5-9 ハッピーエンドの続き
「卒業公演の録画。実は俺が持ってた」
「みんなが探してたやつ」
「俺も忘れてたんだけどさ。CDの整理してたら間から出て来た」
言いながらデッキにセットする。しばらく待つと画面に懐かしい母校の体育館が映し出された。緞帳の降りた舞台の端っこに人影が浮かび上がる。
『おーい』
「声デカ」
隣でビールのプルタブを起こしていた陽輝が笑いながら音量を下げる。
画面では、高校三年生の陽輝が、スポットライトを浴びながら客席に向けて大きく手を振っている。
物語は主人公となる少女が田舎に帰ってくる場面から始まる。学校で問題を抱えた少女が夏休みの間に田舎の祖母のもとへと身を寄せる。しかしそこへ訳アリの妊婦が転がり込んできたことをきっかけに、トラブルの相次ぐ騒々しい夏が幕を開ける──というコメディ作品だ。
当時の部員が卒業生のために当て書きした記念作品で、普段は音響を担っていたわたしもこのときだけ役者として出演している。
『やあ、おかえり。よく来たねえ』
「声ちっちゃ」
「ぶっ」
思わず真顔で呟くと陽輝が噴き出した。白髪のかつらを被った老婆役のわたしが大袈裟に腰を曲げてひょこひょこと出てくる。
「いいじゃん声出てるよ」
「出てないよ小さすぎてなに言ってるかわからないよ。ああ、恥ずかしい」
舞台上に妊婦が飛び込んでくると、あとは泣いたり笑ったりぶつかったり。紆余曲折を経て六十分後にはハッピーエンド。出演者一同が手を繋いで連なる。いっせいに頭を下げると客席から拍手が湧いた。
わたしたちはどちらからともなく、テレビに向かって拍手を送った。ぱちぱちぱち。乾いた音だ。
舞台の上では高校三年生のわたしたちが隣同士に並んで手を繋いでいる。ため息と一緒に脱力すると、背もたれにしていたベッドが低く唸った。床に投げ出した手に熱が灯る。
陽輝がわたしの手を掴まえてじっとこちらを見つめていた。もうだいぶお酒が回っているのか顔が赤い。
もうあの頃のようには手は取れない。
自然な流れで唇が重ねられる。たしかめるみたいに触れて、一度離してから、今度は角度を変えてもう一度重ねた。片手で頭を抱えられる。下唇を柔く食まれて反射的に唇を開くと、いよいよ後戻りできないところに達してしまった。
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