パレードを見送って
「あ、見えたよー」
リリアーナの声で、俺は通りの向こうに目をやる。
見れば、金色の甲冑に身を包んだ華やかな一団が、今しも姿を現すところだった。
先頭を切るのは、凛々しい馬上の騎士だ。特別にデコレーションされた白銀の鎧を着込み、白馬の上に跨っている。
「近衛兵団ね。キャアキャアうるさいんだから」
ナギアが忌々しそうにそう呟く。
高所に設けられた桟敷からでも、路上に屯する女達の黄色い声がよく聞こえる。
王都での日々も、残すところあと二日。
いろんなことがあった。その数々のイベントの締めくくりがこれ、パレードだ。
近衛兵団の全五軍団と、その他の兵団より各一軍団が、ここ王都の目抜き通りを練り歩く。国王の権威を見せ付けるイベントなので、これまた貴族やその従者達は、強制参加だ。例によってサフィスはここにはおらず、スタート地点にしてゴール地点となる、貴族の壁の直前の特設ステージで、ひたすら立ち続けている。それ以外の子爵一家は、ここ桟敷席で見物だ。
「ん? あれ……」
「どうしたの?」
「先頭にいるのって、軍団長じゃないのかな?」
「え? 違うの?」
違う。
顔まできっちり兜で覆っているからわかりにくいが、俺にはピアシング・ハンドがある。ちゃんと相手を認識できている以上、顔が隠れていても、それが誰かはわかってしまう。
近衛兵団第一軍の軍団長は、ラショビエとかいう、騎士階級出身の男だったはず。だが、馬上の人はというと、ウィム・ティック・ヴァイシュー、つまり副長だ。
これは……なるほど、そうか。
彼の本来の予定では、武闘大会で優勝してから、今日のパレードでも、華々しく先頭を飾るはずだったのだ。きっと無理を言って、変えてもらったのだろう。なのに思惑が外れて、キースに惨敗したものだから、こうして顔を隠しているわけだ。
「まあ、見栄えはいいわよねぇ」
ナギアが、どこか突き放したような口調で、そう言う。
金糸で縁取りした真っ赤な軍団旗が、すぐ後に続く。そのまま、七人一列で堂々と行進する。確かに、見た目的には威風堂々、カッコいいには違いない。
「あ、次、来たよ」
お次は、不人気兵団、もとい聖林兵団だ。
近衛兵のように金ピカのパレード用の鎧ではなく、普段使いのくすんだ色の装備だ。実戦重視の歩兵用甲冑なので、無駄な部分まで金属で覆われていたりはしない。具体的には、体の前面は暗い色のプレートで覆われているが、後ろ側は大幅に省略されている。また、胴体部分については、すべてをプレートにする代わり、部分的には革や鎖帷子で補うなどして、軽量化を図っている。なお、聖林兵団の軍団カラーというのもあって、鎧に覆われていない衣服の部分は、緑色で統一されている。
「……なんか、反応が薄いわね」
呆れたようにナギアが言う。
一番目立つ近衛兵団の第一軍の直後に配置されるとか、もうこれ、嫌がらせなんじゃないか。多分、王国で一番頑張ってる兵団なのに。
「おっ、あの人」
「どうしたの?」
「えっと、パレードにくる軍団って、王都とピュリスの間の街道を守ってる、第一軍じゃなかった?」
「そんな細かいこと、知らないよ?」
それもそうか。
俺が気になったのは、先頭をいく軍団長の顔に見覚えがあったからだ。
ゼルコバ・ドレーヴォ。
かつてエキセー地方の海岸地域を警備していた将軍だ。最初に見たのは、ミルークの収容所を出る直前だったっけ。あれからまた出世したのか。王都付近の防衛にまわされるというのは、そういうことなのだ。
それにしても、相変わらずゴツゴツした印象を与える男だ。まさに武骨そのもの。日焼けした顔、愛想笑いの一つもないその顔が、彼の日常を物語っていた。
割合静かな中を行進していく聖林兵団の後に、また歓声があがる。
近衛兵団第二軍が姿を見せたのだ。今度は、先頭を飾る人物が、顔をさらしている。
真面目そうで、物静かな印象を与える男だった。年齢は三十代後半。一見すると冴えない感じもするが、無能なはずがない。貴族ではなく、騎士、それも叩き上げなのだ。ここまで登り詰めるには、やはりそれなりの力が必要だったはずなのだ。
そして、彼のことは要注意人物だと教わっている。このウェルモルド・ブルンディリは、長子派の中核をなす一人なのだ。
「あ、来たよ! 海竜兵団」
「やっぱりダメね、全然なってないわ」
「……それを言うために待ってたようにしか見えないよ」
お次は海竜兵団だ。しかし、今回のパレードでは、本来の予定とは違うのが顔を出すことになった。
もともとは、ルアール=スーディアの三軍団のうちの一つを招き寄せるはずだった。ところが、日々業務に追われる彼らは「そんなの無理!」と突っぱねた。そこでやむなく、ピュリスに本拠を置く第四軍団が出張することになったのだ。でも、いいのか? それで。
彼らは馬には乗らない。普段、船に乗っているのだから、当然だ。濃紺色の着衣の上に、革の鎧。頭だけ、金属製の黒い兜をかぶっている。鎧が簡単な代わり、盾は大きなものを使う。これは、海上の戦闘に特化しているためだ。
彼らはあまり白兵戦を行わない。接舷しての斬り込みに先立って、必ず矢の応酬がある。そして彼らが守らなければならないのは、自身の肉体だけではない。敵の矢や、稀にある火魔術による攻撃から、船を保護しなければならないのだ。
彼らの装備は簡素で、見た目も地味だが、人気はある。むしろ装備品が少ないからこそ、彼らの肉体のたくましさが引き立つというものだ。それに、海竜兵団への入団が、近衛兵団に次いで難しいというのも、国内では常識だ。
「だって、ほら、なにあのツルテカ」
「いや、そこじゃないでしょ……ハゲで悩んでる人もいるんだから」
先頭を歩く男は、バルド・ケール・コーパス。下級貴族出身の軍人だ。
ピュリス防衛の、いわばトップだ。一応、指揮系統からすると、サフィスの直属の部下にあたる。もうすぐ四十に手が届く、まさに男盛りといった感じの、ムキムキの男だ。ナギアのいう通り、そのスキンヘッドはテカテカと脂ぎっている。だが、何よりその表情。欲望いっぱいです、と言わんばかりの、これまた一癖も二癖もありそうな、アブラギッシュな顔つきだ。
「やっぱりパパとは比べものにならないわね」
「そこは同意するけど」
その会話を掻き消すほどの歓声が、足元からあがる。
近衛兵団第三軍。その先頭をいく男に、声援が浴びせられているのだ。
王国を代表する高名な武人であり、慈善事業でも知られるレットヴィッサ伯。まだ二十代前半の若さだが、王都では絶大な人気を誇る。
爽やかさと精悍さを併せ持っていて、遠目からでも、なんとなく魅力的な男に見える。ちなみに、先日の武闘大会には出場していない。
彼は、左右からの呼び声に、いちいち手を挙げ、笑顔を浮かべて応えている。他の誰もそんなことはしていないのだが、これは彼が人気取りをしたいからなのか、それとも単に気さくな性格で、自分への呼びかけを無視できないのか、どっちだろうか?
「次は疾風兵団だね」
「せっかくだから、飛びなさいよ」
無茶を言う。
そんなことをしたら、パレードが成立しないだろうに。
先頭を行くマクトゥリア伯はじめ、全員が騎乗している。しかし、その装備は薄い革の鎧程度で、非常に身軽なのが見て取れる。
疾風兵団は、全員が騎兵だ。機動力を生かして敵を撹乱するなど、側面支援を中心としている。その任務のうち、何より重要なのは、伝令としての役目だ。
その伝令担当の中でも、特にエリートとされるのが、竜騎兵だ。文字通り、飛竜に乗って、高速で移動する。但し、その数は非常に少ない。このパレードでも、一番最後のほうに、十人がいるだけだ。
この飛竜、戦闘力はほぼない。原種はサハリアや東方大陸に棲息する赤竜らしいが、今の体色はむしろ灰色で、鱗もかなり退化している。体も小さく、人間を一人乗せて飛ぶのがせいぜいだ。しかし、原種のドラゴンはほぼ調教など不可能で、およそ人間の命令など聞きはしない。なんとか根気強く品種改良した結果がこれなのだそうだ。
今回は整列して歩く必要があるので、飛竜といいながら、飛んでいない。短い足でヨチヨチと地を這っている。なんとも見栄えのしないことだ。
その後に続く近衛兵団だが、歓声はやや控えめだった。
というのも、軍団長がいまひとつ、パッとしないのだ。先頭を行くファイエト男爵は、小太りの男だった。眉ばかり太いが、そこに迫力なんてものはなく。なんだか、馬上で丸まっているようにさえ見える。これでは確かに、声援を浴びせる気にはなれない。
近衛兵団第四軍の後には、地を揺るがす轟音が続いた。
明らかに巨大な何かが、狭苦しい大通りを埋め尽くしながら、迫ってきているのだ。
「わぁ、大きいねー」
リリアーナがそう感想を漏らす。
あれは移動式の投石器だ。移動式といっても、動きながら石を飛ばすことはできない。数頭の馬で台座を動かし、所定の位置についたら、部分的に組立作業を行う必要がある。しかし、梃子の原理を生かして、錘の重量で石を飛ばすので、威力も高く、命中精度にも優れている。弾道が山なりになるので、城壁の内側に攻撃が届く点も見逃せない。
続いて破城槌、それにバリスタと、巨大な兵器が列をなす。これが岳峰兵団だ。
これはこれで見ごたえがある軍団だが、おかげでそれを動かす人員については、ほとんど注目されない。
軍団長を務めるのは、ベラード・ヒオナット。騎士階級出身の男で、彼も長子派の一員と目されている。
ここまでくれば、パレードも終盤だ。
最後に、近衛兵団第五軍が姿を見せる。先頭をいくのは、金色の鎧に身を包んだ老将軍だった。現役軍人の中では最高齢で、隠然たる権力を持つ人物、それがレセー子爵だ。
俺はジョイスではないから、彼が何を考えているかはわからない。だが、年月が彼の顔に刻んだ皺からは、なんとなく気を許せないというか、その面の皮の向こうに、まだ二つも三つも顔がありそうな印象を受けた。
「……終わっちゃったね」
パレードを見送るリリアーナが、ポツリとそう呟く。
王都での生活は、窮屈ではあったろう。けれども、何かお祭りのような楽しさもあった。これが終われば、またピュリスの総督官邸で、いつも通りの暮らしに戻らなければならない。
だからといって、俺に何ができるだろう?
……夜。
俺は一人、物置の中で荷物をまとめていた。
明日は一日かけて、この別邸の掃除をする予定となっている。その間、子爵一家は国王に拝謁する。その翌日はもう、早朝から出発だ。だから、今のうちに私物を整理する。
たった一ヶ月間だが、いろいろなことがあった。それなりに刺激的な日々だったと思う。しかし、出発前に危惧していたような、大きな問題は、ついに起きなかった。俺にしては珍しく、平穏無事なままに旅が終わるのだ。
しかも、得たものは小さくなかった。
そっと手元に目をやる。
ゴテゴテした拵えの鞘。
結局、武闘大会の優勝賞品は、なぜか俺の物になった。たいして努力もせずに、金貨三千枚相当の代物が、今、手元にある。
自分で使ってもいいが、今の俺の体からすると、少々長すぎる。やはり売り飛ばすのが順当か。
そして、こちらは真新しい写本。
クレーヴェが俺のために書き写してくれた、火魔術の教本だ。その価値は計り知れない。
練習にかかるコストは、省略可能だ。火魔術の熟練者から経験を奪い取れば済むのだから。
この二つだけで、俺は今から一年半後の自由を買うことができてしまう。
それだけのお宝だ。
もう、あとはその日が来るのを、のんびり待ち受ければいい。そうすれば、俺は今度こそ、不死を求める旅に出ることができる。
だが……
それでいいのだろうか?
考えがそこに至ると、どうしても手が止まる。
本当に、それが俺の望みなのだろうか、と。
不死への道は、案外すぐ傍にあるのかもしれない。俺は肉体をいくらでも取り替えることができる。もし魂の年齢が積み重なっても死なないということが確認できれば、既にして俺は不老だ。
だが、そうやって他人の体を乗り継いで生き延びることに、果たしてどれだけの意味があるだろう?
もし、権力や富を求めるなら、ついさっきまで、その機会に満ち溢れていた。王族の肉体も奪い放題だったし、それでなくても貴族になりすますのだって、いくらでもできた。面白おかしく生きていこうと思うなら、それは難しくなかったのだ。
だが、まさしくそのように生きていたキースは、幸せだったろうか? 俺のように肉体を取り替えることはできないながらも、その突出した才能ゆえに、彼はほとんどあらゆる我儘を押し通すことができた。だが、彼は退屈そうだったし、満たされてもいなかった。
たとえ不死に至っても。
時間が流れる以上、根本的には不死たり得ない。
自分が変わらなくても、世界は変化していくのだから。
どうすればいいのだろう?
もしかしたら、違う生き方をすべきなのではないか。
俺は作業の手を止め、そっと物置の小さな窓を開けた。
夜の空気は爽やかで、なんとなく甘い味がするような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます