16.サイコロの目

 十歳の直也はお盆に母方の祖父母が住むA市にやって来た。


 祖父母は孫を喜んで迎え入れ、麦茶を勧める。そして二人は孫がおいしそうにそれを飲むのを嬉しそうに見つめる。そして毎年、孫が遊びに来る際に言うことをまた今年も口にした。


「いいかい? 直君。あの丘にある剛助の家には行ってはいけないよ」


 剛助とは直也の親戚にあたる老人だ。


「どうして行っちゃ駄目なの?」

「アイツは賭け狂いの変人だからだよ」


 祖父がそう言うと直人の母も頷いた。


 きつく、毎年言われているものだから直人は言いつけを守っていた。


 しかし十歳になった今年は違う。

 言いつけを破ってはいけないという良心を好奇心が上回ったのだ。


 直也は祖父母が飼ってる犬の散歩という口実で丘の上にある剛助の家に向かう。


 ちなみに直人は剛助の家も見たことがない。なぜなら木々に囲まれているからだ。


 丘に続く道を犬のハジメと歩く。


 そして見えてきた家に直人は首を傾げる。

 なぜならその家は直方体で正面には円形の扉が五つも備え付けられていたからである。


 それを見た直人の頭にサイコロが浮かぶ。

 そして同時に好奇心がますます沸いてきた。なんなんだ、この家は。どうしてこんなデザインに? どうしてこんな家に住んでいるのか、剛助さんとはどういう人なのか。


 輝いている観察眼で家を見ていると五つの扉のうち真ん中の扉が開き、はしごが下ろされた。


 出てきたのは一人の老人。剛助だ。髪も眉も髭も真っ白だ。しかし屈強な体からは老人という印象を受けない。そして一番の特徴的な所といえば右目の黒い眼帯だ。


「誰だ、お前は」

「僕は……」


 眼帯越しに睨まれながら直人はおそるおそる名乗った。すると。


「おおっ! お前が幸ババアの孫か!」


 直人は大きな声で笑った。

 幸とは直人の祖母の名だ。


「そんでその犬はハジメだろ。まだ生きてたのか。この長生きめ!」


 直人がしゃがむとハジメはキャンキャンと鳴きながら剛助の元へ。


 こんな光景を見て直人は不思議に思っていた。どうしておばあちゃんたちはこの人に会ってはいけないと言ったのだろう。いい人そうじゃん。


「幸ババアの家に来たのは今日が初めてか?」

「ううん。毎年来てるよ」

「じゃあなんで儂に会いに来ん。親戚だということは知ってるだろ?」

「だっておばあちゃんたちが会っちゃ駄目だって言ってたんだもん。賭け狂いの変人だから、って」

「くそ、あのババアめ……。まだそんなことを言ってるのか。儂はもうギャンブルはしていないのに」


 剛助は舌打ちをしたが孫が見ていたためバツが悪そうな顔をした。それから空気を変えるためか家に直人を招待する。


 はしごを登り、円形の扉から中に入ればそこはワンルーム。やはりどの面にもサイコロのように円形の窓が備わっている。


「すげー……」


 天井の六つの窓ガラスを見つめながら直人は呟いた。


「こんな家初めて! でも待って……トイレやお風呂はどうしてるの?」


 そう言うと剛助はニヤニヤしながら床の真っ赤な円の扉を持ち上げた。

 するとその先には階段と廊下が続いており、トイレや風呂場と繋がっていた。


「すげー! 秘密基地みたいだ! ねぇ、どうしてこんな所に住んでるの!?」

「儂は昔、ギャンブルが好きでな。特にサイコロを使うギャンブルだ。そりゃあ、勝ちまくったさ。今何もしなくても食っていけるくらいにはな」

「まじか……」

「それである勝負でな俺は相手にサイコロを奪われたんだ。考えられるか? サイコロが無いと勝負できない賭け事で奪われたんだぞ。しかも俺は自分の命をそのとき賭けていたんだ!」


 直人は息をのみ、その後どうしたのかと尋ねた。

「だから俺は隠し持っていたサイコロを取り出してそれを使って賭けを続けたんだ。結果、大勝利。この土地をいただいたのさ。ちなみに今もそのサイコロを持っているぞ。どこに持っているか分かるか?」


 両手を広げる剛助の周りを直人はくるくると回る。そしてポケットを上から触るが何か入っているような感触はない。靴下の中にも無かった。では口の中? だがそこにもサイコロは見当たらない。


「ギブアップ。分からないよ」

「ふふふっ、ここだ」


 そう言って剛助は眼帯を取った。

 そこに眼球はなく、目の窪みに入っていたのは目玉と同じくらいの大きさのサイコロだった。


 直人が息をのむと六の目だったサイコロはくるりと回転し、赤い瞳が露わになった。

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