5-13 悪いのは誰

 申し訳なさそうに言ってマフラーを差し出してくる。わたしは体を起こせない。マフラーは宙に浮いたまま行き場を失う。戸惑ったようにふたりの様子を眺めていた公星くんがおもむろに立ち上がった。


「おれが預かります」


 陽輝は一瞬だけ眉をひそめて


「お願いします」


 とマフラーを手放した。


 公星くんがわたしの腕をそっと持ち上げた。ニットの穴を突き破って肩に刺さっていた指から力が抜ける。


「今日はもう帰りましょう。五十嵐さんも」


 公星くんに促されて、体がふわりと浮き上がる。踵で砂を鳴らしながら歩いていく。


「なあ。俺おかしいかな。なにか悪いことしたかな」


 背後から呼びかけられた。今にも崩れ落ちて泣きそうな陽輝の面差しがそこにあった。

 わたしは嗚咽を噛み殺しながら俯きがちに小さく首を横に振り続けた。


 陽輝はどこもおかしくない。なにも悪くない。

 悪いのはぜんぶわたしだ。わたしがおかしいせいで、陽輝を困らせてしまった。なにもかもわたしの責任だ。


「おかしくないです」


 毅然とした声に顔を上げる。公星くんが陽輝をまっすぐに見据えていた。


「誰もなにも、悪くないです」


 そう言って再び歩き出す。陽輝は追って来なかった。


 公星くんに手を引かれている間、わたしは紐のついた風船のようだった。そこにわたしの意思は存在せず、ただ引かれるまま、吹かれるままに流れていく。


 公星くんはわたしが転ばないよう、一段ずつ慎重に階段を上がってくれた。


 わたしの部屋の前まで辿り着いて、一瞬、逡巡するように立ち止まる。やがてなにかを決心したかのようにわたしの部屋のドアノブにかかっていたビニール袋を掴む。


「こっちです」


 手を引かれ導かれたのは彼の部屋の前だった。慣れた様子で鍵を開けて、中に入っていく。わたしはやっぱりふわりと流された。





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