生ゴミまみれ

 薄暗い集積場で、不潔な生ゴミの山を見つめつつ、俺はじっと考えていた。


 ピアシング・ハンドの能力は、連続使用ができない。空き枠があっても、丸一日経たなければ、発動はしない。これは能力の奪取に限定してのことだろう。プノスの肉体を奪った際、アクティブにするマテリアルを切り替えたり、いらなくなったマテリアルを切り離したりするのに、何の制約もなかったからだ。

 となると、だ。

 この能力は、確かに世界最強だが、迂闊に使っていいものではない。どんな強敵でも一撃で確実に倒せるが、たくさんの敵に囲まれた状況では、俺自身が強くならなければ、その他の生き残りによって嬲り殺しにされてしまうだろう。また、その時点では一対一であったとしても、丸一日経過する前に、また新たな強敵に遭遇しないとも限らない。

 それに、気にかかっていることもある。今のところ、これといった問題は生じていないが、副作用などはないのだろうか。相手の能力や肉体を奪おうとすると、俺はいつも、謎の気持ち悪さと、本能的な恐怖を感じている。最初は命を奪うことへの罪悪感とも思ったのだが、どうも納得できない。

 使用回数に上限がある可能性も考慮すべきだ。一日に一回しか使えないとして……一年は、この世界では毎年三百六十六日だが……俺があと百年生きられるとして、この能力の使用回数は残り三万六千六百回、という計算になる。これだけあれば、十分、ピアシング・ハンド抜きに世界最強になるのも難しくない気はするが……実際には、この半分も使えないだろう。奪うべきスキルを持った相手に、毎日出会えるとも限らないのだから。

 そう考えると、今度は俺の寿命が気になる。今の俺のステータスはこうだ。


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 (自分自身) (3)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク7、男性、3歳)

・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・スキル フォレス語 2レベル


 空き(1)

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 三歳児の肉体だから、マテリアルにはそう書いてある。だが、俺自身を示す横にある数字はなんだろう? 肉体年齢ではなく、魂の年齢か?

 目の前のゴキブリの数字が気にかかる。


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 <ゴキブリ> (34)


・マテリアル インセクト・フォーム

 (ランク4、メス、1歳)

・スキル 病原菌耐性 3レベル


 空き(33)

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 一年しか生きていないのに、魂の年齢がやけに高い。人間では、こういうことはなかった。

 魂の年齢が、空き枠と直結しているのはわかっている。だが、魂の成長には、限度があるのだろうか? あったとして、その後には何が待っているのだろう? 育たなくなるだけなのか、それとも、考えたくはないが、死が待っているのか。

 そういえば、まだ試していないことがあった。既に所持しているスキルに対して、更に同じスキルを取りにいった場合、どういう結果になるのだろうか? 例えば、俺が周囲の子供からフォレス語のスキルを奪ったら、その結果は足し算になるのか、それとも高い能力のほうだけ残るのか、両方別々の枠を必要とするのか。

 これは重要な点だ。足し算になるなら、弱い奴から少しずつ能力を奪っていってもいいのだが、そうでないなら、強敵に挑まないといけなくなる。もっとも、その強敵は、俺から攻撃を受けているという自覚など、もてないだろうけれども。

 ただ、実際に人間相手にやるわけにはいかない。まだミルーク達が帰ってくる予定の日まで、五日程度は残っている。今日はついさっき、足をなくしたゴキブリのフォームを奪ってしまったから、能力を行使できないが、また明日から、いろいろ試してみればいい。

 そう考えて、集積場から出ようと振り返ったところだった。


「!? ……っふっ」


 突然の一撃に、俺は声も出せなかった。軽い体は簡単に浮き上がって、背後の生ゴミの山に叩きつけられる。


「やりぃ!」


 嬉しそうなガキの声。これはウィカクスか。

 くそっ、さすがにこれは気分がよくないな。ゴキブリを手づかみできるからって、何もゴミとか汚れとかゴキブリが好きなわけじゃない。必要だから、我慢できるだけなのだ。

 ぱたぱたと足音が響く。すぐに逃げてしまえば、証拠はないんだから、と考えているようだ。このバカ、どうしてくれようか。なんなら実験がてら、明日にでも、断ち切ってやろうか。


「どうだ! きっちりやれるの見ただろ? え、おい?」


 外から子供達の声がする。大声を出しているのはウィカクスだが、すぐ隣にお供もいるのだろう。

 体中に纏わり尽いた汚れやら虫やらを叩き落として、俺はのろのろと集積場から出た。そして左を向き、まだその場にウィカクスがいるのに気付いた。しかも、彼は一人ではなかった。

 すぐ隣にはドロルも立っている。但し、ウィカクスともども、俺には背を向けている。デーテルはというと、二人と向き合う場所にいた。但し、顔は伏せたままだ。そして……彼の横には、珍しく怒りの表情を浮かべた先生がいた。よく見ると、デーテルの顔が、少し赤く腫れている。


「……これは、どういうことだね?」


 低い声で、彼は二人の乱暴者を問い詰めた。汚れをひっかぶった俺の顔と、二人とを見比べながら。


「いや、あ、あの」

「暴力をふるうなと、あれほど言っておいてあるはずだ」

「つい、かっとなって」

「ふむ」


 先生は、横に立つデーテルを、ちらりと見やった。


「同じ年頃の子供が相手なら、まあ、喧嘩の一つもやらかすものかもしれんが」


 デーテルは、居心地悪そうに身を縮めた。


「君らの年で、三歳の子供を後ろから蹴飛ばすのが、喧嘩といえるのかね」

「で、でも! こいつは、だって、普通じゃないじゃないですか!」


 その訴えに、先生は顔をしかめた。


「どこが普通ではないのかね」

「言ってることも、やってることも、まるで大人みたいじゃないか! 変に落ち着いてて、いつも勉強ばかりして、ミルークさんにはゴマをすって!」

「真面目ないい子、ということじゃないのかね」

「違う! そういうフリをしてるだけなんだ!」


 そう訴えるウィカクスは、顔を紅潮させていた。必死なのに違いない。

 対照的なのは、隣に立っているドロルだ。一見、頭を伏せて、先生の説教に反省しているように見えながら、表情はばかに落ち着いている。実行犯はウィカクスで、ドロルはただ、唆しただけだからだろう。代表はウィカクス、自分は知らぬ顔をしてしまえば済むのだ。


 だいたい事情が飲み込めてきた。まず、そこにいるデーテルだ。昨日、タマリアから、こっぴどく叱られたのだろう。ウィカクスやドロルとはつるむな、と言い含められた。で、今日になってまた、この不良の二人がやってきた。たぶん、また何か、二人は悪いことをしようとしていた。

 そこでデーテルは二人を拒否した。だから、怒りを感じて、彼らはデーテルに手をあげた。だが、それだけでは気が済まなかった。とはいえ、タマリアに手を出すわけにはいかない。あれは確実に仕返ししてくる。体の大きさではウィカクスに負けていないし、ちゃんと先生にも相談するだろう。

 となると、デーテルがウィカクスに逆らうきっかけを作った人間を逆恨みすることになる。つまり、俺、ノールだ。

 さっき、ウィカクスは、後ろから俺を蹴飛ばそうとした。偶然、振り返った俺は、腹で蹴りを受け止めてしまったが、その時の奴の声は覚えている。嬉しそうに「やりぃ!」と叫んでいた。これは喧嘩ではない。面白半分にいじめるから、スカッとするのだ。

 とはいえ、彼がわざわざ行動に出たのは、ドロルの誘導もあってのことだろう。俺が思うに、ウィカクスは短絡的で、感情的で……要するに、頭が悪い。少し自尊心を揺さぶられると、簡単に操られてしまうのだ。

 彼らにとって計算違いだったのは、ちょうどそこへ、先生が通りかかったことだ。恐らく、少し前に、顔の腫れているデーテルを見つけてしまったのだろう。それでたまたま、ウィカクス達を探しているところで、さっきの暴力を目にしてしまった。

 さすがにここまで問題を起こすと、懲罰房入りも現実的になってくる。だから、ウィカクスは自分の罪を軽くしようとしているのだ。


「どちらにせよ、それがお前のやったことの理由にはならん。どうするね? 今から自分であの部屋に入るか、旦那様が戻るのを待つか、どちらでも構わないが」


 悪いほうを取るか、より悪いほうを取るか。嫌な問いだ。

 ウィカクスは、唇を噛みながら、目を泳がせていた。

 俺は一歩、進み出て、声をかけた。


「先生」

「なんだね」


 俺に視線を向けつつも、先生は表情を緩めなかった。


「僕は確かに、さっき、そこでゴミの山の中に蹴飛ばされました」

「わかっとるとも。見てしまったからな」

「でも、それはそれとして、今回の件は、なかったことにしませんか?」


 ウィカクスにドロルが、びっくりして顔をあげた。

 だが、先生は落ち着いたまま、厳しい表情を変えようとはしなかった。


「なぜかな」

「僕は、誰も傷つけたくありません」


 心にもないきれいごとを理由にしてやった。


「それはいい心がけだが、悪いことをしたら、ちゃんと罰を受けなければいかん。そうでないと、結局は本人のためにもならんのじゃ」

「おっしゃる通りです。でも、僕は、先にここに来たお兄様方と仲良くしたいんです」

「ふむ……」

「お願いです、今回だけは見逃していただけませんでしょうか?」


 本音はもちろん、別にある。

 ウィカクスがここから追い出されるならいいが、さもなければ、こいつは変わらず奴隷頭の役目を担い続けるだろう。となれば、今回のようないじめが、更にエスカレートしていくのは、もう目に見えている。

 ならば、ここで少しでも恩を売って、今後は仲良くやっていけるようにしたほうが、俺自身の利益にもなる。


「そううまくいくものかの……」


 ぼそっと先生が低い声で、呟いた。


「はい?」

「いや、なんでもない……ウィカクス、今回だけは、本人がそう言っているから、わしも忘れることにする。だが、次はないぞ」

「あ、は、はい!」


 ウィカクスは、感極まったような表情を浮かべて、何度も頭を下げた。一方、隣に立つドロルは、怪訝そうな顔つきで俺を見ていた。

 まあ、俺にとっては、割とどうでもいい事件だ。これで厄介ごとが減ってくれればいいが……逆に、俺に注目が集まったりして、実験が続けられなくなるのは困る。


 ともあれ、用は済んだので、俺はさっさと水場に向かった。汚れを落としたら、部屋に戻って休むとしよう。

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