6-2 お兄さん

 幼少期を過ごした家は、今のアパートから割と近いところにある。二階建ての小綺麗なアパートで、両親とわたしの三人で暮らしていた。


 両親は同じ会社に勤め、出会い、結ばれた。父は製造部門の課長職、母は購買部門に属していた。当時、第一線で活躍する女性社員は非常に珍しかったらしい。母は女性社員を代表して、社内の期待を一身に背負っていた。


 社会人となった今なら、母を誇らしいと感じられる。しかし幼いわたしは、遅くまで仕事に没頭し、土曜日でさえも家を空ける両親に、もはや恨みにすら近い寂しさを感じていた。


 わたしがお兄さんと出会ったのは、そんな十歳の初夏のことだ。


「おそろいだね」


 ひとりきりの公園を持て余していたわたしのもとへ彼がやってきた。目の前に垂らしたキーホルダーと捧げられた言葉の甘さに、わたしは一瞬で夢中になった。


 おそろい。なんて甘美な響き。


 お兄さんは宿題を見てくれたり、一緒に走り回ってくれたり、頭を撫でてくれたりする。父や母がくれなかったものは、ほとんどぜんぶお兄さんにもらった。


 彼は時々カメラを持って公園に訪れる。

 ベンチから放り出した脚をぶらぶらさせて待っていると、反対側の入り口の方から歩いてくるお兄さんが見えた。肩から黒いポーチがかかっているのを見つけて、わたしはがっかりする。こういうとき、お兄さんは一緒に走ってくれない。


「そんなにそれが楽しいの」


 カメラを構えてベンチから動こうとしないお兄さんのもとへ駆け寄る。

 お兄さんはうっすらと笑って


「楽しいよ」


 と、わたしにカメラのデータを見せてくれた。シャボン玉を吹いてほっぺをぱんぱんに膨らませたわたしがいる。




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