国一番の好色家

 食事もそこそこに、不快感を噛み殺したカーンは、さっさとその場を辞去していった。去り際に向けられた視線に頷くと、もうこれ以上、言うことはないとばかり、逃げ出すようにいなくなってしまったのだ。


「まぁ、無理もないか。カーン様は忙しい身の上なのだから」


 ニヤニヤしながら、グルービーは、相変わらず『食器』をいじくり続けている。メイド達のほうも慣れたもので、顔を上気させつつも、自分の仕事を忘れない。健啖な彼は、どこまで食べるのかというくらい、次々咀嚼し、飲み下していった。


「あ、いえ、もう結構です、お腹いっぱいで」


 俺は遠慮がちに、左右を固めるメイドにそう告げる。すると、彼女らは懐から、いい香りのする布を取り出して、そっと俺の口元を拭った。

 さ、食事は終わったんだから『食器』の出番も終わりだ。そろそろどいてくれても……


「そう、せかせかしなくてもいいだろう? フェイ君」


 グルービーが鷹揚にそう言う。


「食後には熱いお茶を飲まなくては。とりわけ、今朝の朝食は、温かい料理が少なかったからね」


 すぐにお茶が運ばれてくる。上品で無駄のないティーカップ。これも値打ち物だろう。


「人生は楽しまなくては意味がない……そうは思わないかね」

「おっしゃる通りだと思います」

「そうだ、そうとも。食べたらすぐ立ち上がって働く……そんなのはね、人間の暮らしではない。奴隷のそれだよ」


 自然に出てきた言葉なのかもしれないが、突っ込んで欲しいのか?


「あの、僕はその、まさしく奴隷なんですが」

「げはっはっは!」


 その大きな体を揺らしながら、グルービーが笑った。


「わしが君を奴隷扱いしていないのだから、奴隷ではない。確か、金貨六千枚ぽっちだったかね? 今思えば、変に惜しんだりしなければよかったよ。あの時は手持ちがなくてね……ティンティナブリアまでお使いに行くそうだが、帰り道に寄ってくれれば、それくらい、持たせてあげるよ」

「軽々しく、そんな大金をお借りするわけには」

「貸すわけじゃない。わしが代わりに弁済するというだけだ」


 譲渡奴隷の契約は、ある意味、借金と同じだ。つまり、落札代金に相当する金額を支払えば、奴隷の側から自由を勝ち取ることもできる。ただ……


「それですと、でも、僕はグルービー様の所有物にもならないんですよ?」

「些細なことだな。ああ、それと、グルービー『様』などとは呼ばなくていい。わしは堅苦しいのが嫌いでね」


 なんと。

 タダで俺を奴隷から解放してやる、と言い出した。だが、それではメリットがないはずだ。どういうつもりだろうか。


「そうは言われましても。僕の身分を差し置いても、年上の方なのですから」

「そうだな、『様』とか『殿』とかでなければ、なんでも構わんよ。わしも、君の事を好きに呼ばせてもらうか」

「はい、それは」

「では、ファルス君と呼ぶことにしよう」


 ここで俺の本名を出してきた。

 こちらの表情に、彼はすぐ補足を追加した。


「ん? ああ、ノーラから聞いたんだよ。君の元の名前だそうだが」

「はい、そうです」

「いい名前だ。偉大な英雄、ギシアン・チーレムと同じ名前じゃないか」


 ギシアンとかチーレムとか言われて、いい名前だと誉められても、違和感しかないが。

 こっちの世界では、全然別の意味なのだ。そう思うことにしよう。


「英雄、ですか」

「ああ、そうとも。こんなわしでも、やはり憧れの気持ちは捨てがたいね」


 で、俺がその、英雄と同じ名前を名乗るのに相応しい人物であると。そう期待しているとでも言いたいのだろうか。

 ちょっと珍しい超能力を持っているだけの異世界人を、随分高く買ってくれるものだ。


「フェイなんて、君には相応しくない呼び名だな。誰が決めたか知らないが、まったくもって、感性を疑わざるを得ん」

「は、はぁ」


 そうだ。それより。

 せっかくグルービーの屋敷に来たのだ。訊くだけなら構うまい。


「そういえば、今、ノーラと」

「そうだ。買い取った時には、ドナと呼ばれていたっけな。うちでは本名に戻すことにしているんだよ」


 前もノーラと呼んでいた。昨年の夏のことだ。

 あれから一年以上経つが、まだ無事だろうか。


「くくっ、心配なのかね? 顔に出ているよ」


 しまった。これを弱みと思われては。


「いえ、それはもちろん。何年も一緒に過ごした仲ですから」

「君には理解できると思うから、はっきり言ってしまうが」


 グルービーは、大きく息を吐きながら、長椅子の上に座り直した。あれだけの体重があると、同じ姿勢で座っているだけで、つらいのだろう。


「ノーラにはまだ、手出しはしていない。ここの『食器』達のような扱いもだ。ただ、それ専門の女達の間で、訓練だけは受けさせているがね」


 まだ彼女は八歳だ。特殊な嗜好があれば別だが、いくら美少女とはいえ、味わうには早すぎる。


「あのまま行けば、彼女は極上の商品に育つだろう。それこそ、フォレスティアの王宮に差し出しても……いや、それすらもったいないくらいにね」

「まぁ、そうでしょうね」


 さして栄養状態の良くなかっただろうヌガ村出身でありながら、あの時点で肉体のランクが8もあった。このランクは、単純に美貌の水準を示すものではない。身体能力や知性における素質に優れる場合にも、高い数字が出る。だが、あのキースでさえ肉体のランクは7しかなかった。であればこそ、彼女がどれほど外見に恵まれているかがわかるというものだ。そして今後、グルービーが管理を誤るとは考えにくいから、彼女の容姿は、磨き抜かれることはあっても、台無しにされる可能性はないといえる。


「わしは商売柄、王家にも、少なからず女を融通している。無論、上質なのばかりを選んで送り込んでいるのだが、ノーラほどの素材となると、そんなありきたりな使い方は、したくない」

「はい」

「といって、自分で味わうのもな……いよいよとなったら仕方ないが、それも惜しい。もっと有効活用したいわけだよ」

「はぁ」


 グルービーの熱を帯びた目が、俺にじっと注がれる。


「……ノーラは今でも、君に会いたがっているよ」

「顔を見せていただけるのですか?」

「半分は、正解だな」


 するとグルービーは、背筋を伸ばそうと身を起こす。そうしてやっと座り直すと、続きを話し始めた。


「君が彼女の顔を見る分には問題ない。だが、ノーラに君を見せるつもりはない」

「それはなぜですか」

「ぐふっ……わかりきっているだろう? いったん近付けたら、もう、きっと君にしがみついて、離れないよ」


 もう一年半経つのに、まだそうなのか。


「そこまで僕を懐かしむ……つまり、裏を返せば、それだけ苦しい暮らしをしている、ということですか」

「まさか。後で見てもらっても構わないが、ここでは食べるものにも事欠かない。確かに訓練は厳しいが、体を壊すようなことは決してない。周りの教師も、全員、ちゃんと弁えた女達だけだ。むしろ恵まれているくらいだよ」

「どうでしょう? 案外、それがつらくて仕方ないだけかもしれませんよ?」

「いやいや」


 一つ咳払いをしてから、グルービーは、背凭れと後ろの女達に体を預けた。


「彼女の部屋にはね、押し花が飾ってあるんだ」

「えっ?」

「宝物だそうだよ」


 あれか。

 一度目のオークションの前に、俺と一緒に手作りした。


「もっときれいなのを贈ってやろうというのに、全部、受け取りを拒否されてしまうんだ。それに、あの額縁。どう見ても素人の手仕事だから、せめてあれだけでも作り直してやろうと思うのだが、それも断られて」


 そういうことか。俺の手が入っているから。別物にしたくないわけか。

 今更ながらに、彼女の頑固さを思い出す。


「あそこまで君に入れ込んでいると、どうにも扱いづらくてね」

「それは申し訳ありませんが」

「こうなると、やはり君に買い取ってもらうしかないな」


 やっぱりそうくるか。


「そんな大金、持っていませんよ」

「冗談だろう? あれを金で譲ったりなんか、できるものかね」


 だったら、なお良くない。

 ノーラのことは心配だが、そのために自分の安全を投げ捨てるつもりはない。


「まぁ、その辺は後で話し合おう……そろそろ、お茶と女のお代わりはどうかね?」


 普通、そこはお茶とお菓子のお代わりだろうに。


「いえ、お茶だけで」

「ほう、では、スィが気に入ったのかね」


 俺の右隣に座る女。さっき俺達を出迎えたメイド達のリーダーだ。

 にしても、女を取り替えない、イコール大好き、という方程式が成立してしまうのか。単純に女を除去する、という選択もあり得る事を、少しは思い出して欲しい。


「なかなかだろう? あと五年は現場で使えるな」

「五年って」


 これだけ美貌に恵まれ、芸にも精通した女性を、残り五年で使い捨てとは。だが、そこは彼も補足した。


「無論、その後にも仕事はある。但し、後進の指導者としてだがね」


 今が二十三歳だから、二十八歳でもう現役引退か。グルービーの下にいる限り、様々な薬品でアンチエイジングしているはずだし、現に今も、彼女は瑞々しく、美しい。それでも、彼の厳しい基準からすると、あと五年しか使えないという。

 とはいえ、ここは前世の日本ではない。六十年以上生きる人は本当に少ないし、女性が老いるのも早い。二十八歳まで現役なら、充分長持ちしたといえるのかもしれない。


「何なら、君に譲ろう」

「そんな」

「遠慮はいらん」

「そういうことではなくてですね」

「余計な心配もいらん。この程度のことで、君に何かを約束させたりなんかしない。君も負い目を感じる必要はないさ」


 なんとも豪儀な。でも、彼女、名前を見る限りでは、奴隷ではないはずだが。ちゃんと家名がある。

 もちろん、それを見抜いている事実を口にはできない。


「……彼女も奴隷なんですか?」

「いいや。ちゃんと給料を払っているよ」

「僕には、とてもではないですが」

「ああ、そこは問題ない。彼女に月々支払われる給与は、もうわしが一括で銀行に預けてある。五年後の分までな。で、その後の就職先も、結局はわしの商会が握っているというわけだ」


 なるほど。

 確かに奴隷身分ではないが、これでは抜け出せない。この界隈で、高級娼婦として生きていくなら、グルービーに逆らうなどできっこないのだから。


「でも、これだけのメイドともなると、五年分の給料だって、安くはないでしょう? さっき、僕を解放するのに金貨六千枚くらい、すぐに出すとかおっしゃっていましたけど、それに近いくらいは」

「そこまではしないが、まぁ、今からなら、その半分くらいだな」

「お金持ちなのは知っていますけど、何か辻褄が合いません」

「ほう?」

「僕をオークションで買い取ろうとした時、そのたった六千枚を出さなかったのに、どうして今になって、大金を出す気になったんですか?」


 どうだ。核心をついてやった。


「はっは、あの時は、遊びの金のつもりだったからな。それに、先にノーラに金貨二万枚も出してしまっていた。すぐに出せる金を用意していなかったんだよ」

「あ、遊び、ですか」

「そうさ。言っておくが、わしの財産は、あんなもんじゃない。本気になれば、いくらだって出して見せるさ。だが、そうなると、遣っていい以上のお金がなくなるからね。普通はそんな真似はしない。わしだって我慢もするのさ」


 なるほど、確かに。

 本当の金持ちは、財産を減らさないという。贅沢をするにしても、それは、積み上げた財産から染み出る、ほんの僅かな利息、余剰分だけを舐め取るだけなのだ。

 もし彼が、何もかも欲望のままに振舞うしかできない人物だったら、ここまでの成功を収めることもなかっただろう。


「ミルークが前回の藍玉の市でものすごく上玉の女の子を出品しようとしていた、という噂を聞いてね。だからあの時は、仕事もすっぽかして出てきたんだ」


 なんとまぁ。

 どんだけ女好きなんだろう。


「いや、これは君へのお詫びも兼ねての提案なんだがね」

「お詫び? ですか?」


 グルービーは、溜息をつくと、首を振った。


「最初、君に薬品店を任せる時、子爵家の側からも、誰か人を派遣してくれるものだと思っていたんだ。ところがあの若造、その程度の手間もケチるとは」


 本音が思わず漏れている。やっぱりグルービーの目から見ても、サフィスは「若造」なのだ。


「それで君のところに、アイビィしか寄越さなかったんだが、あれは……ダメだろう?」

「いえ、よく働いてくれますよ」

「それじゃ、君は、彼女の料理を食べたのかね?」


 思い出す。初日の夜。

 せっかくの食材を、俺が必死でサルベージしたことを。


「……ほら。ほら!」


 俺の顔を指差し、腹を揺らしながらグルービーが笑っている。

 が、すぐに、テーブルに肘をついて、俯く顔をその手で支え、溜息をついた。


「あれはどんなに訓練しても、ダメだった」

「ああ、やっぱりそうだったんですか」

「それでいて、自分はできると思いこんでいる辺りが、なんともな……得意料理だと言われて、黒焦げの肉の塊を差し出された時には、もう……」


 美食に慣れたグルービーが、顔をクシャクシャにしている。思い出したくもないのだろう。

 俺も思い出してしまった。窯の中に肉の塊をそのまま放り込んで。いったい、どんな料理を基準にすれば、あんな調理ができるのだろう。


「で、結果、君が料理を作っているというじゃないか。挙句の果てには、昼休みにつまむお菓子まで、用意してやっているんだろう? 君の下働きにするために送り込んだのに、逆に君が召使になってしまっている。さすがに、いくらなんでも、こんなつもりじゃなかったよ」


 そう言いながら、グルービーは苦笑する。


 アイビィは、甘いものが好きだからなぁ……

 俺が見てないと、暇さえあればゴロゴロして、お菓子をかじっている。もちろん、やることはちゃんとやるし、働かないわけではないのだが……時と共に残念なお姉さんになりつつある。

 旅行から帰ったら、太ってるんじゃないか。心配になってきた。


「だから、せめて料理と裁縫のこなせる女を、一人くらい見繕って、連れて行きたまえ。スィでもいいし、もっと若いのでもいい。そうだな、音楽とかの芸がなくてもいいなら、十五、六でも、それなりにできるのがいる。それだと十年くらいは使えるな。夜伽も基礎訓練は済んでいて、しっかりとさせられるから、安心だ」


 いや、安心って。


「あのう、僕はまだ七歳なんですが」

「問題ないよ。問題ない。一度試してみるといい。さすがに子供を産ませることはできないが、楽しむだけならできるはずだ。で、大人になったら、ちゃんとした女に乗り換えればいい」


 返す言葉が見つからない。

 こう、女性関連になると、こいつの価値観はぶっ飛んでいる。

 出発前にアイビィが言っていたのも、案外、的外れではなかった。かわいい女の子で俺を篭絡する。まさか本当にやってくるとは思わなかったが。


「おや? 興味がないのかね? そんなはずはないのだが。わからんなぁ、わしは四歳の頃から、女に夢中だったんだがな……」

「ふ、普通は、そんなに早くはないと思いますよ?」

「ふぅむ、こればっかりは、どうしてもわからん」


 残念ながら、俺にもわからない。


「こう、申し上げていいのか、迷ったのですが」

「なんだね? 遠慮なく言ってくれていい」

「さすがに非常識といいますか。来客の前で、その、女性とこんな」

「ああ」


 拍子抜け、といった感じで、彼は平然と言う。


「ちゃんと先に君達に選ばせたじゃないか」

「そ、そういう問題ですか!?」

「何を言っているのかよくわからないが、ここはわしの家だ。変に取り繕う必要などない。欲しいと思ったら取り、触れたいと思えば手を伸ばせばいい。変にあれこれ気を遣うから楽しめんのだよ」


 さぞ正論を吐いているかのように、真顔で彼は続けた。


「さっきだって、カーンは気難しそうな顔をしていたな。つまらんことだ。信じて待つ妻がいる? 結構じゃないか。わしのところにいる女どもは、徹底管理してある。病気持ちなんぞ一人もおらん。秘密だって、死んでも守るし、守らせるさ。それにわし自身、下半身で人を脅したことなどない。そんな真似をしでかす意味がないからな。要するに、後腐れなく遊んでよかったのだよ」


 ……ある意味、筋は通っているのか。

 ただ、彼が、ここでの行状を元に、人を脅さないかどうかは、ちょっとわからない。彼自身は評判を気にかけない人物だからいいが、普通の人はそうでもない。グルービーと乱交パーティーしてました、なんて事実が広まったら、一般人にはちょっと耐えられないだろう。


「人間なんて、みんな同じだ。現にわしは、王家にも、貴族にも、山ほど女を融通してきた。どいつもこいつも、やることは変わらんよ」


 あ、そうか。

 こんなところで、ちまちまと一般人の評判なんかを人質にとる必要なんか、ないんだ。

 グルービーは、それこそフォレスティア中の貴族達の下半身を握っている。たかだか一貴族の従者でしかないカーンの秘密など、彼にとっては、大した値打ちもないのだ。


「なるほど……」

「ファルス君、これは真面目に言うのだがね。人生をつまらんものにしたくなければ、とにかくやりたいようにやるのが一番だよ。だが、自分で自分を賢いと思っている馬鹿者ほど、これがわからんのだ」


 納得できるような、できないような。間違ってはいなくても、実践できる人は少数だろう。

 現実問題、やりたい放題やって許されるのは、グルービーのような成功者、強者だけだからだ。


「……と、済まんな、君と話すのは楽しいのだが」

「はい?」


 仕事だろうか?

 彼の立場を思えば、こんなにゆっくりしている余裕はないだろう。


「いや、大したことじゃなくてな。少し席を外させてもらう。この体だと、用を足すだけでも大事になってしまうのだ」


 なんだ、それだけか。

 でも、彼にとっては大変だろう。今も杖にすがりついて、やっと立ち上がっている。転倒しないように、周囲を女達が固めている。それでヨロヨロと、しかし重量感のある一歩。また一歩。


「予定のほうは、ここ三日間ほど、ほぼ空けてある。だから、時間に余裕はあるんだが……なに、すぐ戻るとも」


 そう言いながら、グルービーは部屋から出た。

 残されたのは、俺達を案内した七人のメイド達だけだ。


「あの」

「はい」


 スィが、涼しげな声で応える。


「僕も少しだけ、ゆっくりしようと思うから」

「はい、お休みください」


 そう言いながら、彼女は体を広げる。

 だから、そういう意味じゃないんだって。


「えっと、そうじゃなくって。少しだけ、一人にしてもらえますか? あ、グルービーさんが戻ってくる頃に来てくれれば」

「承知致しました」


 なんだか見張られているような気がして、落ち着かないからな。第一、俺の言動にいちいち反応して、体を差し出そうとする辺りがまた、油断ならない。

 それもそうか。どういうわけか、このフェイという少年奴隷は、やけにグルービーに気に入られている。俺を虜にすることで、特別ボーナスが出る約束になっていてもおかしくない。


 だが、メイド達は思いの外、素直だった。

 俺の指示に従い、すっと椅子から立ち上がる。テーブルの上の大皿や茶器を取り上げ、さっさと部屋を出て行く。


「では、ごゆっくり」

「はい、ありがとう」


 これで完全に室内から人がいなくなった。

 途端に静けさが辺りを支配する。


「ふーっ……」


 なんとも強烈な人物だな、グルービーは。

 欲望のままに生きる。これが座右の銘なんじゃないか。

 だけど、それがまかり通っているのは、それなりの実力があるからだ。そこは素直に、すごいと思う。


 さて、奴は三日間も休みをとったと言っていた。

 ということは、俺はその間、ずっと奴の求愛を退け続けなければいけないのか。

 それはどう考えても簡単ではなさそうだ。

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