5-11 決壊

 人間らしい呼吸の仕方すら忘れて、思考が乱暴に引き剥がされて、分厚いゴムの層に押し込められて、いちばん奥の方で誰にも届かない悲鳴を上げている。喚き散らしておかしくなってしまいたいのに、ゴムの層に遮られて暴れ出すことすら叶わない。


 冷えすぎて最早感覚のない足でべたべたと地面を叩きながら夜道を進み続ける。


 ぎゅうぎゅうに締まった喉から隙間風みたいな音が絶えず漏れ出ていて、それがまたわたしを苦しいところに追い詰める。さっきから酸素がまっすぐに入ってこない。


 口の中に酸っぱい味が滲んできて、たまらずえずいた。だけどなにも出ない。ぼたぼた涎だけがアスファルトに染みを落とす。

 ブロック塀に手をついたまま糸を引いて垂れるそれを見下ろしていると、代わりに涙が溢れた。


 わたしの腹に背後から誰かの腕が回る。抱きすくめるように触れたその手は徐々に深く入ってきて、Tシャツの内側をまさぐり、へそを撫で、スポブラの隙間からまだあばらの質感の残る扁平な胸へと至る。あのひとの手つきが亡霊のように付き纏う。


 わたしはもう一度大きくえずいて、それからまた歩き出した。


 時間の感覚を失ったまま歩き続けていたら、ふいにブーツから脚が抜けて前に倒れた。上半身が地面に強く打ち付けられる。履き直そうとしても生地がたゆんでうまく足が入らない。


 少し離れたところに有楽公園の看板が見えた。わたしはブーツを手に持ってそこまで歩いた。


「ふっ、うう、う、ううううう」


 ブーツの甲に涙が落ちて弾ける。手に落ちたものは指を伝ってブーツの中に入り込んでしまう。あちこちを水浸しにしながらやっとブーツを履き直したところで、鞄の中でスマホが震える音に気づいた。


 画面に表示されていたのは予想外の名前だった。思わず縋りつくように応答をタップしてしまう。


「遅くにすいません。公星です」


 わたしは決壊した。





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