13.光る餡子

 今日は天気も良く、絶好の釣り日和だ。


 というわけで近くの防波堤に朝から来ているけれど……。


「釣れない……」


 そう、釣れないのだ。


 一匹も。


 何匹も。


 こんなに釣れないのは初めてだ。


 だから何度か帰ろうと思った。


 しかし数メートル離れた所で次々と釣っているおじいさんを見ているとなんだか負けていられなくなってずるずると続けて今に至る。


 何か引っ張られたような感覚が合ってリールを巻くが、海面から出てくるのは釣り針だけ。


 ふと横を見ればおじいさんもちょうどリールを巻いているところで、海面からは次々と針に引っかかった魚が姿を現す。


 たった数メートルしか離れていないのにこの違いはなんだろうか。


 そう思っておじいさんを観察していると目が合ってしまった。


「どした? 儂に何か用か?」


「さっきから調子がいいなと思っていまして……僕なんかこれですから」


 そう言って空のクーラーボックスを見せるとおじいさんは笑った。


「なるほどなるほど。それでこっちを見てたんだな。よし、ここで会ったのも何かの縁だ。秘策を教えてやろう」


 おじいさんは傍らに置いていたタッパーの蓋を開けた。


 そこには餡子がぎっしりと入っていた。


「これが秘策ですか普通の餡子に見えますが……」


「いやいや、これは普通の餡子じゃない。今は太陽の下で分かりにくいけれど、ちょっとだけ手のひらにとって両手で包み込んでごらん。そして隙間から覗くと……」


 僕はおじいさんの言うとおりにしてみた。そして驚愕する。なぜなら餡子が手の中で光っていたからだ。


「なんですか!? これは!?」


「光るあんこだよ。この光と魚にしか感じ取れないいい匂いでおびき寄せるんだ。しかもこれは餡子だから小腹がすいたら食べることもできるんだ」


 そう言っておじいさんは餡子を人差し指ですくうとぱくりと食べた。


 僕も貰って食べたのだがこれがまた美味しい。魚が食いつくのも分かる気がする。


「これはどうやって使うんですか? 針につけるんですか?」


「いやいや、これに入れて糸の先端に結び付けるんだ」


 そう言ってお爺さんが取り出したのは手の平ほどの大きさの提灯だった。


「これに入れると餡子の光もいい感じに弱くなるんだ。儂ら人間にはなんともない光の強さでも魚にとっては毒になることもあるからな」


「なるほど。僕もこれが欲しくなってきました。いろいろ教えて欲しいんですけど、まず商品名を教えてくれませんか?」


 そう言うとおじいさんは「フフッ」と笑ってから教えてくれた。


「提灯餡子さ」

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