第6章 対落
6-1 告白
わたしよりも早く、公園のベンチに陽輝がいた。
「歩いてきたの」
尋ねると
「渋滞で動けなくなっちゃうから」
と答えた。いつも通りの声だった。
大事な話があるので直接会って話がしたい、と連絡したのは、数日前のことだった。なら初詣に一緒に行こうと彼が言うので、大晦日の夜、わたしたちはおよそ一週間ぶりにこうして顔を合わせている。
「向こうで落ち着けそうな場所でも探すか」
ベンチに腰掛けたままの彼が言う。わたしは首を横に振った。
「あんまりひとに聞かせるものでもないから」
「そっか」
彼の隣の、ぽっかりと空いていたスペースに腰を下ろす。
「この間は失礼なことをしました。ごめんなさい」
膝に手をついて頭を下げるわたしを、しばらくの間、陽輝はじっと見下ろしていた。
「いや、いいんだよ、花緒。俺にもきっとなにかまずいことがあったんだ」
わたしは俯いた体勢のまま首を横に振る。
「陽輝。わたしはね」
「うん」
「わたしは、セックスができないの」
一呼吸おいて、うん、と聞こえた。わかっていたというような響きがあった。わたしはようやく首を持ち上げる。
「恋愛ができないの。とても怖いの。子どもの頃のことを思い出してしまって」
「子どもの頃」
「この辺りにずっと住んでいるひとはね、昔、わたしがなにをされたかみんな知っているの。だけど、きっと陽輝は知らないでしょう。今日はそれをちゃんと話したいの」
陽輝は眉をひそめた。勘の良い彼のことだ、その先は既に見当がついているのだろう。
「いいよ花緒。花緒がつらくなるような話はしなくていい」
「ううん。陽輝に聞いてほしいの」
拳を握りこむ。吸い込んだ息が震えている。手のひらが白くなって、爪の後がくっきり刻まれている。
生涯でこの話をするのは、今日を最後に決めた。わたしのすべてを知るのは、陽輝だけがいい。
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