5-15 本当の望み
どうしてこのひとは、こんなに優しくわたしに触れてくれるのだろう。
「この間、ひどいこと言ってごめんなさい」
「おれだって花緒さんにひどいこと言ったんです。だから気にしないでください」
「わたし、ダメなんです。できないんです」
「できないって、なにが」
「性行為」
「え」
「キスは無理。手を繋ぐのも本当は少し嫌。怖いんです。気持ち悪いんです。ごめんなさい」
陽輝の手の感触ともうひとつの感触が同時に蘇ってきてぐちゃぐちゃに入り混じる。陽輝はずっと優しかったのに。彼はなにも悪くない。
あのひとの手が、まだここにある。
泣いても喚いても消えてくれないそれを、わたしは二十年間抱えたまま歩いている。
触れられるのが怖いなんて、小学生じみた感性をした自分を恥じている。
こんなこと誰にも言えなかった。
「できないけど……できるようになりたい。普通のひとになりたい。こんな欠陥品でも愛してくれるなら、わたしも、ちゃんと応えたい。陽輝に応えてあげたかったのに、ダメだった」
こんな心なくなってしまえばいいのに。心がなければ痛みも恐怖も感じないで済むのに。
心と体が離れたら、陽輝の望むことすべてを喜んでしてあげたい。ぜんぶあげられる素直なわたしになりたい。
だけど心が離れたら、そんな風に彼を慈しむ気持ちすら残らない。
心のない体はただのゴムだ。ゴムのままじゃ、わたしは彼と一緒には生きられない。
「普通のひとになれなくてごめんなさい。わたし、結局なんにもなれなかった」
誰かを愛せないというだけで、おまえには生きている価値がないのだと指をさされている気分になる。
誰も愛せないのでも愛したくないわけでもない。だけど、世間一般で当然と称される愛され方は、わたしにはひどくおぞましい。
ひとりで生きたいわけじゃない。だけど、ひとりで生きるしかない。
普通のひとになりたい。
恋人が欲しいとか、家族が欲しいとか、こうなってしまった以上、大きなことなど欠片も望むつもりはない。わたしが本当に欲しているのはそんなものじゃない。
今はただ、許されたいだけだ。
*°.・.。**°.・.。**°.・.。**°.・.。**°.・.。
第五章まで読んでくださりありがとうございます。
本編は残り一章で終わりとなります。
転がり落ちていく花緒が最後になにを得るのか、見届けていただければ幸いです。
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https://kakuyomu.jp/works/16817330664580804655/reviews
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