初にウィーが負傷させた男と、残り二人は、森の奥へと逃げようとしている。だが、そちらにはガッシュ達が控えている。
即座に次の矢。
太腿に矢が刺さり、一人が転倒する。だが、ユミの放った一矢は、当たり所が悪かった。
「ぐっふぁ!」
確実に当てようと思うあまりか。
矢は胸を貫いた。これではもう、助かるまい。
相手は槍を持っていた。だから、殺しにきている。それを殺したのだから、別に悪いわけではない。
それに他にも捕虜にできる相手はいる。
ユミは、一歩下がって弓を下げて、刀を抜き放った。
「うおお!」
敵が近付いたところで、ドロルが短刀を投げつけた。
だが既に、敵は充分に注意していた。決して大きいとはいえない盾だが、点の攻撃には絶大な効果を発揮する。ガスッ、と音がして、革張りの盾の表面に短刀が突き刺さった。
近付かれた。
ならば、やるしかない。
目の前に迫る男。その視線が下に向けられ、俺と目が合う。
剣が突き出された。
引きながら一撃。踏み出しながら、相手の手首を撥ね上げる。
面白いように剣が弾け飛ぶ。
「あっぐ!?」
驚きながらも、男は手にした盾に身を縮める。
これはやりづらい。俺にとって、一番狙いやすいのは足だ。だが、そこに至るために必要な牽制や、力押しでの崩しができない。
だが、そいつは左右に視線を向ける。左からユミが、右からドロルが。
囲まれる、と思って、後ずさる。
「ひいいやああ!」
攻撃性は鳴りを潜め、一転して逃走に移る。そのふくらはぎに、一撃を浴びせる。
「わぶっ」
その場に突っ伏す男。
背中を踏んで、俺は剣を突きつける。
戦闘は、概ねこちらの有利のまま、あっけなく片付いた。やはり奇襲の効果は大きかった。
最初の一矢で一人、足を撃って動きを止めた。仲間達に肩を担がれて運び出されようとしていたが、そこにガッシュが立ちはだかる。鎧袖一触、かなわないと見るや、男達は負傷者を捨てて逃げ出した。
こちら側に迫ってきた男は四人。そのうち、一人はウィーの射撃で太腿を撃ち抜かれてその場に転倒。もう一人はユミに胸をやられた。
盾を持ったのが迫ってきたが、これは俺が剣を叩き落して、捕虜にした。もう一人は形勢不利を悟って、逃げ出した。
つまり、合計七人いて、三人が逃げた。
「だめだ」
ガッシュが大股に歩み寄りながら、苛立たしそうに言った。
最初の男だ。せっかくウィーが足先だけの負傷にとどめたのに、死んでいた。背中から胸を刺されていたのだ。
「クソ野郎どもだな、仲間を殺りやがった」
そういうことか。
捕まるくらいなら、と即座に判断した。合理的だが、反吐が出そうだ。
この場に残されたのは、そうなると、あと二人、か。
ユミにやられた男は、もう息をしていない。
俺は、足元の男に話しかけた。
「あなたは何者ですか」
「ゆ、許してくれ! 見逃してくれ!」
もう一人の、ウィーに太腿を撃ち抜かれたほうは、かなりダメージが深刻らしい。出血が止まりそうにない。声も出さず、力なくもがいている。
元気に喋っているのは、こいつだけだ。
「正直に話してください。あなたは誰ですか」
「お、俺は……」
「この村には何をしに?」
「っと、それはっ、だって、その、ついでにちょっとくらい」
……ついでに? ちょっとくらい、何を?
かなり混乱しているらしい。
無理もない。殺されかねない状況だから、当然だ。
いきなり背中から突き飛ばされた。
俺の下手糞な尋問に割って入ったのは、アイビィだった。
「お前は、海賊か」
聞いたこともないような低い声。
尋問とはどうやるのか。そのお手本のような、心の芯から震え上がらせる冷徹な口調。
「そ、そうだ」
「仲間はどこにいる」
「に、西側の岬の反対側の、い、入り江に」
その一言が終わるや否や、アイビィはスッとしゃがみこむ。
「グ」
喉を短剣が刺し貫いていた。
「アイビィ!」
俺は声をあげる。
「何をするんだ!」
だが、彼女は返事をせず、スッと立ち上がる。そのまま、音もなく歩くと、もう一人の男の頭上に立つ。
頭を蹴飛ばし、仰向けにすると、そこにナイフを投げ落とす。
「が」
それだけ。
二人は死んだ。
「なんてことを! アイビィ! どうして!」
俺は思わず叫んだ。
周囲のガッシュ達も、事の成り行きについていけず、目を白黒させている。
「場所はわかりました。あとは攻めるか、守るか。或いは逃げるか……それだけです」
さも当然、と言わんばかりの、落ち着き払った声。
その一言に、俺は背中からブワッと汗が噴き出るのを感じた。
「そうじゃない! まだ何も喋らせてもいないのに」
そうだ。始末するにしても、判断が早すぎる。
もう少し喋らせてから……
「ファルス様」
アイビィは静かに向き直った。
何を言い出すのだろう、と思った瞬間だった。
「がはっ!?」
鳩尾に、蹴りが突き刺さった。
俺は吹っ飛ばされ、すぐ後ろの木の幹にぶち当たる。前後から急に圧迫された胸が強張って、息ができない。
「カッ、カハッ」
そこにアイビィが歩み寄る。フッと手が俺の襟を掴むと、そのまま俺は持ち上げられた。
「バガッ」
顔面に、容赦なく拳が叩きつけられる。
一撃、もう一撃。
地面に投げ捨てられて丸まった俺を、更に蹴飛ばす。
「アイビィさん!」
驚いて飛び出したウィーが、彼女の手をとる。
だが、次の瞬間、突き飛ばされて尻餅をついていた。
「お、おい!」
「な、何をするんですか!」
あまりのことに、ドロルとハリが慌てて声をあげる。
彼らの顔をじっと見てから、彼女は俺に視線を戻した。
「ファルス様」
空気すら凍てつかせるような冷え冷えした声で、アイビィは言った。
「お忘れですか」
「な……な、に……」
彼女の目が、ガラス玉か何かのように見えた。光がなく、何も映していないかのようだ。
「手加減も容赦も、絶対にするなと。お忘れですか」
ああ……
そういえば、前に言っていた。クローマーの襲撃を受けた時だ。
「トドメを刺せと言いました。もう忘れましたか」
言うが早いか、彼女はまた、転がったままの俺を蹴飛ばした。
「ぐっ!」
「立ちなさい」
「アイビィさん!」
周囲の声にもかかわらず、彼女は俺にそう言った。
だが、立ち上がろうにも、さっきの一撃がきいている。足に力が入らない。
「ぼほっ!?」
俺がすぐ言う通りにしなかったせいか。彼女は、更に俺に蹴りを見舞った。
「実戦では、誰も待ってくれません」
まさにその言葉通りに、彼女はなおも俺を痛めつけようとする。
「ちょ、ちょっと待てぇっ!」
盾を放り出して、ガッシュが後ろから、アイビィに掴みかかる。
それを見て、ハリも、ユミも一緒になって、アイビィを拘束する。
「大丈夫!?」
さすがにこうなっては、アイビィも動こうとはしない。されるがままに、突っ立っている。
それでウィーが、俺に駆け寄り、助け起こしてくれた。
「……ア、アイビィ」
俺はやっと声を絞り出す。
「僕はただ、情報を引き出そうと」
「いいえ」
だが、彼女は俺の言い分を即座に却下した。
「必要ありません」
「どうして」
「海賊だと言いました。そして、仲間は西の入り江にいると。それだけで充分です」
「そんな、まだ目的も何も」
彼女は首を振ると、言い切った。
「無意味です」
「それはなぜ?」
「ではもし、この男が助かりたいばかりに、嘘の情報を口にしたら、あなたはどうしますか」
「えっ」
それは。
確かに、あり得る話ではあるけれども。
「話は簡単です。彼らは海賊で、このタンパット村を襲おうとした。であれば、彼らを排除するか、しないで引き下がるか。それだけです」
「でも」
俺が食いつこうとすると、彼女はあえて沈黙の間を作って、それから尋ねた。
「でも……なんですか」
言葉に詰まる。
「結局、あなたは彼を殺すのですか。殺さないのですか」
「うっ……それは、海賊なら、当局に」
「こんなところから何日もかけて護送するのですか。その間に逃げられたら? 寝首をかかれたら? 海賊なら、どうせ死刑になるのに?」
言う通り、かもしれない。
「それが油断でないというなら、何ですか」
「ゆ、油断しているわけじゃ」
「自分では殺したくないだけ」
俺の言葉を遮るように、彼女はスパッと切って捨てた。
「殺したくないから運ぶ。違いますか? どうせ死ぬのに……手を汚せないのなら、剣など捨てろと。そう言ったはずです」
言葉もない。
それはそうだ。
そうなのだが、どこか釈然としない。
もういいだろう、と言わんばかりに、アイビィはガッシュ達を振り払う。
これ以上、俺を蹴飛ばそうともしなかった。
「ドロルさん」
「はっ……な、なんだ」
「私とあなたで、偵察に行きましょう。相手の数次第で、どう戦うかを考える必要があります」
あまりの切り替えの早さ。
ついさっきまで俺を殴っていたのに、もう次の仕事の話。
「うっ、あ、ああ」
半ばうろたえながら、ドロルはなんとなく返事をする。
「三人に逃げられました。私達のことはもう、海賊側に伝わっている可能性が高いです」
アイビィはあくまで淡々と語る。
「勝ち目がなければ、村を捨てて引き上げましょう。ですが、まずは調査です」
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