バレていました

 地下室の壁。一部のブロックが外せる。そこから姿を現したハンドルを回すと、部屋の隅の床が、少しずつ沈んでいく。


「ホント、この家にしてよかったね」

「まったくです。さすがフェイ様、先見の明がおありです」


 そう言いながら、俺達はほくそ笑む。なんだか、気分はまるっきり悪役だ。


「それで、大丈夫なの?」

「完全に不意をついたようで。これで跡をつけられたりということはないかと」

「それもそうだけど……」

「ご安心ください。物証も押さえてあります」


 それで頷くと、俺は地下二階への階段を下りていく。後から、ランタンを手にしたアイビィが続く。


「おはようございます。気分はいかがですか?」


 下まで降りると、アイビィが掴まえてきた老人の姿が見えた。椅子に縛り付けられていて、身動きできない状態だ。


「なんというひどいことをするんじゃ……」


 恨めしそうな顔をして、老人は呻いた。俺に悪臭タワーの清掃を要求した、あの男だ。


「こんな真似をして、タダで済むと思うのか。いくら総督の召使だといっても、限度があるじゃろう」

「あれ? まだ自白してないの?」


 俺は振り返り、アイビィに尋ねる。


「必要もないかと思いまして」


 いやいや。

 これ、犯罪だから。ただ拉致したんじゃ、こちらが悪いことになる。


「こちらが、あの老人の部屋で見つかった薬です」

「なるほどね」


 俺には高レベルの薬調合のスキルがある。つまり、薬剤の鑑定など、お手の物。

 匂いだけでわかった。これは麻薬だ。エスタ=フォレスティア国内では、許可証なしの取引が禁止されている。


「この薬、他にも?」

「決して多くはありませんでしたが、残りは彼の家にありますよ」

「言いがかりじゃ!」


 証拠を突きつけられても、なお老人は食い下がった。


「これ、違法な薬物なんですけど」

「そんなもの、デッチ上げじゃ! わしの部屋にあったじゃと? わしは、そんなもの知らんぞ?」

「しらばっくれると?」

「わしの部屋にその薬があったからといって、なんだというのじゃ。わしはその薬がどんなものかも知らなかったのじゃぞ?」


 なら、びっくりさせてやるか。

 うまくいけばいいけど。


「じゃあ、これは答えてもらえるかな」

「……なんじゃ?」

「おじいさんの名前。なんていうんだったっけ?」

「そういえば、名乗っておらなんだな。ディン・ロー。どこにでもいる、普通の老人じゃ」


 かかった。


「ウソだ」

「なんじゃと!?」

「本名、タラム・エーデ。薬物の知識も多少はあるみたいだね。サハリアのほうでの暮らしも、結構長かったんじゃない?」

「なっ……!?」


 ピアシング・ハンドにかかれば、本人の生活歴など、簡単にあぶりだせる。サハリア語のスキルが高くて、薬調合のスキルもそこそこある。どうだ、これでもまだしらばっくれるか。


「それなりに調べてなきゃ、こんな真似はしないよ。ねぇ、観念したらどうかな?」

「くっ……」


 本当はカマをかけているだけなのだが、老人はこれで諦めたらしい。


 大方は予想通りだった。


 彼は密輸組織の協力者で、そのための場所を提供していた。その際、隠れ蓑にするために、売春宿をオカマ野郎に任せていた。だが、子爵家の召使が、女奴隷を買い取りにきたために、オカマ野郎は逃走。その際、オカマは、自分に恨みが向かないよう、老人に一通りの言い訳をしてから、逃げ去ったという。

 それで彼は、慌てて自分の建物を確認に向かった。案の定、後始末などろくにされていない。一部の違法薬物が、そのまま置き去りにされている。オカマがそれらを持ち出さなかったのは、自前で売り捌くルートもなく、発見されれば重罪だからだ。ともあれ、こんなものが見つかったら、大変なことになる。

 だが、この建物の悪臭には、利用価値があった。タラムは、その場に残された薬物を商品価値で選別し、重要度の低いものは廃棄すると決めた。五階まで駆け上がると、それを汚物の山にふりかけ、混ぜ込んだのだ。更に、匂いをごまかすために、近くにあった化粧品や香水の中身も、上からぶちまけた。あとで清掃に出向いた際、凄まじい悪臭に苦しめられた原因の一端は、ここにある。

 販売価格の高い麻薬については、さすがに捨てるのがもったいなくて、自宅に持ち帰った。早いうちに捌いてしまいたいところだったが、今はまだ動けない。

 それよりまず、証拠を隠滅すること、できれば別の容疑者を仕立て上げること、だ。そこで彼は、奴隷を買い取ったという、エンバイオ薬品店の子供店長を探しに出かけた。

 あとは知っている通りだ。清掃を俺に押し付けることで、証拠を洗い流す。しかも、直接証拠を消したのは、彼ではなく、この俺、フェイだ。これでやっと、彼は一息ついた。あとは時間が解決してくれる。


 ところが、そこで予想外の事件が起きた。セリパス教会のリン・ウォカエーが騒ぎ出したのだ。しかも、なぜかあそこが密輸商人のたまり場だったという事実まで、暴露している。詳しい事実には話が及んでいないとはいえ、このままでは、自分にまで火の粉が降りかかる。

 そう考えたのは、彼の取引相手も同じだった。緊急で会合を持ち、都合の悪いことを全部、フェイと子爵家に押し付けることに決めた。騒ぎを大きくするため、女奴隷達が寝泊りしている宿屋にチンピラを送り込みもした。


 俺は犯罪に加担した密輸商人達の名前を書き取ると、地下室から出た。


「どうやら、黒幕とは直接、繋がりがないみたいですね」

「うん、でも、それは問題ない。セリパス教会を焚きつけた女がいるんだ」


 どうやら、そいつが黒幕か、黒幕の手下だ。


「ギルドに行こう。街の警備隊でもいいけど、できれば、知り合いに任せたほうが安心できるから」

「では、馬車を呼んできますね」


 タラムが運ばれているのを目撃されては、密輸商人どもに逃げられてしまう。リスクは最小限にとどめたいものだ。

 三十分後、俺はギルドの応接室で、マオ・フーと向かい合っていた。


「なるほど……」


 シュライ産のハーブティーを飲みながら、マオ・フーは静かに頷いた。


「この証拠品はわしが預かろう。それから、タラムという男の身柄もな。それと、ギルドでも信用のおける人間を、タラムの家に向かわせよう。じゃが、いいのかな? 警備隊でなく、ギルドに任せれば、多少の金がかかるのじゃが」

「この際、構いません。万一、警備隊と密輸人の間に繋がりがあったら、そこから全部、バレる可能性もあります」

「そうじゃな……セリパス教徒に化けた女の行方も、すぐに追わせよう」


 これで一件落着だ。ほどなく、犯罪者どもも捕まり、俺への嫌疑も取り下げられるだろう。その証拠をもってすれば、セリパス教会も沈黙する。その後で、じっくりと女奴隷達の引き取り先を探せばいい。


「……ところで、フェイ君。なんだか晴れやかな顔をしておるが、まさか、これで終わったと思ってはおらんかの?」

「えっ?」

「少し考えてみるがいい。犯罪者どもの立場でな。タラムが姿を消して、自分達を追いかけ回す冒険者がやってくる。となれば、裏で手を引いているのは、間違いなくお前さんか、子爵家じゃろう」

「となれば、逃げ出そうとしますよね」

「そう。じゃが、普通の方法では、逃げ切れない。街から出るには、陸上からであれば門を通らねばならんし、海の上からであれば、やはり許可を貰って出港せねばならん。手が回っていると勘付いた連中が、素直にそんなところを通ろうとするとは思えんの」


 では?

 まともに逃げられないなら……


「暴れる? 事件を起こして混乱させて、その隙に逃げるとか?」

「それと、証拠を消しにかかる。狙われるのは、やはりお前さんじゃな」


 なるほど。

 となれば、身を守る必要がある。


「ついでに、セリパス教徒のフリをしたそやつ。狙いが子爵家なら、真相を暴かれては困るし、ピュリスが混乱すればするほど、利益になる。となれば、犯罪者どもの暴力に加担する可能性もあるな」


 そちらからも狙われる、と。なんだか、やたらと物騒になってきたな。

 でも、幸いにして、俺にはアイビィという優れた護衛がいる。いざとなれば、子爵家の子供部屋にでも立て篭もればいい。


「逃げる場所なら、ありますよ」

「確かに、総督官邸にでも篭ってしまえば、とりあえずは安全になるがな……わしはよく知っておる。ああいう犯罪組織というのは、存外に執念深いものじゃ。今回はお前さんが勝っても、次はわからん。そして、今度は利益のためでなく、ただ恨みつらみのためだけに、お前さんをつけまわすようになるんじゃ」

「それは……」


 困る。非常に厄介で、面倒だ。

 どうにか一網打尽にしてしまいたい。だが、そんな手があるものか?


 そんな風に考えていると、マオ・フーは、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「……どうせなら、少しだけ、計画を変えようとは思わんかのう?」


 なんだ?

 何が言いたい?


「噂は聞いておる。なんでも、子供のくせに、海賊退治をしてみせたとか」

「あ、あれは! あれはですね、ほとんど僕の力ではなかったんですよ?」


 どういうことだ。

 俺はちゃんとフリュミーには口止めした。確かに、他の船員にも、ログハウスで雑魚どもを倒すところは見られたかもしれないが。


「そうかの? しかし、海賊どもの頭目の一人を倒したとか」

「なっ……い、いえ、それは船長が」

「ほう? じゃが、海賊退治の報奨金を受け取ったという話は、わしの耳にも届いておるがの?」

「何をおっしゃりたいんですか」


 すると、マオ・フーは、にやりとしながら、俺に言った。


「悪者どもを黙らせるには、なんといっても力あるのみじゃ。野蛮とは思うが、これが一番確実じゃのう」

「子爵家の権力があるじゃないですか」

「違う違う、そんなものではない。よいかな、犯罪など、割に合わぬ商売じゃ。それなのにどうしてそんな道に逸れるのか。損得などわからん、目先の物事しか頭に入らんから、やってしまうのじゃよ。わかるかの?」


 まぁ、理解はできる。


「……つまり『僕に手を出せば子爵家が仕返しする』というより、『僕にやり返される』ほうが、わかりやすい、と?」

「その通り。ものわかりが早くて助かるわい」


 けど、じゃあ、七歳児の俺に、大人の男達と戦えというのか?

 だが、俺の前に、アイビィが口を挟んだ。


「お言葉ですが、支部長様、それは少々、問題があるのでは」

「ふむ」

「見ての通り、フェイ様はまだ子供です。万が一のことがあったら、取り返しがつきません。だからこそ、こうしてギルドに出向いて相談させていただいているのですよ」


 普段のアホキャラからは想像もつかない、常識的な物言い。

 だが、マオ・フーの表情には、まだまだ余裕があった。


「確かに、一人で行かせるわけにはいかんのう」

「一人でなくても、問題外で」

「二人でなら、何とかなるのではないかな」


 遮るような声に、アイビィが沈黙する。


「……一人前の腕前のがちょいと暴れれば、素人の寄せ集めなぞ、相手にならんじゃろうて」

「そっ、それ、は」


 一瞬、アイビィの目が泳ぐ。

 まさか、マオ・フーに正体がバレてる? とでも思っているのだろうか。

 だが、まさかではなく、多分、ほぼ確実に見抜かれている。識別眼……なんてタチの悪い神通力なんだろう。


「ふぉっ……横を見なさい。この子はとっくにわかってたみたいじゃぞ」


 しまった。

 顔色くらい、変えておくべきだったか。


「えっ?」


 アイビィがこちらに振り向く。


「い、いや、あの、えっと」


 どうしよう。不意を突かれた。いっそ堂々と、僕知らないよ、とか、何言ってるのかわからない、とか言い切ってしまえばよかったのだ。


「フェイ様」

「な、なに?」

「どこまで把握しておいでです?」

「どこまでって、何をかな、よくわからないんだけど」


 落ち着け。

 俺は何の証拠集めもしていない。つまり、痕跡も残っていないわけで。


「じゃあ、逆に質問です。そういえば昨夜、タラムを誘拐してくるように言いましたよね。あれは、私にできるってわかってたんですよね? そういう意味ですよね?」

「そ、それをいうなら、なんでアイビィは、素直にやるって答えたんだよ? やるって言ったから任せただけだし」

「ふぉっふぉっふぉっ!」


 アイビィの尋問にたじろぐ俺を見て、マオ・フーは大笑いした。


「そちらのフェイ君については、海賊退治の件しか知らないが……」


 口元はまだ笑っている。だが、視線は一瞬で刃物のように鋭くなった。


「アイビィ・モルベリーさんでしたかな。一応、それなりに調べはついておりましてな」


 ふっと空気が変わる。

 真顔で向き直るアイビィ。だが、その表情からは、普段の愛嬌が一切消え去ってしまった。怒りや憎しみ、焦り、悲しみ……そんな色がまるでない。ただスッと目を細める。


「まぁ、とりあえずのところは、見ないふりもできますがな」


 息苦しい雰囲気だ。

 だが、あえて声をあげて割り込む。


「あの」

「なにかな」

「だからって、僕とアイビィが戦うメリットって、あるんですか」

「あるとも」


 マオ・フーは、座り直して背筋をほぐしつつ、答えた。


「女子供とみて、手っ取り早く始末しようとするバカどもを、一網打尽にできるかもしれん。まぁ、わかりやすくいうと、囮になってみてはどうか、という話じゃな。無論、すぐにわしも、ギルドの人間も、現場に向かうようにするつもりじゃ」

「でも……」


 それって、自宅に暴漢どもが殴りこんでくるのを待つってことになる。店を壊されるのは、少し気分がよくない。


「ふむ……段取りはわしが考えよう。なに、悪いことにはならんじゃろうて」

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