犯罪奴隷
乱暴者の入所に、みんなが色めき立つ中、俺はこみ上げる胃液に噎せつつも、手にした利益の大きさに喜びを抑えられなかった。
目の前に立つ犯罪奴隷は三人。俺は早速、ピアシング・ハンドで、彼らの「中身」を確認したのだ。
まず、俺にいきなり蹴りを見舞った若い男。大柄なフォレス人で、見るからに下品な人相をしている。
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モータス・エトゥート (23)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク4、男性、23歳)
・スキル フォレス語 4レベル
・スキル 商取引 3レベル
・スキル 棒術 4レベル
・スキル 農業 3レベル
空き(19)
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たいした能力はなさそうだが、それでもフォレス語のスキルは俺より高いし、棒術もなかなかだ。一応、商取引のスキルも、狙い目かもしれない。
次。俺の手の甲をグリグリと踏みにじってくれた女。顔立ちそのものは整っているが、目つきがいやらしい。色気はあるが、同時に爛れた雰囲気も漂わせている。やっぱりフォレス人らしく、髪の毛は茶色だ。
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ニトゥラ・プーハ (26)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク6、女性、26歳)
・スキル フォレス語 5レベル
・スキル 房中術 4レベル
・スキル 理髪 2レベル
・スキル 美容 2レベル
空き(22)
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スキルを見れば、人生もわかる。さっきのモータスが、恐らく農民の息子で、真面目に働けずに、はみ出したのだとすれば、こちらはきっと都市部で育ったか、幼い頃に奴隷として売り飛ばされたのだろう。その証拠に、農業などの実家の稼業と思しきスキルがない。その代わりに、性的なスキルばかりが伸びている。だがこの年齢だ。売春婦としては、もうピークを過ぎている。
肝心のスキルは……房中術なんか、今の俺には無用だが、高レベルのフォレス語は魅力だ。盗賊どもの仲間になってからは、その言葉の力で、鼻の下を伸ばした犠牲者達をひっかけてきたのだろう。
だが、一番の獲物はといえば、やっぱりこいつだ。
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イリク・ウィッカー (28)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク3、男性、28歳)
・スキル フォレス語 3レベル
・スキル ルイン語 5レベル
・スキル 商取引 3レベル
・スキル 薬調合 4レベル
・スキル 身体操作魔術 5レベル
・スキル 格闘術 2レベル
空き(22)
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最後に唾を吐きかけてくれた男だが、一見すると、とても犯罪奴隷には見えない。
ルイン人は一般的に、フォレス人より体格が大きい。筋肉質でもある。ところが、目の前の男はというと、隣のニトゥラよりちょっと背が低いくらいで、骨ばった痩せっぽっちだ。顔はニキビだらけで、肌も汚い。ついでに人相も、なんだかイジメられっ子を長年やってきたかのような、いじけた風情がある。金髪碧眼だから、一応ルイン人だとわかるのだが。
魔術以外では、薬調合のスキルが目を引く。金持ちの薬問屋のドラ息子、といったところか。ルイン語のほうがレベルが高いところを見ると、彼はタマリアのような移民の子孫ではなく、セリパシア出身なのだろう。
だが多分、この中で最強の存在は、イリクだ。なんといっても人生で二人目の魔法使い。身体操作ということは……もしかして、ひょっとすると、例の鉄格子を捻じ曲げた犯人って、こいつだったりしないか?
とすると、これは大問題だ。もし、犯罪奴隷の逃亡を許せば、ミルークの立場がない。逃げられたら絶対に捕まえなければならないが、今回はそれだけではない。着任したばかりのゼルコバは、まだミルークの潔白を信じていない。
これはよくない。今まで大事に大事に俺達を育ててくれたミルークを助けてやらねば。うん。
ところで、今の時点の俺はというと……
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(自分自身) (7)
・アルティメットアビリティ
ピアシング・ハンド
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク7、男性、5歳・アクティブ)
・マテリアル バード・フォーム
(ランク6、オス、8歳)
・スキル フォレス語 2レベル
・スキル 商取引 1レベル
空き(3)
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魂の年齢は、先日、七歳に達した。例の、虫けらになっていた時間が、人間の寿命にして、一年とちょっとくらいの長さに相当するのだろう。だが、肉体年齢のほうはというと、もう少しだけかかる。次のオークションには、六歳ギリギリで出品される予定だ。
さて。それが今、こうなった。
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(自分自身) (7)
・アルティメットアビリティ
ピアシング・ハンド
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク7、男性、5歳・アクティブ)
・マテリアル バード・フォーム
(ランク6、オス、8歳)
・スキル フォレス語 2レベル
・スキル 商取引 1レベル
・スキル 身体操作魔術 5レベル
空き(2)
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ご馳走様。
うむ、これは必要な措置なのだ。ここで犯罪奴隷に逃げられでもしたら、ミルークが困るじゃないか。決して私利私欲のためではないぞ。社会正義のためだ。そして恩返しなのだ。うん。
それに、こいつらは凶悪犯罪を繰り返してきた盗賊どもの一味なのだ。ついさっきだって、俺に暴力を振るったじゃないか。だから遠慮などする必要はない。そうだとも。
……笑いが止まらない。こんなに簡単に魔法使いになれるなんて。一度、魔法を使ってみたかった。できれば火の玉を出すとか、そういう派手なのが欲しかったのだが、この際、贅沢は言うまい。それはおいおいということで、とりあえずは、鉄格子をもひん曲げるという怪力を……って、あれ?
さっきから、右手で目の前の石畳を砕こうとしているのだが、自分の拳が砕けそうになるばかりだ。なんか全然、効果がないぞ?
「ノール! 大丈夫?」
ドナがいち早く気付いて、駆け寄ってきた。どうやら、俺が右手で床をドンドンと叩いているのをみて、激しい苦痛に悶えているのだと勘違いしたようだ。さっきの蹴りのダメージが余程大きいのだろうと想像したらしい。
「あ……ごめん、もう平気だよ」
ジュサも、俺に心配するような視線を向けてくれてはいるが、犯罪奴隷を後ろから抑えているので、駆け寄ってきてはくれない。
「ジル」
そこへ、ミルークの冷え冷えするような声が響いた。
「私の部屋から、弓と矢を持ってこい」
ジュサと一緒に、犯罪奴隷を押さえ込んでいた彼女だったが、命令を受けて、さっと奥へと引っ込んだ。いつの間にか、中庭は静まり返っていた。
ジルが駆け足で戻ってくると、ミルークは、弦を軽く弾いて状態を確認する。矢筒を背負うと、二人に声をかけた。
「ジュサ、もういいぞ。ジル、そこの木工場にある木片を適当に三つ、拾ってきてくれ」
大人の拳大の木片を三つ。彼女がそれを持ってくると、それをミルークは、ジルと二人の守衛に持たせた。
「ジュサ、合図をしろ。そうしたら三人とも、好きなほうにそれを投げるんだ」
子供達は、キョトンとしている。これから何をするつもりなのか、把握できていないのだ。
だが、俺はミルークにどんなスキルがあるかを知っている。
「投げろ!」
ジュサの叫びと同時に、木片はそれぞれ、まるきり別の方向へと飛んでいく。だが、それを目で追う横で、ビィンと弦の揺れる音がした。
木片のうち、二つは石畳の上に落ちた。最後の一つは、馬小屋の壁に突き刺さっている。何れもその中心を、矢が貫いていた。
ほーっと溜息が漏れる。子供達は目を丸くしていた。ミルークにこんな特技があるとは、誰も知らなかったのだろう。
だが彼は、にこりともしなかった。
「犯罪奴隷ども」
向き直りながら、落ち着いた声で、彼は宣言した。
「私は、全力で走る馬の上からでも、同じことができる。次はない」
迂闊な真似をすれば殺す。警告はこれ一回きり。次はいきなり本番だろう。
そうなのだ。知的で腰の低い、礼儀正しい奴隷商。そんなのは、ミルークの一側面でしかない。薄皮一枚脱ぐだけで、凶暴な砂漠の戦士としての素顔が剥き出しになる。これだからサハリア人は怖いのだ。
犯罪奴隷も、相手の手強さを知って、おとなしくなった。
「ジュサ」
事務的な口調で、ミルークは命令した。
「連中を西側の部屋に入れておけ。一応、食事は与えてやれ……あまり物で十分だ」
「はい」
ジュサは、乱暴に彼らの鎖を引っ張った。歩幅が取れないので歩きにくそうにしているが、手加減なしだ。いきなり俺に暴力を振るったその態度、犯罪奴隷という立場を弁えない様子から、甘い顔はできないと判断したのだろう。
犯罪奴隷が北側の階段の向こうに消えると、ミルークは子供達に声をかけた。
「怖がることはない。連中はオークション当日まで外には出さない。懲罰房の中で、しっかり手足を拘束するから、危ないことは何もない。安心するように」
そう言われて、幼い子供達がパラパラと返事をする。それに頷いて、ミルークは執務室へと帰っていった。
だが、俺は頭を抱えていた。どうしたものか? 俺のピアシング・ハンドの能力は、相手を認識できないと発動できない。見えているか、直接触れているかでないとダメだ。なんとかして、懲罰房に入り込まなければ。だが、鳥になっても、あそこには、ろくに窓もないし……
それと、せっかく奪った身体操作魔術だが、これもどういうわけか、機能していない。どうすれば使えるようになるのか……
「どうしたの? まだどこか痛いの?」
ドナが俺の顔を覗き込んでいる。
俺は慌てて立ち上がり、笑顔を作った。
「ううん、もう平気だよ。ありがとう」
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