潜入捜査

 間近に迫った死の予感に、俺は全身を強張らせる。だが、そいつは攻撃してこなかった。

 ただ、こちらを見て、怪訝そうな顔をするだけだ。


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 クズル (28)


・マテリアル ラプター・フォーム

 (ランク7、オス、14歳)

・スキル 爪牙戦闘   6レベル

・スキル 高速飛行   4レベル

・スキル 隠密     3レベル

・スキル 毒判定    3レベル

・スキル 対話コマンド 4レベル


 空き(23)

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 なんてこった……もう一羽、いたのか。

 しかも、俺が肉体を奪ったのより、明らかに強そうだ。一見して、体の大きさにはあまり差がない。羽の色も黒地に暗い赤色と、隠密行動にはやや不向きなのもあって、不意討ちの危険は少ないだろう。だが、なんといっても戦闘スキルのレベルが高く、移動力にも優れている。

 もし、こいつと戦うとなったら、武器を持った上で、身体強化薬を飲んでいなければ、まず勝てないだろう。しかも、逃げ切るのも不可能だ。ヤシルの体を使っても、きっと移動速度の差で追いつかれる。身体強化しても、走るより飛ぶほうが速い。そうなったらもう、一方的にやられるだけだ。


 いや。これは本当に深刻な問題だ。

 考えてもみるといい。お嬢様をうまく連れ出して、走って逃げるとする。身体強化していれば、大人の人間でも、まず俺には追いつけない。馬を出してきても同じだ。見通しの悪い森の中でも、こっちはかなりの速度で走りぬけることができるからだ。戦闘を最低限にして逃げる……この作戦を成立させる前提条件が、俺の移動能力の優位性なのだ。それがたった今、覆された。

 この鳥、あと何羽いるんだろうか。もし、まだ十羽くらいいるというのなら、もう完全に俺の手には負えない。無条件で撤退だ。だが、こいつしかいないのなら。ことを起こす時には、必ずこいつも倒すか、或いは飼い主を倒すかしなければ、逃げ切れない。とにかく、今回の件の危険度が、ぐっと跳ね上がった。


 さて、人間の戦力はどうだろうか?

 ざっと窓の向こうを見渡すと、数人の男達が所在無さげに振舞っている。ある者はただ、寝転がってくつろいでいるし、また別の集団は、何やらトランプのようなカードゲームに興じている。中に一人だけ、女がいた。もっとも、周囲の男達と大差ない雰囲気を発していたが。ならず者の中のはねっかえり、といったところだろうか。

 頭数はいるが、どいつも大したことはない。戦闘スキルが2レベルか、3レベルといった程度だ。これなら、身体強化さえすれば短時間で倒せるだろう。

 だが、これだけなのか? もっと強い奴がいるはずだ。でなければ、上空を見守る魔獣の能力と釣り合いが取れない。それに、お嬢様の居場所もわからない。


 どうする?

 落ち着こう。俺はまだ、味方と思われているはずだ。なら、建物の中に入っても、そこまで怪しまれたりはしないだろう。

 決心して、俺は翼をすぼめて、中へと立ち入った。


 部屋の中は、がらんどうだった。

 当たり前だ。何十年も、ことによったら何百年も、誰も暮らしていないのだ。

 窓にも、ガラスはおろか、木の板すら嵌められていない。床も剥き出しの石だ。扉も、以前は木製のものがあったのだろうが、今はただの四角い穴だ。そして全般的に埃っぽい。

 廊下に出た。照明もないので、やけに暗い。それにひんやりしている。横を見ると、人一人分の幅しかない階段が見える。つまり、窓のない部屋がまだ、上のほうにあるということだ。さすがにここでは飛べないので、足でうまく階段を飛び越えていく。

 登りきると、左に曲がりくねった通路が見えた。相変わらず狭い。これでは羽を広げられない。さすがにこんなところをうろついていては、変に思われるか。

 そう思った時だった。


「おっ? なんだ、こんなところにいやがった」


 ドキッとして、振り返る。

 そこにいたのは、二十代半ばくらいの優男だった。


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 トゥダ・オーム (25)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク7、男性、25歳)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル ルイン語   4レベル

・スキル サハリア語  4レベル

・スキル 棒術     5レベル

・スキル 格闘術    4レベル

・スキル 投擲     4レベル

・スキル 隠密     4レベル

・スキル 水泳     3レベル

・スキル 医術     3レベル

・スキル 房中術    4レベル


 空き(15)

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 これは……こいつがリーダーだろうか?

 手には、一部を金属で覆った棒を持っている。これで敵と渡り合ってきたのだろう。身につけているのは、身動きしやすそうな皮の鎧。だがそれがやけに似合っている。

 能力的には、超一流とまではいかない。それでも充分に一人前の戦士だ。まあ、イフロースよりは若干見劣りする。グルービーの側近を務める女となら、いい勝負だろう。ジュサとは……ピークを過ぎて、古傷を抱えた彼とは、比べ物になるまい。

 ほぼ戦闘技術しかないところを見ると、彼は生粋の兵士か、冒険者なのかもしれない。


「よっ、と」


 近寄ってきて、遠慮なく俺を抱えあげた。こっちは一メートル以上もの体長があるのに、お構いなしだ。


「ったく、どこいってやがったんだ。ケッツの野郎が、お前のことを探しに出ちまったぞ?」


 ケッツ?

 となると、そいつが魔獣を使役している人物か。顔を見ておきたいが、見たくないとも思う。もし俺が、飼い主の思った通りの反応を返せなかったら、どういうことになるだろう。


「おいおい、ジタバタするなよ。どこに行きたいんだ?」


 俺を抱えたまま、そいつはどんどん廊下の奥へと進んでいく。見ると左側に、真新しいドアが据え付けられている。ということは、これはこいつらが取り付けた?

 こっちの腕に杖を持ち直し、片手で扉を引っ張る。


「よぉ。いたぞ、ヤシルの奴」

「……ふむ」


 なんてことだ。俺は、目の前の幸運と不運を、信じられないような気持ちで見つめていた。


 幸運は、部屋の隅にいた。お嬢様だ。さすがに表情は暗いが、血色は悪くない。それなりに大事にされているのだろう。

 今は縛られていないが、床にはロープが落ちている。見張りの行き届かない夜間などは、これで拘束されていたのかもしれない。服装は多分、屋敷にいた時点のもののままだ。さぞ汚れたかと思いきや、部屋の奥には桶があり、水も張ってある。恐らく、下っ端の中にいた女が、その辺の面倒を見ているのだろう。

 目標の居場所を確認できた。誘拐事件だと完全に確定もした。これほど大きな成果はない。だが、俺が頭を抱えたのは、その脇にいた男のせいだ。


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 ギム・イグェリー (37)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク6、男性、37歳)

・スキル フォレス語  6レベル

・スキル ルイン語   4レベル

・スキル 戦斧術    6レベル

・スキル 盾術     5レベル

・スキル 剣術     4レベル

・スキル 格闘術    4レベル

・スキル 土魔術    4レベル

・スキル 騎乗     5レベル

・スキル 医術     4レベル


 空き(28)

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 全身を、頑丈そうな金属の鎧に包んだ大男。鎧の一部には、ちょっとした装飾がある。それを覆うのは、くすんだ茶色の地味なマントだが、材質はよさそうだ。右手には、重量もあり、切れ味もよさそうな両刃の戦斧。左手には、手先から肘の上くらいまでを覆う、鏃のような形をした金属製の盾。腰には、予備の武器なのだろうが、剣がぶら下げられている。

 顔立ちはいかついが、いつか収容所で見た、聖林兵団のゼルコバを思わせるような、どこか品を感じさせる雰囲気があった。これは、騎士だろうか。


「トゥダ。仮にもここはレディの部屋だ。立ち入る際には、許しを得よ」

「かったいねぇ、旦那は」


 そう言いながら、トゥダは俺を床に下ろした。


 これは、無理だ。少なくとも、こいつらを俺一人で倒しきるのは。どちらか一人だけなら、勝機がないとは言い切れないが……正直、どっちが相手でも、ギリギリの勝負になる。特に、このギムという奴は、装備の質もよさそうだ。ベストコンディションで挑んでも、勝ち目は薄い気がする。イフロースなら或いは互角に戦えるかもしれない。

 となると……さっきの鳥とトゥダは、身体強化魔術と棒術で撃破。ギムはピアシング・ハンドで倒すしかないか。本当に余裕がないが、これで大丈夫か? 真面目に撤退を考えたほうがいいかもしれない。

 それと、さっきの態度と口調。やはりこいつは、上流階級の人間だ。実行犯の中にそういう人物がいるということは、命令したのは、もっと上か。


「それより、手配はできているか」

「ああ、そいつは問題ない。今のところ、ピュリスからの追っ手はいないようだ。予定通り、明日の朝には、次の馬車も来る」


 なんだって?

 明日の……朝?

 早すぎないか? いや、そうか。今のところ、ピュリスの反応は鈍い。多分、この近くの街道を、仲間が監視し続けていたのだろう。だが、追っ手が近くを通る様子がなかった。もっと厳しい捜索が展開されていれば、彼らもしばらくは、この周辺で潜伏するのを選んだはずだ。だが、敵の目がこちらを向いていないのなら、今のうちに距離を稼いだほうがいい。


 やっぱり撤退はなしだ。するとなれば、もう彼女を見捨てるしかない。だってそうだ。俺が奴らを追跡するなら、鳥の姿になるしかないが、そうなると、いずれここに戻ってくる飼い主、ケッツとやらを騙し続けなければいけない。そんな演技ができるだろうか? しくじれば、俺と互角か、それ以上に戦える強敵ばかりの集団に囲まれてしまう。

 ピアシング・ハンドは最強の能力かもしれないが、一度に倒せる相手は一人きり。だから、こういう状況では、分が悪い。


「正直、こんなに簡単にいくなら、途中で馬車を乗り捨てる必要なんか、なかったな」

「用心を重ねるに越したことはないぞ」


 余裕を見せる彼を、ギムは重々しい口調で嗜める。


「万が一の失敗も許されんのだ。いや、失敗するだけならいい。だが、我々のことが知られては……」

「はいはい、わかってますよって」


 手をひらひらさせながら、トゥダは軽い口調で応えた。


「だからって、顔見せなきゃ、はじまんなかったわけで。俺のおかげでしょ? 俺が声をかけて、俺が金を貸してやって、俺が抱いてやって、そんでもって俺が説得したんだからさ。こういう時、身分のあるオッサンは、小回りが利かないからねぇ」


 なんとなくだが、事情が読めてきた。

 この優男が、子爵家の侍女の誰かを篭絡したのだ。それで令嬢の脱走癖を知り、今回の一件を計画した。それができたのは、彼が身軽な身分だからだろう。やはり冒険者あたりに違いない。

 ギムは、トゥダの挑発するような物言いにも、怒りを見せなかった。


「お前の力あってのこととは、勿論、重々承知しておる。だが、最後まで気を抜くな」

「あー……わかりましたよっ、と」


 もう充分、情報は聞き出せた。

 俺は部屋の隅に行き、木の扉を嘴でつついた。


「おっ、出たいのか。よし、開けてやる」


 トゥダは、俺のためにドアを引き開けた。

 その時、後ろから声が飛んできた。


「ケッツはどうしている」

「あ? あいつ? なんか、こいつ、ヤシルを探しに行っちまいましたよ」

「ふむ」


 俺も振り向いて、ギムの顔を見る。

 彼は何かを考え込んでいるような表情だった。


「気をつけろ。ケッツはあまり信用できん。何を考えているかも、わかったものではない」

「はぁ」


 トゥダは、うんざりしたように溜息をついた。さっきまでの愛想笑いが消えている。


「慎重なのはいいっすけどね」


 若干、責めるような声色で、彼はまくしたてた。


「ことの最中に、仲間を疑うような真似はやめてくれよ。わかるだろ? あいつがどこの誰だって関係ない。俺達はもう、捕まったら縛り首なんだ。助け合うしかねぇんだよ。それくらい、考えろ!」


 そう言われて、ギムは口を噤んだ。確かに、トゥダの言い分はもっともだからだ。

 しかし、それでも彼は、難しい顔をしていた。


 はて。ケッツとは、何者だろうか。

 だが、今の俺にとって、それを確認するまでここに留まるのは、あまりにリスキーだ。魔獣使いらしいから、もしかすると、俺の中身がおかしいことにも、すぐに気付くかもしれない。ここは逃げるが上策だ。


「言っとくけどな、こんな仕事はもうこれきりだ。二度と巻き込まないでくれ」

「……わかっている」


 俺は最後に、部屋の隅で俯くお嬢様に目をやってから、足早にその場を去った。

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