5-12 駆け付ける
「実は九時前くらいに女の人が花緒さんの部屋に来たんです。今見てみたらドアになにか引っかかってて、食べ物っぽかったから、もし帰りが遅くなるようなら、おれの部屋にって……」
公星くんの言葉が不自然に途切れる。
「花緒さん」
張り詰めた声だった。
「なにかあったんですか」
最早抑えられない嗚咽が電話の向こうへ垂れ流しになっている。人間らしく言葉を並べる気力もない。
「今どこにいますか」
「ゆっ、ゆゆうらくこう、え」
洟をすする音でほとんど伝わっていないのではないかと思う。だけど公星くんは
「待っててください。迎えに行きます」
と断言した。待てども通話が切れる気配はない。忙しない足音とドアを開閉する音が二回、施錠らしき音の直後
「今から向かいます」
わたしは耳に当てたままのスマホを両手できつく握りしめた。この瞬間、たったひとつこれだけがわたしの希望だった。全身を支配する震えが寒さのせいなのか、判別がつかない。
公星くんは通話を切らずにこちらへ向かってくれた。
「花緒さん」
ベンチに蹲るわたしの傍らまでやって来て、地面に膝をつく。
「もう大丈夫です。おれが来ました」
耳元でも同じ声、同じ台詞が響く。わたしはようやくスマホを下ろして、くしゃくしゃのコートごと自らの両肩を抱いて項垂れた。
公星くんは狼狽えながら隣に腰掛ける。なにも言葉がないまま時間だけが流れた。
「花緒」
遠くから陽輝の声が聞こえた。力なく顔を上げると、公園の入り口に陽輝が立っている。
「マフラー忘れてたから」
彼は園内に入ってくると、まず、涙で首まで濡らしたわたしに驚いた。それから隣に座る公星くんを見て困惑したように目を見開いた。わたしは咄嗟に肩を抱く力を強めて顔を伏せる。
「ごめん。でも寒いと思って」
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