キースの告白

「ったくよぉ、んなくだんねぇことで俺を使うんじゃねぇよ」


 お嬢様の要望という口実で、キースをごく短時間だけ、子爵家の別邸に招いた。キースは口数少なく、ほとんど黙ったままだった。それでも粗野な雰囲気は隠せず、最後は引き攣った笑みを浮かべるサフィスと握手して別れた。

 今、俺は彼を送る役目を承っている。おかげで、彼との情報交換ができるというものだ。


「ま、調べといてやったぜ? ありがたく思いな」

「本当にありがとうございます」

「おう、もっと感謝しろ」


 今、俺はキースと並んで、兵士の壁の内側の大通りを歩いている。


「にしても、お前んところのあのガキ、お嬢様ってか? 随分なタマじゃねぇか、ありゃあ」

「はぁ」

「ニッコニコしやがって、あのアマ……恨めしい顔の一つでもするかと思いきや、とんでもねぇな?」

「まぁ」


 キースは気付いてしまった。俺とリリアーナが、誘拐事件についての情報を一部、伏せていることに。キースが誘拐犯の一員だった事実は、サフィスもエレイアラも、イフロースすら知らない。

 そんな中、リリアーナは、それこそ大好きな親戚のお兄ちゃんにでも出会えたかのように、満面の笑みで元誘拐犯に飛びついてみせた。

 子爵家が、ではなく、リリアーナ自身がキースを利用しようとしている。だが、その豪胆さが、却って彼には好ましく映ったようだ。


「ハハッ、ったくよぉ、自信なくすぜ? どうも俺ぁ、年下にゃあやられっぱなしだからよ……」

「そうなんですか?」

「おう、ワノノマでもな、とんでもねぇガキがいやがってなぁ……」


 そう言いながら、彼は遠くを見た。

 このキースを打ち負かしたか、少なくとも苦戦させたような少年がいたのだろうか? だとすれば、途方もない才能の持ち主に違いない。


「ま、いいや。頼まれてた件だな」

「はい」

「教えてやるけどよ、タダじゃねぇぜ?」

「はっ?」


 俺は今、キースを脅している。誘拐の事実を公表されたくなければ、おとなしく言う通りにしろ、と。だが、彼は情報に値段をつけようとしている。


「アレはアレ、コレはコレだろが。ま、同じくらい、お前にも働いてもらえりゃ、文句ねぇよ」

「えっと」

「じゃ、言うぜ。奴ぁ、ロリコンじゃなかった」


 俺の返事も待たず、彼は話し始めた。


「それどころか、とんでもねぇマザコン野郎だったぜ、あのドメイドってのは」

「マ、マザコン?」

「おう、なんでも女は年食ってるほうがいいらしくってな。王都の女衒どもに、三十歳以上で母乳が出るのを探させてたらしいぜ」

「おげぇっ、マニアックな」


 とすると、少なくとも彼がロリコン的な動機でリリアーナを誘拐させた、というシナリオは成り立つまい。ちょっと考えすぎだったか。


「情報屋に確認した。フォンケーノ侯爵領にも、愛人が何人かいやがるが、そいつらも半分は四十歳以上、残りも三十歳以上なんだとよ」

「り、理解できない……」


 全然羨ましくないハーレムを構築しているドメイドが違うとなると、いったい誰が?

 フォンケーノ侯との険悪さを考えると、あの中の誰が関係者でも、驚きはない。ただ、わざわざ誘拐に踏み切るだけのメリットが思い浮かばないのだ。とすると、やはりまったく別の線だろうか。


「ってことで、もういいよな?」

「え、あ、はい」

「じゃあ、よ」


 そこでキースは足を止め、振り返る。


「俺の用事も手伝ってくれや」

「それは、何をすれば?」

「言っただろ? 女だよ、ホレてる女」


 針金のような髪の毛をボリボリと掻き毟りながら、彼は言いにくそうながら、続けた。


「お前はガキのくせに頭まわるだろ? 女口説くコツってもんをよ、ちっと考えてくれよ」

「いや、それは……僕だって、女の子にモテたことなんて、ないんですから」

「そう言うなよ。俺にゃ、頼りになる奴がいねぇんだよ」

「フオラさん? とかに女心を訊いてみたらどうです?」

「お前、本気で言ってんのか?」


 もちろん冗談だ。

 しかし、天下の剣豪、キース・マイアスに頼れる人間がいないとか、俄かには信じがたいのだが。


「じゃ、情報屋とかに相談すれば」

「そいつも女なんだよ」

「尚更、役に立つんじゃないんですか?」

「抱いてなければな」

「はぁ」


 自業自得だろうに。

 まったく、ここまでフリーダムな野郎だったとは。


「そういうことしてるから、ややこしくなるんじゃないですか?」

「しょうがねぇだろ? これ、お前のせいなんだからな?」

「どうしてそうなるんですか」

「んなもん、決まってんだろが。情報屋なんてのは、一番厄介な連中なんだぜ? いちいち駆け引きなんざしたくねぇんだよ。女なんざ一発ブチこみゃあ、面倒臭ぇこと抜きで、言うこときくからよぉ」


 滅茶苦茶だ。

 なんだか、彼に惚れられたという女性が、気の毒になってきた。


「じゃ、その手で今度の女性も落とせばいいじゃないですか」

「だーっ、そういうんじゃねぇんだよ、だからなぁ」


 ま、いいか。

 俺には関係ない。


「いいですよ」

「おっ?」

「見るだけ見てあげます。でも、僕の手に負えるとは限りませんから」

「おう、いいぜ。とりあえず、思いついたことがありゃ、何でも言ってくれりゃあいいんだ」


 すると彼は踵を返した。


「えっと……?」


 彼の行き先は、明らかに兵士の壁の内側。とすると。


「もしかして、かなりいいところのお嬢様だったりします?」

「そーなんだよ。面倒っちいことにな」


 騎士階級だろうか? 宮廷人の娘とか?

 裕福な商人の家という可能性は低い。それならば、キースの名声と力で、ゴリ押しだってできそうだからだ。


「こっちだ」


 彼はどんどん早足で歩く。俺は子供の歩幅で必死に追いかける。

 なんだか見覚えのある通りに差し掛かった。


「ほら、あの家だ」


 俺は見上げる。

 そして即座に言った。


「お断りします」


 冒険者ギルド前の広場。

 そこで、俺とキースは、別々の丸太の上に腰掛けている。


「……なんでだよ……」

「なんでもなにもありません。ウィーは売れません」

「俺は真剣なんだぞ!」


 何がどう真剣なのか、小一時間、問い質したい。


「あと何人、他所で抱いてるんですか」

「それとこれとは別腹なんだよ」

「そうですか、じゃ、勝手にしてください」


 俺が丸太から下りて立ち去ろうとすると、キースも慌てて立ち上がった。


「てめぇっ、言うこときかねぇと、斬るぞ!」

「いいんですか?」

「あぁ!?」

「そんな理由とそんな経緯で僕を殺したら、ウィーはなんて思うでしょうね?」

「ぐうっ」


 冗談じゃない。


 犯罪行為にも躊躇せず、思いつきで気軽に手を染める。

 女と見れば見境なく抱いて、飽きれば簡単にすぐ捨てる。

 殺人など日常茶飯事で、何かあれば本当に斬ってくる。


 いくら強くて、名声があっても。

 そんなイカレた男を、ウィーに近づけるわけにはいかない。


「じゃ、そういうことで」

「う……ま、待った! 待て! わかった!」


 背を向けて歩き出した俺に、キースは必死で呼びかける。


「やめる! 他の女は、全部捨てる! だから手伝ってくれ!」

「……本気ですか?」

「お、おう! あれと結婚できたらだけどな……あ、おい、待て!」


 二股かけながら本命を追いかけるとか、ふざけるなと。

 そこらの遊んでる女ならいざ知らず。ウィーがどれほど頑張って生きていると思っているんだ。


「わかった! わかったって! 今! 今すぐ全部切るから、手を貸せ!」


 キースは既に気付いている。俺がもし、ウィーにキースの現実を語ったら、ノーチャンスになることを。

 だからといって口封じもできない。殺人犯が誰かバレたら、やはり彼女に逃げられるし、協力者も失う。

 誠実になるしかないのだ。


 二日後。

 俺がダングの店での修業を終えて、通りに出ると、そこには既に、足踏みしながら俺を待つキースの姿があった。


「いいですか、僕は紹介するだけです。その先は自分でなんとかしてください」

「おう」

「ウィーがどんな女の子かは、もう伝えましたよね? 中途半端な覚悟では相手になんてされませんからね」

「わかってんだよ!」


 本当は、年齢差を考えると、紹介すらしたくない。ウィーはまだ十六歳だ。一方、キースは既に二十八歳。やっとこの世界での適齢期に差し掛かった彼女と、今まで好き放題して年を重ねた彼とで、釣り合いが取れるものだろうか?

 ま、紹介するだけだ。それでフラレたって、俺のせいじゃない。いざとなったら、俺がウィーを守ればいい。


「ごめんください」

「ファルス様ですね、ようこそおいでくださいました」


 老メイドのベドゥーバさんが、俺に恭しく頭を下げる。


「それで、そちらの方は」

「えっと、この前の大会の優勝者の、キース・マイアスさんで、その、僕の知り合いというかなんといいますか、その……ついてきちゃいまして」

「あらあら……では、少々お待ちください」


 さすがに、約束もなければ見知ってもいない相手を、いきなり家にあげたりはしないらしい。


「おい、大丈夫なんだろな?」

「家に入れてもらうくらいなら、問題ないですよ」


 小声でそう囁きあっているうちに、また彼女が戻ってきた。


「お待たせ致しました。主人に伝えましたところ、是非とも我が家にとのこと。どうぞいらしてくださいませ」

「お、おう」


 キースの表情には、微妙な緊張が見て取れる。この瞬間を待ちわびていたはずなのに、いざその時がきたとなると、どうにも尻込みしてしまうらしい。

 だが、迷っていても何も進まない。だから彼は、勢いよく一歩を踏み出した。


「やぁ、ファルス君、今日は面白いお客様を連れてきてくれたそうじゃないか」

「突然のことで申し訳ございません」


 俺は畏まって一礼するが、クレーヴェはまったく気にしていないようだった。

 テーブルの周囲には椅子が四つ。普段は三人暮らしだから、椅子も三つしか置かれていない。多分、人目がないところでは、ベドゥーバさんも家族のように扱っているのだろう。しかし、キースが来るとなると足りないので、急遽、一つ追加で運び込んだのだ。


「ほら、自己紹介」

「おっ、おう」


 そこまではオドオドしていたキースだったが、開き直りは一瞬だった。


「俺がキース・マイアスだ。ついこの前、王国最強の戦士になった! まぁ、もともと世界最強なんだがな! ハッハァ!」


 あちゃあ、と俺は目を覆う。礼儀作法というか、まず常識ってものがないのか。

 もしかして、昔のイフロースもこんなキャラだったんだろうか。だとしたら、よくぞあそこまでまともな人間になったものだ。


「ははは、そうですか、いや、武闘大会は拝見させていただいております。素晴らしい腕前でしたな」

「ハッ! あれじゃまだ、ファルスのが強ぇくれぇだな! クソみてぇな雑魚相手じゃ、俺様の強さがわかるわけもねぇぜ」

「はっはは、豪儀なことで……どうぞ、おかけください」

「おう!」


 だから、その言葉遣いはよしてくれ。貴族の家での会話に「俺様」「クソ」「雑魚」といった単語を使うのは、どうかと思う。

 クレーヴェは、これくらいの粗雑さなどまったく気にならないかのように、笑顔を絶やさない。

 だが、肝心のウィーはというと。


 俺のほうを、やや批難がましく見つめている。眉を寄せ、スカートの上で拳を握り締めて。自分への無礼はともかく、大事な『おじさま』への失礼は見過ごせないのだ。

 ちなみに今日の彼女は、やはりロングヘアに見えるよう、カツラをかぶっている。黄緑色の上品なスカートがよく似合っている。そして、大事なことだが、白い手袋をつけている。指先にはごまかしようのない修練の跡が残っているからだ。


「わざわざ我が家を訪ねてくださるとは、名誉なことです、マイアスさん」

「なぁに、俺でよけりゃあ、何度でも顔を出してやるぜ! なぁ、ファルス?」


 ああ、何か一言、口に出すたびに、ウィーの好感度が下がっていく。なんか、自分まで睨まれているような気がしてきた。


「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」

「おう、それなんだけどな」


 俺は肘でキースをつつく。このタイミングで切り出すとか、ないから。まずは好感度を高めてから。ウィーの気を引けないにせよ、せめてクレーヴェとは親しくなっておかないと。

 だが、彼に待つなんて努力ができるはずもなく。ましてや、空気を読むなんて芸当ができるわけもなく。


「ぶっちゃけて言うぜ! そこのお嬢さん、俺にくれ!」


 ああ……

 ウィーが硬直している。そのまま、ギギギと首が、油の切れた機械のように回って、俺を見る。いや、もうハッキリと睨んでいる。


 キースはやっぱりおかしい。こう、なんだ、命のかかった状況とか、殺気みたいなものには敏感なんだろう。でも、普通の人間同士の付き合いとなると、まるで鈍感だ。いや、鈍感という以前に、そもそもそれらを必要としてこなかったし、経験もないのではないか。

 とすると、若くして指揮官の道に進んだイフロースとは、まったく別物と考えるべきか。同じく粗暴な男だったとはいえ、二十代前半から部隊を率いて戦ったイフロースは、人情の機微にも敏感だったはず。一方、個の戦いばかりを磨いてきたキースは、一人の武人としては既にイフロースを超えたが、その辺がまったく成長しなかった。


 さすがのクレーヴェも、この要求には一瞬、口をあんぐりさせた。


「いや、その、マイアスさん」

「くれ!」

「ですから、あの」

「一目惚れだ! くれ!」

「差し上げるも何も、ウィーは私のものではございません」

「じゃ、勝手にしていいんだな?」

「ちょ、ちょっと」


 あまりの乱暴さに黙っていられなくなり、俺は割って入る。


「なんだよ」

「無茶です」

「何がだよ」


 ごめん、ウィー。

 せめて最低限の教育を施してから、ここに連れてくるべきだった。


「安心しろ。俺様のものになったら、きっちり大事にしてやる。他に女も作らねぇでやるから、黙ってついて来い」


 あ、ウィーが俯いている。

 肩が小刻みに揺れている。

 ヤバい。


「……お断りします」

「あ?」

「お断りします! 非常識な方とはお付き合いできません!」

「あぁああっ!?」


 当たり前だ。

 でも、ウィーがハッキリ拒絶してくれて良かった。あとで謝ろう。事情を説明すれば……


「なんでだよ!」


 あ、あれ?


「俺様は世界最強だぞ! 何が気に入らねぇんだ!」

「強ければ何をしてもいいんですか!」

「当たり前だろが!」

「そういう乱暴な考え方の人とは合いません! お引取りください!」


 当たり前だろがって、キース……


「だからなんでだよ! 強けりゃ何でも手に入るんだぞ! 言ってみろ! 欲しいものはなんだ? 金か?」

「そんなもの、いりません!」

「じゃ、地位か? 俺が貴族になりゃあいいのか? いいぜ、それならサックリどっかに攻め込むか何かして、領主様になってやらぁ!」

「身分の問題じゃありません!」

「だぁーっ!」


 気、短いな。

 当たり前か。

 力尽くで生きてきた男が、気長なはずもない。


「わけわかんねぇ! じゃ、なんだ? なんでも言ってみろ! なんなら殺してぇ奴でもいりゃあ、今すぐバッサリ殺ってきてやるぜ!」

「はっ……!?」


 あまりの暴言に、ウィーが青ざめている。

 だが、その一言で冷静さを取り戻したのか、ふっと俯いて、静かな声で返事をした。


「やはり、お気持ちにはお応えできません。申し訳ありませんが、お引取りください」

「あ?」


 急に冷え込んだ空気感に、キースは片眉を吊り上げた。


「なんだよ、冒険者の真似事してるっつーから、肝据わってるかと思ったのに、ちっと物騒なこと言っただけで、怖気づいちまうのかよ? ま、そのほうが女らしいけどな」


 ウィーが冒険者をしているのは、一応伝えてある。だが、詳細は話していない。実は男のフリをしているとか、その辺の事情を教えてしまうと、彼女の今後に差支えがあるかもしれないと思ったからだ。

 それでも、もし彼女が指先を曝していれば、キースも実力を察しただろう。だが、ウィーは徹底して自分を隠していた。


「ま、切った張ったの世界にビビるってんなら、いいんだぜ? ハンパな覚悟で冒険者なんかやるもんじゃねぇ。女は女らしく、俺に守られてりゃいいんだ。安心しろよ、俺様といりゃあ、邪魔な奴なんか、全部ブチ殺して……」

「……いい加減にしろ」


 あっ。

 ウィーの声色が変わった。

 クレーヴェおじさまの義理の娘から、冒険者ウィムに。キャラが切り替わった。

 その手が、髪型をごまかすためのウィッグを引っ張り、剥ぎ取った。


「ボクを思い通りにできるなんて思うな。力しか理解できないのなら、実力で思い知らせてやる」

「ちょ、ちょっと、ウィー」

「ファルスは黙ってて」


 さすがにヤバい。

 並みの戦士が相手ならともかく、相手はキースなのに。


「おいおい、いいのかよ? 俺ぁ、戦うとなったら、手抜きなんざしねぇぜ?」

「そんなのいらない。お前がどう頑張っても、ボクを手に入れるなんてできないってことを、わからせてやる」


 俺はオタオタしながら、二人を見比べることしかできなかった。

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