これが本当の色の街

 とにかく北。灰色の建築物の合間から、青空が見える。背中から強い日差しを浴びつつ、まっすぐ歩く。多少は道に迷うかもしれない。問題ない。あと二時間くらいは。

 とはいえ、あまり無駄に歩き回るのも考え物だ。ここは人の動きをよく見ることだ。大勢の人が歩く通りであれば、きっとそこに目的の場所がある。そう考えて、周囲に視線を這わせた。

 二つほど離れた通りに、大勢の人間の出入りするところが見えた。通りの入り口には鳥居のような大きな門があり、しかも無機質なこの街にしては珍しく、朱色に塗られている。しかも、門の上からも朱色の布が垂れ下がっていて、それがこの通りと外との仕切りになっていた。

 ここだ、と思い、俺は小走りに駆け寄っていった。


 門をくぐると、途端に立派な通りになった。道幅は広く、石畳も心なしか明るい色調のものになっている。左右には、三階建てくらいの高さの石造りの店舗が立ち並んでいる。それらの建物の材質そのものは周囲と違いがないのだが、まず、大きさが桁違いだ。一軒につき、二十メートル程度の幅がある。それに雰囲気もずっと華やかだ。なぜなら、どこも店の前を、色とりどりの布で飾り立てているからだ。ちょうど一階と二階の間くらいのところから、ちょっとだけ向こうが透けて見える感じの、大きな布が垂れ下がっている。ものによっては、何かの刺繍が施されていたりもする。そして、その布の向こうには、広く造られた出入り口が開けっ放しになっており、そこから何やら芳しい香りが漂ってくる。

 二階には、どの家にもベランダがある。その左右には照明を設置するとみられる窪みが見て取れる。建物自体は三階まであるのだが、そこには小さな窓があるだけで、透明度の低いガラスが嵌め込まれているだけだった。

 そんな様子の立派な通りだが、だいたい目算で、五百メートル程度の長さがある。その向こう側は、やっぱり朱色の門だ。


 なるほど、きっとここが商人の街の中心に違いない。なかなか粋な雰囲気じゃないか。ただ、少し不便だ。どこも店の前を布で覆ってしまっている。この季節だし、日光が店内に入ってくるのを防ぎたくもあるのだろうが、これではどんな品物を商っているか、さっぱりわからない。もしかしたら、店の前の布の色で判別できるのかもしれないが、残念ながら、何の知識もない俺には想像もつかない。

 肝心の、食品店はどこだろう。鉱石を買い取る問屋は? 白、赤、青、緑、黒……ダメだ、まったく想像がつかない。

 俺の見た目で、乞食と間違われて叩き出される可能性もあるが、それでもどこかに飛び込んで、道を尋ねてみよう。さっきの鉱夫達のように、案外親切な人にも出会えるかもしれない。そう心に決めて、近くの黒い布を飾る店に視線を向ける。布の縁には金糸で刺繍が施されており、なんとも上品で贅沢な感じがする。きっと食料品店ではないだろうが。


「ごめんください」


 布をくぐって声をあげてみた。そこには誰もいなかった。店の中が見渡せる。意外や意外、店舗の内側は、無骨な外壁とは似ても似つかないほどに清潔で、よく整えられていた。快適そうなソファがあり、その横にはやっぱり薄い布が垂れ下がっていて、客のプライバシーを守っている。今のところ、受付には誰もおらず、無人のようだが……。

 すぐに軽い足音が響く。音で女のものとすぐわかる。

 出てきた若い女は、俺を見るなり、明るい笑顔を浮かべた。


「まあ、いらっしゃい」


 きれいな女だ。

 南国らしく、白いドレスを身にまとっている。全体に薄着で、化粧もバッチリだった。茶色の髪の毛は、ポニーテールに仕上がっており、その付け根には、鮮やかな花々が添えられていた。


「もしかして、あなたが今日来る予定の子? なら、裏口からじゃないとダメよ?」

「えっ?」


 なんだ?

 誤解されている感じがする。予定も約束もない。まず、そこを否定しておこう。


「いえ、違います。僕は塩を」

「僕? 塩!?」


 俺が塩、と言うが早いか、女はびっくりして声をあげた。


「まぁ、こんな子供がもう塩を、ねぇ……」

「何かおかしいですか?」

「え? ううん、まぁ、そういうこともあるかもよね。それで、塩をどれくらい運んできたの?」


 あれ? やっぱり何か、噛み合ってない。


「あの、違いますよ。僕が塩を欲しがっているんです」

「ええ!?」


 お姉さんの驚きと困惑は、頂点に達した。


「ちょっと、冗談でもそんなこと、言うもんじゃないわよ! 子供が使うようなものじゃないんだから!」

「うん? 大人も子供も、みんな塩が必要でしょう?」


 そこで、スッと彼女から表情が消えた。


「もしかして……あなた、何しにここに来たの?」


 何か、盛大な勘違いがあったらしいことに、やっと気付いてもらえた。


「塩を買いに来ました」

「塩って、あの塩よね? お料理に使う……」

「はい。他に塩があるんですか?」


 彼女はやや、憮然とした表情のまま、目をパチクリさせた。


「あのね……ここ、どこだと思ってるの?」

「問屋街じゃないんですか? 食料品店を探しています」


 だんだんと彼女の視線がきつくなる。最初の歓迎するような雰囲気はどこへやら、もはや敵意さえ滲んできている。


「はぁ? じゃあ、あなたは誰? 悪いけど、乞食の子供に出入りされちゃ、困るのよ」

「乞食ではありません。見た目はこんなですが、騎士階級の商人に仕える見習いです」

「その見習いが、どうして塩なんか探すのよ? こんなところで塩なんか、仕入れたりしないでしょ?」

「いえ、ご主人様から、勉強だから、塩の相場を調べてきなさいと言われました」


 彼女は、俺の言い分を聞くと、こめかみを押さえて俯いた。


「あー……そういうことね。うんうん、わかった。ここは問屋街じゃないから。それとね、ここで塩なんて言わない方がいいわよ? 誤解されるんだから」

「えっ?」

「さっさと出て行って。悪いけど、商売の邪魔になるから」


 有無を言わさぬ口調に、俺は会釈して外に飛び出た。

 なんなんだ?


 問屋街じゃない、としたら、ここはどこなんだろう? やけに立派で、明るくて……通りの真ん中に立って、周囲を見回す。色とりどりの布で飾られた建物。その向こう側は、堂々たる山々の緑と岩肌だ。この街で一番きれいで華やかな場所なのに、これはどうしたことだろう?

 わけがわからないが、とりあえず、もっと北に向かってみよう。そうすれば、問屋街に辿り着けるかも。そう思って、北側の門をくぐろうとした時だった。

 前方から突然、人影が現れて、俺は軽く吹き飛ばされた。


「おっ? あ、坊主、大丈夫か?」


 目の前には、軽薄そうな顔をした若い男がいた。身なりは悪くない。こざっぱりとした、若草色の上着に、質のよさそうな紺色のズボンを穿いている。見た目から判断するに、やや富裕な商人といったところか。


「あ、はい。平気です。済みません、不注意で」


 そう謝罪しながら頭を下げる。


「坊主……いや、女の子か? 髪の毛、覆ってるけど……」


 そうだった。バスタオルみたいな大きさの布で、髪の毛を隠したままだった。自分が色白で、顔立ちが思いの外整っているので、これでは女の子と区別がつきにくいか。


「いえ、一応、これでも少年ですよ。あの、それで」


 会話が成立したなら、チャンスだ。問屋街の場所を尋ねてしまおう。


「道に迷ったので、よろしければ教えてください。食料品の仲買人を探しているのですが、問屋街はどちらでしょう?」

「ほへっ?」


 俺の口上に彼は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「えらくしっかりしたガキじゃないか」

「ありがとうございます」

「問屋街は、ここを出て、まっすぐ右だよ」

「そうだったんですか! 助かります」


 これで一安心だ。

 でも、そうだとすると、ここはどこなんだろう?


「問屋街の向こうは、広場と倉庫があるけど、野良犬がウロウロしてるからな。特にお前みたいなガキは気をつけろよ?」

「ご忠告ありがとうございます」

「いいってことよ」


 そのまま頭を下げて先に進んでもいいのだが、好奇心が湧いてきた。


「ところで、お兄さんは、どうしてこちらにいらっしゃったのですか?」


 この質問に、彼はバツの悪そうな顔をした。


「どうして……どうしてって、そりゃあお前……ああ、子供にゃ、わかんねぇか」

「はい?」

「魂の洗濯に来たんだよ。まぁ、たまにはいいだろ? お前も大人になりゃあ、わかるさ」


 あ……そういうことか!

 俺は後ろを振り返る。この立ち並ぶ建物すべてが、売春宿ってわけか?


「もしかして……ここ、その、女の人と……」

「そういうこと。恥ずかしいから、あんま言わせんな」


 ああ、お楽しみのところを。邪魔して悪かった。

 けど、昼間からこんなところに出入りするなんて、こいつもろくでもないな。


「はぁ……とてもそんな風には見えないんですけどね」

「おお。ここは特別なんだよ。コラプトには、グルービーがいるからな。実は行商人にも人気なんだぜ?」


 グルービーが?

 あいつがいると、何がどう違うのだ?


「他の街じゃ、こんなに立派な大人の店なんか、ありゃしない。見ろよ、この通り、全部グルービーの店なんだぜ?」

「えっ! 全部?」

「グルービーは、実質、この街のボスだからな。金と権力を使って、この辺りを丸ごと、色町に変えちまった。ここだけの話、コラプトは、フォレスティア南部じゃ、一番エロいスポットなんだぜ?」


 なんて奴だ。確かに、グルービーが娼館を経営しているとは聞いていたが、まさかこんな規模とは。ざっと五十店舗くらい。これ全部とは。


「ここで黒の店で塩でもキメながらやりまくるってのが、ツウの遊び人にとってはもう……な」

「黒のお店、ですか? あと、塩?」


 そうだ。俺の疑問はそこにある。

 ここが売春宿の塊だとはわかった。だとすれば、あの布の色は何を意味するのだろうか? それと「塩」というのも、言葉通りの意味ではなさそうだ。


「あーっ、つまりな」


 男はよっぽど女遊びが好きらしい。同好の士に出会ったかの如くに、夢中で語りだした。


 まず、店の種類や傾向は、布の色でわかるようになっている。黒は、訓練の行き届いた、経験豊富な娼婦のいる場所だ。「塩」と呼ばれる強精剤を吸引しながら、過激なプレイを楽しむのだという。緑は黒とは反対で、経験の浅い素人専門の店だ。サービスのレベルは低いものの、一定の需要があるらしい。

 行為だけでなく、その他の娯楽とセットになっているのが、赤と青だ。赤は、ダンスや歌唱を楽しみつつ、酒を飲みながらという趣向。青は入浴やマッサージとコミになっている。では、白は? ここは直接のサービスを提供する場所ではなく、女奴隷を売買する場所だ。

 グルービーの店はどこも徹底管理されており、レベルも非常に高いという。ゆえに、ここでコッソリ遊ぶのを目当てに、通商路を選択する連中もいるのだとか。


 ばかばかしい、と切り捨てることはできない。前世でも、例えば古代ギリシャのコリントでは、港にいつも船がいっぱいだったという。海の商人達が足しげく通うのは、そこに魅力的な品物があったからではない。アプロディーテの神殿があって、そこ所属の娼婦がいたからだ。だが、そんな理由でも、人が集まれば、市場は勢いを得る。


「しかも、ここだけじゃないんだ。本当の超高級店は、コネがないと利用できないんだとさ。どこにあるかもわかんねぇ」


 さぞかし魅力的なサービスが待っているのだろう。ただ、自分で味わってみたいとは思えない。だってそれって、選り抜きの美人ばかり……ってことは奴の「お下がり」なんだろうし。何よりグルービーが裏に控えていて、こっそり精神操作魔術を仕掛けてくるかもしれない。そうでなくても、そんなスペシャルなサービスをしてくれるお店を利用したら、いろいろと弱みを握られそうだ。怖すぎる。

 ……ドナも、飽きられたら、そちらにまわされるのだろうか。


「っと、話し込んじまったな。悪いけど、そろそろ行かせてくれよ」

「あ、はい。ためになるお話、ありがとうございました」

「あと十年後に生かせよ。じゃあな!」


 雑談が済むと、男はさっさと通りの奥へと歩き去っていった。

 なるほど、この街でグルービーがどれほどの権力を持っているのか。意図しない寄り道ではあったが、無駄にはならなかった。

 もし、彼が自分の敵にまわったら。俺の秘密を知って、追い掛け回してきたら、厄介なことになる。

 気持ちを引き締め直して、色町の外に出た。


 ……夕陽が目に眩しい。

 白い石で作ったばかりの華やかなピュリスだが、この時間帯だけは、どうにも映えない。地上にいれば、そうも感じないのだろうが、上空からだと、いかにも興醒めだ。白くて四角い建物がポツポツと、夕方の赤い光の中に浮いていると、なんだか、味噌汁とか、麻婆豆腐を連想させられる。

 ああ、そういえば、どちらもずっと食べていないな。豊かな日本の食生活を離れて、もう六年も経つのか。麻婆豆腐なら、ある程度の材料はピュリスでも揃いそうだし、作れないこともなさそうなのだが。でもそんなの、使用人相手の料理人達に期待できるわけもない。いつもの手抜き飯のひどさときたら。いや、考えるのはよそう。

 子爵家の倉庫の周囲をぐるっと旋回。窓際に人影はない。ちょうど夕食の時間を控えている。いないわけだ。俺はすっと翼をすぼめて、屋内に滑り込む。そこで早速、人間の体に戻って、また荷物を紐解く。すぐに衣服を着てしまわなくては。


 持っていった小遣いは、全額使ってしまった。残りの銅貨五枚も、自分のための軽食と、鳥の肉体に餌を与えるのに、必要だったのだ。

 だが、代わりに充分な情報を得た。


 コラプトでは、塩一キロあたり、だいたい銀貨で四枚から五枚ほど、良質なものなら六枚はする。ピュリスでは三枚から四枚だから、結構な値段だ。ところが、ピュリスにしても、塩の原産地ではない。

 ピュリスの南西に、更にブルカンという漁村があり、そこで海水を原材料にした塩を生産している。ここでなら、だいたい銀貨一枚から二枚ほど。もちろん、塩の質にもよる。

 コラプトに流入する塩は、この南部のブルカンの塩と、北部のティンティナブリアの岩塩とに分かれるそうだ。そして、地元には塩の生産手段がない。

 ならば、塩を運搬して売れば、大きな利益が出る。それはそうなのだが、ブルカンからピュリスまでが三、四日、ピュリスからコラプトまでが七日程度だから、結構な距離を移動しなければならない。片道十日以上で、往復するわけだ。しかも、馬などを使うとなれば、それもコストに加算されることになる。加えて、道中には盗賊も出るし、ピュリスにもコラプトにも、入市税がかかる。

 だから、普通なら、そこまで甘い商売ではない。普通なら。


 さて、そうとなれば、明日も空を飛ばなければならない。

 夕食にありつくため、俺は屋敷へと急ぐことにした。


 出発前日の昼過ぎ。俺はカーンに呼び出された。

 屋敷の敷地内の片隅で、商隊が出発の準備を整えている。馬車が数台、そこに梱包された商品の数々を積み込んでいた。


「来たか」


 いつもの西部サハリア風の民族衣装を身につけたカーンが、俺に声をかける。


「持ってきたか?」


 俺に伝言をした使用人は、二つの用事があると知らせてくれた。一つは、俺の荷物だ。出発は明日の朝。そこからのんびり荷物を詰め込む時間なんてない。だから、着替えなどの私物は、今のうちに持ち込んでおかねばならない。そしてもう一つは、例の薬だ。


「はい、まずはこちらです」


 俺は、完全に乾燥したコーナの薬を差し出した。カーンは袋を開いて、中を確かめる。指を突っ込んで、品質を調べている。

 ややあって、彼は訝しげにこちらを見た。


「……これは、お前が一人で作ったのか」

「はい」

「本当か?」

「本当です」


 まぁ、疑うのも無理はない。明らかに初心者が練習で作ったのとは、レベルが違う。


「次は、目の前で作業してもらうぞ」

「構いません」


 イリクから奪い取った技術ではあるが、今は俺の実力だ。いくらでも見てくれればいい。


「それで、遠征中のお前の私物だが、そのリュックでいいんだな?」

「それなのですが」


 カーンは俺に言った。お前の荷物も、お前自身も、すべて馬車で運んでやる、と。ならば、運んでもらおう。


「他にも荷物があるのですが、運んでいただけますか?」

「なに?」

「僕では、重くて運べないんです」


 カーンの表情が険しくなる。


「……どういうことだ」


 そう言いながらも、彼は歩き出している。


「こちらです」


 俺も歩き出す。カーンはもう、何も言わずに、後についてきた。

 彼が、俺の寝室で見たものは、大きな袋だった。それも二袋分。重さにして、合計四十キロほど。


「これは、塩、か」

「はい」

「どこで」


 言いかけて、カーンは言葉を切った。その表情からは険しさは取れている。だが、真剣そのものだ。好奇心が勝ったらしい。

 ゆっくりとこちらを振り向いて、言った。


「中身を見てもいいか?」

「はい」


 彼はしゃがみこみ、分厚い紙の袋をそっと開けた。腰にぶら下げた小道具袋から小さなスプーンを取り出すと、一掬いだけ、塩を取った。丁寧に袋を戻すと、彼はスプーンの上の塩をじっと見た。指の先で少しつまんで、口に入れる。


「これは……」


 ブルカンで採れる塩だ。それも、夾雑物を丁寧に取り除いた高級品。コラプトより戻ってからすぐ、俺は時間がないと判断して、翌日にはブルカンまで飛んだ。そこですぐさま、最高品質の塩を買い付けた。最初は子供だからと侮られもしたが、俺には商人のスキルがある。加えて、俺の前世は料理人でもあった。ゆえに塩の目利きなど慣れたもの。ついでに子爵家の使用人という立場まである。見た目が小さくても玄人だとわかると、彼らは態度を変えた。

 何とか馬で急いでもらって、やっと昨夜、届いた。どうしても俺の都合のためだけに塩を運ばせるので、運搬費用の分だけ、割高になった。それでも四十キロだ。ピュリスで全部捌いても、差し引き金貨二枚分の利益にはなる。だが、本当に利益を得たければ、これをコラプトまで持っていくことだ。無論、現地でも最高価格で売り払おうとはすべきではない。むしろ、多少割り引いても、早めに捌ききってしまうべきだ。でないと、今度は向こうでの仕入れができなくなる。


「これは岩塩ではないな……ブルカンの塩、か。それも、いいものだ。だが……」


 カーンは俺に向き直った。


「どこで買った?」

「塩なんて、ピュリスでも売っているでしょう? コラプトは山の中だから、塩が高く売れると思いました」


 わざわざ正直に、ブルカンから取り寄せました、なんて言えるわけがない。空を飛んでいけば二時間かからない場所でも、歩いていくとなれば三日はかかる。では、どうやってブルカンまで行き、戻ってきたのか。それが問題になってしまうからだ。だから、俺はピュリスで買ったと言い張る。

 もちろん、カーンはその矛盾に気付いている。ピュリスの売値では、この品質のものを、この分量、仕入れることはできない。


「これも僕の荷物ですから、積んでいただけるんですよね?」

「……ああ、もちろんだ。馬車まで運ばせよう」


 なんとかそれだけ言うと、カーンは踵を返した。これ以上の追及はしていられない。彼は隊商の管理者なのだ。些細な問題に時間をかけて取り組むだけの余裕はない。だが、足がつかないよう、今後はもっと注意深く行動しないといけないか。やはり、能力を使うと、どこかに矛盾が出てきてしまう。

 さて、明日からは旅行だ。三時間で行ける場所に一週間かけて、のんびりと。せいぜい楽しむことにしよう。

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