戦鬼 vs 下着狩り

 王都の郊外。南側には流民街が広がっているが、北東方向に向かうと、割とすぐ草原と森の広がる領域に出られる。

 左手には、延々と連なる城壁。右手には、間近にポツポツ、遠くには鬱蒼と茂る森の木々。目の前には、散在する木々や岩が転がる他は、丈の低い草が生えているだけだ。


「あの……マイアスさん、わかっているかと思いますが」


 クレーヴェが、心配そうな表情を浮かべている。

 えらいことになった。ウィーの結婚をかけて、彼女自身とキースが対決するなんて。


「心配するなって。殺したら結婚できねぇだろうが。ま、力の差ってもんを思い知らせてやんよ」


 余裕たっぷりに、キースはそう返事をする。


「それより、あんな細腕で、そんな鉄弓を引けるのか?」


 顎をしゃくりながら、キースはウィーをみやる。しゃがんで複合弓の状態を確認していたウィーが、一瞬、その仕草を見上げ、苛立たしげに息をつく。


「余計なお世話だ」

「あー、そうだなー」


 挑発するかのように、キースは鼻で笑いながら声をかける。


「ま、気の強い女は好みだしな。そういうのが素直になるのが、また、たまんなくいいんだ」

「それがお前の遺言でいいのか?」

「いいぜ。突っ張れば突っ張るだけ、そそるってもんだ」


 大丈夫だろうか?

 ウィーはかなり怒っているようだ。手加減なんてしないだろう。

 一方のキースは、楽勝だと高をくくっているようだが……あっさり大怪我されても寝覚めが悪いし、死なれたらもっとよくない。だが最悪は、ウィーの実力に気付いてから、全力を出すことだ。万が一にもウィーを傷つけたり、殺したら。

 もちろん、そうなるくらいなら、俺がキースを消す。それはそうするつもりなのだが、見極めのタイミングが難しい。寸止めで勝負がつくのか、実際に首を飛ばすつもりなのか、即座に判断しなければならない。さもなければ、不要な殺人を犯すことになる。しかも、俺の力の秘密も知られてしまう。

 しかし、この二人の戦いとなると、ピアシング・ハンドの力なしには、とてもではないが、介入などできない。それ抜きでは、どちらも俺よりずっと強いのだ。


「じゃ、ハンデやるよ。いきなり近くからじゃ、俺様の楽勝だからな。百歩離れたところから開始でいいぜ」

「後悔するなよ」

「ははっ、矢が届けばいいけどな?」


 油断しすぎだ。その程度の距離、ウィーなら確実に当ててくる。届くかどうかじゃない。ほぼ必中なのだ。

 人類最強クラスの戦闘力を有すると見られるキースだが、実は遠距離攻撃の手段には乏しい。一応、投擲術に熟達しているが、飛距離では弓に遠く及ばない。水魔術は便利な技術だが、どちらかというと搦め手に使うもので、これまた直接に距離を飛び越えるには有効ではない。基本的に、彼は接近戦のエキスパートなのだ。

 白兵戦を得意とする彼が、矢をかいくぐって接近するなら、盾を使えばいい。キースは盾の使用法にも熟達しているから、それが可能だ。但し、油断しているせいか、もともと使うのが好きではないのか、今、手元に盾がない。

 つまり、距離を空けた途端、俄然、ウィーが有利になる。ましてやここは、障害物に乏しい草原だ。しかも、彼女との結婚を希望するキースはウィーを殺せないが、彼女はキースを殺しても構わない。


「では……」


 不承不承といった表情で、クレーヴェが開始の合図を出す。


「はじめ!」


 百歩離れた先で、キースはクレーヴェの手が振り下ろされるのを見た。

 その瞬間だった。


「っとぉ!?」


 キースの喉元に、矢が届く。それを紙一重で弾き落とす。

 だが、飛来する矢は、それ一本ではない。


「わっ! だっ! ばっ!?」


 後ろによろめきながら、なんとか矢を打ち払うキース。だが、次から次へと矢が追いかけてくる。

 どうにもならないとようやく気付いて、彼は地面を転がる。


「ふうっ」


 岩陰に身を伏せて、ようやく一息。

 だが、それも読まれていた。


「げえっ!?」


 休む暇もない!

 ウィーは大きく角度をつけて矢を放っていた。まっすぐ飛ばすのではなく、上から降り注ぐように。威力が多少落ちても、殺傷力は充分にある。


 這い出すように転がり出たキースは、それならばと手近な樹木を背にする。これならば、枝葉が邪魔になるから、同じ手は使えまい。

 だが、それも悪手だった。


 ズドッ、と音がして、彼の首のすぐ横を、鏃が突き抜ける。


「……マジかよ!」


 即座に複合弓から鉄弓に持ち替えたウィーが、最大威力で矢を放ったのだ。それは決して太いとはいえない木の幹を貫通して、キースに迫った。


「クソッ……ファルス! 聞いてねぇぞ! こんなに強……おわっ!?」


 会話をする余裕なんて、与えない。ウィーはそんなに甘くない。


「降参するなら、武器を捨てて手を挙げてください!」


 そう声をかける。これにキースが従ってくれれば。求婚を取り下げ、無礼を謝罪すれば、すべてが丸く収まる。


「ざっけんな!」


 そう素直に折れるような男のはずがなかった。

 身を伏せつつ、手にした霊剣を眼前にまっすぐ立てながら、何かを口早に詠唱する。途端に彼の周囲に、細かな氷の粒……霧が生じた。


「おっしゃあ! いくぜ!」


 奥の手を使わざるを得なくなったか。水魔術で霧を身に纏う。もちろん、それで自身の姿を隠しきれるわけではない。多少、像がブレる程度だから、ウィーの射撃そのものにはさほど影響しない。

 だが、それを回避するキースの側からすれば、大違いだった。矢が至近距離に迫る前に、霧の揺らぎが確認できる。ほんの一瞬だが、それが彼にとっては重要だった。その僅かな余裕のおかげで、キースは徐々にウィーとの距離を詰めていく。


「くっ!」


 後退りながら、ウィーは矢を放つ。その表情に、初めて焦りが浮かぶ。

 彼女とて、もはや理解している。距離があるうちは、まだ彼女の方が有利だ。しかし、近付かれたら。ここまで矢の雨を降らせて、なおも仕留め切れない相手。接近戦に持ち込まれれば、実力差は明らかだ。


 また複合弓から、即座に鉄弓に持ち替える。これをキースは好機とみた。取り回しの悪い鉄弓は、威力では勝るが、連射速度は明らかに落ちる。ウィーが焦って、力押しで勝ちを拾おうとしたと判断したのだ。

 だが、それこそ彼女の誘いの一手だった。


「やっ!」


 キースに向かって、一直線に矢が放たれる。それを彼は、当たり前のように剣で打ち払った。その瞬間、彼の周囲を取り巻いていた霧が、一瞬にして晴れた。


「しまっ」

「やああ!」


 これは……彼女の切り札だ。キースが魔術を用いていると判断して、なけなしのアダマンタイト製の矢を撃ち込んだのだ。


 鉄弓を放り出し、手早く複合弓に持ち替えたウィーが、一度に三本も矢を引っ掛けて、デタラメな連射を浴びせる。

 距離はたったの十メートルほど。もはやキースに避ける術はない。


「くっ……『垂氷』ぃっ!」


 余裕をなくしたキースが、何を思ったか、霊剣をまっすぐに突き出す。そこへ、無数の矢が、猛然と喰らいつく。

 それが、突然に出現した氷の傘に突き刺さり、その場に落ちていく。


「おおおっ!」


 いきなりのことに、一瞬対応が遅れたウィー。そこにキースは、全力で踏み込んで、距離を詰める。


「くっ……!」

「もらった!」


 数メートル。彼女は矢を番えたが、遅かった。

 間近から放たれた石礫が、矢を弾き落としたのだ。

 一秒も経たず、キースは彼女の眼前に肉薄し、そして首元に剣を突きつける。


「はぁっ、はぁっ……くっそ、すっからかんだぜ……なんだ、この女……冗談じゃねぇぞ……」


 勝負はついた。紙一重で、キースの勝ち。

 但し、装備によるところが大きかったか。最後の氷の傘は、どうも彼の所有する霊剣の力らしい。代わりに彼の体力を搾り取るようだが、いずれにせよ、あれがなければ、彼は死んでいてもおかしくなかった。

 もっとも、横着せずに良質な盾でも用意していれば、もっと有利に戦えたに違いない。いずれにせよ、総合力でもキースのほうが勝っていたのは確かだが。


 だが、ウィーは止まらなかった。

 弓を捨て、腰の短剣を抜く。


「おい」


 キースがそれを見咎める。


「無駄だぜ。こうなったらな」


 彼女の白兵能力では、キースに及ぶべくもない。俺にすら勝てないだろうに、どうするつもりだ?

 だが、彼女はその切っ先を、自分の喉に向けた。


「無駄じゃない」

「ちょっ、待てぇっ!?」


 なんと、その手があったか。

 負けは認める。でも、結婚は認めない。


「待て! わかった!」


 キースは慌てて剣を放り出す。


「俺が悪かった! 確かにお前は、すげぇ奴だ。コケにしたのは、俺が悪い! だから、やめろ!」


 必死の懇願に、彼女は切っ先を自分に向けたままながらも、じっと彼を見つめる。


「試合は俺の勝ちだ! でも、だからって俺と結婚しろとは言わない! い、いや! この際、俺の負けでもなんでもいい! だから、それを捨てろ!」


 それでウィーは、おずおずと右手を下ろし、そして短剣が指から滑り落ちる。

 キースはその場に膝をついた。


「その上で、頼む! 俺と結婚してくれ!」

「……って! 結局、同じじゃない!」

「違う! 頼んでるんだ!」


 俺とクレーヴェは、早足で二人のいるところへと近付いていく。

 ようやくすぐ傍まで辿り着けそうだ。


「惚れてたけど、今ので惚れ直した! こんなすげぇ女、他にはいねぇ! 俺ならなんでもする! だから!」


 ウィーの目に、戸惑いと、何か悲しみのようなものが浮かぶ。途端にか細い少女のように、彼女の体が揺らぐ。そこへ、立ち上がったキースが肩に掴みかかり、揺さぶった。


「俺じゃあるまいし、その年でそこまで強くなるのに、何をやってきた? お前はいったい、何が欲しいんだ? 頼む! 俺に手伝わせてくれ! なんでもする! なんでもだ!」


 一瞬、彼女は何かを懇願するかのような目で、キースを見た。


「さあ、言え! 言ってくれ! どんな夢でも叶えてやる!」


 ウィーの唇が震える。

 望みは、喉にまで達していた。あとは口にするだけ。

 だが、口は閉じられた。


「……ごめんなさい」


 ウィーは、顔を背け、彼から目を逸らした。

 これまで聞いたこともないほど、彼女の声はか細かった。


「あぁ?」

「私は、あなたの望みには、応えられません」

「なんでだよ!」

「理由も、言えません」


 しばらく彼女の肩を掴んだまま、じっとその顔を見つめていたキースだったが、不意に手を離した。糸の切れた人形のように、ウィーはその場に崩れ落ちる。


「……そうかよ」


 彼は暗い声で、呟くようにそう言うと、背を向けた。茂みの中に落とした霊剣を拾い上げると、力なく立ち去っていこうとする。

 俺は、二人を見比べながら、どうすべきか、迷って足踏みした。


「ファルス君」


 重苦しい表情で、クレーヴェが言った。


「ウィーには私がいる。家まで連れ帰るから、君は彼に」

「わかりました」


 不毛な勝負だった。どちらも傷ついただけ。

 ウィーはこの敗北で、その自信、矜持を傷つけられたに違いない。これまで、己の努力だけで戦い抜いてきた。自分の意志を通すために、自分以外の誰にも頼らずやってきた。だが、ここに至ってついに、圧倒的強者によって、ただ許されることで、自分の要求を通してしまった。

 ならば、キースの望みをかなえてやればよかった? 確かに、一瞬なりとも、それは彼女の選択肢の中に含まれていた。彼は粗暴だが、役に立つ。だが恐らく、彼女にとって、それはしてはいけないことだった。自分の目的のために、こういう形で他人の力を借りるのは、誇りを捨てる以上に許しがたいことだったのだ。

 一方のキースも、また失望していた。戦いしか知らない彼だ。その力のすべてを出し切って、勝利まで得て。それでも、受け入れてもらえなかった。

 力さえあれば、なんでも手に入る。そうやって生きてきた彼が、今、初めて、力では手に入れられないものにぶち当たった。


「キースさん」


 よろめくように歩く彼に、後ろから声をかける。

 街の城門はすぐ目の前だった。


「……おう」


 力ない返事だった。


「こういうことになってしまって」

「気にすんな」


 気の抜けた声だったが、彼はしっかりしていた。


「お前は悪くねぇ。あの女も。もちろん、俺様もな」


 やっぱり、キースは強者だ。

 腕っ節だけでは、肉体の素質だけでは、真の強者には至れまい。辛酸を舐め、屈辱に塗れながら、なおも己を練磨してきた。そういう人物でなければ、どうして今の姿になり得ようか。彼は現実を見据え、受け入れるだけの心の力を備えている。


 とぼとぼと歩く彼だったが、城門を前にして、一度、肩を広げ、陣羽織の袖を引き締めた。


「よーっし」

「平気ですか?」

「おう、ファルス。ちょっと付き合え」

「はい?」


 それから彼は、気持ちを切り替えて、街の中へと大股に踏み込んでいった。俺は慌てて後を追う。

 その四時間後……


「キャーッ、太っ腹ぁ!」

「オラオラ! パーッと見せろ!」


 日も暮れ切っていないのに、俺とキースは、冒険者ギルド付近の盛り場にいた。


「んだぁ、ノリ悪いな、てめぇら……おら!」


 ゴロン、と金貨が転がる音がする。それで女達が目の色を変える。キースは構わず手を伸ばし、彼女らのスカートの中に突っ込む。


「キャーッ!」

「また白か、次はっ……と」

「キースさん、あの」


 フカフカのソファの上。薄暗い店内には、濃密に香が焚かれている。


「僕、そろそろ帰らないと」

「あぁ? 俺のオゴリだから心配するなって」

「そうじゃなくてですね、僕には仕事が」

「あーっ、ゴチャゴチャうるせぇ」


 俺が何を言っても、彼は受け付けない。左手で女を抱きかかえ、胸を揉みしだきつつ、右手でワインのボトルを掴んで、ラッパ飲みする。


「てめぇのせいだぞ」

「へっ?」

「全員、切ったんだからな」

「あっ……」


 こいつ、意外と正直な男なのかもしれない。本気でウィーと付き合うために、今日までの二日間で、本当に女達との付き合いを全部断ち切ってきたのか。

 そこまで真剣になっていたのに、この結果とは。彼の善悪、人間性は別としても、この一件に関しては、同情を禁じえない。


「あの、今回は、本当に残念な」

「いいってことよ、しょーがねぇ、俺じゃダメみてぇだからよ、ケッ」


 戦場で暴れまわり、『戦鬼』とまで呼ばれた男も、所詮は人の子か。

 だが、そういうところにむしろ人間味を感じる。今では怖さや不安より、親しみを覚えるくらいだ。


「よーし、次、お前……」

「キャッ」

「いちいち喚くんじゃねぇ、んー、水色か」


 酒をガブ飲みしながら、片手で女達の胸を揉んだり、スカートをめくったり。やりたい放題だ。

 まぁ、彼の金なのだろうし、こういう日があってもいいだろう。ある意味、健全だと思う。パッと発散して、それで割り切る。醜悪だとか、惰弱などとは言うまい。それくらい、彼にとってつらかったのだと思おう。


「おっ……これで全員か」


 都合、十名もの女達を侍らせ、次々スカートをめくっては中身を確認し。一巡したと気付いて、彼は顔をあげた。


「なあ、誰がいい?」

「そっ、そんなの、自分で決めてくださいよ」

「俺が決めたんじゃ、意味ねぇだろが」

「どうしてですか」

「ファルス」


 三時間以上にも及ぶ飲酒の結果、すっかり赤くなった顔をこちらに向けて、彼は言い放った。


「お前、今日、ここで童貞捨てろ」

「はぁああっ!?」

「どれもキレイどころだろが。好きなの選んで突っ込め」

「バッ、バカ言わないでくださいよ! 僕、まだ八歳ですよ!」

「知るかボケ! 俺だってなぁ、五歳の頃には、とっくに人殺してら」


 ああ、また滅茶苦茶な奴に戻ってしまった。

 同情はする。するが、これ以上、巻き込まれたら。


「それとこれと、一緒にしないでください!」

「同じだろが。命を作るのと、壊すのとぉ……ヒッ……ク……お前、やっぱり下着は白か? 白がいいんだな?」

「勝手に決めないでください!」

「じゃあ、ピンク、ピンクだな……ゲッ……プ……よぉーし、お前ら、全員ここで脱げ!」


 キースの号令に従って、女達はその場で下着を脱ぎ捨てた。身に纏っているのは、スケスケのワンピースだけ。


「よーっし、最初にファルスを男にした奴にぃ、金貨百枚……いや、三百枚だっ!」


 ひぇっ!?


「キャーッ!」

「うわわわわ」


 十人からの女達の手が伸びる。腕力だけでは振り払えない。身体操作魔術で激痛でも与えれば別だが、それはそれでまずい。彼女らはただ、仕事だから、お金になるから、俺に掴みかかってきているだけだ。暴力を振るわれる謂れはない。


「ちょ、ちょっ、やめっ」

「ちっきしょー……人生、変わるかって思った……のによぉ……」


 一瞬、ハッとする。

 殺し殺されるばかりの日々。どれだけ成功を収めても、満足できない。

 かつてのイフロースと同じように、彼もまた、もがき苦しんでいるのかもしれない。


 幸い、イフロースには、フィルという親友がいた。だから、彼にはエンバイオ家を愛して生きる道が残された。

 キースには? 恐らく、何もない。

 その彼が手を伸ばした先に、ウィーがいた。愛するに足るもの。初めて気付いたであろう、ただの欲望以上の感情。それをやっと見つけたのに。プライドも勝利も、何もかもを捨てて追い求めたのに、それでも届かなかった。


 だが、そんな同情の思いも、現実が掻き消してしまう。

 キースの表情が変わる。ニタニタしながら俺を見る。


「どぉーれ、そろそろ選んでやったらどうだ? なぁ、ファルス?」

「くっ」


 仕方がない。

 事実を述べてやる。


「キースさん」

「なんだ」

「ここで僕を襲っても、もう遅いですよ」

「あ?」

「僕はもう、童貞じゃないです」

「ああ!?」


 目を剥いて、彼は身を乗り出す。顔が怖い。


「おい! いつ、どこでやりやがった! 言え!」

「い、一歳の時、故郷の村で!」

「んだとぉ!?」


 女達の手が緩んだ。

 今だ。


 さっと手を振り払い、地面に降り立つ。


「お、遅くなっちゃいましたので! キースさん、では、また今度!」

「お、おい、待ちやがれ! おいっ」


 だが、振り返る時間はない。俺は身をすぼめて、通りへと駆け出した。


「だぁっ、ちっきしょぉおーっ!」


 後ろからキースの絶叫がこだまする。

 彼の気が晴れることを祈りつつ、今は遠ざかるほかなかった。

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