運命を決められる者達

 薄暗いテントの中、ランタンの光が周囲を照らす。映し出すのは、不安な面持ちで黙り込む子供達の顔。

 青空の下、少し早めの昼食を済ませた。干し肉とサラダを詰め込んだホットドッグもどきのパンに、牛乳だけの代物だ。こんな場所でもあり、準備できるものが限られているのだろう。誰も文句は言わない。ミルーク自身も、それを食べていたからだ。

 食べ終わる頃に、運営の人達がやってきて、空き地にテントを設営し始めた。ミルークが頼み込んだらしい。毎度のことらしく、特に騒ぎにもならず、舞台の裏に、小さなテントができあがった。

 幕一枚を隔てるだけで、騒音が一気に遠ざかる。子供達を中に招き入れると、彼はランタンに灯を点した。子供達を小さな椅子に座らせ、彼自身も腰掛けた。そのまま、黙って時間が過ぎるのを待った。


 どれくらい経っただろう。誰かが天幕の入り口をめくりあげた。外の真っ白な光が目を焼く。


「ミルーク・ネッキャメル様はおいででしょうか」


 恭しさの漂う身なりのいい初老の男が、顔だけを出して、そう呼びかけてきた。なんだか、ノックもなしに部屋に入り込んでくるような唐突さがあったが、勝手にテントを建てているのはこちらだし、ミルークも、こうやって声をかけてもいいと伝えているのだろう。


「お時間ですか」


 椅子から立ち上がりながら、彼は応えた。


「はい」

「わかりました」


 一瞬、瞑目した彼は、振り返ると、声をかけた。


「ウィスト」

「あ、はい!」


 呼ばれる順番を知らなかったのか、それとも珍しく物思いに耽っていたのか、ウィストは大きな声を出した。


「お前なら大丈夫だ。まっすぐ立っていればいい。背筋を伸ばし、身動きしないこと。それだけで何とかなる」

「はい」

「行ってこい」


 ウィストが立ち上がると、初老の男も頷き、天幕の外に出る。


 それから、随分と長い時間が過ぎた気がした。実際には、せいぜい十分かそこらだっただろう。ウィストが戻ってきた。さっきの初老の男も一緒だ。

 ウィストは、随分とややこしい顔つきをしていた。口元は半笑いになっているのに、目元は泣き出しそうに見える。


「ミルーク様」


 初老の男は、今度ははっきり天幕の中に入って、まっすぐ立った。


「ご成約、おめでとうございます」


 その一言に、ミルークは力強く頷いた。

 だが、ウィストは相変わらず、難しい顔をしたままだ。


「では、次の子供を」

「お願いします」


 こうして、ミルークの少年奴隷達は、競りにかけられていった。

 今回は景気の改善もあって、需要の高まりがある。ウィストの引き取り先がスムーズに決まったのも、偶然ではない。


 コヴォルは、ミルークから指名された時、緊張でガチガチになっていた。


「コヴォル。お前の場合は、少し力を抜いたほうがいい。特に顔からはな。微笑を浮かべるつもりでいけ」

「は、い」


 目の前でウィストの引き取り先が見つかったと告げられたのも、ショックだったのかもしれない。これで本当に、日常がガラリと変わってしまうのだと。そんな状態で、オークションを迎えなければいけないのだ。


「難しいことはない。ただ立っているだけだ。そんなのは少女にもできる。強い男なら、尚更だ」

「行ってきます」


 コヴォルはこれ以上、グズグズせずに、勢いよく立ち上がった。


 またもや、長い十分間だった。張り詰めた顔をした他の子供達と、ふやけたような、しなびたような顔をしたウィストが、黙って椅子に座っていた。

 不意に天幕がめくりあげられ、コヴォルが先に、初老の男が後についてくる。コヴォルは俯いていた。ダメだったのだろうか。

 初老の男はまたも直立し、口上を述べた。


「ご成約、おめでとうございます」


 だが、コヴォルの表情は固いままだ。


「ただ、その」


 言いにくそうにしている男に、ミルークが耳を寄せた。だが、話は短く、すぐに頷き、コヴォルに向き直る。


「気にするな」


 それがミルークの第一声だった。


「大半の人間には、お前の値打ちがわからなかったのだ。だが、それでもお前を選んだところがあった。だから、やることは変わらない。しっかり努力して、結果を残すんだ。そうすれば、そのうち、お前が本当に自分の値打ちを生かせる場所にも恵まれるだろう。こんなくだらないことで、腐るな」


 ミルークの発言で、おおよそ見当がついた。つまり、コヴォルは落札こそされたものの、多分、ほとんど競り上げられなかったのだ。時間が経ってからの最初の一声だけで決まってしまったとか。ミルークとしても、利益と費用がトントンになるくらいだろう。


「では、次を」

「はい」


 頷くと、ミルークはまた、声をかけた。


「ディー。お城でメイドになるんだろう? 行ってこい」

「はい」


 彼女は、さっきまでの重苦しい表情を噛み潰して、すっと立ち上がった。ぱっと見ただけなら、ただの澄まし顔だ。おしゃまな少女。会場の買い手達は、きっとそんな印象を抱くだろう。だが、俺は彼女の本音を知っている。恐らくはミルークも。だが、それでも断ち切るしかない思いというものは、あるのだ。


 彼女が去ってからは、特に長く感じた。十五分は経ったろうか。

 そっと天幕が開くと、拳を握り締め、目に涙を溜めて俯くディーがとぼとぼと入ってきた。

 だが、あとについてきた初老の男はというと、対照的な表情をしていた。


「ご成約、おめでとうございます」


 その声色も、心なしか明るい。

 考えてみれば、そうか。彼もわざわざ自分の時間を潰して、競りの進行役を務めている。商品のアピールもしているはずだ。なぜそんな苦労を背負ってくれるのか? やればやるほど、利益になるからに決まっている。高値で売れれば、彼の手元にも若干の利益が転がり込むのだろう。

 ミルークも、相手の様子を察して、うっすらと笑みを浮かべて頷いた。


「ドナ」


 彼は、ドナを見下ろしながら、声をかけた。


「緊張するな。力を抜いて、まっすぐ立つ。微笑を浮かべる。それだけだ」


 だが、ドナは泣きそうな顔をしている。

 ミルークは重ねて言った。


「ドナ、いいか。お前には、幸せになれるだけの力がある。確かにあるんだ。だがそれは、黙っててもお前に富を与えてくれるわけではない。お前に守りたいものがあるなら、自分の努力で勝ち取るしかない」


 ミルークは立ち上がり、ドナのすぐ傍までやってきてしゃがみこみ、顔を近付けた。そして囁く。


「……タマリアを見ただろう? 今、この場で足掻いても、何も守れない。お前が戦う場所はここじゃない。わかるな?」


 タマリアの名前を出された瞬間、ドナは苦しそうに胸を押さえた。こればっかりは、俺もだ。弟を守るためだけに、自分の売れるチャンスをフイにしてきた彼女。結果、売春宿に行くしかなくなってしまった。

 ドナが何を守りたいと願っているにせよ、ここで売れなければ、その先はない。売れる先だって、どこになるかはわからない。貴族の屋敷かもしれないが、高級娼館かもしれない。それでも、運を試してみるしかないのだ。

 ドナは、ようやく立ち上がった。一瞬、俺と視線が重なったが、すぐに振り切って、言った。


「いってくる」


 ミルークは立ち上がり、頷いた。


 少ししてすぐ、遠くからさざなみのような歓声が聞こえてきた。ドナの姿を見た人達が、思わず感嘆の声を漏らしたのだ。本来なら、前回の藍玉の市でお披露目するはずだったのに、予定が狂って中止になった。だから、ドナが人々の目に触れるのは、これが初めてとなる。

 ここまで客を期待させる素材なのだから、売れないはずがなかった。ドナがヤケになって、何か問題を起こさない限りは。


 それから何度か、かすかに歓声の波が聞こえた。どれくらい時間が経ったのか。辺りは静まり返った。

 遠くから砂利を蹴散らす音が近付いてくる。天幕の出入り口が真っ白な光で塗り潰される。

 ドナは、肩を震わせていた。涙は流していなかった。それどころではない、といった表情だ。顔色は青白く、今にも吐きそうに見える。生理的嫌悪感が限界に達したのか、鳥肌まで立っていた。


「ご成約、おめでとうございます」


 初老の男は、少し疲れを見せながら、しかし笑顔でそう告げた。


「随分、時間がかかったようですが」

「大変盛り上がりましたので」


 横でそんな話をしている。

 だが、俺は今にも死にそうな顔をしているドナが、さすがに心配になった。話しかけようかと身を乗り出した瞬間、頭上から声が降ってきた。


「ノール」


 ミルークだった。


「次はお前だ」


 太陽はもう、西側に傾きつつあった。空はまだ明るく、頭上は青々としていたが。春もたけなわ、一日が長いのだ。

 日陰の天幕の中は薄暗かったし、肌寒くもあったが、こうして日向に出て、日光を浴びた木の板に触れてみると、温かみを実感できる。踏みしめる木の階段も暖かだった。

 舞台の上は、一変していた。さっきは何の装飾もされていなかったのに、今は豪奢な赤い緞帳が垂れ下がっている。舞台の前にも、何段もの花壇が据え付けられていて、色とりどりの花が彩りを添えていた。見渡せば、客席のほうも、さっきまでとは違う。剥き出しの木の座席ではなく、そこに布をかぶせ、クッションを置いている。

 そして、何より客層が違った。工事現場のおっちゃんっぽいのは一人もいない。大抵はスーツみたいなのを着込んだ男性ばかりだ。恐らく、どこかの家の執事か何かだろう。俺達を利用するのは金持ちであり、貴族であったりするが、奴隷というのは、基本的に卑しい存在だ。だから、こんなオークションにがっついて品定めするなど、紳士淑女のすることではない。

 そんな召使達に混じって、何人か変わった外見の人物が混ざっていたりする。サハリア風のゆったりした衣服を身につけた男が数人、フォレスティアの上流階層が身につけるようなゴテゴテした洋風の服を身にまとったのが、やっぱり数人。彼らは貴族ではなく、富裕な商人に違いない。


「お待たせ致しました。こちらが九番、ノールです」


 初老の男は、落ち着いた声色で説明を始める。


「皆様ご存知の奴隷商ミルークが、本日持ち込んだ奴隷は、彼で最後になります。ご覧の通り、こちらも黒髪。類のない美少年です」


 小さな歓声があがった。だが、それほどでもない。この程度の声では、天幕にまで聞こえたりはしないだろう。それより、訝しむような顔つきの男が数人いる。


「さて、ノール少年の説明ですが、これはお手元の資料にある通りでございます。通常、奴隷の競りとなりますと、値のつきにくいものから先に出品し、最後には一番魅力的なものを置くのが常識となっておりますが……彼を預けた奴隷商ミルークによりますと、今回もその順番通りにした、とのことでした」


 初老の男が、最後のくだりを強調しながら言うと、さっきのより少し大きな歓声があがった。果たして、絶世の美少女であるドナより、本当にこの少年に値打ちがあるというのか? そういう疑問だろう。


「信じられないかもしれませんが、ノール少年は、三歳の時点で既に、複雑な計算をこなしていたとのことです。また、物覚えも早く、ここ一年半ほどは、奴隷商の仕事を手伝うほどでした。ミルーク自身の述べるところによりますと、彼は有能という言葉では評価ができない、異能といっていいとのことでした」


 異能、か。

 確かにそうかもしれない。俺が結果を出す時、その思考回路は、この世界の常識とはかけ離れている。前世で培った知識や概念を元に、ただの子供が様々な発想を生み出していく姿は、見る人からすれば、不気味ですらあるだろう。

 ましてや、俺は虫けらに変身する人間だからな。……あれ? 売っていいのか、そんな危なっかしい商品を。


「この少年を手にする人は、決して損をしない、正しく活用すれば、少なくとも投資した金額の何倍もの利益になる……とまで言い切っています。皆様、奴隷商ミルークはこれまでも、質の高い少年奴隷だけを扱ってきました。しかしながら、過去に彼がここまで強気の意見を述べたことは、ただの一度もございません。これだけのものは、もう今後出てこない可能性があります。……皆様、準備はよろしいですか?」


 観客の反応は、ドナの時ほどわかりやすくはなかった。一部の客は熱視線を浴びせてくるが、興味なさげにしているのもいる。それはそうだ。異能の奴隷を欲しがる人間が、どれだけいるだろう? そもそも、この説明を真に受けていないのもあるだろうが。

 彼らはもう、奴隷の使い道を決めているのだ。例えば、ドナを買うなら、ゆくゆくは自分の愛人にするか、それとも今はまだ幼い若君の、十年後の玩具にするか。高級娼婦に仕立てるのか。そこにイレギュラーが入り込むなど、必要ないし、有害ですらある。

 本当のところ、俺にドナ以上の値打ちがあるかというと……だから、ない。確かに、俺の忠誠心と信頼を手にすれば、そいつは何でもできる。俺にかかった金など、軽く回収できるだろう。なにしろ、俺は他人の肉体と人生を乗っ取ることさえできるのだから。でも、俺が誰かのためにそれをする可能性は、限りなく低い。ということは、俺はちょっと頭がいいだけの、普通の少年奴隷でしかないのだ。


「では、金貨一千枚から!」


 おっと。

 いきなり開始時点の値段が、普通の倍じゃないか。ミルーク、強気すぎないか?

 ところが、すぐに手を挙げる奴がいた。


「グルービー様、おとりします」


 迷いもせず俺を買おうとは、どこの変わり者だ? 俺は、初老の男が見ている方向に振り返る。

 吐きそうになった。


 こいつか。

 瞬間的に、俺は理解した。


 まず……だらしなく太った肉体。あの胴体、俺が手足を丸めれば、三人分くらいは軽く詰め込めそうだ。背は決して高くないが、体重なら確実にミルークの三倍はあるはずだ。服はサハリア風のローブだが、顔立ちはフォレス人。思うに、あのでっぷりとした体型では、普通のフォレス人向けの服では、体を締め付けるだけなので、着心地が悪いのだろう。

 顔もかなりのものだ。落ち窪んだ眼窩に、澱んだ目つき。横に広がった顔の周囲、頬にも首にも、たるんたるんのシワシワな皮が、たっぷりの脂肪とともにへばりついている。皮膚も相当な荒れ具合で、シミ、ソバカスなんてレベルじゃない。口元はだらしなく開けられ、そこからよだれが垂れている。その上、砂漠の雑草さながら、まばらに生えた髭が、やけに汚らしい。

 そんな男が俺を見つめて……一瞬でわかった。こいつ、欲情してやがる!


 そういうことか。ドナに高値をつけたのは、きっとこいつに違いない。

 なんてこった。じゃあ、俺がこいつに買い取られれば、またドナと一緒にいられる! それも二人揃って、全裸に剥かれて。但し、互いに睦みあうわけにはいかない。どっちもあのデブの餌食だ。


 俺は目立たないように、さっと砂時計のほうを振り返る。俺がさっき見た、犯罪奴隷のオークションにはなかったものだ。参加者にもわかりやすく、大型の砂時計が用意されている。今、グルービーとやらが俺に入札した。この砂が落ちきるまでに次の手が挙がらなければ、俺は落札されてしまう。


「千百」


 遠くから、冷たい声が響いた。


「イフロース様、おとりします」


 視線を向けると、そこにはスーツを着込んだ、背の高い眼鏡の男がいた。鼻の下の尖ったチョビ髭が、執事っぽさを醸し出している。そこまで気になるほどでもないが、若干、肌の色が濃い目だろうか。ぱっと見て、人種が判別できない。微妙にサハリア人の血統も受け継いでいるのかもしれない。ただ、髪の毛の色はサハリア人に一般的な黒ではなく、どちらかというとルイン人っぽい、淡い銀髪だ。それも、白髪に生え変わりつつある。服装から判断するに、貴族の召使だろうか。


「千二百」

「グルービー様、おとりします」


 すぐにデブが割って入った。俺を諦めるつもりはないらしい。


「千三百」

「イフロース様、おとりします」


 すぐにデッドヒートだ。

 もっとも、このイフロースとかいう男、表情に動きはない。ひどく冷静な印象がある。

 どうやら、只者ではなさそうだ。どれどれ……


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 サウアーブ・イフロース (55)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク6、男性、55歳)

・スキル フォレス語  6レベル

・スキル サハリア語  6レベル

・スキル ルイン語   6レベル

・スキル 指揮     5レベル

・スキル 管理     5レベル

・スキル 商取引    5レベル

・スキル 薬調合    4レベル

・スキル 医術     4レベル

・スキル 風魔術    6レベル

・スキル 格闘術    6レベル

・スキル 剣術     6レベル

・スキル 投擲術    6レベル

・スキル 隠密     4レベル

・スキル 軽業     4レベル


 空き(41)

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 やっぱり。

 メチャクチャ強そうだと思ったら。


 ミルークより十歳ほど年上だが、見た限り、体つきはしっかりしているし、筋肉もついている。この世界では立派に高齢者だが、まだ現役だろう。

 スキルレベルのほとんどが、5か6だが、これは今までの経験則からすると、上級者にあたるらしい。実際、レベル6の弓術を使うミルークの腕前は、神がかっていた。ということは、この男もそれくらいの水準で、いろんなことがこなせるわけだ。


「二千!」

「グルービー様、おとりします」


 俺が思考の淵に沈んでいると、横からデブ商人の苛立った声が飛んできた。一気に吊り上げて、断念させようという腹か。


「三千」

「イフロース様、おとりします」


 イフロースは、よく通るが、しかし決して興奮を感じさせない声色で、淡々と応じた。


「四千!」

「グルービー様、おとりします」


 デブが喚きたてると、その横に控えていた、いかにも弱そうな男が、何かを主人に告げていた。だが、グルービーはそいつをうるさそうに押しやる。

 どれ、このデブもちょっと見てやるか。

 ……って、ええええっ!?


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 ラスプ・グルービー (41)


・マテリアル ヒューマン・フォーム(ランク2、男性、41歳)

・スキル フォレス語  6レベル

・スキル サハリア語  5レベル

・スキル ルイン語   4レベル

・スキル シュライ語  4レベル

・スキル ハンファン語 4レベル

・スキル 商取引    6レベル

・スキル 房中術    7レベル

・スキル 薬調合    6レベル

・スキル 精神操作魔術 6レベル


 空き(32)

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 ……タダのデブじゃなかった、ってことか。

 様々な言語を操るだけでなく、薬学に精通し、商売にも詳しく、そして高位の魔術師でもある。だけどこれ、ヤバい系統のじゃないか? 精神操作ってなんだよ? こう、人間を洗脳したりとかして、操ったりするのか?

 それに、やけに高レベルの房中術。こいつ、一日中、何して暮らしてるんだよ……!


 だが、これはしくじった。こんなにおいしい能力を持った連中がゴロゴロいるなら、さっきのなけなしの一回、フォレス語の上達なんかに使うんじゃなかった。

 いや、そうじゃない。確かに、俺は利己的に行動すると決めてはいる。だが、何事にも節度が必要だ。こんなところで、それなりの地位の人間から能力を奪ったら、どうなる? 彼らは原因を考える。一度や二度なら、発覚しないかもしれない。だが、何度もとなると、やがて……

 ニトゥラからは言葉を奪ったが、あれを購入した工事現場の男は、少しハズレを引いたくらいにしか思わないだろう。どうせ話ができてもできなくても、させる仕事に違いはないのだから。


「五千」

「イフロース様、おとりします」


 無情に声が響く。

 それにしても、こんなに金を出していいのか? 金貨五千枚ってことは……だいたい、貨幣の価値を日本円に置き換えると、銅貨が百円玉、銀貨が千円札、金貨は一万円分に相当するくらいの感覚だ。だから、金貨が四、五百枚もあれば、一家族が十分、一年間は暮らしていける。それが五千枚って、どれだけ高いんだ。

 一方、グルービーとやらは、顔を紅潮させながら、短い手足をバタバタさせていた。憤懣やるかたないのだろう。それを、脇にいる男が抑えようと骨を折っている。もう一度、デブが喚きたてようとしたところで、また一人、スラリとした手足の、少しキツそうな印象の女が出てきた。眼鏡をかけ、リクルートスーツみたいなのを着て、こげ茶色の髪の毛をポニーテールにしている。そいつが横からデブを抑え、何か話し合っている。そうしている間にも、砂時計の砂は、どんどん落ちていく。


「五千五百!」


 やっと、搾り出すような声で、グルービーが叫んだ。


「グルービー様、おとりし」

「六千」


 進行役に最後まで言わせず、イフロースが締めくくった。デブの目には、怒りと絶望が浮かんでいた。だがもう、どうしようもないようだ。


「イフロース様、おとりします」


 ポツンと声が響く。だが、会場はもう、静まり返っていた。サラサラと零れ落ちる砂の音さえ、聞き取れそうなくらいに。

 そして、やがて最後の一粒が落ち、砂時計は完全に沈黙した。


「金貨六千枚にて落札です。ピュリスのトヴィーティ子爵、エンバイオ家よりお越しの、サウアーブ・イフロース様、おめでとうございます」


 俺の引き取り先が決まった瞬間だった。

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