5-14 ぬくもり

 玄関でブーツを脱ぎ終わると、すぐにまた腕を引かれた。ビーズクッションに座らされて、一瞬で体が重みを取り戻す。もうここから抜け出せないのではないかとすら思う。呆然としていたらブランケットを手渡された。


「使ってください」


 声が出ない。ぎこちなく頭を垂れて受け取る。開こうとして、指先がもつれる。全身が震えている。さっきから寒くてたまらない。吐き出す息さえ凍えているように思う。指の間からブランケットがすり抜けていく。


 絡まった糸を解くように優しい手つきで、公星くんがわたしの手からブランケットを奪い取る。そうして大きく広げたそれを、肩にかけてくれる。


「今お湯沸かすので、待っててください」


 公星くんがコンロに火をかける背中をじっと見つめる。


 ふっふっ、絶え間なく続いていた歪な息遣いが換気扇の轟音に搔き消される。そのうち、もう二度と止まることはないとさえ思えるほど湧き続けた涙が止んだ。


 食器棚からマグカップをふたつ取り出して、彼が淹れてくれたのはインスタントのココアだった。ひとつは彼の分、もうひとつはわたしの分。温かいマグカップが差し出される。


「そのマグカップ、まだ一度も使ってないやつなので、安心して使ってください。最近買っておいたんです」


 マグカップをじっと見つめていると


「花柄、花緒さんっぽいかなって」


 とはにかんだ。


 震える指先がマグカップに触れる。かちかち。爪先が取っ手部分にぶつかって小さく音を立てる。ついさっきブランケットを落としかけたことを彼も思い出したようだ。考えるような間を置いて


「ごめんなさい。触ります」


 と囁いた。


 公星くんの左手がわたしの右手を掬い取る。そのまま膝の上まで導き、手のひらに押し付けるようにマグカップを握らされる。それからもう片方の手も掬い取られ、マグカップを握るわたしの両手を彼の両手が上から包み込んだ。


「熱くないですか?」


 手のひらから、手の甲から、タオルケット越しの膝上から、心地よい熱が全身に満ちていく。爪先から頭のてっぺんまで、凍り付いていたはずのわたしが、失われていた温度を取り戻していく。


 手の甲を包むひと際優しい熱に、ぬるい涙が湧いた。

 公星くんが息を呑む。


「ごめんなさい」


 何度も失敗して、ようやく声に出せたのはそんな言葉だった。





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