知られざる女神の伝説

 渡り廊下に出る。一歩、また一歩と距離を空けるごとに、初冬の澄み切った空気の冷たさが実感できる。気付けば、冷や汗まみれになっていた。

 殺されなくてよかった。心底そう思う。会うのは二度目だが、やっぱり恐ろしいものは恐ろしい。


 だが、これでいい土産ができた。イフロースに、アネロス・ククバンと、ルースレス・フィルシーの存在を報告するだけでも、充分な仕事になる。それと、この城に掻き集められた雑兵どもの日常についてもだ。

 しかし、ここまでくると、もう一つ、何かが欲しい。このような不穏な状況は、彼らのどんな目的によって惹き起こされているのか? 肝心なその部分が、いまだに不明瞭なままだ。戦争が起こる、と言っていたが、彼らが兵士を集めたって、自動的に始まるわけではない。強引に突然蜂起したって、周辺の諸侯や王国軍が鎮圧にやってくる。あんな弱兵どもで結果を出そうと思うなら、それなりの状況がなければ始まらない。


 幸い、兵士達もルースレスも、まだ訓練場にいるはずだ。もちろん、あそこにいるのが城内の全員ではないが、俺一人がフラフラしていたって、そこまで注目はされまい。


 情報を得るとなれば、何をすべきか。

 残念ながら、聞き込みはできない。そもそも、詳しく知っている人間が少なすぎる。伯爵か、ルースレスか、アネロスだが、誰にも訊けないし、それどころか迂闊に詮索すれば、命がない。しかも三人が三人とも、自分の立場しか考えていないだろうから、それぞれ偏った情報を寄越すに違いない。

 となれば、いつでもどこでも、客観的に、自分の知っていることだけを語ってくれる、それでいて誰にも告げ口しない、誠実な相手を探すしかあるまい。つまり、その行き先は書庫となる。


 問題は、どこにあるかだ。この城は広大すぎる。無闇に歩き回っても、収穫はないだろう。

 こういう時は、まず考える。書類仕事をするなら、やはり書庫だ。そしてこの世界、まだまだ本は高価で、これを必要とするのは、ある程度教養がある人間、つまり城主か、それに近しい存在だ。ということは必然的に、主人の生活スペースか、執務エリアの付近に書庫がある。

 だが、戦争を起こそうなどという物騒な話だ。そんな重要な書類が一般の執務室にあっては、因果を含ませていない普通の役人どもに発見される可能性がある。もしそれが、密告による利益を期待するような、忠実さの足りない召使の手に渡ったら。

 となると、やはり主人のプライベートな書庫を探すべきだ。それはどこか。恐らく、南東側の区画だ。単純に、そこが一番、快適だからだ。普段、寝起きする場所から、そう遠くない部屋を確保しているはずだ。


 廊下をしばらく歩いたが、やけにがらんとしていた。

 この広大な城砦の中、いるのは兵士ばかり。メイドや召使がいないわけではないのだろうが、ほとんど見かけない。経費節減で解雇しているのか、それとも、やはり情報漏洩を恐れて意図的に人を寄せ付けないでいるのか。

 もっとも、俺には好都合だ。こうして城内をあちこち歩き回っていても、見咎められずに済む。


 三十分ほど、あれこれ探し回ったが、ついにそれっぽい場所に辿り着いた。重い木の扉を押して室内に入る。

 やけに埃っぽかった。天井寄りの、かなり高い位置に小さな窓がポツポツと見られる。部屋自体は狭くないが、空間としては窮屈この上なかった。所狭しと書架が並んでおり、そこにギッシリと本が詰め込まれている。その隙間には、大人の男がやっと一人、通れる程度の幅しかなかった。

 何百年という歴史がある城で、最後に陥落したのも六百年以上前だから、こういう資産なら、うんざりするほどあるはずだ。しかしながら、伯爵には、これらを生かそうという意思がないらしい。これらの本に目を通すどころか、保存する努力さえ怠っているようだ。


 ……これはハズレだな。

 少なくとも、イフロースが欲しがるような情報は、ここにはない。

 だいたい、鍵すらかかっていなかった。こんなところに重要情報を置きっ放しにできるだろうか? 伯爵はともかく、ルースレスが、そんな間の抜けた真似をしでかすとも思えない。

 となると、その辺の陰謀に関する書類は、ここにはない。主人の私室に忍び込まなければ、手にできないだろう。だが、さすがにそれはリスクが高すぎる。だいたい、下手な痕跡を残したりすると、次から更に警戒も厳重になるし、伯爵が計画を変更するかもしれない。


 なら、もう諦めようか。

 だいたい、俺は真面目すぎる。だが、子爵家の召使という立場は、あくまで仮の身分だ。そんなもののために頑張りすぎることはない。

 当初の予定が狂って、城下の住民に子爵家のシンパを作る、という計画が実行できなくなったから。たまたまシトールの肉体が手に入ったから。行きがかり上、仕方なく忍び込んだだけだ。多少なりとも成果を挙げたのだから、もういいだろう。

 だから、ここからは、俺の趣味と実益を兼ねた探検タイムとしよう。


 なんといっても、しばらく読書らしい読書ができなかった。前世では仕事の合間に濫読を重ねた俺だ。こちらの世界は書籍が少ないから困る。ところがここには、それこそ捨てるほど本があるじゃないか。

 さて、どれから目を通そうか。魔術書なんかがポッと見つかったりしないだろうか。

 さっきの、アネロスの部屋にあった古い本は、きっと魔術書だ。以前、会った時より火魔術のレベルが上がっていたから、教本が手元にあるはずだ。そんな大事なものをわざわざ伯爵の書庫に置くはずもないから、それは間違いない。

 しかし、なんといってもこれだけ本があるのだ。伯爵が見つけていないだけで、掘り出し物がある可能性も……


『領内統治記録・女神暦四百年~四百五十年(複写)』

『村落調査記録・農産物の生産状況 女神暦五百二十三年度版(複写)』

『ロージス街道補修計画について(複写)』

『中期防衛計画 アルディニア国境封鎖についての報告(複写)』


 なんだか、読みたくなくなるようなタイトルばかりが並んでいる。歴史的資料としては値打ちがありそうだが、今現在のリアルな状況を伝えてくれるものではない。面白さという点でも、きっと期待はできまい。

 仕方ないか。別に俺は、ここに小説を探しにきたわけでもない。ただ、ちょっと、タナボタ的な何かがあったらいいな、と思っただけだ。


 であれば、こんなところでリスクを背負う必要はない。ただの兵士のシトールが書庫にこもっているのを見られたら。ルースレスあたりはどう考えるだろう? それより、今夜までやり過ごせるだろうか? 一日、いやあと半日ほど、なんとか殺されずにいれば。明日の朝、アネロスから火魔術のスキルを奪える。教本も持ち出せれば、なおいい。それが無理なら、剣術を掠め取るのでもいい。本当は数日間、ここに滞在できればよかったのだが。そうなればルースレスの分まで経験を奪い放題だが、イーパやジョイスを待たせることになってしまう。

 まあ、おいしい獲物が残っているわけだし、怪しまれないよう、さっさとここを出て……ん?


『リンガ村の伝説・女神神殿調査隊の報告』


 なんだって?


 リンガ村? 俺の出身地だ。

 あんなド田舎に、調査隊が入った? それはいつのことだ?


 俺は思わず、その冊子を書架から引っ張り出す。そう、冊子だった。ちゃんと製本されていない。つまり、印刷されて世間に出回ったものではないのだ。

 ざっとタイトルと、その次の目次を見る。それからパラパラとめくって、概要をつかむ。


 このレポートが書かれたのは、かなり昔だ。女神暦三百八十八年。諸国戦争のまっ最中、六百年も昔のことだ。しかし、当然ながら、そんな古い本がこんな保存状態で、今まで残るはずもない。これはそのコピーのコピーだ。それぞれ、六百二年、八百十三年に、新しい紙に写し直されている。


 まず最初に、当時のフォレスティアの状況について、簡単に述べられている。当時は六大国が分裂し、世界中が大混乱の中にあった。ティンティナブリアでも、三百年にわたってこの地を支配したティック家が断絶した。新たに任命された代官は、就任後しばらくして、神聖セリパシア王国への忠誠を誓い、フォレスティア王家には反旗を翻した。それも無理はない。なにせ「王家」といっても、当時のフォレスティア王は、四人もいたのだから。

 その後、十年以上、ティンティナブラム城は、断続的なフォレスティア軍の攻撃に耐えた。だが三百六十七年、あの水攻めによって、城壁は半壊。歴史上唯一の陥落を経験した。


 更にそこから二十年。フォレスティア王家の一派が統治を安定させていた頃に、女神神殿の関係者が招かれた。北方からのセリパス教勢力の進出に対抗するためだろう。

 さて、女神神殿の目的は、魔王の討滅にある。だから神官達は、住民の信仰について調査する必要があった。権力闘争に必死な貴族達は気にしていなかったようだが、神殿はどうも、この諸国戦争の勃発にも、魔王が関与しているのでは、と考えていたふしがある。

 そして、彼らは発見した。ティンティナブリア盆地にほど近い、エキセー川の水源地にある村に、見慣れぬ神への信仰が生き残っているらしいという。


 ……気付くと、もう読むのをやめられなくなっていた。俺の生まれた村に、何があった? それは今の俺にも関係していることなのか?


 調査隊は、住民の女神への信仰を確認した。もちろん、覆面調査だ。複数の調査員が旅行者を装い、それぞれセリパス教徒、女神の信徒、信仰心のない人間などを演じてみせた。だが、住民は一貫して、祝福の女神への帰依を表明した。

 しかし、一部、外来者の立ち入りが禁止されている区域があった。それは森の奥、水源地のある辺りだ。そこへ行くには一本しか道がなく、途中に広場があり、一番奥には、祝福の女神の像が置かれている。なぜ立ち入ってはいけないかと尋ねたところ、女神の聖地だから、という回答が得られた。


 俺は記憶をほじくり返す。

 秋の収穫祭。人々は、森の奥に行き、女神に感謝の祈りを捧げていた。あの石像、かなりボロボロで、今ではどんな形だったかもよく思い出せないが、そんな昔からあったのか。

 しかし、あれは祝福の女神の像だった。このレポートで、神殿の調査員が証言している。ということは、当時からリンガ村の住民は、女神の信徒だった。

 但し。村民は、誰もあの像の向こう側には行こうとしなかった。よく考えると、違和感がある。あの像は、道のどん詰まりにあったのではない。像からこちら側は整備された道だったが、向こう側も、獣道同然の状態だったとはいえ、平坦な道が続いていた。だからこそ、当時二歳の俺が奥まで歩いていけたのだ。今思えば、まるで道路の真ん中に像が置かれたかのような、そんな不自然さがあった。


 女神神殿の調査員達は『聖地』という表現に引っ掛かりを覚えた。なぜなら、女神にとっての聖地とは『天幻仙境』に他ならず、それはチーレム島のどこかにあるとされている。だから、ここ西方大陸のどこかに『聖地』があるとすれば、それは魔王の根拠地、即ち『幽冥魔境』である可能性が高い。

 最悪の可能性を想定した神殿は、神官戦士団を派遣して、リンガ村を占拠。村民を拘束し、尋問した。

 村人達は、重ねて女神への帰依を表明した。しかし、話が聖地に及ぶと、口を閉ざした。だが、粘り強い問いかけ……恐らくは脅迫や拷問を交えた……の末に、僅かばかりの情報が得られた。


 この地にはかつて、『白銀の女神』と呼ばれる存在がいた。


 流れるような銀色の髪に、白い肌。白い衣を身につけている。他に喩えようもないほどの美貌で、少女のようなあどけなさと、慈母のような温かみ、それに貴婦人のような気高さを兼ね備えていたという。また、彼女が歩くと、その足跡には花が咲き乱れたとも伝えられている。

 神でありながら、人々の間に気安く姿を現した。子供達の間に混じって遊んでいることもしばしばだった。何か困っている人がいれば駆けつけ、親身になって話を聞き、助力をして去っていく。争いがあれば双方を宥めて仲裁し、過ちを犯した人がいれば、時間をかけて諭した。だが、刑罰を科すことはなかったという。それどころか、咎人に怒りを向ける人がいれば、その身に成り代わって赦免を願った。

 彼女が姿を現すのは吉兆だった。その地に女神がいる限り、豊穣が約束されていたからだ。種を蒔けば、いちいち作物の世話などしなくても、毎年食べきれないほどの収穫があった。家畜の健康も約束されており、特に牛は、いつも溢れんばかりの乳を出すようになった。

 ただ、一つだけ禁忌があった。彼女は流血を嫌った。人間同士の殺し合いはもちろん、狩人が動物を捕らえるのも嫌がった。罪があまりに甚だしいと、彼女は姿を隠してしまう。そうなると、この地からは豊穣が失われた。その場合でも、本人が心から悔い改め、謝罪をすると、まず許されないことはなかった。

 この女神は、しばしば人間以外の形を取った。よく見かけたのは巨大な鹿の姿だという。白銀に輝く彼女は、よくティンティナブリア盆地の草原で目撃されたらしい。一方、彼女が姿を隠すとなると、もう、どうやっても見つけられなくなったのだとか。不思議の羽衣というものがあり、女神はそれで自分の姿を隠したり、遠くから飛んできたりしたのだという。


 ……巨大な、銀色の鹿。

 もう何年も前の記憶。だが、あれは夢ではなかったのか?


 ティンティナブリアにセリパス教が入ってきてからも、白銀の女神への信仰は、密かに残った。というのも、彼女は見返りを求めなかったからだ。人々は、表面上はモーン・ナーへの信仰を表明したが、何かあれば、彼女に救いを求めた。セリパス教の異端審問官の目をかいくぐりながら、女神は姿を現しては奇跡を授けた。

 だが、ついにある日、帝国軍による弾圧が始まった。大規模な迫害を目にした女神は、もう二度と盆地に戻ることはなかった。だが、エキセー川の上流に居を移して、その後も人々と関わり続けたらしい。

 それが断ち切られたのが、今からおよそ一千年前。ギシアン・チーレムによる世界統一戦争だ。彼があらゆる魔王を討滅して、世界を支配した時、人々は女神との関係を終わりにすることを選んだ。

 なぜか? 設立されたばかりの女神神殿の神官戦士団が、世界中を調査して回ったのだ。魔王の残党がいないか。いれば、どんなに小さな芽であっても潰さなければならない。原初の女神、或いはその化身であるとされる祝福の女神以外を信仰しているとすると。五色の龍神を別とすれば、それはもう、魔王への帰依以外にない。

 村人達は、彼女と関わり続けると、自分達の安全が脅かされると考えたのだ。


 その日、人々は、白銀の女神に、去るようにと求めた。

 突然の要求に、彼女は真珠の涙をこぼしたという。また、人々の傍に居続けたいと訴えたのだとか。だが、懲罰を恐れる村人達は、頑として聞き入れなかった。

 それで彼女は次のように言い残した。この場所に、祝福の女神の像を置くように。その像の向こうは、私の聖域とする。今、人々は私を去らせたのだから、私からこの境界を越えることはない。けれども、もし私の助力を求めるものがいれば、この聖域に立ち入ってよい。あなた方が私を拒んでも、私から訪れた者を拒むことはないだろう。

 果たして女神は去り行き、そこには祝福の女神の像が置かれた。そして村人は、以降、その像の向こう側に立ち入ることはなかった。


 事情を聞き取った神官戦士団は、直ちに森の奥へと急行した。だが、長期間、広い範囲を探し回ったにもかかわらず、何一つ、魔王の痕跡を見つけることはできなかった。

 結局、女神神殿の調査団は、村人達に、怪しげな神に対して信仰心を抱いてはならないと厳重に注意し、リンガ村を後にした。


 これは……

 いや、まだなんとも判断できない。あの清流、そして小さな滝。そこで眠った一時のうちに見た夢。

 だが、この白銀の女神とやらがいたとして、俺をその、助力を求めてやってきた人間とみなしたのなら。なぜちゃんと話しかけてこなかったのか。あんな虐待だらけの家になどいたくなかったのだから、養ってくれればよかった。

 まあ、そこは俺が頼んだわけでもないから仕方ないとしても、問題はその後だ。アネロス・ククバンの兵が村を取り囲んだ時、村民は激しい飢餓に苦しめられた。ここに書かれた通りの奇跡が起こせるなら、俺を救うことだってできたはずだ。


 しかし……

 救われた、といえば、確かに俺は、救われているのかもしれない。


 プノスの肉体に致命傷を負って、川に落ちた。それで自分の本来の肉体に乗り換えたが、初冬の冷え切った水の中では、溺れ死ぬしかなかった。だが、なぜか運良く、浮いている板切れに捕まることができた。しかも、流れ着いた先はシュガ村付近で、そこにたまたま、ジョイスとサディスが通りかかった。板、漂着した場所、通行人と、偶然が連続した結果、死なずに済んだのだ。

 しかも、そのタイミングで、やはりたまたま、ミルークがやってきたのだ。ここで誰も奴隷商人が来なければ、俺は意識が戻らないまま、ナイススの手によって、また遠くに捨てられていたかもしれない。それに、やってきたのがミルークでなければ。子供を丁寧に育てて送り出すことを目的にしている彼でなければ、ここまで恵まれた未来には辿り着けなかった。それはサディスが悪臭タワーで見つかったことからも、明らかだ。


 今まであまり考えたことはなかったが、あの日、あの時起きた出来事は、あまりにできすぎた偶然の集まりだ。これに理由や原因があると思ってこなかったから、気にかけたりもしなかったのだが、もしかして、もしかすると。

 なにしろ白銀の女神は、今となっては人に発見されるのを恐れているのだ。魔王、邪神とされて、討伐の対象になってしまう。


 だが、それはそれで不可解だ。

 伝承によれば、この白銀の女神は、何一つ悪事を働いていないではないか。悪事どころか、喧嘩のひとつもできない。それどころか、人間どもに拒まれただけで、涙を流すほどの気弱さだ。こんなものが魔王なのか? 女神神殿が血眼になって追いかけなければいけないほどの、危険分子なのか?


 では、この白銀の女神が、いわゆる百八の女神のいずれかということは……

 それは、多分、ない。俺の知る限り、いつも動物の姿でいる女神なんてのはいない。しかも、この女神は複数の超能力を有している。豊穣をもたらし、動物に変身し、花を咲かせ、姿を隠しているのだ。女神神殿の公認する女神達は、基本的にそれぞれ一つずつの権能しか有していない。こんなにいろいろな奇跡は起こさないはずなのだ。


 いったい女神とは、何だ? そして女神神殿とは? それにまた、モーン・ナー、セリパス教とは。

 この世界には魔法や神通力がある。現に俺にも、ピアシング・ハンドという謎の超能力が備わっている。となれば、実際に神がいても、不思議ではない。

 しかし、その神々の正体とは、いったいなんなのか?


 セリパス教も、この白銀の女神の信者を弾圧した。そして、ギシアン・チーレムも。しかし、当の白銀の女神は、誰にも剣を向けたことがない。ただ逃げ隠れするだけだ。


 だが、懸念はある。

 俺がこの白銀の女神の『祝福』を受けているとして。これは、女神神殿やセリパス教からすると、「悪魔の力を借りている」ことにならないか?

 もし、あの女神らしきものに悪意があるとか、そうでなくても、奇跡に何らかの代償があるとすれば? つまり、彼女との接触を禁じるだけの理由があるなら?


 この世界にやってきてからの、不運の数々。

 ここピュリスでも、何度死に掛けたか。キースの剣をかいくぐり、突然の暴風雨に押し流され、市内にまで凄腕の暗殺者が紛れ込んだ。それも一度でなく。これらの事件すべてに、俺は巻き込まれた。

 まさか、とは思う。だが、これもまた、ただの偶然で片付けていいのか?


 わからない。

 だが、調べるべきことが増えたのには間違いない。


 ここからリンガ村は遠くない。

 帰り道に、立ち寄ってみよう。


 俺は冊子をそっと本棚に戻し、重い木の扉を引き開けた。

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