4-16 変身

「五十嵐くんみたいなひとが花緒といてくれたら安心なんだけど」

「そんな。俺にはもったいないですよ」


 まんざらでもない様子の陽輝に、わたしは小さく笑ってしまった。

 不思議そうに見つめてくるふたりに「そうだね」と微笑む。


 二時間程度で駐車場に戻り、車両から少し手前のところで陽輝がふいに脚を止めた。


「さっきの、上での話なんだけどさ」


 わたしはあえてゆったりと振り返る。陽輝は手のひらでしきりにスマートキーを弄んで落ち着かない様子だった。


「俺も、花緒と一緒にいられたらって思うよ」


 俯きがちにそう言って、「いや、ごめん、やっぱ違うな」と頬を掻く。


「花緒と一緒にいたいので、付き合ってください」


 まっすぐ射抜かれて胸が高鳴った。風に揺れるワンピースの裾が脛をくすぐる。髪を抑える指の隙間からそっと陽輝の顔を盗み見る。


 陽輝は本能だけで生きているみたいに無邪気なくせに、本質はとても理性的で、見上げたくなるほど眩しくて、すべてを受け止めてくれそうな包容力で満ちていて、親切で、かっこよくて、好きにならない理由がない。理由があるとすれば、むしろわたしの方だ。


 だけど、今はそれすらももうない。


 甘えるのはやめて向き合う。そうすれば、本当の愛情が見つかって、わたしも陽輝も幸せになれる

「いいよ、付き合おっか」


 わたしがあんまりにもあっけなく承諾したので、陽輝の反応が数舜遅れた。


「え、マジ?」


 甘い雰囲気をぶち壊すような口調に苦笑する。


「マジだよ」

「本当に?」

「本当に。付き合おう」

「う、わ」


 うわって。わたしは口を覆って、今度こそ声を上げて笑った。陽輝も片手で口を覆った。


「すっげー嬉しい」


 きっと今、わたしたちは同じ顔をしている。なのにわたしの望んだおそろいが、手の届かない場所でふたりのことを嘲笑ってくる。


 グラスはいつの間にか傾いていて、溢れた中身は一面に広がっている。元に戻すつもりもない。今もなお淵から細く流れ続けてやまないもの。それは、わたしの、願い。







*°.・.。**°.・.。**°.・.。**°.・.。**°.・.。




第四章まで読んでくださりありがとうございます。


花緒と奏汰、花緒と陽輝、それぞれの関係性の行く末が気になっていただけたら、もう少しお付き合いいただければ幸いです。


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(レビューリンク↓)

https://kakuyomu.jp/works/16817330664580804655/reviews




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