17.城の石垣に指を突っ込んで暮らす男

 小説のネタになるものがないかと俺は地元の観光地の一つであるお城にやって来た。

 観光地になっているのだからさぞ何かしら特徴があるのかと思うかもしれないが、この城にこれといって特筆すべき点はない。どうして観光地に選ばれたのか分からない。広いから? 古いから? そんなことは城にとってはスタンダードな特徴だ。


 だから何の変哲もないこのお城に来たとき時間の無駄だと思ったんだ。いや、地元だから何もないことは分かっていたんだけどね。もしかしたら何かしらあるんじゃないかと思ったんだ。


 でもやっぱり何もない。アイディアが思いつくようなインスピレーションもない。こんなことなら家で本を読んだり配信サイトで映画を観た方がよかったかもしれない。


 城の中に入れば面白いことが見つかるかもしれない。そう思ったけれど入場券販売所には長蛇の列。見ているだけでうんざりするのに実際に並ぶとどれほど不快になるだろうか。


 そう考えた僕は並ばないことにした。

 カメラを持参していたからせめて外観を撮影しようと思って城の周辺を歩いたんだ。


 そして「つまらないな、切り上げて帰ろうかな」と思ったときだった。


 おかしな光景を見たんだ。


 城って石垣があるだろう? 土台部分に。その一角にソファーが置いてあったんだ。しかもそれだけじゃない。テレビやパソコン、冷蔵庫、電子レンジにタブレット。生活に困らないありとあらゆる物があったんだ。まるでそこはリビングのようだった。そう、青空に晒されたリビングだ。


 そこには一人の男がいた。三十代四十代だろうか。その男もまたおかしな奴だったんだ。青空リビングにいるだけでおかしな奴だが、もっとおかしなところがあるんだ。なんと左手の人差し指を石垣の穴に突っ込んでいるんだ。ソファーに座りながらね。その状態でテレビを見たり冷蔵庫からジュースを取り出して飲んだりしているんだ。


 僕はすぐさまカメラでこの光景を撮影した。


 それから男を観察していたんだ。

 するとお城のボランティアさんが近づいて話しかけて来たんだ。


「あれは城守の指担当なんですよ」

「城守の指担当?」


 僕は首を傾げた。

 ここらに数年住んでいるがそんなこと一度も聞いたことがないからだ。

 そのことをボランティアさんに話すと肩をすくめた。


「だって大々的に宣伝するといろんな人が見に来て担当者が落ち着いて責務を果たすことができないじゃないですか」

「責務……あの人は何をしているんですか? 石垣に指を突っ込んだまま気楽に過ごしているだけにしか見えませんが……」

「指を突っ込むことが責務なのです」


 僕の頭上に疑問符が浮かんだ。


「あの石垣は大変崩れやすいものなのです。これまでも何度も崩れそうになって来ました。しかしその度に指を、ちょうど人差し指が入る大きさの穴に突っ込むことで崩壊を阻止してきたんです」

「……」

「その目は疑っていますね。でも本当なんです。これまでも何度も城を守ってきたんです。しかし近年はどうも地震や台風が多くてですね、老朽化も酷くて……崩れそうになってから指を突っ込むのは遅いのではないかという話になりまして常時指を突っ込むことにしたんです」

「だからああいうふうに生活環境を整えているんですね」


 僕はあの男をもう一度見る。

 彼は漫画を読んでいた。

 もちろん片手で。

 もちろん反対の手の指は城に突っ込んだまま。


「まぁ、今の話が本当だとして……常にあそこにいるっていうのは辛くないですか? 見たところベッドやお風呂、トイレだってないじゃないですか」

「その点は大丈夫です。常時、と言っても一人が二十四時間三百六十五日いるわけではありません。一時間おきに交代しているんです。おっと、ほらちょうど交代の時間ですよ」


 ボランティアさんの言うとおり若い女性がやって来て、指を突っ込んでいる男に話しかけた。彼らは一言二言交わし、男は石垣から指を抜いた。


 その瞬間、お城は揺れ始めた。


「危ない!」


 僕は頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

 けれどお城は崩れなかった。

 おそるおそる見てみるとあの女性が石垣に指を突っ込んでいたのだ。


「ほ、本当に指一本でお城を守っているんですね……。でも指を突っ込んでいるだけとはいえ大変じゃないですか? 指の大きさの石を代わりに突っ込んでおけばいいのでは?」

「もちろん試しましたよ。けれどそれじゃ駄目なんです。理屈は分かりませんが……」


 ボランティアさんの話が終わり、ボランティアさんはこの場からいなくなったけれど僕は居続けた。ジッと観察していたんだ。


 そしてまた交代の時間がやって来た。


 指を突っ込んでいる女性の元に別の担当者がやって来た。


 僕はそれを視認した瞬間走り出していたんだ。

 どうしてかって?

 決まっているだろう?


 僕も指を突っ込んでみたくなったのさ。


 そして女性が指を穴から出した瞬間、その女性を強引にどかせて僕は指を突っ込んだ!


 × × ×


 そして今に至るってことさ。

 僕が城守の指になってからもう三年が経つね。

 うん? 指を突っ込んだ当時何を感じたかって?

 ふふっ、君も試してみるかい?

 ここで会ったのも何かの縁。

 さぁさぁ、その人差し指を……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【ショートショート集】日々短々連々 三七倉 春介 @kura_373

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ