七歳の誕生日・上

 目が覚める。まだ体中に疲労感がある。


 ピュリスに帰った翌日から、二日連続で特売日とした。幸いにも、サハリアで仕入れてきた俺の商品のほとんどは、無事だったのだ。だから顧客向けに、サハリア物産展ということで、格安販売を行った。

 品物の大半は、薬品関連だ。サハリアでは薬学が盛んで、ピュリスにはあまり出回っていないような品もあった。冒険者向けには、いろんな火薬を用意した。

 間抜けな話だが、ゾークが俺に使った目潰し、あれも俺の仕入れた品の中に含まれていた。音と光ばかりで、熱や衝撃は少ないらしい。接近戦でなければ効果が薄く、使い勝手がそこまでよくないため、この辺ではそれほど活用されていないのだとか。ただ、ワディラム王国やマルカーズ連合国の紛争地帯では、主として傭兵がよく使う。


 で、その特売の二日間が終わって、今日。休日とさせてもらった。俺の七歳の誕生日でもある。


 誕生日でも何でも、俺は自分で自分の世話をしなければならない。特に、朝食は急いで作らないと。もし、まかり間違ってアイビィが「今日は特別だから」とか言い出して、先走ったら……


 その懸念は的中した。

 二階のダイニングキッチンに足を踏み入れたところ、エプロンをつけたアイビィが、今にも何かしでかしそうな格好で固まっていた。


「おはよう」

「あっ、おっはよー」

「何してるの」

「えっ、そ、そりゃあもちろん」


 僕から料理禁止を言い渡されているのに。この一ヶ月間は、ずっと外食で済ませてきたはずだ。


「僕が作るね」

「えーっ、そんなのつまんないー」

「はい、どいて」

「うー」


 この二日間は忙しすぎた。だから、のんびり食事を用意する暇もなかったのだ。

 こうして料理をしていると、やっと普段の暮らしに戻ってきたのだと、改めて実感する。

 誕生日だからって、特別なものは作らない。コーンと豆のスープに、肉野菜サンド、そしてサラダ。朝だし、手軽に作れるものをさっと出す。


「んー、懐かしい味」


 アイビィは、小さく一口ずつかじるようにして、そんな感想をのたまう。


「これぞ我が家の味、息子直伝の味だわ」

「普通、そういうのって、オフクロの味って言わない?」

「言わない、言わない」

「だいたい、息子直伝だったら、次は誰に伝えるの……」


 食べながら、今日の予定を伝える。


「それで、今日なんだけど」

「うん、お姉さんと一日デートなんだよね」

「お姉さんって、誰のこと」

「わたし」


 話が進まない。ので、サクッと無視する。


「屋敷に呼ばれてるから。この前の、海賊の件とかで話があるらしいから、行ってくる」

「あ、そういえばそうだったねぇ」


 スープを一口ずつ噛み締めながら、アイビィは話し続ける。


「でも、大変だったよね、まさかこんな時期に、こんな近くで」

「びっくりしたよ。死ぬかと思った」


 これは本音だ。海賊も、もちろん危険ではあったが……一番怖い思いをしたのは、暴風雨かもしれない。あんな状態では、鳥になっても海面に叩きつけられるだけだ。メックがアホな判断をしてくれたおかげで、本気で死にかけた。座礁した瞬間、フリュミーが庇ってくれなかったら。そう思うと、ゾッとする。


「で? その後は?」

「あと、酒場のほうにも挨拶かな。常連さんもいるし」

「そっか。じゃあ、遅くなる?」

「うーん、夕食までには帰るよ」


 食事を終えて、家を出ようと玄関近くに出たところで、後ろから階段を駆け下りる音がした。


「待って、ダーリン」

「誰が」

「後にしようかと思ったけど、はい、これ」


 彼女が手にしていたのは、男性向けのウェストポーチだった。黒い革で作られた、かなりしっかりしたものだ。


「これからも遠出するかもしれないでしょ。こういうの、あると便利だよ」

「えっ……」

「誕生日でしょ! おめでと」

「あ、ありがとう」


 いきなりお祝いされるとは思ってなかったので、少しポカンとしてしまう。


「着けてみて。ねぇ、着けてみて」


 両手をボクサーみたいに構えたまま、鼻息を荒くした彼女が催促するので、腰にまわそうとする……が、サイズが合わない。これ、完全に大人用じゃないか。しかも、割と大きいし。荷物の多い旅行者にはいいかもしれないが。


「大きすぎると思うんだけど」

「そうじゃないの。こう」


 しゃがみこんで、俺の背中に手を回してくる。なるほど、肩からかけるのか。ウェストポーチと言いながら、ほとんど背負い袋みたいなものだ。


「これ、ちゃんとしたいい革でできてるから、ずっと使えるからね。小さいのだと、後で使えなくなっちゃうでしょ?」


 なるほど、合理的な判断だ。今のうちはほぼリュックのように使い、成長したら、腰に引っかければいい。


「でも、この前みたいなことがあったら……なくしてきちゃうかもだし」


 特に俺は、鳥に変身して逃げたりもするからな。高品質な道具とか、もったいなさ過ぎる。


「そういう時はね、捨てるの」

「捨てちゃうの?」

「いざって時は、全部捨てて逃げる! これ、常識」

「もったいなくない?」

「モノに執着して、もっと大事な命をなくしたらおしまい。私、今、いいこと言った!」


 一人でガッツポーズを取る彼女。だが、確かに言う通りだ。道具は道具。思い入れも、時としては邪魔になる。割り切りは重要だ。


「じゃ、そろそろ行ってくる」

「気をつけてねー」


 見送られて家を出る。あれから二日経って、海賊退治の報奨金も出たのだとか。俺も一部を受け取れるらしい。

 敷地の北東部、秘書課棟に足を踏み入れた。


「失礼します」


 イフロースの執務室。ついこの前、やりあったばかりの場所だ。今もだが、あの時はもっと疲れていたし、精神的にも余裕がなかった。思い返すと、いろいろ迂闊だった気がする。少し気後れしてしまうのだが、極力顔色に出さないようにする。


「入れ」


 中には既に、フリュミーも座っていた。左腕は、やはり骨折していた。今は包帯でぐるぐる巻きにされている上、添え木で固定されている。


「この後、お前には寄るところがあるから、手短に済ませたい。座れ」


 寄るところ? 何かあったっけ? ま、いいか。

 ソファに挟まれたテーブルの上には、小分けにされた金貨の山が載っている。


「一通り、話は聞かせてもらった。海賊相手に、奮闘したようだな」


 フリュミーは、どこまで喋ったんだろう。俺は一応、彼の立場も考えて、口裏を合わせるよう、言っておいた。シンは、俺を追いかけているうちに、崖から落ちて死んだ。これはもう、どうしようもないからそのままとして。ゾークを倒したのは、フリュミーということにしてある。


「結論だけ先に言うと、フェイ、お前にはこちら、金貨千枚を与える」


 えっ?

 あれ?

 多すぎやしないか?


「ちゃんと公平に計算した結果だ。まず、賞金首のうち、シン・フックの分が三百枚。崖から落ちたとのことだが、それでもお前一人でしとめたのには違いない。だから、その分は全部、お前のものだ」


 うん、まぁ、それは納得できる。


「それから、首領のカイ・ゾークだが、これは金貨五百枚の賞金首だ。ただ、これは二人で倒したらしいな。だから、その半分、二百五十枚がお前の取り分となる」


 やけに公平だな。普通、大人と子供が一緒に戦ったからって、同じだけの仕事をしたとは、みなされないと思うんだが。だって、合わせた口裏によれば、俺はただ、敵をひきつけて時間稼ぎしただけってはずなんだから。

 ……まさかフリュミー、俺がほとんど倒したようなものだって、ゲロってないよね?


 いや。そうじゃないだろ? もしかして、全部バレてる?

 だいたい、俺が船員達を助けようとして、部屋に飛び込んでくるところ……あの時、彼らの意識はあったんだろうか。俺があっさり海賊達を斬殺するところを見ていたら。フリュミーだけ口止めしても、しょうがないのでは?

 彼らは起きていたのだろうか。そして、目撃してしまったのだろうか。わからない。ただ、あの時、彼らはまったく身動きしていなかったのだが。

 もう。間抜けだ。あの時余裕がなかったからって。疲れてたからって、その後も忙しかったからって。いろいろザルだ。


「更に、捕虜にした海賊だ。これは合計十名。一人につき、金貨五十枚の報奨金が与えられる。だから、その半分の二百五十枚がお前のものになる」

「えっと、それはおかしいんじゃないですか? 海賊を運搬したのは、船員達全員でやったことですよ」

「運んだのはそうでも、その前にお前とフリュミーが、彼らを無力化している。だから、これは公正な判断だ」


 そうですか。はい。

 で、ここまでで金貨八百枚。残り二百枚は?


「最後に、首領の所持していた黒竜のコート。まだ競売にかけていないが、評価額としては、だいたい金貨四百枚から五百枚ほどだ。よってお前には、その半額相当の金額を与える。これで合計、ちょうど金貨一千枚となる」


 なるほど。

 しかし、すごい金額だ。日本円の感覚に換算すると、一千万円。一般家庭の三年分くらいの収入だ。これ、買えちゃうんじゃないか? 何かの魔術書。できれば、身体操作魔術の詳細が書かれたのが欲しい。まあ、使い道はゆっくり考えよう。

 でも、よくよく考えると、大した利益でもないのかもしれない。前世の大航海時代の海賊の収入は、もっとすごかった。敵国の船を占拠して略奪すると、それはもう、末端の水兵でさえ、一年くらいは遊んで暮らせるだけの給料を手にできたのだとか。これが船長とか、提督とかの身分だと、途方もない金額になったらしい。それと比べれば、ずっと慎ましい。


「その代わり、海賊の所持していた金品の分は、お前の取り分には加算していない」


 あ、やっぱり。奴隷だから、当然か。


「こちらで金貨二千枚、その他黄金のインゴットや美術品などがいくらかあった。これらの資産価値は、まだ査定中だが……こちらから、今回の犠牲者への補償金を支払う予定となっている。あとは、鹵獲した海賊船を改装して、二隻目の商船として活用するから、その費用にも充てる」

「なんだか、僕だけもらいすぎじゃないですか?」


 この計算だと、フリュミーにも、金貨七百枚分のボーナスが入ることになる。でも、犠牲者の遺族には? 奪った現金をほぼ配りきっても、一人頭、金貨三百枚程度か。一年分の給料と考えれば、決して小さな金額ではないのだけど。


「船を座礁させ、海賊相手に不用意な対応をした。その責任を問われずに済んでいる分で、帳消しだ」

「なるほど……」


 って、待て。

 ということは。

 俺はフリュミーのほうを見た。


「僕は、自分の取り分を遺族に支払うことにしたよ。責任がないとは言えないからね」

「えっ」


 じゃあ、完全に俺だけ。それは居心地が悪い。


「それなら、僕も」

「止めはしないが、フェイ」


 イフロースは、俺をまっすぐ見ながら言った。


「それにはどんな理由や根拠がある? 船の座礁や海賊の襲撃、商船の活動全般……これはお前の責任か?」

「……いいえ」


 俺には支払う理由がない。もっともだ。

 ただ、金を手に入れるだけなら、手段さえ問わなければ、俺には難しくもない。だから、周囲の印象をよくするためになら、ばらまいてしまってもいいと考える。とはいえ、俺が金を出すことが、本当に好意的に受け止められるとは限らない。人によっては、嫌味に感じるかもしれない。

 だが、イフロースにとっては違うのだ。このたび、乗船しただけの少年が、他の船員を守るのに多大な貢献をした。これを子爵家がちゃんと評価しなかったら? 俺が金を受け取った後、ばらまくならいいが、それを執事が代行すると、なんだか正当な賞金まで、横取りしているように見えてしまう。騎士の腕輪をつけたフリュミーが、自発的に賞金を辞退するのとは、違うのだ。

 信賞必罰を印象付けたいから、あえて俺に大金を与えるのだろう。


 彼は頷くと、言った。


「賞金は後で届けさせる。それでフェイ、まだ帰っては困るぞ」

「まだ何か、やることがあるのでしょうか」

「お嬢様がお呼びだ」

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