第22話
「姉の代わりになれる人はいないって、そんなことわかってるよ……」
何度目かシャープペンの芯が砕けたところでそう
テスト前で勉強しないといけないのはわかっている。
ただ頭の中ではさっきの
何度か頭を振って勉強モードに入ろうと思っても、消しゴムのカスと芯が混ざった山の標高が上がるだけで問題は一問も進まなかった。
ただ勉強しないといけないと焦れば焦るほど、頭の中は二人のことでいっぱいになってくる。
「勉強のできない私に価値なんてないのに……」
それは姉の欲目を差し引いても間違ってはないと思う。
子供の頃何をしても褒められるのは真保の方で、私の存在は空気だった。
同級生ともなにを話したらいいのかわからず浮いていて、大人に話しかけられてもどう反応したらいいのかわからなかった。
今思えばそんな子供より、人当たりのいい真保の方が好かれることぐらいはわかる。
ただそんな私でも中学生になったら変わることができた。
元々勉強は得意な方ではなかったが、毎日やるようになったらいつの間にか学年で一番になっていて、空気ではなくなっていた。
クラスでも今まで話さなかった人たちが「ノート見せてほしい」とか話掛けられる機会も増え、家でも一番を取った時だけは絶対に褒めてもらえた。
だから絶対に勉強だけはできるままでいないといけないのに……。
折れた芯が宙を舞ったのを見ると、大きくため息を吐いた。
今日はダメかも……。
「最悪……」
ベッドの上に寝転がると吐き出すようにそう呟く。
5分だけ。
スマホのアラームをセットするとゆっくりと目を閉じた。
ああ、真保は今頃
こんな考えても無駄なことぐらいわかってる。
けど考えずにはいられない。
意識はだんだんと落ちていくのがわかったが、二人のことはどうしても頭から離れなかった。
玄関のカギを開けるカチャンという音とともに意識が帰ってきた。
しばらくすると1階でパタパタと誰かの動く音が聞こえてくる。
ああ真保返ってきたのかな……。
凪のところにいたんだよね。
あれ?
もしかして私寝てた?
え、今何時?
スマホを見るが今の時間は寝る前の時間に5分足したものじゃ到底足りない。
寝る前は
「水っ……」
ドアノブに手を掛けたところで真保かもしれない足音が耳に飛び込んでくる。
ああそうだ、いるかもしれないんだ。
会いたくないな……。
どうしたらいいかわからずその場に立ち尽くしていると、階段を上がる音が聴こえてきた。
ああよかった、これで真保が部屋戻ったら下に行けばいいや。
そう思ったのも束の間、彼女の足音は私の部屋の前でぴたりと止まった。
早く部屋戻ってよ……。
ただ私の願いはドアを
「ねえお姉ちゃん、いるんでしょ? 入っていい?」
なんと返事をすればいいんだろう。
顔を合わせたところでどう話したらいいのかわからない。
ただ本人に顔見たくないっていうのもな……。
靴で私が家にいるのはバレてるだろうし。
どうしたらいいかわからない。
ドアノブを握ったまま固まっていると、真保はまた言った。
「ねえ寝てるの? 開けるよ?」
その言葉の後さっきまで抵抗なく握れていたドアノブが一気に重くなった。
ドアの向こうからは心配そうな真保の声が聞こえてくる。
「お姉ちゃん? いるの?」
「ごめん、ちょっと待って」
「……わかった」
少しの間の後、ドアノブはふっと軽くなる。
どうしよう。
向こうから来たんだし、今すぐ凪と連絡取ってたことを問いただす?
ただ今まで隠されてたんだし、今
「ねー、お姉ちゃん? なにしてるの?」
しばらく黙っていると、しびれを切らしたのか真保の方から話しかけてきた。
もうこれ以上引き延ばせないよね?
真保の顔を見て今まで通りに反応できるかわからない。
ただどうせ怪しまれるなら一緒か。
「ごめん真保、いいよ開けて」
「……なにしてたの?」
彼女は疑念を含んだ声で尋ねてくる。
普段はそんな待たせることはないし、疑われても当たり前か。
それでも、なんて説明したらいいかはわからない。
「なんでも、いいじゃん……」
カラカラになった喉から何とか声を絞り出す。
「……あっそ」
「それより何か用があったんじゃないの?」
「あったんだけど、さ……」
そう言いながら彼女の目線は私の腕に固定されてた。
あ、腕……。
あれから大分経ったこともあって、血は完璧に止まっていた。
けど剝き出しになった腕は誰がどう見ても傷ついているとわかるだろう。
慌てて体の陰に隠すが、彼女の表情はこわばったままだった。
「真保?」
「お姉ちゃん腕ケガしたの?」
「まあちょっとね……。けど大丈夫だよ」
「大丈夫って、
彼女は無理やり私の腕を掴むと、身体の前まで引きずり出してきた。
もう痛みも引いたはずなのに、じっと傷を見つめられるとぶり返してくる気がする。
「ねえ、真保?」
腕を戻そうとしても、しっかりと手首を
「ねえってば……」
しばらくの沈黙のあと、彼女はゆっくりと口を開く。
「これって、受験の時につけてた傷と同じだよね?」
彼女の口からは低く暗い声が出るが、
私の手首を握る手にはだんだんと力が入っているけど、真保は今何を考えてるの?
「手、痛いから離してくれると
そう言って腕を引こうとしても、彼女の手は接着剤で張り付いているかのように動かない。
それどころか、力はさらに強くなってくる。
「真保ってば……、痛っ」
「私の質問に答えてよ……、この傷って、受験の時の傷と同じ?」
ようやく顔を上げてくれた彼女の瞳は真っ赤に染まっていて、大粒の涙が
真保は片手で涙を拭うが、何度拭っても
「お姉ちゃんってば……」
バレてたのか……。
あの時傷に気が付いたのは花音だけだと思ってたんだけど、真保も気が付いてたなんて。
まあ花音が気が付いてたなら、一緒にいた真保も気が付いてても不思議じゃないか。
「そう、だよ……。同じ傷」
「ごめ――」
そう言ったきり、真保はその場にしゃがみこんでしゃくり上げ始めた。
どう声を掛けたらいいかわからず、抱きしめながら彼女の背中を
それどころか私の腕の中で小さく振るえている。
「ねえ真保?」
「――なさい……。ごめんなさい」
「真保? どうしたの?」
彼女が落ち着くのを待つと、ぽつりぽつりと話し出した。
「私がまた迷惑掛けたんでしょ? ごめんまたお姉ちゃんの邪魔した」
「そんなこと――」
「けど、また同じ傷つけて……。そんなことっていうなら、何が原因なの? ほかにあるの?」
傷の原因は真保と凪だけど……。
それを今言っちゃいけないことぐらいわかる。
「黙るならやっぱ私が原因じゃん。」
「違っ……」
「別に無理に隠さなくていいのに。私もう言われても大丈夫だよ」
「だから違うって」
そう言う間にもなにか適当な理由を考えるが、まったく思い浮かばない。
真保はそんな私の考えを見透かしているかのように、潤んだ瞳を向けてくる。
「ねえまた言ってよ。私なんか、いらないって……。私はいらないんでしょ……? だからほかの人で……、お姉ちゃんの代わりに……」
真保の口からその言葉を聴くと、胸がぎゅっと締め付けられる気分だ。
確かに言った気がする……。
「ごめん。そんなことない」
「ならお姉ちゃんに私って必要?」
さっきよりも力強く彼女を抱きしめる。
彼女は胸の中で尋ねてきた。
表情を見ることはできないが、その震えた声から心配していることだけは伝わってくる。
「必要だよ」
「邪魔じゃないの?」
「邪魔じゃないって」
「よかったぁ……」
彼女は思い切り息を吐くと、私に体重を預けてきた。
「ごめんね、真保」
「大丈夫。けどよかった……」
「本当にごめん」
「もう大丈夫。あのさテスト前なのはわかってるんだけど、また勉強教えてもらっていい?」
「わかった、いいよ」
彼女が持っていたバッグからは何冊かの教科書が見えていた。
ああそっか、凪のところで勉強してたんだっけ。
中学生の頃突き放さなければ、こんな事にはならなかったのかな。
私に抱き着いていた真保をどかすと、急に喉の渇きが襲ってきた。
そういえば喉乾いてたんだった。
「ただごめん、水飲んでくるね」
「行ってらっしゃい……」
ゆっくりとドアを閉めると、涙が溢れてきそうになる。
ダメ。
泣いちゃいけない。
傷つけていた私に泣く資格なんか。
階段を一段、また一段と降りるたびに罪悪感が重くのしかかってくる。
ここ数年気丈に振舞っているように見えたけど、ずっと真保を傷つけてたんだ。
私がもっとちゃんとしてれば……。
階段を全部降りきった時、私は声を殺してうずくまった。
資格がないのに溢れてくる涙が、せめて真保にバレないように。
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カノジョの前に妹とキスをした。 下等練入 @katourennyuu
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