5-10 拒絶

 彼の手が触れている項から炙られるみたいに顔の内側が熱くてたまらないのに、爪先から感覚すら失うほど凍り付いていくようだった。


 無意識のうちに陽輝の首に手を添えていた。皮膚の薄いところに爪が擦れる。


「いいの」


 唇だけを離して、至近距離から見つめられる。拍手の音が聞こえない。わたしは小さく頷いた。陽輝の睫毛が震える。


 優しく手を引かれてベッドに腰掛ける。わたしはテレビに視線投げた。もうそろそろ再生が終わりそう。


「そのままでいいよ」


 呼吸が呑み込まれる。指が絡まる。服の上から輪郭をたしかめるようになぞられる。全身で彼の優しさを感じた。


 それでも、硬い指がセーターの下に潜り込んでくると、一転して心臓が暴れ出す。

 手のひらで感じていたときよりもざらざらとした感触が腹をゆっくりと撫でる。わたしの表面が少しずつ削れていく。薄い皮で覆われていたはずの感覚が一瞬にして蘇った。


 指先が皮膚に沈み込んで、あばらを一本ずつ探し当てられてしまう。下着の上から、陽輝の手が暴走を続ける心臓へと至った。


 首筋に唇を落としていた彼の胸板を咄嗟に押し退ける。陽輝の呆気にとられたような呼吸は、わたしの不規則で引き攣った息遣いに掻き消された。


 わたしの目は前に突き出した両手へ釘付けになっていた。白い甲に血管が浮き上がってがたがた震える。完全におかしくなっている。


「ごめんなさい。やっぱり無理だ」


 ぜんぶ言いきる前に涙が溢れた。陽輝が息を呑む。わたしは荷物とコートをひっつかんで玄関へ急いだ。羽織る暇も、フローリングに落ちたハンガーを拾う余裕もない。


「え、あの」


 リビングから陽輝が追ってくる気配がする。指がもつれてブーツのファスナーが途中から閉まらない。もうだめだ。振り返らずに部屋を出た。





 触れられると、わたしはゴムになる。


 表面はうっすらと弾力があって、奥の方に温度のようななにかを湛えていて、相手の望むままに形を変えるのに、自分の意思では変えられない。





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