薬品商の競り

「遅かったな? 飯が冷めてしまったぞ……なんだ、その格好は?」


 宿の食堂に腰掛けていたカーンが、安堵の吐息を漏らす。それも無理はない。日はとっぷりと暮れており、夕食の時間をとっくに過ぎてしまっている。どうしてこんなに遅い時間までほっつき歩いていたのか。


「あ、はい、あの……汚れてもいい服で、と思いまして」

「それにしても、みすぼらしいにもほどがあるぞ?」


 モフモフとは、なんと恐ろしいものか。

 俺はあの後、目当ての商人を特定したことで、気を緩めてしまった。犬達の集団の中に混じると、不思議と安心感と自信がわいてきて、思わず腰を下ろした。体に触れる毛皮の心地よいこと。それに、あの場の犬達はみんな、俺に対して敬意を払っていた。

 その快感の中で、思わず眠ってしまいそうになったのだ。だが、ハッと気付いて、跳ね起きた。日は暮れており、俺は全裸で地面の上に転がっていた。そして、周囲の犬達は、距離をとって、怪訝そうな顔でこちらを見ている。

 自分で自分に課した制約のおかげで、人間に戻れたのだ。それはよかったが、しかし、この状況。警備員に発見されたら大変だし、犬どもに襲われては叶わないので、また犬の姿になった。今度はもう、さすがに毛皮に埋もれようとはしない。さっさと宿に帰ろうと、駆け出した。

 だが、それを見た犬達が、俺を追いかけたのだ。おかげで、そいつらを振り切るために、俺はコラプトの街中でワンワン大行進をやらかす羽目になった。

 散々苦労して、やっと帰ってきたのだ。


「グルービーにでも会ってきたのか?」


 肉体的にはともかく、精神的には消耗しきった俺を、カーンは問い詰める。


「そんなわけないですよ。調べていただいても結構です」

「ふむ、では、ここまで遅くなったのはなぜだ?」


 説明しないわけにはいかない。所有している奴隷に逃げられては、彼も責任を問われてしまう。通行許可もなしに市外に出るなど、普通はできないから問題ないのだが。それでも、なかなか帰ってこない俺に、多少は焦らされただろう。まあ、出かける前に金貨は置いていったし、信用されているとは思うのだが。


「薬の目利きに行きました」

「薬? 目利き?」

「でも、オークションに出品される予定の品は、みんな倉庫にあるんですよね」

「ああ」

「せっかく匂いで見分ける方法を教えてもらったのに、自分で確認できないじゃないですか」

「そうなるな」


 カーンの口元が皮肉に歪む。なるほど、ここでしくじるなら、それはそれで構わない。生意気な少年奴隷の鼻っ柱をへし折ることができる。


「だから、なんとかして確認できないかって、いろいろ頑張っていたんですよ」

「はっはっは……警備員は、通してくれなかっただろう?」

「はい」


 落ち込んだ俺の顔を見て、彼は笑った。


「まあ、これもいい経験だ。毎回、恵まれた条件で目利きや取引ができるわけじゃない。結果は問わないから、好きにやればいいさ」

「はい」


 冗談じゃない。運次第で大コケするような状況になるとわかっていながら、何も教えないでおくなんて。いや、これも教育の一環なのか。世の中とは、商取引とは、確かに理不尽なものだ。

 なんにせよ、俺はもう、薬の目利きは済ませた。そうそう失敗なんか、してやるものか。


「もう遅いが、飯でも食って寝ろ。明日は早いぞ」


 そう言いながら、カーンは椅子から立ち上がった。

 俺は一礼して、テーブルにつく。ここの飯は、ぶっちゃけ子爵家で供されるものよりうまい。道中でもそうだった。だから、最近は食が進んで仕方なかったのだが……今は、あまり空腹感がない。それも当然だ。ほとんど昼食を食べたばかりの昼下がりに宿を出て、あまり時間をかけずに犬の肉体に乗り移っている。体感時間では、今はまだ、せいぜい夕方くらいだ。でも、俺は食べなければいけないし、眠らなくてはいけない。


 翌朝。夜明けと同時に起き出して、スープとサラダだけの簡単な朝食を済ませる。一応、途中で空腹になった場合に備えて、多少の水とパンを与えられている。金貨もちゃんと持った。

 これからオークション会場に向かう。それぞれみんな、目当ての行き先があるのだが、俺については、カーンが道案内をしてくれることになっている。これは、子供一人ではそもそも入場すらできないだろうからだ。薬剤商のオークション会場まで同行し、子爵家の使用人である旨を伝えてくれるそうだ。

 とはいえ、その後はもう、単独行動だ。一応、昼前にオークションが終わる予定なので、その後は子爵家の出店まで、自分で戻らなければいけない。夕暮れ前には、取引自体はすべて終わる。夕方から夜は、またお祭りを兼ねた情報交換タイムだ。きっとその時間、俺は宿屋でじっとしているだろうが。

 朝日に照らされた石ころが、身の丈に合わない長い影を伸ばしている。澄み切った早朝の空気を吸い込みながら、カーン達は足元の砂利を蹴飛ばして歩いた。


 現場についてからは、割とスムーズだった。カーンは俺の手を引いて、どんどん歩く。合流する際には何を目印にすればいいかを手短に伝えつつ、俺を目的の場所に導いた。

 薬剤商のオークション会場に到着すると、カーンは出入り口の係員に小声で話しかけ、子供だが大人と同じように扱って欲しい、責任は自分がとると伝えた。それだけで、後は足早に歩き去っていく。

 俺は腰を下ろし、改めて周囲を見回した。

 オークション会場というのは、どれも似たような造形になるのか。扇形に座席が据えられる。扇子の持ち手のところにステージが用意される。今回はどれも木造だ。古びていて、多少の汚れもあるところから、数年前から使いまわされているとわかる。きっと、この季節が終わったら、また解体されて、倉庫に戻されるのだろう。

 前回は、俺が商品だった。今回は、こちら側から購入するのだ。


 ところで、薬剤など、分量のある品物のオークションについては、特殊な形式がとられる場合がある。

 例えば、ツマラーカの樹皮を百キロ分、とか言われても、困ってしまう。丸ごとの買い取りが成立しないのだ。多少なら買い取りたいが、そんなに大量の仕入れはできない。だから、時間制限の中で、めいめいが好きな金額と分量を、ハンドサインで伝える。まず、手元のベルを鳴らして、係員がこちらを向いたら、身を乗り出して単価と購入分量を指定するのだ。係員はそれを見て、手早くメモを取る。誰がいくらでどれだけ買うか。

 時間になったら、それを下から確認していく。例えば、十キロのツマラーカの樹皮を、出品者が一キロ銀貨一枚からで提供したとしよう。これに対して、Aが十キロ全部を銀貨二枚で、その後Bが三キロを銀貨三枚で、Cが二キロを銀貨四枚で注文した。その場合、Cが銀貨八枚を支払って二キロ分を確保、Bが銀貨九枚を支払って三キロ分を確保、だがAは、自分の注文のうち、半分の五キロ分について、銀貨五枚で取引することになる。もしこの取引で、Cの後にDが、銀貨五枚で五キロ分の買取を希望したら、Aは品物をまったく手にできない。

 なお、これはオークションなので、前の落札希望者より小さな単価を宣言することはできない。となると、最初に高値で僅かだけ買い取る、といった指定をすることで、他の参加者への嫌がらせが可能になる。だが、これは暗黙の了解で、やってはいけないとされている。そんな真似をされたら、出品者は大量の売れ残りを抱えるかもしれないし、適正価格での購入を希望していた参加者も、あてが外れるからだ。毎年、この手のタブーを犯す馬鹿がいて、そういう奴は、この先ずっと干され続けるらしい。


 今回は、本当にスピード勝負だ。ここに来る途中、オークションの形式と、そこで用いられるハンドサインについては、カーンから教わった。例によって、商取引スキルがあるおかげか、自然とハンドサインは習得できた。それでも、かなりの速さで取引が成立するらしいし、自分の発注が通ったかどうかは、ちゃんと意識して他の落札者のハンドサインを確認しないと、わからなくなってしまう。

 だが、この場でオタオタするのは、それこそ素人のやることだ。息を吸って吐くほどに、自然に取引ができるならいざ知らず、そうでないなら、あらかじめ予算と購入のパターンを頭に入れておけばいい。例えば、俺の目当てのテカの葉、これを一キロあたり銀貨二十枚で購入するなら、誰かが十七枚以上で購入した時点でベルを鳴らす。物にはそれぞれ、相場というものがある。だから、そこから外れた注文をしなければ、なんとか分量を揃えることはできるはずだ。同じ商品を出品する商人が何人もいるのだから、一度目で購入できなくても、二度目で解決するかもしれない。

 ただ、今日に限っては、少し予定を変更してもいいかと思っている。狙いが商品だけではなくなった。


 足音がステージの上に響く。目つきの鋭い若い男が、足早にやってきた。


「皆様、お集まりですか。こちら、薬剤商のオークション会場となります。お間違えないでしょうか」


 もごもごと早口に、ただ事務的に。仮にもお祭りのようなものなのに、この華やぎのない口調は、どうしたものか。


「えーと、では、早速始めさせていただきたいと思います。皆様、お手元に進行表はございますでしょうか。なければ、こちらで配布しておりますので、お申し付けください」


 そう言いながらも、この段階でそんな手際の悪い商人などいないとわかっているのだろう。さっと客を見回す。だいたい、座席の七割が埋まっている。実はこの薬剤オークション、そこまで人気のある場所ではなかったりする。確かにコラプトは、薬草の生産地ではあるのだが、それだけに普段から、買う人はここで買っている。それに本当に貴重で希少な薬剤はここではなく、貴重品のオークションでやり取りされるのだ。


「では、早速始めます。一番、イハイク・イショール氏の出品で、ボタの実、二ドレン。一クーンあたり銀貨三枚から」


 そう言いながら、司会役の男が、ベルを鳴らす。舞台の下に控える三人の書記役は、緊張した面持ちで身構える。客のハンドサインを確認し、間違えずにメモを取るのが彼らの仕事だ。しくじったら揉め事になるから、責任重大なのだ。

 ちなみに、ドレンとか、クーンというのは、こちらの世界の重量の単位だ。多少違いはあるようだが、ドレンがトン、クーンがキロに相当すると認識しておけば、ほぼ間違いない。

 ややあって、ベルが鳴る。遠くの座席で、若い男がハンドサインを送る。銀貨四枚で一クーンだけ、か。どうやら、イハイクとかいう山師については、悪評が広まってしまっているらしい。僅かな量だけ発注したこの男も事前情報を得ているのだろう。最小単位で僅かだけ購入したのは、確認目的だろうか。或いはイハイクの息のかかったサクラかもしれない。

 もっとも、全員が把握していたわけではないのだろう。中には緊張の見える連中もいた。注文しようとして、なんとか思いとどまった、という顔だ。きっと彼らは、先輩からアドバイスをもらっていたのだろう。誰も声をあげないなら、下手に動くな、と。


「……時間です。では次」


 残念、イハイクはもう、コラプトでおいしい商売をすることはないだろう。一年後にみんなが忘れていてくれればいいのだが、商人達というのはやたらと物覚えがいい。騙せるような新人がやってこない限り、彼は利益を手にできまい。


「二十六番、ガッシュ・ヨコーナー氏。テカの葉、七十クーン。一クーンあたり銀貨十三枚から」


 きた。

 せっかくだし、こいつからテカの葉を買いたい。予算としては単位あたり銀貨二十枚で買い取るつもりだが、最悪、二十五枚まで跳ね上がってもいいようにと覚悟を決める。誰かが二十三枚でたくさん購入したら、要注意だ。その場合は、購入できる分量は、八割に目減りしてしまうが。

 こういう場で値段がつくのは、商人にとってステータスだ。どれだけ競りあがるか。それはつまり、自分に対する信用度の高さを示すからだ。果たして、ヨコーナーにはそこそこの信用があるらしく、値段はどんどん上がっていった。


 近くの座席で、中年男性が銀貨十七枚のハンドサインをつけた。俺は周囲の顔色を窺いながら、ベルを鳴らす。俺より先に鳴らしたのが一人いたので、その後だ。それを見届けてから、俺は立ち上がって、予定通りのサインを送った。子供が、と一瞬、書記達が怪訝そうな顔をしたが、すぐに下を向いて記録をつけていた。

 さあ、ここからが気を張る時間だ。誰がどれだけ発注するか? 全部で七十クーン、決して多くはない。俺の最初の発注量は五クーン、つまり金貨十枚分だ。だが、他の商人はそれこそ金貨を何百枚も準備してここにいる。大口の発注一つで、俺の注文が弾き飛ばされてしまうのだ。

 遠くの老人が、銀貨二十一枚で二十クーンも発注した。あと枠は四十五か。別の男が二十二枚で十クーン。あと三十五。考えろ。もっと競りあがった場合だ。自分の確保できる権利は、ぎりぎり最後のほうであればあるほどいい。つまり、安く買えたことになる。

 考えにくいが、二十五枚を大きく超えて大口の発注があったら? その時点で「やっぱり二十五枚で」と言い出すことはできない。これはチキンレースだ。

 二十三枚で十クーン。これでも普段の市場価格からすれば、まだ若干の割安感はある。どうする? ベルを鳴らすか? 残りの枠、あと二十五。遠くでベルが鳴る。二十四枚で十五クーン。つまり、もし次で十五クーン以上購入する奴が出てきたら、俺はもう、テカの葉を買えない。俺はベルに手を伸ばしかける。

 だが、あえてここで深呼吸。カーンが言っていた。ベルを鳴らす前に、一度息を吸って吐いて、周りを見渡せ、と。気付けば、周囲は静まり返っていた。みんな、値上がりしすぎているかも、と手を出しかねているのだ。まだ競りは中盤に差し掛かったところ、テカの葉を扱う商人は他にもいる。


「……時間です。では次」


 よかった。ほっと息をつく。

 他にも落札しないといけない薬剤があるから、まだ気は抜けないが、これでとりあえずは一安心だ。


 昼前に、無事にオークションが終わった。

 予定通りの薬剤を購入できた。これをそのまま持ち帰って売り捌いても、多少の利益にはなるだろう。だが、本当の狙いはその先にある。自分で調合して、この季節に需要のある薬に作り変えるのだ。これで更に価格が跳ね上がる。

 だが、それはそれとして、俺には目論見がある。俺は、裏口からそっと出て行く数人の男を見据えていた。そのうちの一人、やや恰幅のいい、長衣を身につけた中年男に視線を定めた。こげ茶色の、硬そうなヒゲが目立つ。頭の上には、中央サハリア風の大仰な帽子をかぶっている。顔には無数の皺が刻まれているが、その多くは作り笑いを繰り返した結果に違いない。


「よい取引をありがとうございます」


 俺の挨拶に、彼は虚をつかれた感じの表情を浮かべたが、すぐに取り繕うと、笑顔を返してきた。


「どう致しまして。君は……どちらの?」


 彼は少し、言葉の選択に迷ったようだ。それもそうか。こんな子供がオークションに参加するなんて。お供を連れてくる商人もいるから、周囲に俺の主人がいるかもしれない。だが、見習いや奴隷を挨拶に寄越すのなら、もっと違った声のかけ方をさせるだろう。


「ピュリスの商人、カーンの見習いのフェイと申します。ガッシュ・ヨコーナー様でしょうか?」


 カーンの名前は知れている。それで合点がいった、という顔をしている。だが、周囲を見回しても、肝心のカーンはいない。すると、この子供は一人でここに? 彼の表情に、怪訝そうな色が浮かぶ。


「そうだとも。ところで、君のご主人はどちらかな」

「はい。主人は中央広場のほうにおります。今日は僕のほうからご挨拶申し上げたくなって、お声がけさせていただきました」


 ほう、と驚きの吐息を漏らす。彼はついさっき、裏口に来て、品物の売却状況を確認しただけだから、俺が発注をかけたことをまだ知らない。


「ヨコーナー様発注のテカの葉も、少量ですが、購入させていただきました」

「君が? 自分で?」

「はい。取引を任せていただきました」

「ほう、そりゃあ、すごいな」


 若い商人が、先輩の商人に話しかけ、顔繋ぎをするというのは、珍しくはない。情報網とは、こうやって作っていくものだからだ。ただ、俺の場合は若すぎるのだが。


「まだまだ未熟な身の上ではございますが、できればこの市が立っているうちに、ご指導いただければと思います」

「いやいや、小さいのにしっかりしているね。さすがは子爵家の見習いだ。今夜にでも、また来なさい」


 そう言われて、俺は一礼する。これで挨拶は終わりだ。

 本当なら、声をかけるまでもなかったのだが、思った以上に彼が役立ちそうだったのだ。


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 ガッシュ・ヨコーナー (42)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク5、男性、42歳)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル サハリア語  5レベル

・スキル ルイン語   5レベル

・スキル 商取引    5レベル

・スキル 薬調合    4レベル

・スキル 木工     3レベル

・スキル 裁縫・革職人 3レベル


 空き(35)

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 とりあえず、どれからいただこうか。

 フォレス語を奪うのはなしだ。いきなりの異変で、大騒ぎになる。かといって、俺が習得していないスキルは、横取りしようにも、何かを捨てなければいけなくなる。本当なら他の言語も欲しいのだが、そこはとりあえず我慢だ。

 となると、商取引と薬調合か。ならば、後者だ。

 ……が、しかし、今すぐ経験を掠め取るのは無理なのだ。というのも、昨日の昼下がりに犬の肉体を奪っている。まだ二十四時間経過していないので、ピアシング・ハンドは機能しない。

 これが、俺が無理してでもヨコーナーの商品を買おうとした理由だ。品物を購入したお客として、また後輩の商人として、顔を出そうというのだ。


 だが、これで俺も、薬剤師としては立派に上級者になれる。レベルも上がるだろう。不足する知識の分は、カーンが本を提供してくれる。

 残るは商取引か。これは、コラプトを出る日あたりに、もう一度、声をかけにいって、奪い取るとしよう。商売の要となる経験を奪われて、ヨコーナーはどうなるだろうか? だが、ここで俺に会ったのが不運だった。何より、デーテルの仇という点を除いても、こいつを恨む理由ならある。デーテルを軽々しく売り飛ばしてくれたせいで、ミルークの本気の一撃を浴びたのだから。


 なんてことを思っているあたり、俺もぬるくなったのかもしれない。奴隷収容所に連れてこられた直後は、だれかれ構わず、経験を奪ってやるつもりだった。ただ、現実問題、一部の大人を除き、周囲にいたのは、ほとんどは奪う値打ちもない能力しかない、子供達ばかりだった。そして、大人達の力を奪うと、自分の生活も即座に脅かされる状況だったのだ。

 気がついたら、縁もゆかりもない人から、いきなり経験を奪い取るのを躊躇するような、軟弱な心の持ち主になっていた。もちろん、そこには「自分の正体がバレる」ことへの強い恐怖もあるのだが……

 どうやら、リンガ村での生きるか死ぬかの生活が終わったせいで、俺も緊張感がなくなった、ということか。


 本来の予定では、最終日までに自由時間を作って、街の外にいる鳥の肉体を奪うつもりだったのだが、それはやめておく。そうなると、また奪ったばかりの犬の肉体を捨てることになる。まあ、取り替えてもいいのだが、せっかく奪った肉体でもあるし、命も一つ、消えているのだ。他でピアシング・ハンドを使う見通しがあるのだから、鳥の肉体は、また別の機会でいいだろう。


 その後は何事もなく、計四日間の予定を消化すると、俺達はコラプトの街を後にした。

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