15.scenemark

「ああっ! 数秒前に戻ることができたら! ……と考えたことはない?」


 とある休日。

 土曜補講の帰り。

 フリーマーケットが開かれている神社の広場の隅で俺は見知らぬ女性に話しかけられた。


「まぁ、確かに考えたことはありますね。数秒どころか数年前に戻りたいとも考えたことありますよ。今の記憶を持ったまま」

「ふふっ、面白いね、君。今の記憶を持ったまま、とは。よからぬことでもするのかしら?」

「そうなんですよ。とりあえずテストで満点とりまくって優越感に浸りたいです」

「君、みたところ高校生よね? 小学生中学生に戻ってテストで無双ね……」

「まぁ、自分でも小さい男だとは思っていますよ。でも一度くらい周りの人たちに『すごい、すごい!』って言われたいですよ。あなたもありませんか?」

「ないわ。私はすでにすごいもの」


 うっすらと笑みを浮かべるその女性に思わず俺は目をそらしてしまう。俺の顔、にやついて変な顔になっていないだろうか……。俺は話をそらすために女性の目の前に並んでいる商品について訊くことにした。


「それでそのすごいあなたは何を売っているんですか?」

「見て分からない? 君、どんな人生を送ってきたの?」

「分かりますよ、栞ですよね」


 そう、女性が敷いている広々としたブルーシートには色とりどりの栞が並んでいる。どの栞も風に飛ばされないようにそこら辺で拾ったであろう石で押さえてあった。


「これはただの栞だと思う?」

「そう訊くってことは普通の栞ではないんですよね?」

「鋭いね。そうよ。挟んだ場面に行くことができる不思議な栞なの」

「……」

「フフッ、この女頭がおかしいって顔してるわね」

「はい、この女頭がおかしいって顔してます」


 小石を投げられた。


「だって挟んだ場面に行くことができるなんてそんなことありえないじゃないですか」

「じゃあ試してみる?」


 女性から栞を受け取る。

 紙製の何の変哲も無い栞だ。


「その栞を何かで挟んで。それからその場に置いて」


 俺はリュックからノートを取り出し、栞を挟み、その場に置く。


「そしたら家に帰りなさい。そして十分後にこの栞のことを強く思い浮かべて」

「……」

「また『この女、頭がおかしい』って顔してるわね。まぁいいわ。君のその顔が驚きに満ちるのを楽しみにしてる」


 そう言うと女性は猫を追い払うように俺に向かって「しっし」と手を振った。


 俺は例の栞を挟んだノートを女性に預けたままその場を後にした。


 そして十分後。

 家にまだ着いていないが俺は目を閉じてあの栞を想像した。


 ……。

 ……。

 ……。


「あら、十分ぶりね」


 あの女性の声。

 目を開けるとそこにはあの女性がいた……! しかもここはあの神社だ!


「ど、どういう……」

「言ったでしょう? 挟んだ場面に行くことができるって」


 そう言って女性は自分の腕時計を叩いた。

 俺はスマホで時間を確認してみる。

 なんと十分前だった……。


「驚いた?」

「驚きました……ぜひ俺に売ってください!」

「いいわ。しかもお代は不要よ」

「えっ、いいんですか!?」


 俺は女性から栞を貰い、改めて見てみたが見た目や手触りは普通の栞と大差なかった。


 そして礼を言おうと顔を上げる。

 けれどそこにあの女性はいなかった。ブルーシートも他の栞もそこになかった。ついでに言うと俺のノートさえも……。


 それからの俺の生活はイージーモードに入った。テスト前に机の中のノートに栞を挟んでおけばテストが終わった後に問題の答えを調べておくとテスト前に戻ったときに簡単に解ける。


 賭け事だってそうだ。宝くじの番号が発表される寸前に栞を挟んでから発表後に発表前に戻れば大金が手に入った――ということにしたかったっが俺は未成年。くじを買うことができなかった。まぁ、変えても換金時に面倒なことになるだろう。

 というわけでテストにしか使えていない不思議な栞だが俺はとあることを思いついた。これは犯罪だ。犯罪だが実行する前に戻ることができたなら……。


 俺は栞を挟んだノートを教室の机の中に入れて女子更衣室の裏手へ向かう。そして息を整える。


「大丈夫だ、いけるいける……」


 自分に言い聞かせたときだった。


「ちょっと、園田君そこで何してるの」


 クラスメイトの女子に話しかけられた。


「いや、その……」

「まさか覗こうなんて考えてないでしょうね」

「そんなわけないじゃん」

「じゃあどうしてこんな所にいるの」

「それは……」

「やっぱり覗こうとしてたんだ! ねぇ! みんな! 園田君が覗こうとしてる!」


 クラスメイトは更衣室に向かって叫びだした!


 俺は慌てて目を閉じてあの栞を強く思う。


 すると周りの空気が変わったような気がした。 だからおそるおそる目を開けて見るとここはボクシングのリングの上だった。


「えっ」


 理解する間もなく、俺は選手に殴られ、ふっとび、リングから転がり落ちた。


 その瞬間、周りの空気がまた代わり、俺は自分の教室にいた。時刻は覗きをする数分前。どういうことだ……?


 俺は周りを見回し、開いたまま落ちている小説とあの栞を見つけた。小説はボクシングを題材にした小説。


 おそらく誰かがあの栞を小説に挟んだのだろう。しかしいったい誰が? それは分からない。分かっていることは邪なことをすれば罰が戻って来るということ。


 俺はヒリヒリと痛む頬をさすってから栞を破り捨てた。

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