取引

 声が聞こえた気がした。

 はっとして身を起こす。周囲を見回すが、紫色の影は、どれもこちらを見ていない。


「お前の……名は……?」


 もっと近くで聞こえた。

 どこだ?


「こちらだ」


 すぐ真後ろから聞こえた。慌てて振り返る。

 立っていたのは、黒髪の美男子だった。東洋人とも西洋人ともつかない顔立ちで、服装はというと、ゆったりとした白い布切れを巻きつけたような代物だった。こう、古代のローマ人とかが着てそうなアレだ。どうやら、あの真っ暗な空間からやってきたようだ。


「あんたは、誰だ?」


 待ち望んだ刺激に、俺はうろたえながらも、なんとか質問した。

 だが、この男は、それを無視して、質問を重ねてきた。


「なぜ、お前には記憶がある? そして、どうして生まれ変わろうとしない?」


 相手の言葉の意味を受け止めるのに、若干の時間がかかった。

 だが、考えがまとまってくると、俺はやや、攻撃的な口調で返事をした。


「記憶があるのは何でかって、そんなの知るか。それと、あそこから飛び降りると、やっぱり生まれ変わるのか。でもな、俺はもう一回、人生をやり直すなんて、まっぴらごめんなんだよ」


 言い切ってやった。

 ついでに質問も追加だ。


「あんた、神様か?」


 もしそうなら、ラッキーだ。退屈凌ぎにもなるし、これまでの恨み言もぶつけてやれる。その結果、この……魂ごと、木っ端微塵にされたって、構うものか。


「そんなようなものだな。お前がそう思うなら、そうなのだろう」


 イラッとくる回答だ。言葉が通じるなら、はっきりわかるように説明しろ。


「それで、何しにここに来たんだ。まさか、俺を無理やり、ここから突き落とそうってのか」


 言っておいてから、しまったと思った。よくよく考えれば、目の前の男は、ここで唯一、コミュニケーションの取れる相手だ。何の刺激もない空間で、俺はどうかしそうになっていたところだ。たとえ俺に不幸な人生をプレゼントした本人だったとしても、ここは仲良くしておくべきではなかったか。

 だが……。


「半分は正解だ。お前には、ここから飛び降りてもらおうと思っている」


 一番恐れていることを言われて、俺は身を固くした。


「い、嫌だ! 俺はもう、生まれるつもりはないぞ! クソみたいな人生をもう一回だなんて、やってられるか!」

「ほう?」


 男は、端正な顔を歪めて、凄みのある笑みを浮かべた。


「なるほどな……ろくでもない目にでもあって、ここに来たか」


 人事だと思いやがって。


「あんたには笑い事でも、俺にとってはそうでもないんだよ。本当にろくでもない人生だった。あんた、神様なら、答えてくれよ。なんで俺がこんな目にあわなきゃいけなかったんだ。苦労のし通しで、最後には交通事故だ。いいことなんて、ほとんどなかったんだぞ」


 だが、男はまったく怯んだ様子がなかった。


「そう言われても困るな。神のようなものだ、とは言ったが……お前の人生がそういうものになったのは、何も私のせいではない。それに、人間に生まれただけ、幸せだったのかも知れないぞ?」

「なに?」

「よく見るがいい」


 男が指差す先には、いつもの紫色の集団が流れていた。


「人間はもとより、あらゆる動植物、それに微生物まで……みんな、生まれては死んでいる。さまざまな形で、さまざまな世界に降り立ち、魂は循環して、またここに戻ってくる。この繰り返しが……魂が世界で積み上げてきたものの蓄積が、また新たな世界を生む原動力になる……」


 何を言っているのか、よくわからない。

 男は、こちらに振り向いた。


「たとえば、お前はもしかすると、あの米粒になっていた可能性もあった。もしそうなら、生まれて間もない、発芽さえしないうちに、食料として消費されていたかもしれないな。それにあの小さな粒は……ミジンコだな。小魚のえらに掬い取られて、それでおしまいだ。そんな生涯を無数に繰り返すほうが、むしろ一般的なのだからな」


 なるほど。理解はした。確かに、生まれてすぐ、何がなんだかわからないうちにあれこれ揉まれて、気付いたら死んでいたとか……そういうのを何万回も繰り返すと思えば、人間として生きて死に、更にこうして死後にも意識と記憶を保っているだけ、恵まれているといえるのか。

 だが、それで納得できるものではない。


「よーくわかった。要するに、人間に限らず、生きるっての自体がまったくクソだってことがな。俺はせっかく死んだんだ。だから、このままここにいることにする。また苦しい思いをするなんて、絶対ごめんだからな。それに、生まれ変わった先がミジンコとかミドリムシとかじゃ、たまったもんじゃない」


 俺の宣言を、しかし、男は鼻で笑った。


「いいのか? だが、ここには何の刺激もないぞ? 果たして、お前の精神が正常なままでいられるものかな?」


 そう言われると、不安はある。さっきまで、俺はあまりの刺激のなさに、正気を失いかけていた。

 人間は、まったくの無感覚には耐え切れない。どこかの本で読んだが、心理学の実験のひとつに、人を何もない空間で寝かせておく、というものがあるそうだ。皮膚への刺激を遮断するために腕にも何かを巻きつけ、音や光を与えないためにヘルメットをかぶせる。そして、さぁ、何時間耐えられますか、と言われる。

 高額なバイト代に釣られて志望者が数多く挑戦したが、三日ともたないのが大半だったとか。無理して頑張る人達は、途中からだんだん壊れていった。歌を歌いだしたり、幻覚が見えるようになったり……最後には、歩けなくなったりもしたらしい。

 この空間には、ほとんど刺激がない。確かに、俺の心は壊れてしまうかもしれない。だが、それはそれでいいのではないか? つまり、本当の意味での死を迎えることができるのだから。


「ぶっ壊れたなら、それはそれでいい。むしろこの際、俺は死にたいんだ」

「そこまで耐え切れれば、まだいいのだがな。心配されるのはむしろ、あちらだ」


 男は窓の向こうを指差した。


「一人に戻ったら、お前はいつか、耐え切れずにあそこから飛び降りたりはしないか?」


 俺は、言葉に詰まった。

 今のところ、どんなに苦しい思いをしても、もう生まれ変わりたいとは思えない。このまま、この場所で発狂してしまえば、それが一番いい。だが、どうだろう。イカレた後に、何かの拍子でここから落下する可能性はないだろうか?


「なら、あんたがそれを止めてくれれば」

「そんなことをする義理はない」


 即座に断られた。まあ、当然か。


「じゃあ、あんたは何しに出てきたんだ」


 嫌でも何でも、生まれ変わるしかないなら、そうするしかないだろう。ほっておけば、俺はここから落ちるかもしれない。なら、俺にわざわざ声をかける必要もないはずだ。


「……少し、取引をしようと思ってな」

「取引?」


 俺は身を乗り出した。


「そうだ……お前はさっき、不幸な人生を繰り返したくない、と言ったな?」

「ああ」

「ならば……幸せな人生なら、やってみてもいい。そう考えているわけだな?」

「理屈ではそうなるが、そんなの無理だろ? ミジンコになって、何が幸せなんだ?」

「そこで、だ」


 男は真顔になると、声のトーンを一段落として、俺に語りかけてきた。


「次も人間に生まれ変われるとしたら、どうだ?」

「何の魅力も感じないな」

「果たしてそうかな? 素敵な家族に友人、恋人……やりがいのある仕事、新たな土地を旅する喜び……舌もとろける食事に、暖かなベッド。どれひとつとっても、ここにいるより、何倍も素晴らしい体験だと思うがな」

「問題は、それが実現できるかどうかってことだろう?」


 人間に生まれたって、大半はろくでもない人生を歩むんだよ。神様にはわからないかもしれないが。


「できるさ。有利な条件を身に備えて生まれれば」

「そんな手で騙されると思うか? 俺はわかってるんだよ。自分には何もない。多少、条件を整えてくれた程度じゃ、また惨めな一生を過ごすだけだ。それにな、これはたぶんだけど、あそこから飛び降りたら、記憶も全部消えるんじゃないのか?」


 俺の指摘に、男はまた笑みを浮かべた。


「そうだな。普通は記憶も、形態も、何もかもをなくす。それと、もうひとつ……お前がどこかの世界に飛び降りたとしても……残念ながら、私では、お前がお前だという目印もつけられない。せいぜい、記憶を残すとか、人間の形で生まれることくらいであれば何とかなるが……それ以上はどうにもならないな。だから、最初から王侯貴族の家に生まれるとか、美男子に育つとか、そういった手助けはしてやれそうにない」


 それ見たことか。白状しやがった。


「だが……私には何もできなくても、お前にはできるかもしれない」


 なに? 今、なんて言った?


「自覚はないだろうが、今のお前の状態を、私達は『世界の欠片』と呼んでいる」

「世界の……欠片?」

「強く望めば、お前の願いは、ひとつくらいなら、かなうかもしれない。それだけの魂の力が、お前に集中している」


 魂の力?

 それは、あれか? 俺が他の紫色の影を叩き潰しまくったせいだろうか。それとも、そもそもこの場で、意識と記憶を保っていることそのものを指しているのか。


「私は、持てる能力の限りを尽くして、可能な時に、この領域を監視している。そこでたまたま、お前を見つけたのだ」

「何のために?」

「だから、取引だ」


 男は質問には答えず、だが今度こそ、表情を引き締めて、俺に迫った。


「言っておくが、こんな機会はまたとないぞ。お前が拒否すれば、私は引き下がる。そして、二度と会うことはないだろう」


 交渉のためとはいえ、プレッシャーをかけてくれる。断れば、この空間で発狂するか、刺激を求めてどこかの世界に落下するか、そのどちらかというわけか。


「お前は、私が指定した窓から飛び降りるのだ。その代わり、私はお前が人間相当の存在に生まれ変わるのと、記憶を保てるように助けてやろう」

「だが……それが俺にとって、何の意味があるんだ」

「説明を最後まで聞け。お前には『世界の欠片』となれるだけの力が宿っている。記憶と、人間としての肉体があれば、その力を行使することもできよう」

「その、世界の欠片って何なんだよ?」

「そうだな、お前にわかるように説明するなら、ある種の超能力だ」


 そういうことか。

 よくわからないが、何か超能力を持った人間として、生まれ落ちることができるのだろう。だとすれば、なるほど、普通の人間よりずっと有利な立場を得られるというものだ。


「お前の記憶と体の形……人間の形状だが、これは完全には保てない。そもそも、人の記憶というものは、放っておいても時間の経過と共に薄れていく。それでも、この空間で自我を保っている分だけ、有利ではある。あとは私が多少の力を加えるだけで足りるはずだ。問題は……」


 男は、俺が取引を受け入れることを前提で、話し続ける。


「肉体のほうだな。こればかりはどうしようもない。一応、なんとか人間に近い何かには生まれ変われるようにしよう。お前もしっかり意識を保って、自分を失わないようにするんだ。さもないと、サルになってもおかしくない。うまくいけば、お前に似た見た目の人間になれるだろう」

「俺は、別に自分の見た目に愛着はないんだがな」

「それでも、イメージを疎かにすると、あっという間に崩壊するからな。それくらい、生まれ変わりというのは、危ういことなんだ」


 その辺の話は、一応、わかった。

 だが、大事なのはその先だ。


「その辺も重要だとは思うが、肝心なのは、その先だろう? 俺はどんな超能力をもらえるんだ? それに、俺をどこかで復活させて、あんたは俺に何をさせたいんだ?」

「ああ、済まない」


 男は表情を緩めた。


「お前が獲得する能力だが、これは予測がつかないな。あえて言えば、お前が強く望んだことに左右される。……生前、お前はどんな願いをもっていた? 言ってみろ」


 前世での願い、か。

 いろいろあった。

 まず、子供の頃は、とにかく家庭内暴力が怖かった。続いて両親が離婚すると、とにかく日々が寂しく、悲しかった。世界のどこかに、誰でもいいから、俺の傍にいてくれる人がいれば、と思った。

 だが、ほどなく気付いた。そんなのは無理だと。

 理由はいくつもある。例えば、彼女なり、奥さんなりを探すにしても……俺の家族を見てみろ。借金ばかり、中には犯罪者になった奴もいる。あからさまにヤバい条件の整った俺と、どうして付き合う気になれる? 誰だって、見えている地雷は踏まない。

 家族だけじゃない。友人関係も、およそろくでもなかったし、薄っぺらい関係しか築けなかったので、結局、最後は喧嘩別れするか、自然消滅するしかなかった。

 要するに、俺は「繋がり」を求め続けてはいたのだが、実はそれがより一層、俺を不幸にしてきたのだ。いちいち義理堅く振舞わず、もっと自分勝手に行動していればよかったのかもしれない。俺を散々犠牲にしてきた両親が倒れた時、俺はちっぽけな誇りのためにか、なぜか頑張って支えようとしてしまった。気持ちの中では、とっくに絶望していたのに。実際、結果として、まったく報われなかった。

 俺に必要だったのは、「断ち切る」力だ。だが、それを手にすることはついになく、先に俺の命が断ち切られた。

 どうしてそこまで頑張ってしまったのか? 俺は、なんとか「継ぎ足したい」と思っていたのだ。周囲を見れば、俺よりうまくやっている奴らが目に入る。それが羨ましかった。あいつらの幸せを、時間を、不幸な俺の人生に接木できれば、どんなによかったか。


「……切ること……」


 問いかけに集中するあまり、考え込んでしまっていたようだ。そして、つい、ぽろっと思っていることが言葉になってしまった。


「ふむ?」

「断ち切る力が……欲しい。俺の自由を妨げる、絡まる何かを、全部、ぶった切ってやりたい」

「ほう」

「俺はいつも、足りないものに苦しんできた。だから、もう失う側には立ちたくない。奪う側になるんだ」

「いいじゃないか」


 男はにやつきながら、軽く頷いた。


「その思いが本物なら、きっと力を手にできるだろうさ」

「きっと? あんたが何とかしてくれるんじゃないのか」

「できるなら、そうしてやりたいが、これは無理だ。お前が、お前自身の持つ、『世界の欠片』としての力に目覚めるのは……これは、どこかの世界の神の領分ではないからな」


 はて?

 確かに……俺は、無数に立ち並ぶ窓を見回しながら考えた……この窓一つ一つが、それぞれ異なった世界に繋がっているのだとすれば。この中のどこかの世界の神でしかない存在では、元の領土の外にあるこの場所で起きていることを制御するのは、難しいのかもしれない。


「じゃあ、どんな能力に目覚めるかも、わからないのか」

「それどころか、いつ、どんな形で目覚めるかも、そもそも目覚めるかどうかさえも、な」


 なんてことだ。分の悪い賭けじゃないのか?

 だが、その俺の表情を読み取ったのか、男は付け足した。


「それでも、高確率で、お前は何かに目覚めるはずだ……世界そのものを再現するには足りないが、その幾分かを自在にするだけの何かは、備わっているように見える。だから、そこまで悲観することはないだろう」


 そこまで言うと、男はまた、厳しい視線を浴びせてきた。妙に威圧感がある。


「というわけで、そろそろいいだろう。決断してくれ。私の言う通りにするか、しないかを」

「待て。その前に、あんたのして欲しいこと、まだ聞いてないぞ?」


 俺の指摘に、男は表情も変えずに答えた。


「それはもう説明した。私の指定した窓から飛び降りること。それだけだ。あとは、強いて付け加えるなら……手にした能力を十分に使って、好き勝手に生きてみて欲しい。というくらいだな」

「……それだけか?」

「それだけだ」


 そんなことが、こいつにとって、何の利益になるのだろう?


「あんたの目的が見えないんだが。どんな意味があるんだ?」

「それは説明できない。するつもりもない。ただ、お前との契約は、ここを飛び降りるまでしか続かない。生まれ変わってからのことは、私にも保障できない。逆にお前を束縛したりもしないし、できない。だから、ここでの契約が、生まれ変わった後のお前に直接影響するようなことは起きない」

「それを信じろと?」

「そうだな。そうとしか言えない。ただ、我々は通常、契約の際に嘘を織り交ぜることはできない。特にこういう場所ではな。お前のいう神という存在は……人間とは違うからな」

「ふうん……」


 よくわからないが、世界の欠片なんてものを抱えた俺が、そこの世界に降りてやるだけで、何かご利益にでもなるんだろうか。


「よくわからないな」

「わからなくても、お前は不自由しないだろう?」

「それもそうか」


 確かに。これで知るべきことはすべて知ったはずだ。


「いいさ……やってやるよ。どの窓だ?」


 ここで発狂してもいい。そうすれば、本当にすべてが終わる。だが、よくよく考えてみよう。ここでもう一度人生を味わって、また死んだとする。そうなれば、ここに戻ってくることになるだろう。俺にまだ記憶があれば、今度こそ、ここに留まり続けるだろうし、そうでなければ、俺はもう、何もかもを忘れてしまっている……つまり、精神的な意味では、希望通り、死ねたことになる。その後は、どこかの世界でミドリムシにでもなるだけだ。

 俺の開き直りに、男は頷いた。


「一応、礼を言っておこう。そして、お前の次の人生が、よりよいものになるよう、祈るとしよう。……さて、目指す世界は、あの窓だ」


 どうやって見分けているのか、さっぱりわからない。同じような形の窓がいくつも並んでいるのに、その男は迷わずそこを指差した。


「あれでいいんだな?」

「そうだ」


 他にやることがあるわけでもないのに、俺はゆっくり歩いた。やはり、何か、理由はわからないが、怖いのだ。説明しがたいのだが、今ある自分が消えてしまいそうな気がして。

 窓際まで来た。男は俺の後ろについてくる。だが、それだけだ。間違った窓の前に立ったら、教えてくれるのだろうが、あとは何もしない。せかすこともない。


「どうした?」


 のろのろと振り返る俺に、男は平然とした様子で、声をかけた。


「いや……」


 説明しがたい気分だ。本当にこれでいいのか。


「願いを強く持て。私から言えるのは、それだけだ」


 そうだよな。決めたのなら、やるしかないか。

 俺は深呼吸した。空気があるのかないのかもわからないが、とにかくそうした。そうして両手で自分の頬を叩く。気合を入れ直してから、改めて振り返る。


「じゃあな」


 男は何も言わず、頷いた。俺も前を向いて、一歩を踏み出す。

 窓枠の線を超える。景色は何も変わらないのに、何か皮膚がチリチリする。まだ飛び降りてもいないのに。やはり、こちら側に来ると、少しずつ存在が剥ぎ取られていくのか。左右を見渡すと、さっきまでと同じように、無数の紫色の影が、粉々になりながら下へ下へと降り注いでいる。

 前を見た。曇り空の向こうに太陽があるような感じだった。但し、全面、紫色だったが。この空の向こうは、どうなっているのだろう? 何もない気もする。

 そして、足元だ。まばゆい光が見えたが、それ以上、細かい何かは見つけられなかった。できれば、これから飛び降りる世界がどんな感じになっているのか、先に見ておきたかったのだが、まあ、仕方ないか。

 あまりのんびりしていると、よくないかもしれない。この、俺を俺たらしめている輪郭が、どんどん崩れていってしまう。


 覚悟を決めた。

 膝を曲げてタメを作ると、次の瞬間、全身を伸ばして、眼下に広がる世界へと、身を投げ出した。

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