14.万雷の拍雨と拍雷

「そろそろ出ていくべきか……」


 俺は目の前に広がる干乾びた大地を見つめながら呟いた。


 一年前のこの時期は青々とした草木が生い茂っていたはずだ。風がふくたびに太陽の光を反射しながら同じ方向に揺れる光景はまるで波のようで美しかった。その上を低く飛ぶ燕を見てそろそろ暑くなるかと友人と肩を落とすことも実は好きだった。


 しかし今、そのような光景はない。


 大地が干からびている原因は雨が降っていないからだ。数日どころの話ではない。数か月も雨が降っていないのだ。


 では雨が降らない原因は? それは分からない。だから祈禱師に来てもらい、雨が降るよう祈ってもらったことがある。だが雨は降らなかった。それどころか日の強さが増したような気がする。村人でお金を出し合ったのに! お前は若いからと俺は多めに金を出したのに!


 このようなことがあったから俺は村を捨てることを考えている。実行に移せていないのは雨が降らず、困っているのはこの村だけではないからである。一番近い村も同じように困っていると聞いたことがある。


 だから別の、さらに遠くの村に行くことも考えたがそれを実行するためには数日分の食料が必要。しかし雨が降っていないため作物も少なく、今日食べることで精一杯。こんな辺境の村から遠くの村に行くことは……できない。


 ここで俺は死ぬのか。どうせ死ぬなら腹いっぱいになって死にたい。もういっそのこと周りから食料を奪ってしまおうか。金も奪おうか。俺にはその権利があるはずだ。だって俺は無能な祈禱師にみんなよりも金を出したんだぞ!?


 ……。

 ……。

 ……。


 よし、やってやる。やってやるぞ。


 ふぅと息を吐いて決意を固めたとき、「音」が聞こえた。


 草木がなびくような音ではない。家が軋む音でもない。俺の腹の虫の音でもない。


 太鼓の音だ。

 いや、それだけではない。笛や弦を弾く音も聞こえる。


 何事かと思い、家の外に出れば村の出入り口に数人の男女が見えた。皆、それぞれ楽器を持っている。


 俺は他の村人と共に珍客の元へ向かう。


「誰だ、アンタたちは」


 俺が尋ねると口髭が立派な小太りの男が前に出た。


「私たちはるてるて楽団です! 村長さんのご依頼で雨を降らせに来ました!」

「無理無理。そんなことできっこない」

「おや、どうして分かるのですか?」

「前に祈禱師に来てもらったんだがそいつが何時間祈っても雨は降らなかったんだよ。まぁ、その祈祷師が偽物だったかもしれないが」

「なるほど、なるほど。そういうことが……。しかしご安心ください! 我々なら絶対に雨を降らせることができます!」

「へぇ、大層な自信だな。アンタたちも変な言葉の呪文を唱えたり、舞ったりするのか?」

「違います。私たちは演奏で雨を降らせます」


 小太りの男が胸を張ると他の楽団員も胸を張った。

 そんなことできるはずがない。こいつらは何をしにここに来たんだ? そうか、こいつらはあの祈祷師からこの村ならカモにできると聞いたんだな。


「おい、でたらめなこと言って俺たちから金をむしり取ろうって魂胆だな」

「いえいえ、そんなことはありません。お金は不要です」


 小太りの男が両手を俺に向けて拒否の意思を示すと他の楽団員も同じようにした。


「どうです? お代はいただきません。騙されたと思って一度任せてみませんか?」

「……村長に訊いてみな」


 俺がそう言うと小太りの男は頭を下げると村長の家に向かった。それから数分後、足早に戻って来た。


「許可をいただきました!」


 まじかあの村長。こんなの時間の無駄なのに。


「では早速演奏に取り掛かりたいのですが、すみません、できるだけ多くの人を集めてくれませんか? 人が多ければ多いほど効果は大きくなっていきますので」


 俺と他の村人は渋々村中の人間を集めた。

 そんな俺たちを見回した小太りの男は満足そうに鼻息を吐くと腰に携えていた笛を口に咥えた。それを合図に他の楽団員も各々楽器を構える。


 静寂。


 一瞬の静けさの後、演奏が始まった。

 その演奏は賞賛の言葉が見つからないほどに素晴らしいものだった……!

 喉は渇きっていて、体中の水分はないはず。

 それなのに涙が止まらない。それなのに、なんだ、なんなんだ、この感情は……!


 気づけば俺は拍手をしていた。盛大に、大袈裟に。それでもこの演奏を称えるにはまだ足りない。


 そして拍手をしているのは俺だけではなく、村人全員が拍手をしていた。

 重なり合った拍手の音はまるで大雨のようで――。


「うん?」


 鼻先に何かが落ちて来た。鼻先を触り、その指を見てみると濡れていた。まさか……。


「あ、雨だ!」


 誰かが叫んだ。

 そう、雨が降り始めたのだ!

 数か月も降らなかった雨が今!


「ど、どういうことだ!?」


 俺は小太りの男に尋ねた。


「盛大な拍手を重ねることで雨の音に似せ、空を騙したのです」

「そんなことできるはずが……」


 そう言いかけて俺は口を閉じる。

 現に雨が降っているからだ。

 それから雨は不定期に降るようになり、大地は潤い始めた。


 俺はこれは金儲けにできるのではと考え、雨が降らず困っている村に行き、あの楽団のように演奏してみた。

 だが振ってきたのは雷だった。

 俺の下手な演奏は村人たちを怒らせてしまったのだ。

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