とりあえずはあれでよし
昼下がりの酒場。すっかり傷の癒えた女達を座らせて、俺は報告する。
「えーっと……結論、ダメでした」
「そりゃそうだろなぁ」
俺の申し訳なさそうな顔とは裏腹に、ガリナはケロッとしたものだ。他の女達も、この結果は予期していたようだ。
「人手がいるにしたって、別にあたしらじゃなくていいわけだしね」
「わざわざ犯罪奴隷に手を出す物好きは、あんまりいないよ」
リンが週末の説法で言いたい放題してくれた影響はあったかもしれないが、きっとそれがなくても、状況は厳しかったはずだ。だいたい、健全な職場で、女性が働けるような場所があったのなら、まず一般家庭の普通の女性がそこに行く。それも、裁縫や料理といった、女性に要求されるような技能を持った人からだ。
そして、荷運びから農作業まで、力仕事となれば、やはりそこでは男の奴隷が要求される。譲渡奴隷の女性については、一部については、引き合いはあった。ただそれは、多少裕福な男性が、愛人にする目的で声をかけてきていただけなので、あまり意味がない。
エディマが、いつものボンヤリした印象の声で言う。
「諦めたほうがいいよ……私達、普通の人生を送るのは、もう難しいから……嫁不足の田舎とかでもなければ、結婚も無理だろうし」
どういったらいいのか。これが彼女らの当たり前なのか。
でも、そういえば、リンガ村でもそうだった。極貧のあの村では、飢饉が迫った時、村長が娘達の売却を決めていた。多分、後々生活に余裕ができたら、今度は少し年のいった、値崩れした女奴隷を買い取って妻にするつもりだったのだろう。
多産多死のこの世界だ。残酷かもしれないが、命の使い捨ては、さほど問題にならないのかもしれない。現代日本の価値観を持ち込んできてしまった俺からすると、ギャップがありすぎる。
「その……」
言いづらい話だが、続けないわけにはいかない。
「今度、あの建物の競売があるんだ」
あの後、関係者は軒並み逮捕された。
タラムはそのまま子爵家に、ついで都市警備隊に引き渡され、ほとんどの財産を没収の上、追放処分とされた。犯罪奴隷となるのを避けられたのは、ひとえに密輸商人の情報を漏らしたからに他ならない。
リストに書かれた密輸商人達は、全員捕縛され、全財産没収に加えて、犯罪奴隷とされた。その配下のチンピラ達はというと、死者、重傷者以外はそのまま犯罪奴隷とされた。ただ、あの戦いで手足を失った男達も少なくない。彼らは、単に市外へ追放となった。奴隷とされなかったのは、買い取り手がつかない上に、生活費がかかるからだ。
但し、最初に金を受け取って逃げたオカマ野郎と、海に飛び込んだまま、行方不明になったクー・クローマーだけは、いまだに発見されていない。
ということは、実質、作戦は失敗だったのかもしれない。肝心の黒幕に逃げられた件、それから思った以上にそいつが強かった点については、マオ・フーも予想外だと言っていた。
ちなみに、これら犯罪者の検挙については総督府、つまり子爵のお手柄とされている。一応、密輸商人どもは捕縛できたので、その意味では成功といえなくもない。ただ、子爵家の敵の正体は、これでまた、不明なままとなった。
「で、場所が場所だし、入札する人はそんなにいないだろうから、格安で競り落とせるんだけど……」
安いには安いだけの理由がある。
あんな売春窟の奥まった場所で、やれる商売なんて、そうそうあるわけがない。
「何か、仕事のアイディアがあったら、言って欲しいんだけど……」
「んなもん、決まってんだろ?」
ああ。やっぱり。
「もうちょっと、時間があれば……」
「気にしすぎることないよ」
「うんうん」
横合いから声をあげたのは、ティンティナブラム領から来た姉妹、ステラとウーラだった。
「これが、普通だったしね、私達の村では」
「他もそうだったよ。周りの村とか……なくなっちゃったところもなかった?」
そこで、ディーがポツリと言った。
今日は髪の毛をちゃんとツインテールにしている。くっきりした顔立ちによく似合っていて、かわいい。
「知ってる……リンガ村?」
「あー、それそれ。あれ、すごいよね……村ごと領主に逆らったんだから」
「それは、たぶん……」
多分?
「なんでもない」
ちょっと。そこで焦らされると、今夜は眠れなくなる。
「知ってるの? ディーは?」
「……うん、少しだけ」
「教えてもらえる?」
だが、彼女は沈黙した。
だから、俺は一歩踏み込んだ。
「領主が言いがかりをつけて、一方的に皆殺しにしたの?」
俺の一言に、ステラとウーラは、目を見開く。
だが、ガリナはまったく驚きを見せなかった。
「あのクソ領主なら、やりかねんわな、そりゃあ」
ディーは、俯いた。しばらくそうしていたが、ややあって、またポツリと言った。
「聞いただけ」
「何を?」
「言ってた。お城に来た村長さんに。リンガ村みたいになりたくなければ、って」
「それは誰」
尋ねかけて、俺はやめた。
そうか。そういうことか。
「ディー……ごめん、君はお城にいたんだね」
俺の問いかけに、彼女は黙って頷いた。
どうやら、ティンティナブラム領、この世界での故郷の統治者は、本当にクズらしい。支配下にある村落で、見つけた美少女を城に拉致し、強姦した。だが、どこか何か、都合の悪くなる状況があったのだろう。或いは、ディーに飽きただけなのかもしれない。それで奴は、彼女に罪状をくっつけて、犯罪奴隷とした。
「そういう話もいいけど」
今まで黙っていたシータが、口を開いた。詐欺と強盗を働いたという経歴の女だ。確かに、表情にはそれなりの迫力がある。目付きも鋭い。
「今は、仕事の話だよね?」
「あ、ああ、ごめん」
情けないが、俺は彼女らを救うことはできなかった。結果は受け止めなければいけない。
「譲渡奴隷しか解放できない。もし、地元に帰りたいという人がいたら、少しだけど支度金も用意する。犯罪奴隷の人は……悪いけど、どうしようもない」
俺がそう言うと、隅の方で縮こまっていた二人が、声をあげた。
「わたしら、村に帰れるんだか?」
あれは……カーナか。今まで影が薄かったから、あまり意識してなかったが、言葉がかなり訛っている。
「もちろん。これから、奴隷身分から解放するから、そうしたら、故郷に帰れるよ」
「やったぁ!」
カーナの隣に座っていたテニヤが、嬉しそうに手をあげる。彼女の言葉も、やはり訛っている。余程の田舎にいたのだろう。
「他には? ステラとウーラは? 帰りたくない? サディスは?」
だが、三人の反応は薄かった。むしろ、俯いてしまっている。
「……あれ? あの、解放するって言ってるんだけど」
「うん……」
顔をあげたステラが、代表して意見を述べた。
「どうせまた、売られるから」
納得してしまった。彼女ら三人は、ティンティナブリア出身だ。あそこの圧政をいやというほど味わっている。そして、故郷がどれほど貧しいかも。
確かに、前のオカマ野郎みたいな奴の下で売春をするのは嫌だが、だからといって村に戻っても、どうせまた転売される。それなら。
「……僕のところにいたほうが、マシってこと?」
「そう」
既に貞操などない。そして、帰ろうが帰るまいが、どうせやる仕事は同じ。それなら、せめて少しでもいい場所で。
今まで見てきた売春宿の経営者に比べれば、俺はとびきり善良に見えるのだろう。いや、見えるじゃなくて、実際、良心的に違いない。
「フェイ」
リーアが、俺の袖を引く。
「サディスは、教会に送ったほうがいい」
「は?」
「このまま、売春婦になるよりは、まだ尼僧にでもなったほうがマシ」
……なるほど。
ただ、問題は、あの女司祭なんだよなぁ。絶対あれ、ロリコンだ。あんな女に、少女の教育を任せるのは……
「預けるだけ。仕事は、フェイの昼間のを手伝わせる」
「おっ」
その手があったか。
確かに、サディス一人なら。店番くらいはできるだろうし。それにサディスの様子がおかしければ、いつでもあの女から引き離せる。
「変態は、利用する。これ、鉄則」
そう言いながら、親指を立てていた。
真顔でひどいことを言っている。なかなかいい性格をしているな。
「じゃあ、カーナ、テニヤ、あとで一緒に手続きに。あと、支度金も用意したから。一人頭、金貨六十枚しか出せないけど」
「そんなに、いいんだか?」
「無駄遣いはしないで。気をつけて村に帰ってね」
金貨六十枚は、ここピュリスでは三ヶ月分の生活費に相当する。だが、田舎の村であれば、倍くらいの値打ちがあるだろう。多少はその後の助けになるはずだ。
ただ、村に戻っても、六年も留守にしていたのだし、その間、ずっと売春していたわけで。歓迎されるかどうかは、わからない。でも、それが彼女らの選択なら、何も言うまい。
「それで、他のみんなだけど……」
「気にすんな」
ガリナがカラッとした声で言う。
「お前のせいじゃねぇよ」
エディマも、おずおずとお礼を言ってくれる。
「むしろ……ありがとうって……言わないと……」
シータは、ガリナよりもずっと皮肉のこもった調子で吐き捨てた。
「ま、これがいいことかどうかは、わかんねぇけどな」
俺は、彼女らを改めて眺めた。
結局は、娼婦に戻すしかない。でも、何もしないよりはよかったはずだ。死が避けられなかったはずなのに、二人は故郷に帰れる。一人は司祭の下で養育される。
だが、残りは……俺がリフォームした店で、今まで通り、春を鬻ぐ。
いや。
肝心なのは、これからだ。そう思うことにしよう。
店の経営権は、近いうちに手放す。軌道に乗ったら、譲渡奴隷の二人を解放して、彼女らに任せる。そうなれば、稼いだお金は、全部彼女ら自身のものになる。
人から蔑まれる仕事だとしても、自力で生きていけるのであれば。
手続きを終えて、俺が自宅に帰りついたのは、もう夕暮れ時だった。
「ただいま」
「お帰りなさい」
いつも通り、アイビィが迎えてくれる。
「遅くなってごめん。これから、ご飯の用意をするから」
彼女には炊事を禁じているから、俺がやらないと、飢えさせることになる。早速、何か作らないと。
「その前に」
階段の手前で振り返る。
珍しく、彼女は真顔だった。
「少しだけ、お話してもいいですか?」
なんだろう。
なんか、ものすごく居心地が悪い。
叱られる直前みたいな雰囲気。
「な、なんでしょう」
ビビって、思わず敬語になる。
「すぐ済みます」
薄暗い一階の廊下で、彼女は俺を見下ろしながら、続けた。
「誰にもトドメを刺していませんでしたね」
「はい?」
「例の、暴漢達の話です」
クローマー達に襲われた時のことだ。
最初の男は、腕と足を切って転倒させた。その次は、エウームか。あれはアイビィがケリをつけた。
その後は乱戦だった。無我夢中で足に斬りつけたり、いろいろやったが、確かに直接、首や頭、心臓を狙った攻撃はしていなかった。
理由としては、それが合理的ではなかった、というのもある。俺の体は小さく、相手は大きい。リーチの差があるから、相手の体の高い位置にある急所を狙うより、手足などの末端を攻撃するほうが、効率がよかった。
「わざとですか」
「えっ、いえ……いや」
「なら、なお悪いです。倒し損ねた相手が、また立ち上がって襲ってきたら、どうするつもりでしたか」
「それは……」
反論できない。彼女の言う通りだ。
完全に倒し切るまでは。いや、命を奪うまでは。反撃される可能性が残るのだ。
「フェイ様、戦うとなったら」
彼女は、その場にしゃがんで、真剣な眼差しで俺を見据えながら、一言ずつ、噛み締めるように言った。
「手加減も容赦も、絶対にいけません。それは油断と同じです」
「……はい」
アイビィは、その端正な顔を歪めた。
「私も、戦うのは嫌いなんですよ。でも、切り替えないと」
そういえば、彼女はどんな人生を歩んできたのだろう。
漁村に生まれた、ただの女が、どうしてグルービーの手駒なんかになったのか。
普段の彼女を見ていると、いつものアホキャラが、ただの演技とは言い切れなくなってくる。もしかしたら、彼女の元々の性格は、ああいう感じだったのではないだろうか?
「もし、切り替えられないというのなら、二度と戦わないでください。でも」
彼女はそっと、俺を抱擁した。
「今回は、あれでよしとします」
わからない。
俺にはもう、アイビィのことが、よくわからなくなった。
彼女からすれば、自分の能力について知られるのは、好ましくなかったはずだ。もともと信用される立場でもなかったからこそ、あからさまに馴れ馴れしく、また図々しい態度をとってきたはずだった。
なのに、今は……
「……っぷっ、ひゃっ」
突然、抱きついた手が、俺の脇腹をくすぐりだす。
「コチョコチョ~、コチョコチョ~」
「ちょっ」
「お腹すいたなー、コチョコチョ~」
「やめっ」
俺は彼女の手を振り払って、階段を駆け上がる。
そこはもう、いつも通りの我が家だった。
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