冒険者達の反省会

 立ち上る湯気。陶器と金属の触れ合う音。そこここに点るランタンの灯り。温かみのある橙色が、渋い焦げ茶色に映える。


「はい、ただいま」


 仮にも一国一城の主になったはずが、俺はまだ、酒場でのアルバイトを続けていた。というより、やめられなかったのだ。

 理由は三つ。まず、料理長からの圧力がかかっていた。下手に逆らうとどうなるかわからない。二つ目。本業のほうが、まだ軌道に乗っていない。そんな中で、自店の金から俺自身の給料を確保するのは、やはり気が引けた。かといって、あれは勤務時間を延ばせば稼げるようなものでもない。つまり、この店での微々たる収入も、無視しがたかった。

 そして三つ目。人付き合いができあがりつつあったためだ。


「おー、フェイ! 今日の、ム、ムニ……とにかくありゃあイケてたぞ! 次も頼むな!」

「はい、ありがとうございます!」


 常連の客も、だんだんと俺の顔を覚えてきた。料理の評判も悪くない。となると、店長としても、今更俺を手放したくはない。

 実は本業のほう、つまり酒場や宿屋、娼館に消毒剤や洗剤をまとめ買いしてもらうという作戦だが、その第一号店は、ここだったりする。これでは、いきなり辞めますとは言い出せない。

 もっとも、ここで顔を見せているおかげで、薬屋のほうも船乗りや冒険者達に知られるようになってきた。目指す方向とは違ってきてしまっているが、客が増えるのはいいことだ。


「フェーイ! こっちにエール三杯くれ!」

「はい、少々お待ちください!」


 窓際の席から声がかかる。俺は、子供の腕には少々重い、大き目の木のジョッキを三つ、なんとか抱えて小走りになる。


「お待たせ……?」


 ところが、駆けつけた先のテーブルには、微妙な空気が漂っていた。


「どうかなさいましたか?」


 思わず、そう尋ねずにはいられないくらいには。

 そこにいたのは、もうすっかり顔馴染みとなった冒険者達だった。


 大柄な体に、それがますます大きく見えるような赤銅色の鎧を着込んだ戦士、ガッシュ・ウォー。もともとはピュリス近郊の漁村の出身だったが、立身出世を求めて冒険者になった。やっと二十代半ばに差し掛かったかというところ。刈り上げられた短髪に、日焼けした顔、濃い眉毛。席の横には彼の愛用する幅広の盾と、片手で扱うには少々重過ぎるであろう戦槌が、立てかけてある。

 その向かいに座っているのが、ドロル・クォース。チーム内の斥候役を務める男だ。小柄で痩せぎす、髪の毛は伸びかけたまま、ろくに切り揃えられていない。薄手の革の鎧に、黒っぽい上着を身につけている。彼の得物は短めの剣と、投擲用の短剣が数本。すべてベルトに手挟んでいるが、戦闘能力という点では、少々心許ない。

 その、ドロルの向こうにいるのが、ハリ・テアテミー。髪の毛の色を見ればわかるが、ルイン人だ。ファーストネームがセリパシア帝国の初代皇帝と同じだが、セリパス教徒ではない。女神の神殿に籍を置く、下級神官だ。灰色の僧衣に身を包む彼だが、ルイン人らしくしっかりした体つきをしている。主な仕事は、キャンプの設営に見張り、怪我をした仲間の治療といった地味なものなのだとか。一応、拳闘術と初級の魔術なら、神殿で教わったそうだが、触媒が高価なのもあり、滅多には使わない。

 そして、その三人の男に囲まれ、窓際に縮こまるようにして座っているのが、ウィーだった。

 彼女の見た目は、前回とほぼ同じだ。少し違うとすれば、帽子の有無か。これまた緑色の、鹿撃ち帽みたいなやつだ。それを目深くかぶっている。


「今日な、俺達は、ギルドランクがアメジストになったんだ」

「えっ! すごいじゃないですか!」

「いやぁ、まだまだなんだけどよ」

「いえいえ、誰にでもできることじゃないですよ。おめでとうございます」


 冒険者になるのは、さほど難しくはない。誰かの推薦があるか、そうでなくても、特に犯罪歴がなく、自由民以上の身分で、あとは十五歳以上であれば、誰でも資格を取得できる。この時、割り当てられるランクは最下級、ペリドットだ。

 最下級の冒険者に与えられる仕事は、ごく簡単なものだ。最低限のトレーニングに、あとは荷物運びや、安全なところでの採集活動のみ。本当に誰にでもできる。その分、報酬も少ない。ここに留まりたいという人は、まずいないだろう。

 しかし、最初から社会的信用が担保されているか、一定期間、それらの仕事をこなすことで、確かに真面目に責任を果たす人物であると証明される。この段階をクリアすると、次はジャスパーに昇格する。以後は、あまり安全の確保されていない場所で採集活動をしたり、主として草食動物の狩猟をしたりする。そのため、ここから武器の携帯が公認されるようになる。なお、危険度の高い猛獣は、このランクの冒険者には任せない。

 一定回数の依頼達成をもって、次の段階に進む。だが、ここで初めて昇格試験が行われる。危険な猛獣か、魔物、或いは盗賊を討伐することが条件となるのだ。戦う力があり、積極的に挑んでくる相手と渡り合えるかどうか、それが問われる。但し、この時点では、一人で危険に挑まなくてもいい。指導者の下でそつなく戦闘をこなせれば、充分とされる。

 これが中級冒険者となるアクアマリンへの昇格試験となると、難易度がぐっと高まる。相手取る猛獣や魔物の種類が変わるわけではないが、今度は一人でこなすか、初級冒険者を率いて戦うかしなければいけない。突出した個人の戦力で乗り越えるもよし、指揮能力や特技、ここまで磨いた判断力を生かしてうまくやり過ごすもよし。どちらも実力だ。


 しかし、アメジストとなると、相手取る魔物の強さが変わってくる。それまでは、動物でいえば虎とか、熊といった程度のものを狩れればよかった。つまり、例えばそれらが人の住む集落を襲った場合、家畜などに被害があったり、負傷者や死者が出たりするが、逆を言えば、その程度で済む。だが、アメジストへの昇格試験で相手取るのは、もっと甚大な被害をもたらし得る危険な魔物だ。

 例えば、前世では空想の産物だったグリフォン。フォレスティアではめったに見ないそうだが、この世界には実在するらしい。あれは、小さな村なら一匹で壊滅させてもおかしくないのだとか。やたらと凶暴で、餌より殺戮を優先するという。食べ物さえ確保すればそこで落ち着く野生動物とは、一線を画している。

 それから、いわゆる小鬼、悪い小妖精……つまり、ゴブリンなどのデミ・ヒューマン系のモンスター。これらは、一匹では大した強さもなく、ここまで成長した冒険者なら、何度も倒してきたはずだ。しかし、彼らをまとめるリーダーがいる場合、危険度は急上昇する。中には魔術を使う個体もいるという。人間と違って、触媒なしに魔術を行使するというから、かなり厄介だ。

 こういう集団は、積極的に人間の村落を襲撃しては略奪する。衝動的に餌を求めてうろつきまわる猛獣とは異なり、明確な意図をもって人間を殺害し、建物を焼き払い、時には策略を用いたり、罠を仕掛けてきたりもする。


 だから、元冒険者が王国軍の兵士に転職する場合、だいたいボーダーラインとなるのが、この辺りなのだ。もともと、生え抜きの兵士であれば、もう少し実力が低くても採用してもらえるのだが、冒険者というのはとかく自由人というイメージがある。そんな連中から採用するのであれば、せめて能力くらいは確保したい。アメジストに昇格した冒険者であれば、平均以上の戦力や判断力、経験があるものとみなされるのだ。


 しかし、そんな難関を突破したはずの一行なのに、顔色は優れない。俺の賞賛の声に対して、彼らはちょっと難しい顔をしていた。


「まあ、な」


 リーダー格のガッシュが、曖昧な表情で応える。

 猫背のドロルが、顔をウィーに向ける。彼女は反射的に身をすくめる。


「ウィム、そろそろ機嫌直せよ。結果だけ見りゃあ、うまくいっただろ?」

「……でも」


 なるほど、彼女が帽子を目深くかぶっているのは。何か失敗でも仕出かしたのだろうか。明らかに落ち込んでいて、また、恥じてもいる。とてもではないが、昇格を祝う気持ちになんてなれないのだろう。

 ガッシュが笑みを作りながら言う。


「酒でも飲みゃあ、気分も明るくなるってもんなんだがな」

「ボクは飲まないよ、絶対に」

「わぁってるって」


 彼女の状況からすれば、確かに酒など飲めないだろう。もし酔っ払って、前後不覚に陥ったら。

 この世界、女の冒険者も、女の一人旅も、存在しないわけではない。だが、決して一般的ではないのだ。神といえば女神というこの世界、女性の社会的地位が極端に低かったりはしないのだが、やはり、暴力が身近な社会では、多くの女性は、割合安全な領域に身を置くのが普通らしい。

 ついでにいうと、貞操観念についても、前世でいえば、それこそ途上国並みに厳しかったりする。たとえ性的被害にあったとしても……まぁ、どこかの国みたいに、そのせいで犯罪者扱いされたりはしないのだが……それである意味、「値打ちが下がった」とみなされることもあるのだ。

 なぜだかわからないが、性別も本名も隠して活動している彼女だ。他人に弱みを握られたら。内心の不安は、想像するに余りある。


「私の判断が、少々性急過ぎたのかもしれないな」


 それまで沈黙していたハリが、ぽつりとそう言う。


「んなこたぁねぇよ。あれで一気に勝ちにいけたんだからな」


 ガッシュの一言に、ハリは目を伏せた。そして、懐から、何かの鉱石でできた、丸いものを取り出す。ちょうどピンポン玉くらいの大きさだ。

 一目でわかった。これは、魔術道具だ。


「なんですか、それ?」


 俺の問いかけに、ハリが答えた。


「光魔術に『閃光』というのがあってね。このように、希少な鉱石に、魔術文字を刻んだものを使うんだが……一瞬、強い光を発するんだ。うまく使えば、魔物の視界を、一瞬、奪うことができる」


 便利そうだ。スキル枠に余裕があったら、ぜひ習得したい。


「ただ、この道具、使い捨ての上に、安くはないんだ」

「一個、金貨十枚するからなぁ」


 ジョッキに注がれたエールを飲み干し、酒臭い息を吐き出しながら、ガッシュが補足した。


「けど、使う時には使うもんだ。金を惜しんで命をなくしたら、元も子もねぇんだ」

「だけど」


 一人、浮かない顔のウィーが呟く。


「ボクが、あの時、矢を外さなければ」

「いや」


 彼女の言葉を遮ったのは、ドロルだった。


「それなら多分、しくじったのは、俺だ。ゴブリンどもの様子を見に行った時に、群れのリーダーに気付かれちまったんだな。しかも、奴の能力を確認もできなかった」


 そう言いながら、彼も一口呷った。


「まさか、よりによって、奴の魔法が、風魔術とはな。気付かれたせいで、奴は最初っから魔法を使って待ってやがったんだ。わかってりゃ、事前に対策できたのに」

「でも、どうあれボクが狙いを外したのは、変わらないよ。あれで敵が殺到してきたんじゃないか」


 そういうことか。

 魔術教本にあったが、なんでも風魔術には、飛び道具の攻撃を逸らす『矢除け』の呪法があるのだとか。せっかく凄腕の射手が狙いをつけても、これをやられると、あっさり避けられてしまう。

 では、対策はないのかというと、もちろん、いくらでもある。

 一番わかりやすいのが、魔術を無効化する道具を使うという手段だ。アダマンタイト製の鏃を使えばいい。鉄が魔力の影響を受けた結果生じるという希少な金属で、異常な硬度を誇る上に、魔力を弾くという性質を持っている。他にも、そこまでの有効性はないものの、いろんな素材や薬品が、似たような働きをする。

 魔力を上乗せする、というやり方もある。同じく風魔術などで威力を底上げして、射撃するのだ。力技だが、有効性は高い。ただ、人間が魔術を行使する場合、たいていは高価な触媒を要するので、これもお財布には優しくない。

 面白いのが、オリハルコン製の鏃を使うという手だ。これは、銅が魔力の影響を受けた結果生じたもので、硬度はそこまででもないが、徹底して魔力を吸収し、また自らも魔力に吸い寄せられるという特徴がある。内部で魔力を増幅するため、魔術道具の素材としてよく用いられるのだが、逆にそれゆえ、魔術師殺しの道具としても役立ってしまうという皮肉な代物だ。つまり、この鏃を弾き返そうとして風魔術を使用すると、逆に矢がその魔力の発生源に向かって飛んでいくのだ。もちろん、これまたデタラメに値段が張る。

 では、それ以外ではどうすればいいか? もっと単純な手段によるしかない。要するに、ゴリ押しだ。やたらと高い威力での射撃を山ほど打ち込む。何らかの手段で術者の集中を乱して、隙を作る。風魔術では散らせないほどの重いものをぶつける。いっそ飛び道具の使用を諦める。


「結局は、お前がしとめたんじゃないか」


 ガッシュが、諭すように言う。


「俺なんか、七匹しか倒せなかったんだぞ」


 ドロルも、俯き加減になりながら、溜息をつく。


「俺も四匹しか」

「私など、二体しか」


 最後にそう言ったハリは、目を閉じて、申し訳なさそうにしていた。


「……で、ウィー……ウィムさんは、どれほど?」


 答えたのは彼女ではなく、ガッシュだった。


「雑魚十四匹。あと、結局はボスもな」

「ええっ! すごいじゃないですか!」


 さすがだ。とはいえ、彼らのスキル情報を見る限り、妥当な数字かもしれない。

 たくましいガッシュにしても、戦闘スキルは、盾術、槌術ともに4レベル。きっと現役時代のジュサと同じ程度の実力なのだろう。ドロルは投擲4レベルに剣術3レベル。ハリに至っては、格闘術3レベルに光魔術3レベル。まぁ、後ろの二人については、戦闘以外の技術の方が充実しているのだが。

 一人だけ、弓術6レベルなんて強さを持っているウィーのほうが、異常なのだ。


「ごめん」


 だが、彼女の気は晴れなかったようだ。


「別に、みんなが喜んでるところに水を差したいわけじゃないんだ。でも、やっぱり素直には喜べない。悪いけど、今日はもう、部屋で休むよ」

「えっ、おい」


 彼女は席を立ち、ガッシュを押しのけて通路に出て、そのまま階段を登っていった。

 その足音が聞こえなくなると、ドロルは一口飲んで、溜息をついた。


「やれやれ、だな」

「やめろよ」

「わかってるけどよ」


 ああ、くるぞ。

 一応、形だけ仲良くしてるけど実は俺アイツ嫌い口撃が。


「あいつは理想が高すぎるんだよ。だいたい無茶だろ? 三十匹もいるゴブリンの群れを、一人でやろうなんてよ」


 え?


「そんな無理を?」

「そ。ギルドも、いくらなんでもそれは危険すぎるってことで、俺達と組ませて送り出したんだ。まぁ、大口叩くだけのことはあって、腕はいいんだが……」


 ガッシュも、首を振る。


「なんでだろなぁ。あいつを見てるとこう、鬼気迫るっつうか、生き急いでるっつうか……やたらと危なっかしいんだよ。一歩間違えば死ぬってのに、どんどんハードル上げやがる。正直、見てらんねぇんだよ」


 他人のこととは思えないな、うん。

 もしかしたら俺も、イフロースやカーンからすれば、そんな風に見えていたのかもしれない。ってか、実際にそうだったな。だからキースみたいなバケモノとやりあうハメになったりもしたんだ。反省。


「聖職者たる私が、相談に乗ってあげられればいいのですが……何も話そうとしませんからね、あの子は」

「うーん」


 考え込む男達。あれ?

 案外、いい人達?

 悪口が飛び交ってるわけじゃない。むしろ心配してる?


「そうだ」


 片目を開けたガッシュが、思いついたように言う。


「なあ、フェイ」

「は、はい?」

「お前のメシって、うまいよな」

「は、あ、ありがとうございます」


 彼の口元が釣りあがる。


「じゃあ、材料を持ち込んだら、料理してくれるか? もちろん、礼はするからさ」

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